2014年7月号

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特別連載

D-STARの開発と実用化

編集部

第3回

関東管内へのレピータ設置

D-STARレピータは、まず人口の多い東名阪へ2004年より設置することが決まったが、設置場所を選定し、実際に設置して開設、そして実稼動に移すまでには色々な苦労があった。

関東では、西東京市にある田無タワーと調布市にある電通大にレピータを設置し、両サイト間を10GHzのアシスト局で繋ぐことに決まった。この両レピータはJARLが設置の段取りをして工事を行った。

田無タワーは、さまざまな無線局の送信機やアンテナなどを取り付けられるよう多段構造になっているが、D-STARレピータの設置が許可された階は、回りに手摺りがなく、端まで行くと120m下の地上に墜落するようなスリルある場所だった。


田無レピータ

下には多摩六都科学館があり、小さなナット一つ落としても弾丸のように落下して危険なため、設置工事にあたっては、絶対にものを落とさないという細心の注意が必要だった。

一方、電通大では、当初タワーの上にレピータが設置された。しかし、このタワーが風でよく揺れ、風の強い日にはアシスト回線用のパラボラアンテナの方向がずれ、通信に支障がでることが度々あったため、隣のコンクリートの壁に付け替えられた。取り付け場所を変えた直後、通信できないというトラブルが発生し、システムそのものが不良で動かないのだという声も上がったが、実際には同軸ケーブルの配線ミスであることが判明した。


電通大レピータ

その他に、関東管内では中央区日本橋浜町にあるアイコム東京事業所の屋上にもレピータが設置され、当初はこの3局で運用できるようになった。

東海管内へのレピータ設置

東海管内では、名古屋市熱田区にある名古屋工学院専門学校(電波学園)にインターネットに繋ぐサーバーが設置された。この電波学園と、昭和区にある名古屋第二赤十字病院(第二日赤)にレピータが設置され、その間がアシスト局のパラボラアンテナで繋がれた。その他、春日井市役所と名古屋大学にもレピータを設置し、両局間をアシスト回線で結ぶ計画だったが、諸般の都合により、アシスト局で繋ぐのは少し後になった。


電波学園レピータ 


名古屋第二日赤レピータ

そのため、春日井市役所に設置したレピータは、当初、市の職員の自宅のインターネット回線を借り、市役所とその職員宅は無線LANで繋がれた。その工事の途中、降雨により1.2GHzで使用する同軸コネクタの中に雨粒が一滴落ちたのに気付かず、これが10dBも減衰する原因になることが分からず苦労したが、その時初めて、同軸コネクタに雨が入ると1.2GHzではそれだけ減衰することが判ったという。


春日井レピータ

アシスト局は通常10GHz帯を使用するが、電波法的には5GHz帯も使用可能なため、5GHz帯の使用実績を作りこのバンドを防衛する目的で、名古屋大学と電波学園間では5GHz帯を使用したアシスト用レピータで結ばれた。

その後、名古屋大学と春日井市役所とを結ぶため、10GHz帯のアシスト用レピータが設置されたが、ある時からある周期で通信の不具合が発生した。その頃、ちょうど名古屋大学と春日井市役所の間で工事を行っていたクレーンの影響ではないかとか憶測されたが、結果的にはレピータ機器間を接続している通信ケーブルの外皮の接触不良と分かった。


名古屋大学レピータ

関西管内へのレピータ設置

最後に、関西のアシスト網は奈良県から大阪府にかけて2県をまたぐ形で計画された。大阪はアイコム本社、奈良はアイコムならやま研究所に設置することが予定され、その間にある生駒山にもう1局設置して中継しようということになった。当初は機器を設置するのに便利な場所を選び、その地権者を捜したが、法務局(登記所)に行っても山の地図は街の地図のようにきちっと測量した図面で登記されていなことが分かった。明治の頃の絵図面に近い縮尺も方角も違うものが登記されており、簡単にはその場所が分からず、地権者捜しは容易ではなかった。

さらに、生駒山を歩き回っている間に国定公園の標識を見つけた。そのため、どのような規制があるのか奈良県庁に出向いて確認したところ、自然公園法の規制は非常に厳しく、レピータやアンテナは一切建てることができないことが判明した。また生駒山は大阪府と奈良県の県境にあるため、大阪府側にも確認したところ奈良県と全く同様の回答だった。また、その周辺は金剛信貴生駒紀泉国定公園となっており、砂防法で規制される所もあり新規の設置は不可能であることが判明した。

その後、生駒山にある関西テレビの送信タワーにレピータを設置できるかも知れないという情報を入手し、関西テレビに依頼に出向いたものの、その当時、テレビ放送局は地上デジタル放送への切り替え段取りの真っ最中であり、残念ながら許可は得られなかった。

その時、関西テレビの関係者から、隣にある鉄塔の所有者NTTに頼んでみてはどうかとの話を聞き、早速NTTに出向いた。その鉄塔は元々初期のテレビの中継に使われ、三重県の霊山と繋いでいたものだったが、すでに光回線に代わっており、NTT自身はその鉄塔を全く使っておらず、他の会社の通信に貸している状況であった。

NTTからは、D-STARが使われると電話の使用が減るという理由で、そのようなものは許可できないとの回答があった。そこでD-STARはインターネットに繋ぐため、その部分はNTTにとってプラスになる旨を説明し説得したところ了承が得られた。ところが、設置許可は得られたものの、設置場所の使用料が毎月数十万と高額だった。予算を大幅に超えた金額なため借用を断念したところ、NTT側の都合により原価で貸してくれることになった。

なお、その鉄塔における工事はNTTの指定業者しか行えないため、指定業者に工事の見積を取ったところ、数百万という高額な見積の提示があった。それでもNTTの営業担当者が間に入ってくれ、一番安くなる方法で再見積をしてくれた。なお、レピータの機器を取り付ける架台はアイコムが製作したが、これには強度計算書の提出が必要だっため、一級建築士に依頼して作ってもらったという。


生駒レピータ(上から2段目)   生駒レピータの工事(後が関西テレビ)

設置許可を得るまで、驚きや苦労の連続であった生駒山は、レピータの設置場所としては地理的に最高の条件であり、現在でも関西の中心的なレピータとして稼働しているが、電波環境としては、非常に厳しい場所だという。生駒レピータの周りは放送局の送信所に取り囲まれ、常時、数十kWの電波が発射されているため、普通の無線機だと感度抑圧を受けて全く通信ができない。携帯電話ですら同様である。そのため、ここで無線機を稼動させるためには、特別なフィルターが必要となる。そのため、D-STARレピータの受信部にも強力なフィルターが装着された。

生駒レピータの話を進めている頃、山ばかりではなく海の方でも高所にレピータを設置できれば、広範囲をカバーできるのではないかとWTC(World Trade Center)への設置の話が持ち上がった。WTCビルは大阪市の南港にあり高さ256mで、周りにはそれ以上高い構造物はない。さっそく、屋上の片隅にアンテナとレピータを設置させてもらう交渉のためにWTCに出向いた。すると行ってびっくり、最上部にある展望台のすぐ下の外壁には、大きなパラボラアンテナを取り付けられる金具まで用意されていた。アンテナ設置のための場所を貸すのを商売にしていたのである。最初の見積では、毎月数十万と提示された。またこの程度の金額が相場であることが分かった。その後、値引きしてくれることになったため、ここを借り受けてレピータを設置した。


WTCのレピータ          WTCレピータの工事

アンテナの取付場所は、希望の場所でOKと言われ、一番高い部分の端に取り付けることにした。DC電源は一階下の配電盤の横におき、そこからDC電源ケーブルを延々引っ張った。この部分は地上240m位あるが、少し離れた所に一番高い所(展望台)があるため落雷は心配ないと思われたが、一度、側面からの落雷を受けてしまった。

工事に際しては、ビルの窓硝子の掃除をする機械がビルの外周を回るために、レピータを取り付けた部分を含めて外周には手摺りがない。うっかり間違えると身体も工具も240m下に落ちるので細心の注意が必要だった。東日本大震災の時には、大阪にあるこのビルでも、70cmも横揺れしたそうで、今後この点も注意が必要になっている。

アイコムならやま研究所では、当初から郵政省の試験機器を始めD-STARの主要な部分の開発が行われたこともあって、ならやまレピータに設置の際は専用のタワーが建設された。生駒レピータとアシスト回線で結ぶためのパラボラアンテナは、この専用タワーで、地上高21mに設置された。計算では問題なく、また実際に生駒と繋がったが、回線は、生駒との間にある山の稜線をかすめていた。そのため、山の木々の葉が茂る夏になり、特に梅雨時の雨を含むとフレネルゾーンに影響し、通信はぎりぎりの接続だった。また山の木々は年々生長し、この間の通信はますます厳しくなってきた。

そのため、初代のタワーはHF帯のアンテナに場所を譲り、同じ敷地内の50m位離れた場所に2代目のタワー(25m)が建柱された。2代目は、少し高くしたことと場所を変えたことで、山の稜線までに少し余裕ができた。10GHzのアシスト用レピータをパラボラアンテナの直下に取り付けると、ロスは少ないがメインテナンスの問題を生じた。そのため、下に降ろして低損失の同軸ケーブルで繋いだが、約10dBの損失が生じた。


ならやま2代目のタワー

これでは通信回線に余裕がなく、大雨が降ると通信が切れてしまうことがあるため、同軸ケーブルを導波管に替える方法が検討された。専門のメーカーに見積を依頼したところ、20mの導波管で40万円という見積が上がってきた。そのため、導波管の自作を試みることにした。材料として、インターネットで見つけた、建築用アルミ建材で15mm x 25mmの角材の4mのものを6本入手した。材料代総額は2万円程度で済んだ。導波管はコネクタの接続部分の損失が一番大きく、入手したアルミ建材の1本で実験した結果、両側合計で4dB弱程度の損失になった。また、両側にコネクタを取り付け建材を縦に繋ぐと途中の損失はほとんどないことが分かった。この手作りの導波管を使用し、その後は安定して生駒と10GHzで繋がっている。

アイコム本社に設置する平野レピータはインターネットに繋ぐサーバーが設置されるので関西の要になる。当初は6階建てのアイコム本社ビルの屋上に設置され、10GHzのアシスト回線で、東は生駒山、また西はWTCと接続していた。ところが、この平野レピータとWTCとのちょうど直線上に高層マンションが建つことが決まり、工事が始まった。マンションが完成するまでは、どこか電波の通る所が残るのではないかとの期待もあったが、完成すると、ちょうどアシスト回線をさえぎり、平野-WTC間が繋がらなくなってしまった。そのため、やむを得ず、アイコムの本社近くにある4階建てのアイコム加美営業所の屋上に移設することにした。以前より高さが低いため、ローカルアクセスのカバー範囲は狭くなったものの、生駒山、ならびにWTCとのアシスト接続は、安定に稼働している。


移設後の平野レピータ

関西管内で当初からレピータを設置する予定の最後は高野山だった。高野山の町中をぐるりと取り巻く山の一番高い所に弁天岳(標高984m)があり、そこにD-STARレピータを設置した。この弁天岳には元々アナログのレピータが設置されていたため、追加増設と言う形だった。工事中に、元々高野山は女人禁制で中に入れないため、高野山に来た女性はこのような外周を回り、好きな人と会っていたという話を聞いた。

この弁天岳のレピータサイトには使用されていないパンザマストが残っており、そこにレピータを取り付けることにした。この工事では、パンザマストに5時間も登り続けるというハードな作業になった。インターネットへの接続は、この弁天岳から、町中のアマチュア無線局に置かれたサーバーに無線LANで接続した。


高野山レピータ

レピータの設置後しばらくして雷の直撃を受けた。アンテナはバナナのように剥け、レピータ機器や電源など全て焼けて使えなくなった。そのため、また一からのやり直しになったが、2回目は単管パイプを避雷針にして、それをD-STARのアンテナより高く設置したことで、今のところ、その後の被災は発生していない。

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