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広げよう“IOTA”の輪 ~ONE PIECE of IOTA~

その12(最終回) IOTA Directory日本語版発行とJAのIOTA CP開設の思い出(JA3AER 荒川氏より)

JP3AYQ 眞田真由美

こんにちは。JP3AYQ眞田真由美(Mami)です。ご縁あって月刊FBニュースにIOTA関連の記事で12回の連載をさせて頂きました。今回は第12回目の最終回です。あっというまの一年間でした。皆様に少しでもIOTAの魅力やおもしろさをお伝え出来ていたら本望です。12回のシリーズで色々な視点からIOTAチェイシングのノウハウ、体験談や苦労話・移動レポートなどで繋げて参りました。IOTAは世界の島々を電波で巡るアワードです。このシリーズを読んで頂いて、読者の皆さまも一緒に電波で世界中の島へ、旅に出かけて頂ければ嬉しい限りです。

さて、前回はYL局のJO3LVG 桂さんに「台風に魅入られたIOTAコンテスト」と題しまして、IOTAコンテスト2017へ参加されました時のレポートを頂きました。海外運用にはアクシデントが付き物ですが、二つの台風に挟まれるハプニングがあり、コンテスト中断を余儀なくされながらも、楽しくメンバーの皆さまと交流されたお話なども伺いました。楽しんで頂けましたでしょうか?

今月は最終回ですので、ぜひとも登場して頂きたいと、お忙しい中ですが無理をお願いしてJA3AER 荒川さんにご執筆頂きました。今シリーズの中に、何度もコールとお名前が登場されていますが、「IOTA」と言えば知らない人がいない有名なOMさんです。お仕事で英国赴任中に、英国でのHAM活動を通じてIOTAと出会われたそうです。そして、英語版IOTA Directoryを日本語へ翻訳して発行して頂きました。これが初の日本語版IOTA Directoryとなりました。「温故知新」と言う言葉がございますが、古きを知って新しきを得る。まさしくこの言葉の通りで、IOTAが遠い海を渡って英国から日本へやってくる様子を「IOTA Directory日本語版発行とJAのIOTA CP開設の思い出」としてご執筆頂いています。どうぞお楽しみください。


JP3AYQ & JA3AER 荒川さん(関ハム2015 IOTAブースにて)

IOTA Directory日本語版発行とJAのIOTA CP開設の思い出

JA3AER 荒川泰蔵

プロローグ
既にIOTAでご活躍中の皆さんからのFBな記事が掲載されましたので、IOTAの楽しみ方を習得して始めてみようと考えておられる方、いや始められた方も多いのではないかと思います。筆者は1970年代に、IOTAの創始者BSR-3129, Geoff WattsさんからDX news sheetを購読しており、CHC (Certificate Hunters Club)のメンバーとしてアワードに興味を持っていましたので、IOTAアワードのことは知っていました。それがRSGBに移管され、そのRSGBがプログラムを強化しようとしていた1990年代に、たまたま仕事で英国に赴任したため、それらの中心人物と知り合ってIOTA Directory日本語版の発行や、日本でのCP開設などに協力させて頂きました。今回はその経過を思い出しながらレポートさせて頂きます。温故知新という言葉もあり、益々進化するIOTAプログラムの初期の活動の側面をご覧頂ければ幸いです。


暦年のIOTA Directory & Year Book (1990-2014)

RSGB本部の訪問からCDXCへの入会まで
筆者は1990年12月に英国に赴任し、1992年5月にGW0RTAの免許を得た後、ロンドン近郊にあるRSGBの本部を訪問、ゼネラルマネジャーのG0TWW, Peter Kirbyさんに会う機会を得ました。その時彼と一緒に撮った写真が、RSGBの「ANNUAL REPORT 1992–1993」に掲載され、それを見たG/OZ7SM, Herbert Asmussenさんが連絡してきてくれました。彼はデンマーク人ですが、1967年に筆者が仕事で赴任した香港のHARTS (Hong Kong Amateur Radio Transmitting Society)で知り合い、彼のVS6ADをゲストオペさせて頂いたこともある仲でした。それから20数年ぶりですがよく覚えていてくれ、バーミンガム近郊の彼の家のバックヤードで1993年7月に開かれたCDXC (Chiltern DX Club - The UK DX Foundation)のBBQ大会に招いてくれました。そこで多くのDXerを紹介され、CDXCに入会させて頂いたのですが、G3KMA, Roger BalisterさんやG3NUG, Neville Cheadleさん、それにG3ZAY, Martin Athertonさんなど、RSGB IOTA委員会の主要メンバーは皆CDXCのメンバーでした。


G/OZ7SM, HerbさんのバックヤードでCDXCのBBQ大会の様子 (1993)

RSGB HF & IOTAコンベンションへの参加で親交を深める
その後G3KMA, Rogerさんの誘いもあり、1993年10月にウインザーで開かれた「RSGB HF & IOTAコンベンション」に参加しました。IOTAコンベンションは1991年にイタリアのロアノで開かれたのが始まりだそうですが、その後は主に英国でRSGB HFコンベンションと同時に開催されました。どの国で開催するかの規定はなく、1998年にはカナリア諸島で開催されていますが、英国で開催する場合は参加するメンバーがほぼ同じであることからHFコンベンションと同時開催でした。わざわざHFと断っているのは、当時は別にRSGB VHFコンベンションが開かれていたためです。その後1997年まで毎年このコンベンションに参加し、IOTA委員会のメンバー以外にVK9NS, Jim Smithさんなど多くの熱心なIOTAファンと出会いました。またヨーロッパ在住の日本人ハムも参加していましたが、日本からはJI6KVR 出口幸広さんが毎回参加していました。彼は以前からIOTA関係者と交友がありIOTAの活動をしていたようです。VK9NS, Jimさんは「CQ ham radio」誌に1994年5月号から「IOTA Information」として、JI6KVR 出口さんは「59」誌に1995年1月号から「Let’s Enjoy IOTA」の連載記事を掲載し、IOTAの啓蒙に務められたので、ご記憶の方も多いのではないかと思います。


IOTAコンベンションにて (左) G3NUG, Nevilleさんのプレゼンテーション
(右) 懇談するVK9NS, JimさんとG3KMA, Rogerさん (1995年)

IOTA Directoryの日本語版発行を提案し翻訳・執筆
このようにCDXCのAGMやIOTAコンベンションなどで、IOTA委員会のメンバーとの親交が深まる中、G3KMA, RogerさんやG3NUG, Nevilleさんが、なぜ日本でIOTA アワードの申請者が増えないのか、どうすればもっと普及させる事ができるだろうかと、筆者に相談を持ち掛けてきます。そこで、複雑なルールで英文のDirectoryしかないことや、CPが英国人で大切なQSLカードを英国まで送らねばならぬことなどが問題だろうと伝えていましたが、ちょうどIOTA Directory 1995年版を発行する時期で、これを日本語に翻訳して日本で発行してくれないかとの依頼がありました。当時「CQ ham radio」誌に「レクサム便り」や「日本人による海外アマチュア無線局の運用」の連載記事を書いていた関係から、CQ出版社に相談してみました。結果としてJA1EFT 田中専務とJF1UMK 富永編集長が赤字を覚悟で引き受けてくれることになり、RSGB IOTA委員会とCQ出版社の間での著作権やロイヤリティの交渉の仲立ちをしながら翻訳を開始、「IOTA Directory 1995 日本語翻訳版」1,000部の発行にこぎつけて1年余りで完売しました。続いて1997年版が発行されることになりましたが、これはDirectoryだけでなくYearbookとしての内容を含めたため、ページ数が大幅に増えました。これもCQ出版社が引き受けてくれ、JA1EFT 田中専務とJA1NEZ 速水編集長にはお世話になりました。今回は企画段階からの参画で、英語版と同時に日本語版を発行することにしたため、英語の原稿段階で逐一そのコピーを送ってもらいながらの翻訳と、Yearbookの部分は日本独自の記事を掲載するため、その取材を含めて原稿の執筆に忙しかったことを覚えています。当時は今のようなインターネットによるメールはなく、RSGB IOTA委員会やCQ出版社との連絡は郵便かファックスでしたので大変でした。皆さんのご協力のお陰で「1997 RSGB IOTA DIRECTORY AND YEARBOOK」の英語版と同時に日本語版1,000部が発行されホッとしました。しかし既に1995年版をお持ちの方が多かったためか直ぐには売り上げが伸びず、帰国後参加した2000年の東京ハムフェアや関西アマチュア無線フェスティバルのIOTAブースでも販売させて頂いたことを覚えています。それでも売れ残った分は残念ながら廃棄されたようで、CQ出版社には大変ご迷惑をお掛けしました。筆者はこれらの日本語版の発行に協力したとして、1997年9月のIOTAコンベンションの晩餐会で、RSGB IOTA委員会から「PREMIRE IOTA AWARD」の盾を頂きました。


左から、IOTAコンベンションで筆者のQSLカードを持つG3KMA, Rogerさん (1995)、
IOTA Directory日本語翻訳版 (1995)、IOTA Directory and Years Book日本語版 (1997)、
IOTAコンベンションで「PREMIRE IOTA AWARD」の盾を手に筆者 (1997)

JAのIOTAチェックポイント担当者募集とその開設への協力
IOTA委員会ではDirectoryの日本語翻訳版発行と並行して、日本でのCP開設を考えてくれていたようです。G3NUG, Nevilleさんが、日本から数名のCP希望者があるが、IOTAの知識や情熱を持っていて、長期的に協力してもらえるか判断しかねている、と筆者に選考の相談を持ち掛けてきました。彼の希望はアマチュア無線家人口の多い関東地方でグループとしてその任に当たってくれる人がほしいというもので、その時点では残念ながら彼らの希望する条件を満たす応募者がおられなかったため、筆者が改めて条件を明示して「1997 RSGB IOTA DIRECTRY AND YEARBOOK 日本語版」で募集をさせて頂きました。それに手を挙げてくれたのがJA9IFF/1 中嶋康久さんでした。彼は仕事でXYLの典子さん(JQ1NRO)と共にドイツに赴任し、1985年にはDJ0KEの免許を得てヨーロッパの各地から運用された経験があって、英語でのコミュニケーションは問題なく、筆者もJAIGやJANETを通じて交友があったので、地理に詳しいJQ1HBT 星浩二さんと組めば大丈夫と確信し、Nevilleさんに推薦させて頂きました。その結果1997年9月のIOTAコンベンションでNevilleさんから、日本のCPはJA9IFF/1 中嶋さんに決定し、JQ1HBT 星さんとJI6KVR 出口さんを協力者として任命する旨伝えられホッとしました。中嶋さんは、その後の準備期間を経て、1998年1月からCPとしての活動を開始されました。彼はQSLカードのチェックをするだけではなく、CQ誌などへのIOTA紹介の記事執筆をはじめ、日本語によるIOTAのHPを開設してIOTAファンの便宜を図る他、東京や関西のハムフェアでIOTA CPのブースを設けるなど、献身的な努力を続けておられ、IOTA委員会からも厚い信頼を得ています。


JA9IFF/1 中嶋さんが活躍する、東京ハムフェアと、関西アマチュア無線フェスティバルでのIOTAのブース (2000)

英国滞在時は島々への移動運用が多かった
2, 3年の約束で1990年に英国へ赴任しましたが、定年退職直前の1998年まで約8年間英国に滞在しました。GW0RTAのホームQTHはウエールズで、EU-005 Great Britainでしたが、英国滞在中に移動運用したIOTAの島々は次の通りでした。
1991年 EU-116 Isle of Man GD0/N2ATT
1992年 EU-013 Jersey GJ0RTA/P, EU-114 Guernsey GU0RTA/P, EU-023 Malta 9H3TA
1993年 NA-026 Long Island N2ATT/P
1994年 EU-115 Ireland EI/GW0RTA/P, EU-067 Mykonos SV8/GW0RTA/P, EU-001 Rhodes SV5/GW0RTA/P, EU-008 Mull GM0RTA/P, AF-004 Canary EA8/GW0RTA/P
1995年 EU-124 Anglesey GW0RTA/P
1996年 EU-120 Wight G0RTA/P, EU-123 Arran GM0RTA/P
1997年 EU-010 Barra GM0RTA/P

このうち、EU-124のAngleseyはウエールズの島で、橋が架かっていて車で行けることから何回となく移動運用しましたが、後にルールに合わないとかで取り消されました。また、スコットランドの西岸にある多くの島々で移動運用をしましたがIOTAではEU-008, EU-123, EU-010に含まれるも、スコットランドのDXクラブであるGMDX Groupが発行するIOSA (Island Of Scotland Award)では、更に細かく分類して独自の番号を付けていたので、Activator部門のBasic Award (3 Groupsの 5 Islands) を頂きました。


島で運用したQSLカード (1992-1997) 及び、IOSAのDirectoryとActivator Basic Award (1997)

英国から帰国後の活動
1998年5月に英国から帰国後、東京や関西でのハムフェアのIOTAブースに参加させて頂いています。またCDXCのメンバーも継続していて、2001年にその姉妹団体であるFSDXA (The Five Star DXers Association:2017年2月解散)が主催するコモロ回教共和国DXペディションD68C (AF-007)に誘われ、日本からJA1RJU 小笠原さんと共に参加させて頂きました。このような国際的で大規模なDXペディションは初めての体験でした。FSDXAはその後も2004年にモーリシャスのRodrigues Islandで3B9C (AF-017)、2007年にSt. Brandon Islandで 3B7C (AF-015)のDXペディションを行いましたが、その時はJAでのドネーションの窓口を務めさて頂きました。ドネーションといえば、1999年に米国のAD5A, Mike CrownoverさんからIREF (Island Radio Expedition Foundation)を設立し、ドネーションを集めてIOTAペディションを援助したいと、G3NUG, Nevilleさんを通じて協力依頼があり、幾ばくかのドネーションをして設立メンバーに加わりました。しばらくの間Board Memberの一人として、申請のあったIOTAペディションへの援助の可否、援助金額の決定等の投票をさせて頂いていましたが、2002年に病気で入院することになり、この役目もJA9IFF/1 中嶋さんに引き継いで頂きました。


D68CのDXペディションに参加時の筆者とグループの写真(2001)、及びIREFの設立メンバーの証書(1999)

エピローグ
JP3AYQ 眞田さんから、このシリーズの最後の締めくくりをと依頼されたのですが、時系列からみると逆行して最初に戻った記事になってしまいました。今後もDXCCに次ぐ世界的なアワードとして、DXerはもとより、多くのアマチュア無線家の皆さんの活動の中での楽しみの一つとして、普及し発展して行くものと期待しています。G3KMA, Rogerさんが、「島を訪れる主な理由がIOTAプログラムのためだとすれば、私達はあなたに更に豊かな人生を与えることに成功したと言えるのではないでしょうか」と、語っておられたことを思い出します。またそことQSOすべく追っかけるIOTAチェイサーが世界中に大勢おられることが、島に出かける人達を勇気づけていることも忘れてはなりません。IOTAの輪が広がることを期待しています。

以上、今月はJA3AER 荒川さんに初代IOTA Directory日本語版発行とJAのIOTA CP開設の思い出をレポートして頂きました。古くからIOTAを楽しまれている多くのOMさん達にとって、この初代の日本語版IOTA DirectoryはIOTAアワードを始めるにあたっての入門書になったに違いありません。荒川さんのレポートを楽しみにしていたIOTAファンもきっと数多くいらっしゃると思います。私のような新人IOTAファンにとっても大変興味深く、そして勉強になりました。

今年の11月16日から19日まで、カンボジアのSiem Reapで開かれた、SEANETコンベンションに参加された荒川さんから、「D68C コモロDXペディションでも一緒だったG3XTT, Don Fieldさんと16年ぶりに再会しました。彼は現在CDXCのプレジデントで、IOTAペディションにもアクティブに活躍しておられ、SEANETコンベンションでも、Chatham Island DXpedition, ZL7G (IOTA OC-038)のプレゼンテーションをされました」と、Donさんと一緒に撮った写真を送って頂きました。


JA3AER 荒川さんとG3XTT Donさん

長くアマチュア無線を続けていたからこそG3XTT Donさんと再会出来たご縁だと思います。IOTAアワードは、島がたくさんありますので今のところ終わりはありません。これからも長く楽しめるアワードです。ペディショナーとチェイサーの位置関係も近い大変フレンドリーなアワードなので、ぜひIOTAチェイシングを、そしてIOTAペディションを長く楽しんで頂けたら嬉しいです。荒川さんには最後の締めくくりにふさわしいとても素晴らしいレポートを頂きました。ありがとうございました。

あっという間に一年が過ぎてしまいました。最終回は如何だったでしょうか?IOTAは電波で世界の島を巡る、とてもロマンのあるアワードです。どうぞこれからもチェイサーとして、ペディショナーとして、皆さまに長くIOTAを楽しんで頂けたら本望です。私のような素人がキー局と言う大役を受けまして、役不足で至らない部分も多々あったと思います。暖かく見守って頂きました読者の方々に感謝いたします。また、キー局を任せて頂きました月刊FBニュース編集部にもお礼申し上げます。ありがとうございました。これでONE PIECE of IOTAとも一旦お別れですが、小さなIOTAの輪がどんどん大きく成長して大きなIOTAの輪になってくれたら嬉しいです。次はまたどこかの島から、お空でお会いしましょう!

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