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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その81 シンキングデー・オンジエアー 1993年(3)
「あの人は今 (第6回)」JE1BQE根日屋英之氏

JA3AER 荒川泰蔵

シンキングデー・オンジエアー

筆者は在英中のこの年(1993年)に、G4INX, Mr. Harada に誘われ、ガールガイド(ガールスカウト)の年中行事であるシンキングデー(Thinking day)の行事の一環として、アマチュア無線局の免許者の管理のもと、免許を持たない子ども達に運用をさせる行事に参加させて頂いた。子ども達が交信する相手は、英国内はもちろんヨーロッパの複数の国々の子ども達であった。日本でもARISS以外に、子ども達にこのような機会が与えられれば、アマチュア無線に興味を持つ子ども達も出てくるのではないだろうか。尚、今月の「あの人は今(第6回)」は、JE1BQE根日屋英之氏の紹介です。

1993年 (英国 G0TDX, G0TKS, G0TQO, G0UGC, GB4CBC, GI0PMQ/P)

JR3RWB木本泰弘氏は、英国の試験を受けてG0TDXの免許を取得し、HFのCWを中心に約4,000局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真1)。「当地へ赴任したのは1992年の1月です。事前に英国免許事情を調べる余裕もなく、何とかなるだろうとの安易な気持ちで最低限の機材を引越荷物に詰め込み、家族より一足先に渡英しました。当初は仕事と生活で精一杯でしたが、家探しの際にアンテナを見掛けると思い出して、RSGBの住所でも控えてくればと後悔したものでした。B&B滞在も長くなって多少は落ち着いてきたある夜の事、バーで飲んでいる常連客が無線の話をしているのに気付き、割り込んで話を聞かせてもらいました。名前もコールサインも聞きませんでしたが、近郊にハムショップが有るとのこと、これで突破口が開けました。免許取得活動を始めたのは、家が決まり、家族も落ち着いた5月になってからでした。場所を教えてもらった店は廃業で、他の店を探すにも情報が無く、最終的にイエロー・ページでNewton-le-Willows,MerseysideにあるAmateur Radio Communications Ltd.を探し当てました。車で10分の隣町ですが、聞いても店の場所が分からなくて、最後は警察に駆け込んで教えてもらう、この頃は何事もこんな調子でした。同店にはWarrington Radio Clubが勉強会参加者募集の広告を出していました。講師のKen(G0???)に電話すると、とにかく来てみる様にとのことでした。色々なアクセントの英語にすっかり恐怖症になっていた当時、彼の喋る正統英語には正直安堵しました。勉強会は9月からGrappenhall,Warringtonの同クラブ施設で始まり、数名の参加者が毎週火曜夜2時間の講習を受け、その後パブでお喋りを楽しんだものでした。私には勉強会の内容は不適切とのKenの好意で、11月からは彼の自宅で先のRAE不合格組2人と特別レッスンを受け、一足早く12月にChesterで受験しました。強いアクセントに苦しんだのですが、これより先の11月には勉強会世話役のGuy(G8???)に手続きを教えてもらって、Liverpoolでモールステストも受験しました。CW派ですので練習は不要と思いながらも、RSGBからのメモ「手送り電信なので癖がある」が気になって、近郊からの練習プログラムを受信してみました。どこで切るのか分からない和文の達人好み?の素晴らしい符号、これでは12WPMでも大変と正直震え上がりました。幸い試験官のEddie(G3???)が直々Huyton.Liverpoolからも運用していましたので、大慌てで144MHzのアンテナを建て、ボランティアとの違いを確認しました。( - 中略 - )免許は特別なコールサインを希望しましたので、1993年2月になりました。クラブメンバーよりPlanning Permissionについても色々聞かせて貰いました。短期滞在であれば正規申請には値しない、煙突や立木から引っ張ったワイヤーアンテナならOK、Permissionより近所との関係、軒先の高さから10フィート以内なら許可なしでOK、或いは許可なしでタワーを建てたら訴えられた等々・・・。この助言に沿って日本から持ってきたCushcraft R5を制限一杯の高さに設置、暫く受信中心に大人しく様子を見ることにしました。毎日が英語の環境では、帰宅後マイクに向かって英語を怒鳴る気分にはなりません。ハイバンドのコンディション低下に伴って、日本語を聴く機会も絶望的と悟り、1993年後半からはコンテストのCW部門中心の運用に切り替えました。All Asian Contestには敬意を表して両部門に参加、アンテナがR5では冷やかし同然ですので、メジャーなコンテストに狙いを絞ってアンテナを立て替えて楽しんでいます。(1998年3月記)」


写真1. CQ誌1998年4月号に掲載された、G0TDX木本泰弘氏(左側)と筆者の写真。

JF1NHD猪俣範夫氏は、英国の免許を得て運用しているとアンケートを送ってくれた。「局免許申請から待つこと約4ヶ月、予約しておいたコールサインG0TKSが5月初旬にやっとRAから届きました。さっそく、裏庭にアンテナ(マグネッティックループ、直径1.5m、3.5-11MHz用)を建て運用を開始しました。現在は主に7及び3.5MHzのCWをQRP(1-5W)で運用しています。3Wの出力でも混信さえなければ、意外と楽に殆どのヨ-ロッパ諸国と交信でき驚いています。イギリスではローパワーと自作が結構盛んで、私が会員になっているG-QRPクラブはイギリスを中心に会員が約8千人もいます。当分の間はQRPでのんびりと近くのカントリーを追いかけ、QROで運用したくなったら所属のSouthgate ARCのG3SFGから出ようと思っています。(1993年6月記)」

JH0HTC田嶋博之氏は英国で試験を受けて免許を得、運用しているとアンケートを寄せてくれた(写真2)。「1992年3月よりこちらに赴任となり、地元の無線家の協力により同年12月のRAEに合格、翌年3月モ-ルステストに合格し、イギリスのコ-ルサインG0TQOを得ることができました。当初RTTYの運用をしていましたが、アンテナ高が低いのと、リグの出力が10Wしかないのとが相まって、呼んでも呼んでもなかなかピックアップしてもらえず(それ以前に届いていないのかも知れませんが)殆どワッチの状態でした。その後、子供の誕生・入院手術等によりしばらくQRTとなっていましたが、また時間が取れる様になってきたので再びQRVしようと思っています。このところコンディションもあまり良くない様ですので、アンテナに手を入れる予定です。現在のシステムは、TS-440V(10W)+給電点1.5mのR5、モデムはPK-232Jです。始めはマイクがありませんでしたが、今は入手してSSB, CWにも出ることができる様になっています。(1994年6月記)」


写真2. (左)G0TQO田嶋博之氏のアンテナと、(右)QSLカード。

JA0OFD林智之氏は、1993年11月5日にG0UGCの免許を得たと、免許状のコピーを添えて、手紙で知らせてくれた(写真3)。「在英中はいろいろと皆様にお世話になりましたが、現在メキシコ担当になり、これまで2度メキシコに出張しました。この度、やっとG0UGCのコールサインを取得しましたので、いつかUKで運用が出来ればと思っています。また、養子縁組により、姓を小平から林に改めました。どのようにして免許状やRAEの合格証のFamily Nameを変更するのか調査中です。(1994年4月記)」


写真3. G0UGC林智之氏のCEPT免許状(氏名は当時の旧姓になっている)。

JA3AER筆者は、ガールガイド(日本ではガールスカウト)のシンキングデーのアクティビティに誘われ、参加したことを記録していた(写真4及び5)。「G4INX, Mr. Haradaに誘われ、Chester Collegeで行なわれたガールガイド(Girl Guides)のシンキングデー(Thinking day)の行事に参加、カレッジの最上階にセットアップされた特別局GB4CBCを運用させて頂いた。他にGB4ECBも平行して運用されたが、それぞれサフィックスはChester Brownies Co.とEighteenth Chester Browniesのイニシャルを取った特別コールサインであり、G4INXの免許を基に、RSGBから許可を得たものであった。英国などヨーロッパの幾つかの国では、この日に限り免許を持たないガールガイドの子ども達に、免許者の管理の下で特別局を運用することを許可されている。これを経験した子どもは「通信」を経験したバッジが貰えるようだった。(1993年3月記)」


写真4. (左)シンキングデーの特別局GB4CBCで、子ども達に運用を経験させるG4INX, Mr. Harada。(右)GB4CBCで運用する筆者。


写真5. G4INX, Mr. Haradaの免許状を基にして、RSGBが代行して発行した特別局GB4CBCの短期運用許可証。免許人の管理の下で、無免許の人が挨拶を交わすことが出来る旨記載されている。

JA1IST名黒和史氏は、英国の免許でGI0PMQ/Pとして、北アイルランドからQRVしたとアンケートを寄せてくれた。「1993年、アイルランド一周旅行の途中で運用、HF帯のCWとSSBで約10局とQSOした。アイルランド共和国との国境の厳重さに驚いた。北アイルランドはイギリス国内でありながらDXCCでは別カントリーである。UKコールのプリフィックスの変更で自由に運用が可能。(1994年2月記)」

1993年 (アイルランド EI/G0PMQ/P)

JA1IST名黒和史氏は、英国のCEPT免許を利用し、EI/G0PMQ/PのコールサインでアイルランドからQRVしたとアンケートを寄せてくれた。「1993年、イースター休暇を利用してアイルランド一周の旅行をした時に運用したもの。B&Bの裏庭に5m高のダイポール・アンテナを立てた。リグはTS-450Sで100W。7MHzと14MHzのCWで15局程とQSOしたが、日本とは14MHzでかろうじて1局QSOできた。(1994年2月記)」

「あの人は今 (第6回)」JE1BQE根日屋英之氏

現在アンプレット通信研究所の所長として、内外の大学や企業で人体通信を含む近距離無線通信を中心とした技術指導をされる傍ら、毎週日曜日のJANETクラブのネットにアクティブに参加されているJE1BQE根日屋英之氏のドイツでの記事は(その12) 2014年3月号(その43) 2016年10月号に、米国での記事は(その57) 2017年12月号に、そしてサイパン島からの記事は(その76) 2019年7月号で紹介させて頂きました。また根日屋氏は2019年9月号の今月のハムにも紹介されています。その根日屋氏から当時の思い出を含む近況を、アンケートでお知らせ頂きましたので紹介させて頂きます。「私は、1971年にJE1BQE(東京都台東区)、1976年にJA9QZH(富山県魚津市)、2014年にJD1BOO(小笠原諸島母島)を開局しました。私が最初に海外からアマチュア無線を運用したのは、1976年の夏(私は20歳)に、当時の西ドイツのAscheffenburg (DOK B04)からで、まだ、日本人が海外から運用していることが非常に珍しかったです。当時、西ドイツでお世話になった近隣の町Seligenstadt (DOK F38)のDK9FN, Sigi、DF5FJ, Bernhard、DF2FQ, Holgerは今でもアクティブに運用しており、家族ぐるみの付き合いが続いています。1990年代は、仕事でアメリカ合衆国に行く機会が増え、W4, W6, W7, W9 から運用しました。1993年には日本人、ドイツ人のハム仲間とサイパンから、KK6RT/KH0のコールサインで、DXペディションを行いました。また、韓国の忠南国立大学でも講義をすることがあるので、2013年に同大学の禹鍾明研究室(アンテナ研究室)内にHL3ZCG(個人局)を開局しました。

現在は、JE1BQEとして3局(東京都台東区の200Wの固定局、神奈川県川崎市の1kWの固定局、千葉県いすみ市の50Wの移動局(写真6)、JA9QZHとして富山県魚津市に100Wの固定局、JD1BOOとして小笠原諸島母島に1kWの固定局、HL3ZCGとして韓国の大田広域市に100Wの固定局の、合計6局のアマチュア無線局の免許を受けています(写真7及び8)。還暦を過ぎてから、アマチュア無線を1人で楽しむよりも、仲間と一緒に楽しみたいと思うようになりました。会社に設置されたクラブ局JH1YTUから、社員と共に運用したり、大学のクラブ局(JA1ZLO/JA1YWX)でも、教職員メンバーとして仲間に入れていただきました。


写真6. (左)JE1BQE根日屋英之氏のシャックと、(右)そこで運用するJE1BQE根日屋英之氏。


写真7. (左)JE1BQE根日屋英之氏のQSLカード。(右)JD1BOO根日屋英之氏のQSLカード。


写真8. (左)JA9QZH根日屋英之氏のQSLカード。(右)HL3ZCG根日屋英之氏のQSLカード。

最近、東京の下町は高層ビルが建ち並び、電波も飛ばず、また、アマチュア無線でアクティブなローカル仲間が少なくなってきたので、東京から100kmほど離れた千葉県いすみ市のシャックから、アマチュア無線を楽しむことが増えてきました。太平洋に面した千葉県いすみ市には、アマチュア無線をアクティブに楽しんでいる私と同世代の方も多いので、2015年に、「いすみローカルアマチュア無線クラブ」に入れていただきました。ここは気候も暖かく、私のシャックの窓からは太平洋も見え、南国の島から運用しているような気分になります。2015年には、いすみ市制10周年のJARL特別局8J1ISMCを、2019年には、いすみ鉄道開業30周年JARL特別局8J1IRWを、いすみ市のアマチュア無線仲間と運用しました(写真9)。2015年9月9日には、台風15号が千葉県を直撃し、千葉県全土で大きな被害を受けました。停電になり携帯電話も通じないときは、電池で動くハンディー機で仲間たちと繋がれるアマチュア無線の大切さを感じました。


写真9. (左)千葉県いすみ市の仲間達と移動運用をするJE1BQE根日屋英之氏、右から2番目。(右)同じく、右から2番目が根日屋英之氏。

最近の活動として、日本の将来を担う子供たちに、電線が無くても人と人とが繋がれる無線(科学)の面白さを伝えています。私は、大学での講義を仕事の一環として行っていますが、今年は、高校(スーパーサイエンスハイスクール)にも出向き、無線に関する勉強会を行いました。また、自分のライフワークである、人体を伝送路として近距離無線を行う「人体通信」の研究では、アマチュア無線のイベントなどで、講演をしてほしいというご依頼もいただくようになり、年齢を問わず科学に興味のあるアマチュア無線家を前に、人体通信の実演を含めた講演をしています。OM方も子供のような輝いた目で私の話を聞いてくれることが、私にとって、とても幸せなことと思っています。(2019年9月記)」尚、JE1BQE 根日屋英之氏のホームページは、次のURLでご覧頂けます。https://je1bqe.web.fc2.com/

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