2014年3月号
連載記事
防災とアマチュア無線
防災士 中澤哲也
はじめに
本誌創刊号の編集長「創刊のご挨拶」には、「アマチュア無線が単なる遊びではなく、阪神淡路大震災、東日本大震災発生時の活躍などに代表されるアマチュア無線の社会貢献についても視点を持ち、情報提供するとともに、現在ハムでない読者には非常事態時の活躍などを通したアマチュア無線の社会貢献度を正確に伝え、アマチュア無線免許の(再)取得の一助になりたい」旨、編集方針を示しています。
この記事は、その編集方針に基づき、読者の皆様に防災視点でのアマチュア無線について知識と情報をお伝えしてまいります。
第1回 防災と情報の収集・伝達
この3月11日に東日本大震災から3年を迎えます。大規模かつ広域であった、また各種報道機関により衝撃的な影像も報道されたこの災害の記憶は、まだまだ新しくかつ消えることのないものです。この震災により亡くなられた方々に3回忌を迎え改めて哀悼の意を表します。
この震災を機に、人々の間には「防災」についての意識が飛躍的に高まりました。災害を防ごう。発生時は救助・救援・復旧・復興をどうするか。いろいろな取り組みが始まり、また継続されています。
一口に災害と言っても地震、津波だけではありません。台風や豪雨災害、また冬季には雪崩、豪雪、最近では竜巻、加えてハムにとっては日頃から脅威である落雷、さらには季節に関係なく発生する火山災害もあります。もちろん「天災」(自然災害)だけではありません。海上災害、航空災害、鉄道災害、道路災害と呼ばれる「交通災害」、ついには「原子力災害」という言葉まであります。考えてみれば「いつでも」「どこでも」「だれでも」なんらかの災害に遭う可能性がある。と言えます。
では、どうすればよいのでしょう?
政府は「災害対策基本法」に基づき内閣府に「中央防災会議」を置き、「防災基本計画」を作成しています。
(災害対策基本法)http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO223.html
(防災基本計画) http://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/pdf/20111227_basic_plan.pdf
また同法に基づき指定行政機関(中央省庁)は「防災業務計画」を、指定公共機関(独立行政法人、日本銀行、日本赤十字社、日本放送協会、通信・電力・ガス・道路各社)も「防災業務計画」を、都道府県防災会議、市町村防災会議等は「地域防災計画」を策定し各種施策・計画を立案実施しています。http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/jikkoukaigi/03/pdf/5.pdf
この「防災基本計画」に「アマチュア無線」という言葉があるのを皆様ご存知でしょうか。ベテランハムなら「あって当然!」と、平成生まれの読者なら「携帯電話の時代に今更なぜ?」とお思いでしょう。
記載部分は次のようあります。
○ 国,地方公共団体等は,災害時の情報通信手段について,平常時よりその確保に努め,その整備・運用・管理等に当たっては,次の点について十分考慮するものとする。
・ …
・ …
・ 携帯電話・衛星携帯電話等の電気通信事業用移動通信,業務用移動通信,アマチュア無線等による移動通信系の活用体制について整備しておくこと。なお,アマチュア無線の活用は,ボランティアという性格に配慮すること。
(強調は筆者)
(13項目記載中第8位)
この記載は 第2編 地震災害対策編 第2章 災害予防 第5節 迅速かつ円滑な災害応急対策、災害復旧・復興への備え (3)通信手段の確保 という部分にあります。
このことから「政府は災害発生時に於けるアマチュア無線の有用性を明確に認識している」と言えましょう。
先の東日本大震災では、発生2日後の平成23年3月13日中央非常通信協議会会長より社団法人日本アマチュア無線連盟(現:一般社団法人日本アマチュア無線連盟)に対し「被災地の通信確保のためのアマチュア局の積極的活用について(要請)」という公文書が発行されました。このことからもそう言えましょう。
※クリックで拡大します(上の画像では画像処理により公印を削除しています)
現代では、スマートフォンがその利便性により若者のみならず幅広い年代で多くのユーザーを得ています。しかし、情報ネットワークの構成要素たる携帯電話基地局が停電等により機能停止に至ると、スマートフォンはWi-Fiアクセスポイントが近くに無ければ通信機としての機能を喪失してしまいます。スマートフォンそのもののバッテリー問題もあるでしょう。
東日本大震災発生当日夜の様子 (左)コンビニエンスストアでは携帯電話の充電器は売り切れた (右)8時ごろ東京駅日本橋口公衆電話に並ぶ人々 (撮影 M.S氏)
携帯電話基地局やWi-Fiアクセスポイントも停電対策を講じていますが、通話集中等による通信量の急激な増大で生じる回線の輻輳や、サーバーの処理問題によるEメールの大幅遅延は如何ともしがたい状況にあります。
行政機関等への衛星携帯電話の配備も進められていますが、どれだけの方が使用経験お有りでしょうか。筆者も1度ありますが、それは10年以上前のことです。また、使い方がわかるか、どこにあるのかご存知でしょうか。稀な例ですが、記録的短時間大雨降雨時には衛星携帯電話は電波が大きく減衰し使えなくなります。
アマチュア無線局は乾電池、カーバッテリー等電源さえ確保できればネットワークに依存することなく、単独で通信できます。周波数もLFからSHFまで多数の周波数帯を使用でき、ハンディ機の多くはVHFとUHFの2つの周波数を運用出来、衛星携帯電話が通話困難となる記録的短時間大雨降雨時でも通信可能です。
また、現代のアマチュア無線機ではハムバンド以外の周波数帯受信機能を多くの機種が有しています。もちろんAM放送、FM放送のみならず、航空無線、海上無線その他の周波数も受信できるものがあります。2波同時受信機能を有するトランシーバーもあり、この場合はハムバンドで交信しながら放送受信し各種情報を得ることが可能です。
如何でしょうか。確かにスマートフォンはアプリ次第で何でもできます。しかし、いざ!災害発生時の有効性を比較すればアマチュア無線機の有用性は遙かに高い物ではないでしょうか。
「災害発生時にはハムが周囲の情報リーダーとなる。」あながち過言ではない、でしょう。
筆者自身もハムであり、通勤カバンにはD-STARハンディトランシーバーがいつも入っています。これが東日本大震災発生当日大いに役立ちました。
地震発生から時間が経過するに連れ、首都圏では携帯電話ネットワークが通話集中等により輻輳状態に至り、通話不能となる事態が生じました。筆者の勤務地である大阪から東京の事業所へは、当初インターネット回線を利用したIP電話で通話し、状況確認していました。しかし、オフィスビルの管理会社より設備の問題で退館指示が出され、近隣の大規模避難所指定公園に社員が移動した後、携帯電話での通話を試みましたがかかりません。
その様子を見ていた筆者はD-STARのゲート越えで旧知の社員をコールしたところ、即時に応答がありました。
その社員(=アマチュア無線仲間)より遭遇している状況を確認し、こちらからはTVで得た情報を彼に伝えました。その公園には私の交信相手以外に、公園近隣の多数の方が避難していたであろうと考え、それら多数の方が直接交信内容を耳にしたとき、少しでも不安を軽減することができるよう、その点に留意しながら交信しました。また、私の周囲にも交信相手の周囲にもアマチュア無線局免許人である無線従事者免許保有者がいたので、双方「ゲストオペレーター制度」を利用してオペレーターを代わり交信することで、さらに多くの情報の収集、伝達ができました。
「JR1___ ゲスト JH3___。こちらはJI3__ ゲスト JO3___。 そちらの状況は先ほどと変化ないでしょうか?どうぞ。」
言うまでもなく電波法に基づき運用しようとするアマチュア局の呼出符号を使用します。特にD-STARでは通話と同時に予め設定したコールサインデータも送出されるので、受信者には交信局のコールサインははっきりと分かるので特に留意しました。
この通信について、携帯電話が使えない言わば「非常時」の通信だから電波法第74条「非常の場合の無線通信」に該当し、無線局運用規則第135条「通報の送信方法」に従い、「非常」を「前置」しなければならないのでは? と疑問をお持ちの読者もいらっしゃると思います。しかし、法74条にはその状況と目的が記載されていますが、筆者が行った通信はその要件に該当しない、と判断したものです。判断が難しい部分です。いつの時代にも「非常通信」の定義について議論があり、同時に運用規則違反か否かの議論も起こります。本当に運用者自身、あるいは交信相手に危機がさしせまった場合、非常の前置をしなければならないのかな?どうかな?と考えているほんの数秒が生死の分かれ目になるかもしれません。
「漁協の屋上じゃだめだ!八幡様に行け!」
「そっちに火が回るで!東側に逃げや!」
「防波堤越えたと!山まで走りんしゃい!」
「今から逃げるべ!小学校で会うべ!」
伝えたい内容を伝えるべき相手に、正確・簡潔・即時に伝える。これが非常通信の基本だと思います。
筆者は阪神淡路大震災当日、被災地に入りハンディ機で次の運用を430FMメインでしました。
「各局、各局、各局。こちらは JI3___、ジュリエット インディア・スリー _____________、JI3____。 JR鷹取工場内に周辺住民が多数避難しています。指定避難場所でないので救援物資の心配があります。この情報をお聞きの方は区役所、警察、どこでもいいので伝達願います。…(繰り返し)…。」
平時に振り返れば、何という運用をしたのか、と思えます。
しかし、直接の被災者でなくとも、発生当日に故郷である激震地に入り、その惨状を目の当たりにし、家族の安否も確認できない状況下において、まともな運用ができるかどうか…?
東日本大震災被災地の様子 仙台市近郊沿岸部
(2011年4月2日) 撮影 M.T氏
瓦礫の山、土台だけになった住宅跡、激しく損傷した自動車。
ボートはどこから流れ着いたのか、もし人が乗っていたなら無事であってほしい…
阪神淡路大震災被災地の様子 神戸市須磨区 鷹取東第二地区[筆者実家周辺]
(1995年1月18日)撮影 筆者
震災発生当日夜半の大火により地区内9割近くが焼失。まだ燻っている。
幸い撮影範囲では焼死者はなかったが、第一地区では倒壊家屋の下敷きで存命中に火に呑まれた方が何人も…
アマチュア無線家=ハムはプロではありません。前出の「防災基本計画」上も「アマチュア無線の活用はボランティアという性格に配慮すること」と明記されています。
プロはそのときに備え、常日頃から訓練しています。
アマチュア無線家でも意識を持って訓練をしようとしている多くの仲間がいます。
ハムにとって非常通信だけが訓練の対象ではありません。
レピータを使った事がないハムが使えるようチャレンジすることも訓練でしょう。
レピータを使えるようになったよ。
非常時にはそれが、自分の、周囲の、相手の命を救うことになるかもしれません。
アマチュア業務
金銭上の利益のためだけでなく、もっぱら個人的な無線技術の興味によって行う自己「訓練」、通信及び技術的研究の業務をいう。
とあります。(電波法施行規則第3条第1項第15号)(「 」は筆者付記)
和文通話表を暗記することも、非常時の情報伝達の訓練です。(和文通話表:無線局運用規則 別表第5号1)
ナカガワさんが重傷なのか、ナカザワさんが重傷なのか、間違わずに伝わるでしょうか?
さあ、今から訓練をしようじゃありませんか!
(第1回終わり)
防災とアマチュア無線 バックナンバー
- 第20回 防災とアマチュア無線+α
- 第19回 要救助者と無線
- 第18回 無線機を取り出す前に
- 第17回 火山と無線通信
- 第16回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”その2
- 第15回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”
- 第14回 防災視点でのアマチュア無線 「訓練」 (その2)
- 第13回 防災視点でのアマチュア無線 「訓練」 (その1)
- 第12回 防災視点でのアマチュア無線 「組織化」
- 第11回 防災視点でのアマチュア無線 最近の話題
- 第10回 周波数の使用区別変更に伴う非常通信周波数の変更、阪神淡路大震災から20年
- 第9回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (3)
- 第8回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (2)
- 第7回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (1)
- 第6回 米国のアマチュア無線における「非常通信」 (3)
- 第5回 米国のアマチュア無線における「非常通信」 (2)
- 第4回 米国のアマチュア無線における「非常通信」
- 第3回 海外における「非常通信」
- 第2回 「非常通信」とは
- 第1回 防災と情報の収集・伝達