2013年6月号

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テクニカルコーナー

HF帯で極めて弱い局と交信するためのJT65の運用テクニック

編集部

JT65とは

現在、HF帯においてJT65が人気で、運用バンドを上手く選ぶことで昼夜を問わず、世界中からの信号を受信できる。このJT65はデジタルモードの一種で、1分間(正確には約48秒)、繰り返し同じメッセージを送出し、受信側ではそれをソフトによって解析しデコードするという通信方式をとる。極めて弱い信号でもデコードできるため、わずか数W程度の送信出力と簡単なアンテナでも世界各国と交信できるとあって、ますます人気が上がっている。

このJT65は、ノーベル物理学賞を受賞したことで有名な米国のK1JTによって、もともと小さな設備でEME(月面反射) 通信を行うために開発されたモードで、前身のJT44の性能をさらに向上させている。実力的には、耳には全く聞こえないレベルであるS/N-32dBの信号までデコードでき、QSOすることができるため、従来は超大型アンテナが常識だったEME通信の標準設備を身近なものにしてくれた功績は非常に大きい。

具体的には16八木や8八木が主流だった144MHzのEME用アンテナは、JT65の登場によって今や4八木が世界標準となっており、2八木でEMEを楽しんでいる局も少なくない。果敢にもシングル八木でEMEにトライしている局もいる状況である。JT65により比較的小規模なアンテナでも2mDXCCの完成が現実的なものとなり、2013年5月現在で世界の80局以上が受賞している。日本でもすでに8局が2mDXCCを受賞している。

HF帯でのJT65

微弱信号に対するデコード能力が極めて高いJT65での運用を、なにもEMEだけに限る必要はなく、HFで使ってもおもしろいんじゃないかと目をつけた局が、2006年頃からHF帯でも運用を始めた。ただし当時は交信相手がほとんどいなかったため、EMEと同じようにネット上でスケジュールを組んでのQSOが主流で、JT65のモードもJT65AではなくJT65Bだった。

ちなみに、JT65には占有周波数帯域幅の異なる3種類のモードがあり、帯域の狭い方から、JT65A、JT65B、JT65Cである。現在JT65Aは主にHFと50MHzで、JT65Bは主に144MHzと430MHzで、JT65Cは主に1200MHz以上で使用されている。

翌2007年になるとHF帯での運用局も増加し、ランダムにCQを出しても応答があるようになった。さらにJT65のモードも帯域の狭いJT65Aにシフトし、14.076MHz/JT65Aというのが世界的に定着していった。ただ当時はまだまだ「JT65はQRPで」、という認識はなく、多くの局が出力50~100W程度で運用していたようだ。そのため、耳では聞こえない信号レベルでのQSOをJT65で行っていたEMEとは違い、HF帯で聞く各局のJT65の信号はみな強力だった。

JT65を運用するためのソフトウェア

当初JT65を運用するには、K1JTが開発したソフト「WSJT」(画像1)を使うしか方法が無かったが、2008年にW6CQZにより、HF帯で使うことを前提にモードをJT65Aに特化させ、より操作を簡単にした「JT65-HF」(画像2)が開発されたことで、JT65の運用が一気に身近になった。


(画像1) WSJT ver9.3


(画像2) JT65-HF ver.1.0.9.3

ここからは、ちょっと専門的な話になるが、マルチデコード(1回のシーケンスで受信帯域内の信号を複数同時にデコードすること)を行うためには、「WSJT」を使用した場合、ウォーターフォールを示す別ウインドウのSpecJTの画面上に見える、同期信号を1つずつ手動でマウスクリックしていく必要がある。しかし、「JT65-HF」を使えば、「Enable Multi」にチェックを入れておくだけで、自動的にマルチデコード(画像3)を行ってくれるため、その時点で帯域内にどんな局が出ているかが一目瞭然となり、誰のCQに応答するかなどが簡単に選べて、至極便利になっている。しかも親切なことにCQメッセージの背景は緑色で表示してくれる


(画像3) 「JT65-HF」でのマルチデコードの例

また「JT65-HF」は相手への応答メッセージも非常に簡単に設定できるようになっており、自分がCQ局かそうでないかによって、選択する送出メッセージが分けられているなど、HF帯でJT65を運用するなら、問答無用で「JT65-HF」をお勧めするし、実際にはほとんどの局が「JT65-HF」でHF帯でのJT65を楽しんでいることと思う。

この「JT65-HF」にも弱点が無い訳ではない。実力的にはS/N-32dBまで復調できるJT65の信号だが、実際には- S/N-26dB程度までしか復調できないことは、「JT65-HF」で運用しておられる局ならご存じのことと思う。それでも自分の耳でなんとか信号が確認できる信号レベルは、S/N-21dBか-22dB程度なので、耳では聞こえない-26dBの信号が復調できればそれで十分と考えることもできる。

しかしなぜS/N-30dB前後の超微弱信号が復調できないのか。「JT65-HF」ではマルチデコードをオフにしても、帯域を絞っても復調できない。それは搭載しているデコーダー(解読器)の違いによるものである。

2種類のデコーダー

「JT65-HF」が備えているのは、リードソロモンデコーダーという解読器だけだが、「WSJT」は、リードソロモンデコーダーに加えてディープサーチデコーダーを備えており2段構えになっている。「WSJT」ではリードソロモンデコーダーとディープサーチデコーダーを同時に動作させることができる。実際にはディープサーチデコーダーの使用によって、S/N -32dBまでの信号解読が可能になる。すなわち、「WSJT」を使えば、S/N -30dB 前後の極めて弱い信号の局とも交信できる可能性が出てくるのである。


(画像 4) S/Nが平均-31dBのQSO例。(EMEでの例)

デコーダーの仕組みの詳細については「WSJT」の公式マニュアルを参照していただきたいが、簡単に説明すると、ディープサーチデコーダーは、あらかじめ「WSJT」が持っているコールサインリスト(call3.txt) (画像5)を参照しながら信号を解析する。いわばコンテストソフトのスーパーチェック機能の様なもので、たとえば、受信信号の解析で1文字、2文字欠落しした場合でも、call3.txtリストアップされているコールサインを参照することで、欠落した文字を補完し、デコード結果として表示するように動作する。


(画像5) call3.txeファイルの冒頭部分

このような処理を行っている関係上、推測の余地が入るために結果は100%ではなく、ミスデコードも当然あり得る。そのため、ディープサーチデコーダーを稼働させた場合で、「WSJT」がデコード結果を表示した時は、結果の信頼度を10段階でデコード行の末尾に示してくれる。10が最高で1が最低だが、筆者の経験上この信頼度が5以上であればほぼ正解で、低信頼度の1や2でも正解のケースが多い。なお、信頼度が5以下になると、WSJTはデコード結果に「?」をつけて表示することがある。さすがのWSJTも「自信がないが」、という意志のようなものを示しているのであろう。

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