2016年5月号
テクニカルコーナー
<D-STARレピータ設置事例>
「公共性の高さ」と「市民の防災意識の高まり」を背景に、市役所庁舎内へJP3YIW(桜井430)を設置 - 奈良県桜井市/桜井市アマチュア無線ネットワーク
編集部
全国各地に設置が進んでいるD-STARレピータ。その設置場所や管理団体の活動に注目する「D-STARレピータ設置事例」として、今回は奈良県桜井市に開局したばかりのJP3YIWレピータ(桜井430)を紹介しよう。
JP3YIWレピータ(桜井430)が設置された、奈良県桜井市役所庁舎の外観
★地元の無線グループと市役所が協定を締結し、D-STARレピータを設置
2016年4月18日、奈良県桜井市役所で「桜井市アマチュア無線ネットワーク」(会長:JR3FJG原田秀穂氏、会員数26名)のメンバーと、桜井市の松井正剛市長らが出席し、「災害時の情報収集に関する応援協定」の調印式が行われた。
4月18日に行われた「災害時の情報収集に関する応援協定」調印式の模様
この応援協定は、アマチュア無線の公共性の高さと、アマチュア無線家のボランティア精神、災害時に活用可能なD-STARの特性などを念頭にしたもので、自治体関係者からも注目されている。概略は次のとおりだ。
・桜井市アマチュア無線ネットワークは、D-STARレピータの運用に必要な機器類(レピータ装置、アンテナ、パソコン、ルーターなど)を用意する。
・桜井市役所はそのレピータの設置場所を庁舎内に提供するとともに、運用に必要な電源(AC100Vおよび非常用電源装置)と専用のインターネット回線を準備。これでD-STARレピータが24時間365日の運用を行うことが可能となる。
・両者は、平時に情報伝達などの通信訓練を行ってスキルアップを図る。さらに大規模災害が発生し、携帯電話などの使用が困難になった場合には、市が桜井市アマチュア無線ネットワークに協力を要請。メンバーは市内の被害情報を収集するほか、各避難所で必要になる「物資の数量」や「避難者の状況」などの事項を無線で市に報告する。
協定書に調印後、握手を交わす原田会長(左)と松井市長
★JP3YIWレピータの設置に至る背景
日本国内では2016年4月15日現在、デジタルデータ(DD)モードとデジタル音声(DV)モードを合わせて244基のD-STARレピータが設置されている。最近は内閣府がまとめた「市町村BCP(緊急時の業務継続)計画」にも、災害時につながりやすい通信機器としてアマチュア無線も指定されたことや、D-STARが災害時にも役立つシステムであることの認識が高まりつつあり、各地の自治体や病院、日本赤十字社支部などが防災用バックアップインフラを兼ねて導入するケースが増えてきた。 近畿では、これまで37サイトのD-STARレピータが開設された。中には「日赤大阪府支部」「日赤奈良県支部」「大阪歯科医師会館」といった防災上重要な施設に設置された事例もある。しかし奈良県全体で見てみると、すでに開設されたのは奈良市などの県北部のみで、桜井市などの奈良盆地南部への設置はなく、ある意味でここが“空白地帯”となっていたのだ。
近畿のD-STARエリアマップ。
今回開局したJP3YIW(桜井430)は青色で表記。奈良盆地南部の“空白地帯”解消に寄与している
市役所から見た桜井市内の風景。「ひみこの里」「記紀万葉ゆかりの地」として著名で訪れる観光客も多い
そこで防災上の観点から、地元のアマチュア無線家の有志が「桜井市アマチュア無線ネットワーク」を結成、JARL奈良県支部と連携して、桜井市役所にD-STARレピータ設置のための協力を熱心に働きかけた。
調印式に出席した桜井市アマチュア無線ネットワークの関係者。
左端はJARL奈良県支部長のJH3KCW 吉川 寛氏
その結果、理解と関心を示す桜井市議会議員が現れ、市の防災安全課(現・危機管理課)へ説明の機会を設けてもらうことに成功した。幸いなことに同課の管理職がアマチュア無線技士の資格を所持していたことから、市長を始めさまざまな部署へ“防災バックアップインフラ”としてのD-STARレピータ設置の重要性を伝え、市長との面談を経て予算化が実現。そして冒頭で紹介した「災害時の情報収集に関する応援協定」の運びとなったのだ。
「災害時の情報収集に関する応援協定」調印の模様
調印式の席上、松井正剛桜井市長は「災害発生時に迅速かつ的確な応急対策を行うためには、情報収集と情報伝達がなによりも重要ですが、発生直後は電話回線が使えないなど情報伝達に困難が伴うことがしばしばあります。今回の応援協定の締結で、災害発生直後の混乱した状態においても、つながりやすい通信手段として情報収集と伝達ができると期待しています。南海トラフ地震の発生も予測される中、被害を最小限にすることが行政に求められており、今回の協定はその一翼を担うものと思います」と期待を述べた。
また原田会長は、関係者に感謝の意を表明するとともに、「奈良レピータ、桜井レピータが揃ったことで、万一どちらかが被災して働かなくなった時でも補い合うことができます。さらに災害時には被災者としてだけでなく、海のない奈良県の場合、東日本大震災の際の岩手県遠野市のように支援基地の立場になることもあると思います。いずれの場合でも役に立つよう、日常的に訓練を重ねてまいります」と決意を述べている。
なお、この調印式の模様は読売新聞でも報道され、「被害情報 無線で報告、桜井市と愛好家が応援協定」という記事が4月19日の同紙奈良県版に掲載された。
調印式終了後はD-STARのゲート越え通信を利用し、島根県出雲市などとの交信をデモンストレーション。松井正剛桜井市長も興味深げだった