2014年3月号

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連載記事

海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~


JA3AER 荒川泰蔵

その12 国連無線クラブ局K2UNの活性化 1976年

国連無線クラブ局4U1UNの前身K2UNの活性化

先月号で、ニューヨーク市近郊に住んでいた筆者を含めた日本人ハムに、国連のアマチュア無線局4U1UNを運用する機会を与えてくれたHB9RS, Maxの訃報をお伝えしましたが、4U1UNの前身であるK2UNを1976年にITUの承認を得て公式に再開したのはMaxの努力によるものでした(写真1)。そして1978年にシャックを国連の敷地内にある国連本部ビルの最上階である40階に移し、国連本部の許可を得て4U1UNのコールサインで運用を開始したのもMaxでした。MaxことDr. Maximilian C. deHenseler氏は2002年にXYLのRenate(HE9CSH)を亡くされましたが、筆者が最初にご夫妻にお目にかかったのは1980年11月にARRLハドソン支部のコンベンションで、N2ATF小林さんに紹介して頂いた時です(写真2の左)。そして最後にお会いしたのは1997年8月にドイツで開かれたHAMRADIOの会場で、DF2CW壱岐さんご夫妻を交えて夕食をご一緒させて頂いた時です(写真2の右)。この記事の最後に、JANETメンバーを中心とするMaxとの交流と共に、彼の功績の一端を紹介させて頂きます。


写真1. (左)K2UNにて左からN2ATF小林巌氏、N2JA塚本葵氏(1980年代)。 (右)K2UNのQSLカード。


写真2. (左)ARRLハドソン支部のコンベンションにてHB9RS, MaxとRenateご夫妻(1980年)。 (右)HAMRADIOの会場にて、左から筆者、HB9RS, Max、DF2CW壱岐邦彦氏ご夫妻、Renate、筆者のXYL, JG3FAR (1997年)。

1976年 (スリナム JA1PIG/PZ)

駐在員として南米スリナムに赴任されたJA1PIG臼井五郎氏(写真3)は、1970年後半から1981年に帰国されるまでアクティブにQRVされ、その当時の様子をレポートしてくれた。「PZではスリナム政府及びアマチュア無線クラブ、親切な友人達のおかげでアマチュア無線を心ゆくまで楽しませて頂きました。どうやら日本政府も重い腰を上げつつあるようですが、いま一つという感じです。私が電波を出せるようになった経緯を簡単に述べてみたいと思います。1976年1月にスリナムに赴任。3月、名誉領事(スリナム人)にお願いしてライセンス及び申請書をオランダ語に翻訳して頂き、PTTに提出(写真4の左)。スリナム政府、外務省を通じ相互運用条約を打診。7月、なかなか許可がおりず、スリナムアマチュア無線クラブが、スリナム政府に嘆願書提出(写真4の右)。10月、日本政府より返事がないので、PZのコールは使えないが、JA1PIG/PZで運用してよいとの口頭の許可有り。早速運用開始。そして1981年1月、帰国のための閉局時に正式局であることの証明書をもらった(写真5)。この4年間、DX、OSCAR、アワード、コンテストなど、十分楽しみました。またクーデターもHi。ジャングルに囲まれた、未発達の国でしたが、ハムだけでなく色々教えてもらう事の多かった素敵なところでした。(1985年12月記)」 臼井氏はまたスリナムを訪問したいと、最近PZ5RAのレンタルシャックを検討し始めておられます。


写真3. (左)国連局4U1UNのリニアーアンプを修理中のJA1PIG臼井五郎氏(1992年)。 (右)JA1PIG/PZ臼井五郎氏のQSLカード。


写真4. (左)JA1PIG臼井五郎氏の日本の免許オランダ語訳。 (右)スリナムアマチュア無線クラブが、スリナム政府に出してくれた免許督促の嘆願書。 (クリックで拡大します)


写真5. JA1PIG臼井五郎氏のJA1PIG/PZ運用が合法的であった旨の証明書。

1976年 (ドイツ DL/JE1BQE, DK0RA)

人体通信を含む近距離無線通信の権威JE1BQE根日屋英之氏(写真6)は、ドイツでの運用の経験をレポートしてくれた。「当時は、日本のライセンス(2アマ)を基にクラスAの免許を取得できました(写真7)。クラスAは、現在と異なり、オールバンド、オールモードの運用が出来ました。現在のドイツでの運用免許申請料はDM 50.00 (25.56 EUR)です。申請先はRegulatory Authority for Telecommunications and Postsで、日本のアマチュア無線従事者免許証(英文)とアマチュア無線局免許状(英文)のコピーを送付します。また、日本の無線従事者免許証と無線局免許状には英語の記載がありませんので、それらの英文の証明書も添付する方がよいかと思います。JAとは主に14MHzでQSOしました。又、DL国内では144MHzのFMで出る度、ものすごいパイルアップをあびて、数百局のDB/DD/DC局(DLのVHF以上の周波数が運用できる初級免許局)や、レピーターを介して近隣諸国の局ともQSOできました。オスカーにもアップリンクし、ヨーロッパの多数の局とQSOできました。(1987年4月記、2014年1月追記)」 根日屋氏は当時お世話になったDK9FN, Sigi氏、DF5FJ, Bernhard氏、DE2FQ, Holger氏達とは、今でも親交が続いているそうです。


写真6. (左)根日屋英之氏がJE1BQE/DLを運用したクラブ局DK0RA (Seligenstadt DOK F38)、Seligenstadtは、親友DK9FN, Sigi氏、DF5FJ, Bernhard氏、DF2FQ, Holger氏達が住んでいた町 (1976年)。 (右)DK0RA局のあるクラブシャックで毎週ミーティングが行われた。ここには各メンバー宛のQSLカード仕分けポストもある。左が根日屋氏で右がDF2FQ, Holger氏(1976年)。


写真7. (左)JE1BQE/DL根日屋英之氏のQSLカードと、(右)免許状。

1976年 (ハワイ KH6BZF)

1970年代後半から1980年代前半にかけて、世界の各地からQRVしたJI1VLV, Nanaちゃんこと伊原ナナ子氏は、ハワイからのゲストオペのレポートを寄せてくれた。「1976年4月1日から6日まで、KH6BZF宅よりゲストオペでQRVしました。ガ-ルスカウトの派遣旅行だった為、あまりハムの方とは会えませんでしたが・・・。(1987年4月記)」

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