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連載記事

2013年8月号

アマチュア無線への思い

JA1CIN 三木哲也
(公益財団法人 日本無線協会)

第5回 移動通信の業績で奥村善久氏がドレイパー賞を受賞

4.移動通信技術の進展

奥村氏が心血を注いで研究を推進した移動通信の技術は、自動車電話から携帯電話となり、さらにデジタル化されてデータ通信速度の向上により現在のブロードバンド・スマートフォンへと目まぐるしい発展を遂げてきた。このような発展のベースとなった「奥村カーブ」の意義は大きい。奥村カーブについては、さらに使いやすくするために実験データを近似する定式化がアマチュア無線家でもある秦正治氏(元JA6MLA)により行われた[7]。現在、これが「奥村-秦モデル」と呼ばれて広く使用され、ITU-Rの勧告にも採用されている[8]。この計算式を用いると、UHFアマチュア無線バンドでの通信距離の推定も容易にできる。解説記事[9]も出ているが、アマチュア無線家にはあまり知られていないようだ。この式によるアマチュア無線バンドに近い450MHzにおける市街地での電界強度特性の計算例を図4に示す。この図のグラフは、ダイポールアンテナによる実効輻射電力1kW送信時の受信電界強度であり、これを利用するには実際の送信電力とアンテナ利得による補正が必要である。なお、パラメータのh1は送信点の高さ、h2は受信点の高さである。因みに電界強度特性を簡単に求めるには、インターネット上でのサービスとして、Javaアプレットによってグラフを表示するWebサイト[10]があり、ここを用いると自分で計算することなくパラメータ値を入力するだけで欲しいグラフが得られる。


図4 市街地での450MHzの電波伝搬特性

自動車電話の時代は、契約料も通話料も高額であったことからユーザ層は限られていた。そのため、アマチュア無線のモービル機やハンディ機による移動通信に魅力を感じてアマチュア無線局が急増していたが、1990年代中頃から携帯電話が普及しはじめるとアマチュア無線を目指す若い世代が減少しはじめたのは残念である。一方、アマチュア無線機器の技術の進歩は著しく、奥村氏が大変な労力をかけなければ得られなかった移動通信での電波伝搬測定は、いまでは正確な測定機能付きトランシーバを作ることは可能であり、多くのアマチュア無線家が協力して走行データを取得し、いわゆるビッグデータ解析を行うことで実現可能かも知れない。

第4世代に向けた最先端の移動通信の研究では、電波伝搬の単なる伝搬損失距離特性だけではなく,遅延特性やパス特性,さらに電波の到来角特性などの把握が必要であり、さすがにアマチュア無線には手が届かない高度なレベルになっている。一方、自治体等が必要とする非常・防災などの通信手段確保のために、日頃から身近な地域の電波伝搬特性を把握しておくことは重要であり、このような目的に向いたモービル機やハンディ機があると良い。既に、GPS機能付きトランシーバは普及しているので位置データの取得は問題がなく、これに加えて正確な電界強度の表示およびデータ収集機能付きのトランシーバが開発されることが期待される。

5.あとがき

奥村氏のドレイパー賞受賞は、工学分野で社会的に貢献する仕事をしている人達を大いに勇気づけるものであった。奥村氏の業績についても、この受賞が無ければ国内においては“知る人ぞ知る”評価であったと感じる。朝日新聞の辻篤子氏は、奥村氏の受賞に関連した記事の中で「工学分野の業績は科学的発見に比べて、なかなか著名な賞の対象にはなりにくいのが実情だ。だが、人類社会への貢献の大きさと、今後もさまざまな課題の解決に向けて期待される役割を考えれば、工学の業績にもっと光が当たっていい」と書いている[11]。アマチュア無線家の中にも、もっと応分な評価を得るべき良い仕事をしている人が多数いると思われる。アマチュア無線家が行った良い仕事について関心を持ち、それを若い世代に広く伝えていくことが日本の科学技術力を維持・発展する上でも必要と思う。

参考資料
[1] "奥村氏に「工学のノーベル賞」、ドレイパー賞授賞式", 日本経済新聞, 2013年2月20日.
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2000X_Q3A220C1CR0000/
"日本初「工学のノーベル賞」 金沢工大の奥村善久氏 携帯電話網の礎", 朝日新聞, 2013年2月21日.
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201302200800.html
[2] "2013 Charles Stark Draper Prize Recipients", NAE, 2013.
http://www.nae.edu/Projects/Awards/DraperPrize/67245.aspx
[3] 進士昌明, 服部武, 生越重章編, "移動通信事典", 丸善, pp.58, 2012年3月10日発行.
[4] Y. Okamura, E. Ohmori, T. Kawano and K. Fukuda, "Field Strength and its Variability in VHF and UHF Land-Mobile Radio Service", Review of the Electrical Communication Laboratory, No.9-10, pp. 825 - 873, 1968.
[5] CCIR Recommendation 370-2, "VHF and UHF prooagation Curves for the frequency range from 30MHz to 1000MHz", 1974.
[6] 奥村善久, 松坂泰, 渡辺松彦, "大容量広域自動車電話方式の構想", 電子通信学会通信方式研究会, CS71-76, 1971年10月27日.
野村卓也, ほか, "大容量自動車電話の無線方式", 同上, CS71-77, 1971年10月27日.
清水直, ほか, "大容量自動車電話の制御方式", CS71-78, 1971年10月27日.
[7] M.Hata, "Empirical formula for propagation loss in land mobile radio services", IEEE Trans. Veh.Technol.,Vol.VT-29, No.3,pp.317-325, Aug.1980.
[8] ITU-R Recommendation P.529-3, "Prediction Methods for the Terrestrial Land Mobile Service in the VHF and UHF Bands", 1978-1990-1995-1999.
[9] 長谷良裕, "電波伝搬の基礎", RFワールド, No.9, pp.13-20, 2010年3月1日発行.
[10] "奥村・秦カーブアプレット",(株)サーキットデザイン.
http://www.circuitdesign.jp/jp/technical/TechnicalTool/tTool4.asp
[11] 辻篤子, "ドレイパー賞工学の業績もっと評価を", 記者有論, 朝日新聞, 2013年4月16日.
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201304150571.html
[12] 奥村善久, ほか, "陸上移動無線における伝ぱん特性の実験的研究", 電気通信研究所研究実用化報告, Vol.16, No.9, pp.1705-1764 (1967).

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