2013年9月号
連載記事
アマチュア無線への思い
JA1CIN 三木哲也
(公益財団法人 日本無線協会)
第6回 アマチュア無線による地震前兆観測の可能性(上)
1.はじめに
未曾有の被害をもたらした東日本大震災は、人々の防災意識を高め非常・災害に関する研究開発への機運を高めた。地震予知はその典型であろう。日本では、東南海地震、東海地震、南海地震あるいは関東大震災の再来などが遠からず起きると言われている。そのため、日本における地震予知の研究は特に期待が大きい。長期の地震予知は、プレートの動きにより生ずる地殻歪みの程度を推定することが基本になっていると思われるが、その予知は極めて難しいようだ。本年5月25日の報道で「政府の地震調査委員会は24日、駿河湾から九州沖まで延びる南海トラフで起きる恐れがある大地震の発生確率を公表した。トラフ沿いのどこかでM(マグニチュード)8~9の地震が起きる確率は、50年以内に90%程度以上、10年以内なら20%程度などで「切迫性が高い」」と発表されたが、5月29日の報道では「南海トラフ巨大地震の対策を検討していた国の有識者会議は28日、地震予知が現状では困難と認めた」という発表がなされた[1]。
このように、長期予知は発生時期や規模が絞込まれないのであまり役立たないが、地震前兆現象に基づく短期の予知が確実にできるようになれば防災上大いに役立つ。特に人的災害の大幅な軽減に役立つであろうことを考えると、長期予知と切り離して短期予知にはもっと力を入れるべきであろう。地震の前兆現象は、震源域および余震域での地殻変動に伴って生じる様々な現象であるが、最近は電磁気現象への関心が高まっている。それらの中には、地震域で発生する電磁波の放射を捉えるものや、電離層の擾乱をLF/VLF帯あるいはVHF帯の電波伝搬の観測から捉えるものなどが含まれている[2]。これらの観測技術はアマチュア無線との親和性が高いので、全国に在住しているアマチュア無線家による観測への協力は有意義な社会貢献活動としての可能性がある。まず今回は、これらの地震前兆現象の観測について解説する。
2.地震関連の電磁気現象
地震に伴う電磁気現象についての研究は、1980年代から始まり、地震と観測対象の電気、磁気、電磁波の変化を把握する試みが数多く行われている。図1は現在行われている観測法を一枚の図にまとめたものである。主な電磁気現象の観測について以下に説明する。
図1 地震に伴う種々の電磁気現象とその観測[3]
(1)地電流の変動現象
VAN法という有名な方法がある[3]。これは、ギリシャ・アテネ大学の3名の物理学者Varotsos氏、Alexopoulos氏、Nomikos氏によって提案されたことから、3名の頭文字をとった名前がついている。1981年にアテネ地域を襲った大地震が重大な損害を与えたことから、彼らは1985年から地電位変化の観測を始めた。物理学者として、震源地域の地面には地震発生の前に何らかの電流が生ずる可能性を予想したことによる。その結果、1993年3月18日にはピルゴス市のM5.7の地震予知に成功したことで、一躍有名になった。
測定原理は簡単で、適当な距離離れた地面に一対の電極を埋めて、その電極間の地電位差から地電流の変動を観測するものである。地電位は、地磁気の変動、降雨、電車などからの人工ノイズ、電極の電気化学的な変化などによって、常に変動している。したがって、地震前兆信号の存在を検知するには、これらの変動要因やノイズから区別しなければならない。VANグループは、大変な努力をした結果、正しい観測点さえ選択できれば、地震前兆の電気信号(SES)を検知できることを実証したのである。震源の位置は、電極の位置とSESの関係から推定する。日本でも1990年代から地電流変動の観測が行われており、表1にその例を示す。これらを見ると地電流異常の検出から数日以内に地震が発生しているものが多いが、中には数週間に及ぶ場合も含まれておりばらつきは大きいようだ[4]。
表1 VAN法による観測事例[4]
(2)発光現象
電磁界異常を人が直接観測できるのは光である。大地震の直前に発光現象が見られることは、古い地震の記録にいくつもあり、最近では1995年の阪神・淡路大震災において、地震発生の数10分前に空が夜明けのように明るかったという多くの証言が記録されている[5]。発光メカニズムについては、大気中のイオン濃度の上昇による放電などいくつかの仮設があるが、現象は解明されていないようだ。
(3)電磁波放射現象
地震時に通常は存在しない広帯域の電磁波(雑音波)が地震域から放射されることを検証する研究が1980年代から始まった。そのきっかけを作ったのはアマチュア無線家でもある芳野赳夫氏(JA1XF, 電通大)である。氏のグループは、長野県菅平においてLF帯(81kHz)の電波雑音を常時観測していたが、1980年3月31日に発生したM6クラスの地震発生の30分前から雑音レベルが上昇し、地震発生とともに元のレベルに復帰する様子が観測された[6]。同時に観測していた広帯域ホイスラー波観測装置には、通常は観測されない1kHz以下において無数の散発的な雑音が観測され、それも地震発生と共に消滅したとのことである。同年9月25日の千葉県北西部地震(M6.1, 深さ80km)では、東京都杉並区で図2に示すように地震の1時間半ほど前からバックグラウンドレベルより15dBほど大きいLF帯の電波雑音が観測されている。
図2 1980年9月25日に発生した千葉県北西部地震に伴うLF帯電磁波放射[6]
別のLF帯の観測として、尾池和夫氏(京都大)らはアマチュア無線用受信機を改造して163kHzのパルス状雑音をカウントした事例がある。これは、空電雑音を受信していることになるが、1983年から1984年にかけての10例の観測結果は地震の本震時に最もパルス状雑音が多くなっている。また、藤縄幸雄氏(防災科学技術研究所)らはVLF帯の観測を行い、1995年4月29日に発生した北海道東方沖地震(M6.7)において地震発生と同期した電波雑音を観測している。これらは震源上空で発生した空電を捕らえている可能性が高いと推測されている[4]。
一方、地震関係者がULF帯〔注〕と称する数Hz以下の極めて低い周波数帯での電磁波放射現象が、1980年代末にロシアとアメリカで観測され、マグニチュードの大きな地震の前兆を捉えることができることから近年注目されている。1989年にカリフォルニアで発生したM7.1の地震において、スタンフォード大のグループが設置した磁力計(水平磁場成分検出)が本震の12日前から広い周波数帯域で磁界強度の増加を捉えた。3時間前からはそれまでの5倍ほどの強度となり、本震後は数日間非常に高いレベルを維持し、その後数ヶ月をかけて減衰するという観測結果が報告されている[4]。この結果は、地震予知研究に懐疑的なアメリカでも大きな話題になったそうだ。日本では早川正士氏(電通大)らが、新たな信号解析(偏波法)を用いて1993年8月8日に発生したGuam地震(M8)においてULF波の前兆現象を明瞭に検出している[2]。
国内の地震については、電通大グループが静岡県伊豆市清越に観測点を設けてULF帯の磁界変動を計測した事例などがある。この例では、1999年1月1日から東西・南北の水平2成分と垂直成分の3成分を0.0017Hzから0.5Hzにわたる周波数範囲を8バンドに分けて連続計測しており、偏波法により2000年6月末から発生した伊豆諸島群発地震の前兆を示す異常現象を捉えている。その解析結果(水平分と垂直分の比(偏波比))を図3に示す[7]。群発地震の発生の1ヶ月ほど前から複数のバンドで偏波比が上昇しているが、0.01Hz当たりが顕著に上昇している。電磁波放射のメカニズムは完全には解明されていないが、ULF帯は波長が長いので地中で減衰しにくいため、地中深くから伝搬される電磁波の中でも最も観測しやすいようだ。
〔注〕主にラジオ放送に使われているMF(中波、300kHz~3MHz)以下の名称と周波数範囲は、LF(長波、30~300kHz)、VLF(Very Low Frequency:超長波、3~30kHz)、ULF(Ultra Low Frequency:300Hz~3kHz)、SLF(Super Low Frequency:30~300Hz)、ELF(Extremely Low Frequency:3~30Hz)と規定されている。3Hz以下の名称規定が無いことから、地震関係の資料では数Hz以下の周波数をULFと称していることに注意を要する。
図3 2000年6月末からの伊豆諸島群発地震前後のULF(0.0017~0.5Hz)観測結果[7]
(図の横軸は1999年1月1日からの日数を示している)
さらに、VHF帯でも地震に伴う電磁波放射が観測されている。吉田彰顕氏(広島市大)らはFMラジオを用いて、その地域で放送に使用されていない周波数を受信し広帯域の電波雑音を観測している。VHF帯の場合は、スポラディックE層や流星の反射による遠方の放送信号が紛れ込む可能性があるため、それらを除外して自然放射信号のみを捉える工夫をしている。この観測系によって、2000年10月6日の鳥取県西部地震(M7.3)を広島市大にて、2001年3月24日の芸予地震(M6.7)を広島市大と野呂山にて、2002年2月12日の茨城県沖(M5.7)を日立市にて、2004年10月23日の新潟県中越地震(M6.8)を米沢市にて、それぞれ地震に呼応した電波雑音を観測したことが報告されている[8]。
(4)電波伝搬の異常現象
旧ソ連の研究者が阪神・淡路大震災の以前から、VLF帯やLF帯の電波伝搬が地震に伴って異常を来すのではないか、との報告をしていたとのことである。しかし、その観測波形などから信憑性は疑問視されていたそうだ。そのような状況下で、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災において早川正士氏(電通大)らが観測した結果には、誰もが認めざるを得ないほど明瞭な前兆現象が捉えられていた[2, 4]。
当時はまだ運用していた対馬オメガ局(1997年9月末閉局)の10.2kHz、11.33kHz(正確には11.0kHz+1/3kHz)、13.6kHzの電波を通信総合研究所(現NICT)の千葉県犬吠観測所で受信し、受信波の位相を常時計測していた。この伝搬路は震源付近を通過している。伝搬距離はVLF帯としては比較的短距離の1,000km程度であり、多モード(直接波および複数の電離層反射波)伝搬となる。この場合、日の入りおよび日の出時に昼間のD層反射と夜間のE層反射との切り替わり(これをターミネータタイムと言う)に際して、伝搬モード間の干渉条件の変化によって受信信号の振幅の低下と位相変化が起こる。このターミネータタイムは季節と共に徐々にシフトするが、1月17日の地震発生日に先立つ1月14日から1月17日の間だけ、見かけ上日の入りのターミネータタイムが約1時間遅れ、日の出のそれが約30分早まるという異常に大きなシフトが起きた。これは、図4に示す電離層の昼間と夜間の電子密度状態の変化を考慮すると、震源域からの影響による電離層擾乱により、地上80km付近に存在するD層の電子密度が高まり、すなわちVLF波の反射高度を下げ、昼間帯の電子密度状態を長く保ったことに相当する。
図4 電離層の高度と電子密度状態
一方、VHF帯においておいても、地震の前兆として震源域の上空で電波散乱現象が起きることが串田嘉男氏(八ヶ岳南麓天文台)によって1993年に見出された[9]。串田氏は電波を使って流星観測をしていた。具体的には、上空に向けた八木・宇田アンテナで見通し外のFM放送波を受信していると、流星による大気の電離で一瞬散乱された電波が受信できるので、それをペンレコーダで記録していた。見通し外のFM放送波が受信できるのは、他にもスポラディックE層の出現時や、航空機による反射もあり得るが、そのいずれとも異なる異常な信号が1993年8月初旬に30分間ほど受信された。その原因が分からずにいたが、3日ほど経った夕刻に奥尻島での地震(1993年7月12日に起きた北海道南西沖地震(M7.8)の余震(M6.5、8月8日発生))のニュースを聞いて、その前兆現象ではなかったのかと考えたのだそうだ。その時受信していたのは仙台のFM放送局の電波であり、奥尻島上空の電離層擾乱により後方散乱された電波が八ヶ岳で受信されたものと推定された。その後、数多くの観測データから、前兆現象のVHF波散乱が始まり一旦レベルを上げた後レベルが下り、静穏状態を経て地震が発生するという一般的な傾向があることを突き止めている。静穏状態の期間は統計的に、異常散乱期間の約1/5とのことである[9]。
FM放送波を利用した地震前兆現象の観測は、北海道大学地震火山研究観測センターの森谷武男氏らのグループも主として北海道内で行っている[10]。しかし、前兆現象として電離層擾乱とは異なる局所的な散乱体が生じることに着目している。M7クラスの地震では2週間以上前からそのような散乱体が発生し、それによる見通し外の電波が受信されるそうだ。
地震の前段階で起きる地殻活動の影響で電離層擾乱が生じることは、種々の観測から明らかになってきた。そのため、電離層の状態を直接計測することで詳細なメカニズムが解明される可能性がある。その一つが衛星による直接的な電離層観測であり、2004年6月にフランスが地震電磁気専用の衛星DEMETERを打ち上げている。これにより、2004年に起きたスマトラ島沖地震を衛星から電離層擾乱の空間的な時間変化を追うと同時に、VLF帯電波伝搬観測を行うことができたことにより、前兆現象の解明が進んだとのことである[11]。
3.あとがき
地震予知は極めて困難と見なされているが、前兆として電磁気的な異常現象が生じることが近年の種々の研究から明らかになってきた。その中で、地震に伴う電磁波の放射や電離層への影響があることが1980年代から明らかとなり、1990年代に入り多くの取り組みが行われるようになった。それらの中で、地震前兆としておきる電波伝搬異常を検知することが有力な方法であり、VHF帯のFM放送あるいはVLF/LF帯での観測が有望な方法であることを紹介した。次回は、これらの観測の現状と課題を解説し、アマチュア無線家による取り組みの可能性について考えたい。
参考資料
[1] "南海トラフでM8~9の地震、50年内90%以上 調査委予測", 朝日新聞, 2013年5月25日朝刊.
"南海トラフ地震、予知困難 有識者会議、「事前防災」を重視 家庭備蓄「1週間分を」", 朝日新聞, 2013年5月29日朝刊.
[2] 早川正士, 伊田裕一, 武藤史弥, "地震に伴う電磁気現象と地震予知の研究", RFワールド, No.4, pp.64-77 (2008).
早川正士, "地震は予知できる", KKベストセラーズ (2011).
[3] 上田誠也, "地震予知はできる", 岩波書店〈岩波科学ライブラリー〉, (2001).
上田誠也, "地震予知のVAN法を知っていますか?", INCEDEニューズレター, 東京大学生産技術研究所国際災害軽減工学研究センター, Vol.5,No.4 (1997).
http://sems-tokaiuniv.jp/old/eprc/res/incede/incede-j.html
[4] 長尾年恭, "地震予知研究の新展開", 近未来社 (2001).
[5] 佃為威, "地震予知の最新科学", ソフトバンククリエイティブ, pp.162-171 (2007).
[6] 芳野赳夫, "地震に伴う電磁放射現象と予知に関する研究", 電子情報通信学会技術報告, EMCJ85-115 (1986).
[7] 芳原容英, "電波を用いた地球環境の監視と予測", ユニーク&エキサイティングサイエンス, 近代科学社, pp.80-109 (2013).
[8] 吉田彰顕,西正博,望月慶輔,“二周波法によるVHF帯地震電磁現象の観測”,電気学会論文誌C,Vol.125, No.6, pp.904-910 (2005).
[9] 串田嘉男, "地震予報", PHP新書 (2012).
[10] 森谷武男, "VHF帯電磁波散乱体探査法(地震エコー観測法)による地震予報の研究", 北海道大学地震火山研究観測センターWeb (2013年4月3日).
http://nanako.sci.hokudai.ac.jp/~moriya/fm.htm
[11] 早川正士, "地震電磁気現象を用いた地震予知研究の動向", 電気学会誌, Vol.130, No.7, pp.431-434 (2010).