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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ2】デシベルと無線工学
第11話 非線形歪み(その1)

濱田 倫一

2025年8月1日掲載

第10話では「歪み(ひずみ)」による伝送信号の劣化のうち、「線形歪み」として知られる現象について解説しました。引き続き、第11話では非線形歪みによる劣化について解説します。

1. 線形歪みと非線形歪みの違い

図1に両者を簡単に整理しておきます。第10話で解説した「線形歪み(ひずみ)」とは、伝送路の周波数応答特性の歪み(ゆがみ)によって発生する伝送波形の変形現象で、伝送路の周波数応答特性が歪む(ゆがむ)原因は、遅延時間の異なる複数の経路からのマルチパス伝搬に起因するものでした。つまり位相回転量と遅延量が異なる自信号の合成が波形歪みの原因なので、元の信号と歪んだ信号の間にスペクトル構成の変化はなく、また伝搬路の特性に起因する現象であることから、信号の大きさが変わっても波形の歪み方に変化は生じません。

これに対して、これから解説する「非線形歪み(ひずみ)」は、伝送路の振幅応答特性の歪み(ゆがみ)によって発生する伝送波形の変形現象です。伝送路の振幅応答特性が歪む(ゆがむ)原因は、伝送路を構成する電子回路の増幅素子の非線形性(伝達関数が入力信号の大きさで変化する特性)に起因します。すなわち伝送信号が2乗、3乗されることが変形の原因なので、歪んだ信号のスペクトルには、元の信号のスペクトルに加えて、元の信号の2次成分、3次成分と呼ばれる、伝送信号を構成するスペクトルが相互にかけ算された結果、生成された新たなスペクトルが加わります。


図1 線形歪みと非線形歪みの違い

2. 非線形歪み

表1(第9話の表1を再掲)のNo15は増幅器の歪みに伴う劣化です。


表1 通信路の信号劣化要因の分類(第9話の表1を再掲)

世間の教科書ではあまり明示的に区別して語られませんが、増幅器の歪みには大きく、①飽和による歪み(振幅のクリップ)と②大振幅動作させることによる歪みの2パタンが存在します。図2は増幅回路の入出力振幅特性を模式的に示したものです。増幅素子の入力レベルを徐々に上昇させていくと、入力レベルが小さいうちは入出力に線形性(入力レベルを1dB増加させれば出力レベルも1dB増加する・・・ すなわち等比の関係)がありますが、入力レベルが大きくなるにつれ徐々に入出力の振幅が等比の関係を失う「利得抑圧」が発生し、最終的に入力レベルを上昇させても出力レベルが増加しない「飽和」状態に至ります。


図2 代表的な高周波増幅回路の入出力電力特性

増幅回路の入出力特性を示したこのグラフは、増幅回路の線形性能の善し悪しを示す特性図として、ICアンプや増幅器モジュールなどの仕様書に頻繁に登場します。特に飽和出力電力を示すPSAT、利得抑圧の開始点と見なされる利得1dB抑圧出力電力P1dBはデバイスのデータシート上で頻繁に目にする諸元であり、無線リンクの劣化配分設計でも管理諸元として使うパラメータです。
高周波増幅回路の入力電力 対 出力電力特性は、トランジスタの動作点の選び方によって形を変えますが、図2はその代表的な特性例を2種類示しています。左側のグラフは動作点を深く、すなわちバイアス電流を多めに流して出力電圧振幅の+側のクリップが強く見えるように設計したケース、右側はバイアスを浅くしてマイナス側のクリップが強く見えるように設計したケースです※1。前者は線形領域が比較的狭い一方でP1dB(利得抑圧)からPSAT(完全飽和)までの範囲が広いのに対して、後者は線形領域が広い一方でP1dB(利得抑圧)からPSAT(完全飽和)までが狭いという違いがあります。さらに後者では飽和が見え始める前に利得の上昇が見えるのが特徴です。また、冒頭で述べた2パタンの歪みは、増幅器が直線性を失ってから概ねP1dBまでの間で発生する歪みが大振幅動作に伴う歪み、P1dBより大きな出力振幅で発生する歪みが飽和による歪みになります。以下、飽和による歪み(振幅のクリップ)と大振幅動作させることによる歪みについて詳しく解説します。

  • ※1  詳しくは触れませんが、出力振幅のプラス側、マイナス側の片方だけがクリップされると振幅のアンバランスに対応したDC成分が発生します。このとき、カップリングキャパシタを介したAC出力では発生したDC成分が位相回転に変換されて観測されます。つまり増幅器を飽和させると位相回転も発生します。

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