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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第13話 PLLの役割とサイン波の純度について

濱田 倫一

2023年3月1日掲載

第12話では同一周波数のサイン波のかけ算とサイン波の位相について解説しました。第13話からはPLL(Phase Looked Loop)について解説します。無線通信機を構成する回路機能の中で「位相」を扱う回路といえば、真っ先に浮かぶのはPLL回路かと思います。でもこの回路、いったいどういう役割を担っているのでしょうか。PLLの役割を理解するためには、サイン波の「純度」について知っておく必要があります。

1. PLLの役割

無線通信機において、PLLには図1に示すように、下記3つの役割があります。
① サイン波に含まれる位相雑音を取り除くフィルタの機能。
② サイン波の周波数精度を維持したまま別の周波数に変換する機能。
③ FM信号やFSK信号から音声信号や伝送データを取り出す(復調)。


図1 PLLの役割

このうち①の機能がPLLの本質的な働きになるのですが、無線通信のエンジニアにとっては②の機能の方が「PLLシンセサイザ」としてなじみがあると思います。③の機能は少々特殊な使い方で、復調のデジタル処理化が進んだ昨今ではあまり使われなくなっているのではないかと思います。PLLとはPhase Locked Loop(位相同期ループ)回路の略称で、ここでは入力されたサイン波に位相同期する信号発生回路(発振器)の事だと理解してください(広義のPLLは位相同期する回路の事を示すので必ずしも発振器ではありません)。入力されたサイン波に位相同期した出力信号が得られるということは、入力されたサイン波と出力されたサイン波は周波数がぴったり一致しているという事です。無線通信機ではPLL回路のこのような特性を利用して、入力されるサイン波に含まれる位相雑音を取り除いたり(①)、入力されるサイン波と正確な比率の周波数で別のサイン波を生成したり(②)しています。また③の復調については、入力されたサイン波に位相同期するための内部信号が入力周波数の変化を示す事を利用しています。

2. サイン波の不純物

ここで、いきなり「位相雑音」という言葉が登場しました。「信号」に対して「雑音」とは、規則性がなくランダムな成分を示します。純粋なサイン波をSとすると、Sは図2の(式2-1)で示されます。この式には振幅、周波数、位相の3要素が含まれます。実際のサイン波S’には、これら3つの要素にランダムな成分「雑音」が重畳しています。さらに雑音は、直流成分と交流(時間と共に変化する成分)に分けることができます(図2の(式2-2))。


図2 純粋なサイン波と実際のサイン波

サイン波の純度とは、S’がどれだけSに近いかを示す言葉です。本連載で扱ってきた三角関数のかけ算もそうですが、一般に我々は回路や方式を設計する際には、揺らぎや雑音のない純粋な信号を前提としますので、SとS’の差分(=雑音)は設計上の誤差として影響します。

(1) 振幅項の雑音
サイン波をグラフにプロットしたときの振幅軸方向に重畳する雑音で、サイン波の波形と独立した波形として観測することができる成分です。このうち直流成分(時間経過で変化しない成分)は、一般に雑音とは呼ばずDCオフセットと呼び、それ以外を振幅雑音または雑音と呼んでいます。

(2) 周波数項の雑音
サイン波をグラフにプロットしたときの時間軸方向に重畳する雑音のうち、サイン波の周期性に対する変動成分です。これらは一般的に「雑音」とは呼ばれません。時間経過で変化しない成分を「周波数偏差」または「周波数誤差」と呼び、時間経過で変化する成分を「周波数変動」と呼びます。周波数偏差とは例えば水晶発振回路で言えば、水晶振動子の製造誤差などに起因する固定的な周波数の誤差を示し、周波数変動とは温度や時間経過に伴う周波数の変化を示します。

(3) 位相項の雑音
サイン波をグラフにプロットしたときの時間軸方向に重畳する雑音のうち、周期性のないものの総称になります。このうち時間経過で変化しない成分を「初期位相」または「位相」と呼び、時間経過で変化する成分を「位相雑音」と呼びます。位相雑音は時間軸上の雑音なので、独立成分として抽出することは困難です。

3. 振幅雑音と位相雑音を詳しく比較する

図3は振幅雑音と位相雑音の違いを時間軸上で比較したものです。振幅が1のサイン波①に対して、最大振幅比で0.1のランダム雑音②を振幅軸方向に重畳させたのが振幅雑音③、時間軸方向に重畳させたのが位相雑音④です。つまり①が図2のSに該当し、③、④がS’の一例となります。


図3 時間軸上で観察した振幅雑音と位相雑音(S=1MHzの場合)

図3において図中に示した計算式が示す通り、振幅雑音が重畳したサイン波③は、その最大電圧が元のサイン波①の最大値を超えますが、位相雑音は時間軸方向に重畳するので振幅は元のサイン波①の振幅を超えることはありません。

図4はこれをフーリエ変換し、周波数軸上で見た場合の図です。①~④のグラフの関係は図3と同じです。


図4 周波数軸上における振幅雑音と位相雑音(S=1MHzの場合)

図4のグラフ①ではサンプリングの都合で細い幅を持ったスペクトルに見えますが、周波数軸上において信号Sは幅を持たないスペクトルです。これに対してグラフ②の雑音は帯域幅∞の電力分布(帯域制限のないホワイトノイズの場合)を有しています。図4の計算では4096ポイントのFFT演算を行っているので、Sに対して4096倍の帯域に広がった信号として計算されています。従って周波数軸上での信号レベル(周波数あたりの電力)は帯域比分だけ小さい値になっています。

③と④のグラフには実際に計算されたポイント(サンプリングポイント)を表示しました。ExcelのFFT演算ポイント数上限(4096点)の制約で周波数軸のサンプリング間隔が広いため、雑音重畳の結果を示す③、④のグラフは、ともに信号S’の帯域幅がSよりも広がっているように見えていますが、図中に記載の通り信号スペクトル周波数前後の演算ポイントの値から、④のみスペクトルが広がっており、③はスペクトルに広がりはありません。

信号振幅への雑音重畳③は単純な振幅和なので両者のスペクトルはそのまま保存されます。図4においては、ノイズフロアが重畳した結果、信号スペクトル前後の演算ポイントの値が重畳したノイズで上昇しており、グラフにした際に見かけの帯域幅が広がって見えています。一方、信号の時間軸への雑音重畳④は、信号スペクトル前後の演算ポイントの値が重畳させたノイズの値よりも上昇しており、帯域幅の開きが確認されます。雑音を含まないサイン波Sは帯域幅を持ちませんが、位相項に雑音が重畳すると、単一周波数の純粋なサイン波ではなくなってしまい、有限の帯域幅を有するようになります。この帯域幅が小さいほど純粋なサイン波Sに近づく訳で、CW信号の占有周波数帯域がどのくらい小さいかをスペクトル純度と読んだりします。

ちなみにアナログ信号における「位相雑音」は、デジタル信号における「ジッタ」と等価です。振幅雑音は雑音帯域と信号帯域が離れていればフィルタで除去することが可能ですが、位相雑音はこのように変調性の雑音になるため、単純なフィルタで取り除くことができません。PLLはこの位相雑音を抑圧することが可能です。

4. 周波数偏差と周波数変動

無線通信は高周波のサイン波(搬送波=キャリア)を伝送信号で変調して情報を伝達します。そして他の通信との干渉は基本的に搬送波の周波数の違いによって回避しています。つまり、情報の伝送密度(通信チャネルの数)を増やそうとすると、搬送波周波数の間隔を狭くする必要があるのですが、搬送波周波数の精度が悪いと間隔を狭くすることが困難になります。従って、無線通信に使用する搬送波は高い精度(周波数偏差が小さい)が要求されます。このような理由から、無線通信機では周波数偏差の小さい多くの周波数のサイン波(搬送波信号)を生成する必要が生じます。

無線通信の搬送波は発振回路で生成しますが、発振回路というのは振り子時計のような動作をしており、発振周波数を決める共振回路(振り子)の部分と振り子を揺らし続ける帰還回路つきの増幅回路から構成されています。 このため発振回路で生成されるサイン波の周波数偏差や周波数変動は共振回路(振り子)の共振周波数の精度(如何に寄生素子が少ないか)と共振尖鋭度特性Qの大きさに左右される事になります。Qとは共振回路の尖鋭度を示す諸元で、月刊FB NEWSの過去の連載「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」の第13話~第15話(Qとは何か)で詳しく解説しているのでそちらを参照ください。電気回路においては水晶振動子などがQの高い共振子として多用されています。スペクトル純度が高く、周波数の違う搬送波を生成するためには、この振り子(水晶振動子)の振動周期(共振周波数)を変化させる必要があるのですが、Qが高い共振器ほど共振周波数を可変にするのは困難になります。PLLの位相同期機能を使うことによって、周波数精度の等しい異なる周波数のサイン波を生成することが可能になります。

5. 第13話のまとめ

第13話では理想のサイン波と実際のサイン波の差分となる雑音や偏差の定義と特性について解説しました。PLLはサイン波の周波数項や位相項に重畳する偏差や雑音に対して処理が必要なときに活躍する回路です。以下、第13話の要点を整理します。

(1) サイン波に含まれる不純成分には振幅雑音、DCオフセット、周波数変動、周波数偏差、位相差、位相雑音が存在する。
(2) スペクトル純度とはサイン波を周波数軸で観察したときの帯域幅の狭さを示すものである。
(3) 振幅雑音は信号振幅と雑音振幅の単純な足し算なので、スペクトル純度に直接影響しない
(4) 位相雑音はサイン波を示す三角関数の引数部分に作用するので、サイン波のスペクトル純度を低下させる。
(5) 周波数偏差は発振器の周波数の固定的な誤差(ずれ)を示し、周波数変動は発振器の周波数の経時変化を示す。

次回はPLLの基本動作について解説します。

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