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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ2】デシベルと無線工学
第7話 無線通信の成立条件(その3)

濱田 倫一

2025年4月1日掲載

第7話は第6話に引き続き、デジタル変調方式における入力SNRと通信品質の関係について解説します。

1. デジタル通信における復調信号の品質条件

一般に、デジタル変調方式の復調信号の品質は復調ビット列の中に間違ったビットが含まれる割合、すなわちビット誤り率(BER: Bit Error Rate)で定義されます。BERが大きいほど誤っているビットの数が多くなるので、復調信号の品質が悪い事を示します。ちなみに全てのビットが誤っている状態(BER=1)とは、受信信号を論理反転して解釈すれば全てのビットが正しい状態となるので、エラーなしと等価と見なされます。従ってBERがとり得る範囲は0~0.5となります。

デジタル通信において、復調器の後段に接続される復号器は伝送されたデジタル情報を処理する回路、またはソフトウェアです。具体的には、

  • ①受信したデジタル符号から映像や音声の波形を生成するCODEC(デコーダ)
  • ②受信したデジタル符号を組立てて、テキスト電文を生成するソフトウェア
  • ③受信したデジタル符号を組立てて、アプリケーションデータファイルを取り出すソフトウェア(OSの通信機能)
  • ④受信したデジタル符号を組立てて得られた情報で車両や機器を制御する回路・ソフトウェア

などが該当します。これら以外にも携帯電話の基地局などのように、受信したデジタル符号を有線ネットワークで交換局に伝送するために、無線通信のための符号列から有線通信のための符号列に組み替えを行った後、有線ネットワーク側に再送信するというケースもあります。

これらのうち①は第5話の表2(第6話の表2)のNo 3に該当し、送信したタイミングと受信したタイミングが同一である必要性、すなわちリアルタイム性が要求される通信です。リアルタイム性が要求される通信システムにおいては、図1に示すように誤り訂正や再送制御など時間を要する処理が組み込まれません。CODEC(デコーダ)に誤ったビットが混入すると、音声の場合は瞬間的な異音やスパイク性の雑音、映像の場合は画面の一部の区画に周辺と相関のない輝度や色彩の領域が発生します。従ってCODEC(デコーダ)の出力信号は復調信号のBERが大きくなるほど判読困難となり、復調信号に要求されるBERの上限値はCODECが生成する音声や映像信号(デコードされた信号)が受信者に理解可能かどうかの限界点として規定されます。一般的に音声通信の場合はBER≧1×10-2、映像通信の場合はBER≧1×10-5程度が限界点になっています。


図1 リアルタイム性が要求されるデジタル通信システム

これに対して②、③にはリアルタイム性よりも伝送したデータの正確性が要求されます。例えばパソコンのアプリケーションデータ(ワードプロセッサのデータファイルなど)をどこかに送付する場合、送ったと同時に届く必然性はありませんが、伝送途中のビット誤りで一部分が誤ったり欠落したりすると、二度と開くことができなくなります。一般に、このような用途の通信路においては図2に示すようにFEC(Forward Error Correction: 前方誤り訂正)という仕組みを用い、送信側の符号器と変調器の間に誤り訂正符号器を挿入して、送信符号に誤り訂正符号を組み込んでおくことにより、復調器と復号器の間にある誤り訂正復号器でビット誤りのない符号を受信する方式や、受信符号をバッファに蓄えておいて情報欠落(誤り訂正能力を超えた受信誤りを検出)が生じたときには再送制御を行う方式が採用されます。この場合、復調信号に要求されるBERの上限値はFECが正常に機能する(エラーフリー状態を維持できる)限界BERとして規定され、具体的な値は誤り訂正符号の方式によりますが、BER≧1×10-5~BER≧1×10-3程度になっています。


図2 リアルタイム性が要求されないデジタル通信システム

最後の④のケースはエラーフリーが要求される一方でリアルタイム性も要求されるケースで、ドローンのリモート制御などがこれに該当します。このケースでは遅延時間の短いFECを採用し、再送制御を行わない方式が採用されます。復調信号の品質に対する要求条件は②、③と同じです。

2. 復調器のBERを決めるのは何か

まず結論からですが、大雑把に言うと様々なデジタル変調方式において、復調信号のBERを決定するパラメータは、復調器に入力される受信信号のSNRです。以下、PSK(Phase Shift Keying: 位相偏移変調)方式を例にとって解説します。

(1)位相偏移変調(PSK)方式の概要
デジタルの位相偏移変調には、BPSK(Binary Phase Shift Keying: 2値PSK)、QPSK(Quad Phase Shift Keying: 4値PSK)、n-PSK(n値PSK)というバリエーションがあります。電波型式はG××という呼び方になるのですが、昨今の無線通信機は高度な多重化を行っており、殆どがG7W、適応変調(通信状態に応じてBPSK/QPSK/QAMを切り替える変調方式)を行う方式ではX7Wに分類されています。

よく市販の教科書に登場するBPSKの説明図を図3に示します。本図に示すようにPSKは基本的にデジタル符号の0、1を搬送波位相の0°、180°といった特定の角度(位相角)に割り当てて搬送波を変調する方式です。搬送波の位相を0°、180°にシフトする手段は、入力のデータ(ベースバンド信号と呼びます)列の「0」を「-1」に変換した±1の信号に置き換えて、これを搬送波とかけ算することで実現します。つまりDSBの振幅変調と全く同じ処理です(第6話の図1を参照)。


図3 PSK(BPSK)の原理図

(2)実際のベースバンド信号
図3の説明はPSKの意味を直感的に理解しやすいので、様々な教科書に登場するのですが、実際のデジタル変調では、このような矩形波のベースバンド信号を扱う事はありません。何故かというとベースバンド信号を矩形波にしてしまうと、シンボル周波数※1の整数倍の周波数スペクトルが無限に広がってしまい、それをフィルタで帯域制限すると、今度は時間領域で前後のシンボルが干渉してしまうためです。実際のデジタル変調では図4に示すように、①送信信号をパルス幅=0のインパルス信号とし、②このインパルス信号を時間応答がコサインロールオフ特性のフィルタに通して得られた波形をベースバンド信号※2として使用しています。従って得られた③BPSK変調波はアナログ周波数変調のような振幅一定の波形ではなく、AM変調波のような振幅を持っています。


図4 実際のBPSK変調

(3)PSK信号の復調とビット誤り率
このようにPSK変調はアナログのAM変調と全く同じ処理なので、図5に示すように復調方法もアナログのDSB変調と全く同じとなります。すなわち③受信したBPSK変調波に、受信側で再生した搬送波をかけ算すると、④ベースバンド信号と受信したBPSK変調波の2逓倍波の合成波が得られるので、これをLPFに通して2逓倍波を除去することにより⑤元のベースバンド信号を再現することが可能になります。この信号を0Vを0/1の判定電圧としてコンパレータで比較し、その出力を元のインパルスのタイミングでサンプリングすれば、⑥復調データ列を取り出す事が可能です。


図5 BPSKの復調(ノイズレス)

このように受信信号に再生搬送波を乗算して抽出したベースバンド信号に閾値を設けて「0」か「1」かの判定を行うので、判定回路がこの判定を間違えた時に「ビット誤り」が発生することになります。判定を間違う理由は、図6に示すように、復調器の入力信号に重畳された雑音④’の影響で、判定タイミングにおける復調出力の振幅が閾値の反対側に飛び出してしまう事(⑤’の赤丸部分)によります。


図6 BPSKの復調(雑音が重畳した場合)

入力信号に重畳する雑音がいわゆる白色雑音(ガウス雑音)の場合、雑音の平均電力が信号電力に近いほど、閾値を超える雑音振幅が加わる確率が高くなるので、ビット誤り率が高くなる傾向を示します。この様子を図7に示します。


図7 復調器入力SNRと復調出力BERの関係(同期検波・理論値)

(4)QPSK変調の場合
BPSK変調は0°/180°の位相シフトだけなので単純なかけ算処理で実現できることが直感的にお解り頂けたと思います。では搬送波の位相を0°/180°以外の値にシフトさせるのもかけ算でできるのかと思われる方もおられると思いますので、QPSKを例にとって簡単に解説します。

4値以上の位相偏移を乗算で実現するためには、アナログSSB変調の時と同様、直交乗算器(直交変調器)を使用します。図8に示すようにQPSKは伝送データ列を2ビットデータ列に並び替えた上で、1桁目をI軸、2桁目をQ軸にマッピングしてかけ算を行います。この結果、直交乗算器の出力にはI、Qの入力値に応じて-135°、-45°、+45°、+135°の4つの位相変位を得ることができます。


図8 QPSK変調

QPSKの復調も同様に直交乗算器で受信信号に再生搬送波を乗算することで、I、Qそれぞれに2ビットの復調データ列を得ることができます。(図9)


図9 QPSK復調(ノイズレス)

さらにI、Q各ビットの電圧振幅を2段階、4段階に区切って4ビット、8ビットのデータを1シンボルで送信できるようにすれば16QAM、64QAM変調、常に振幅の絶対値が同じ値になるようなI、Qの電圧の組み合わせを8個準備して、それに3ビットのデータを割り当てたのが8-PSKとなります。

  • ※1   シンボル周波数とはデジタル変調信号の変調データが更新される周波数の事で、
  •        BPSKの場合はシンボル周波数=ビット伝送周波数、
  •        QPSKの場合はシンボル周波数=ビット伝送周波数/2
  •        となります。
  • ※2   インパルス信号はパルス幅0secの信号なので、電子回路で直接実現する事はできないため、
  •        基本的にデジタル信号処理(FIRフィルタ)で生成します。電子回路で生成する場合は、矩形
  •        信号から同等の応答波形を得るための補正フィルタを用います。

3. 第5話~第7話のまとめ

第7話ではデジタル変調方式における復調品質の評価方法、ならびに復調品質はアナログ変調方式同様、復調器の入力SNRで決まる事を解説しました。

第6話、第7話では変復調の細かい話に若干触れました。雑な解説になってしまったので、消化不良の方もおられる事と思います。これらについては後日「変復調」をテーマにした連載で改めて扱いたいと考えます(筆者が連載の継続を許されればの話ですが)ので、何卒ご了承ください。第5話から3回に渡って「無線通信の成立条件」と題して、無線が繋がる/繋がらないは、最終的に受信機の復調器入力のSNRが一定値以上に達するか否かで決まるということを解説しました。この考え方はアナログ通信もデジタル通信も同じです。復調器に所定のSNRの信号を入力するために必要な受信器の入力電力(入力電圧)がいわゆる「受信感度」、受信器に受信感度レベル以上の電力を供給するために必要な送信電力が最小送信電力ということになります。

では送信電力をどんどん上げていけば復調器の出力品質はどんどん上昇するかというと、実はそうでもありません。第8話からは、そのあたりの解説に入っていきます。

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