今更聞けない無線と回路設計の話
第5話ではROHM製のトランジスタ2SC4726を用いたベース注入型のトランジスタミキサー(アップコンバータ)の設計を行い、これを増幅器としてみた場合の周波数レスポンスを回路シミュレータMicrocap12(以下MC12)※1のAC解析機能で確認するところまで行いました。第6話では、引き続きMC12のトランジェント解析機能を用いて周波数変換動作のシミュレーションを行う事にします。
本題に入る前に、回路シミュレータのAC解析とトランジェント解析の違いについて少しだけ触れておきます。残念ながら、世の中に万能の回路シミュレータ... つまり、これ一つでどんな回路でもシミュレーションできるという回路シミュレータは存在しません。何れの回路シミュレータも基本的には、ネットリストで与えられた集中定数素子の各ノード(接続点)に対して電圧・電流の関係を表す連立方程式を生成し、これ解くことによって回路動作をシミュレートします。しかし、一つの計算方法で万能にはならず、表1に示すように目的毎に解析方法が分かれます。
表1 代表的な回路解析(シミュレーション)方法
(1) AC解析
図1に示すように、電源周波数をスイープしながら定常状態での各回路ノードの電圧・電流を計算します。計算に用いる回路定数はSパラメータやリアクタンス、レジスタンスなど、周波数ドメインの諸元を使用するので、広い周波数帯域の回路応答を少ない演算量でシミュレートする事ができます。アナログ回路設計者には最もお馴染みの解析方法であり、フィルターや増幅回路の周波数応答特性を計算する際に使用します。周波数をパラメータにして計算する... 言い換えると全ての回路ノードをωnで計算するので、周波数変換回路のように入出力の周波数が変化してしまう回路(所謂非線形回路)の振る舞いをシミュレートする事はできません。また電源電圧(図1のVm)を固定して計算するので、各回路ノードにおける電圧・電流の時間経過応答を計算することもできません。
図1 AC解析シミュレーション
(2) DC解析
DC解析は電源電圧(または電流)をパラメータにして、各回路ノードの電圧・電流を計算する解析です。時間や周波数の概念はなく、定常状態における回路各部の電圧・電流の関係を計算します。半導体など非線形特性を有するデバイスを含む回路の入出力特性や、回路の温度変動特性、ばらつきなどをシミュレートするときに使用する計算方法ですが、本稿では割愛します。
(3) トランジェント解析
図2に示すように、時間経過に伴う各回路ノードでの電圧・電流変化を計算します。計算に用いる回路定数はインダクタンス、キャパシタンス、レジスタンスなど、時間ドメインの諸元を使用し、微分方程式を解いて時刻tnにおける回路電流・電圧を算出します。
計算方法に周波数の概念はないので、所謂周波数レスポンスの計算を直接行う事はできませんが、時間応答波形を正確に計算するので、計算結果をFFT解析することにより、ある周波数の信号(電源)を入力したときの出力周波数分布をシミュレートする事が可能です。
従って、増幅器の歪み特性や周波数変換回路など、非線形動作の解析に適用する事が可能です。但し無線通信機の回路で使用する、狭い比帯域での回路応答... 例えば430MHz±5kHz(比帯域0.0012%)などの条件でFFT解析を行おうとすると、短い時間間隔で長い期間のデータが必要になり、演算量が膨大になります。このためMDS等のRF系回路シミュレータでは、非線形素子のシミュレーションをAC解析の手法をベースにしたアルゴリズムで実施して演算量を削減する工夫をしていたりします。
図2 トランジェント解析シミュレーション
では本題に戻り、MC12のトランジェント解析機能を用いて、第5話で設計したトランジスタミキサ回路の周波数変換動作をシミュレートしてみることにします。図3に第5話で示した回路図を再掲します。
(1) シミュレーションの条件
トランジェント解析を行う際の条件(回路の動作条件と計算条件)は表2の通りです。
振幅1Vpeakで固定の搬送波(10MHz)信号に対して、2波の伝送信号(300kHzと900kHz)を同レベル(標準0.16Vpeak、変化範囲0.01~0.6Vpeak)で入力し、出力に9.1MHz、9.7MHz、10.3MHz、10.9MHzの4波を取り出す想定です。No.8 計算範囲とNo.9 計算ステップは、FFT解析を行ったときの周波数範囲と周波数間隔(分解能)を決めるパラメータです。表2のパラメータの場合、計算ステップが6nSなので上限周波数160MHz、計算範囲が0~0.1mSecなので最小周波数間隔(分解能)が約10kHzとなります。
表2 シミュレーション条件
(2) 動作の確認
まず伝送信号レベルを標準値として、回路各部の動作波形を確認します。入力回路電圧の確認結果を図4に、出力回路電圧の確認結果を図5に示します。
入力電圧V(7)は10MHz/1Vpeakの搬送波に300kHz、900kHz/0.16Vpeakの伝送信号2波が足し算された波形です。足し算された結果なので搬送波の振幅vCが2Vに保たれていることがお解り頂けると思います(第4話参照)。
V(3)は、トランジスタのVBEを示しています。VBEが+0.8Vでクリップされているのは、ここからB-E間がON状態になり、ベース電流が流れ始めていることを示しています。一方でVBE<0.8Vの領域では、VBEはおおよそR2とR3の分圧となりますので、入力電圧の大半がベース-エミッタ間に印加されることになります。この時、VBEの絶対値がトランジスタの絶対最大定格電圧VEBOを超えないようにしないと、ベース・エミッタ間でブレークダウンが発生し、トランジスタを破壊してしまいます。シミュレーションの結果ではVBEのマイナス方向の最大振幅(つまり最小電圧)は約-0.5Vです。これに対して2SC4726のVEBOはメーカのデータシート上で3Vです(第5話 図1参照)。表2で規定した伝送信号が0.6Vpeakの振幅が2波加わっても-3Vには到達しないので問題ないと判断します。
次に出力側(図5)を見て行きます。i(L1)は、Q1のコレクタに接続されているインダクタL1に流れる電流を示していますが、Q1がONになっている間(図4において、V(3)≧0.8Vの期間)のみ電流が流れています。これに対してコレクタの電圧v(2)は、Q1がOFFの時にもL1の逆起電圧で上昇しています。つまりQ1がONになるとL1に電流が流れて電圧降下が発生し、Q1がOFFになると、L1がON時の電流を維持しようとして逆起電圧を発生する... を繰り返すのです。この結果、B級バイアスの増幅器であってもコレクタ端子の電圧はコレクタ電源電圧Vccを中心に上下対称の波形が観測されます。この信号は整合回路を通り、V(6)として観察されます。
最後に実際に周波数変換される様子と入力振幅を大きくしたときの挙動について確認します。
周波数変換の動作を確認するためには、図5に示した出力電圧(V(6))をフーリエ変換して周波数スペクトルを確認します。今回は表2に示した通り、10MHzのLO振幅を1Vpeakで固定し、伝送信号である300kHzと900kHzの2波の振幅をそれぞれ0.01~0.6Vpeakの間において14段階で変化させながらV(6)の値を計算し、伝送信号の振幅と周波数スペクトルの関係を調べました。結果を図6に示します。
図6において、左側の大きなグラフは伝送信号の振幅とミキサ回路出力電圧の各周波数成分の振幅の関係を示します。右側の①②③と書かれた部分のグラフは、左側のグラフ中に①②③と示した赤の縦線で示したそれぞれの入力電圧における出力電圧V(6)の周波数スペクトル(左)と電圧波形(右)です。
(1) LO信号の入出力特性
図6の左側のグラフにおいてLO信号(10MHz)は常に1Vpeak固定で入力しているので、グラフ上は一本の横線になっています。但しよく見ると伝送信号の入力レベルの上昇に伴い、特にV(7) > -10dBVにおいて、ほんの少しレベルが低下する傾向が確認できます。これは伝送信号のレベル上昇に伴い、トータルの入力電圧が大きくなり、トランジスタが飽和し始めている事を示しています。
(2) 伝送信号の入出力特性
LO信号と伝送信号の乗算成分fLO±fV5とfLO±fV6 (それぞれ10.3MHz、9.7MHz、10.9MHz、9.1MHz)はV(7) ≧ -10dBVあたりまでは、概ね傾き1のグラフになっています。つまり伝送信号入力電圧が1dB上昇すると出力電圧も1dB上昇する線形応答であり、伝送信号はその波形を維持したまま周波数のみ変換されている事が解ります。
本来この周波数成分はLO信号と伝送信号の積なので所謂「二次」の成分に該当し、両対数グラフ(縦横の目盛がデシベル)上では傾きが2になるのでは? と思われる方もおられると思います。これは図6の横軸がLOも含むトータルの入力レベルではなく、伝送信号のみの入力レベルを示している事によります。LO周波数と伝送信号周波数の和成分と差成分の入出力振幅特性は、トータル電力で見た場合は2乗特性を示しますが、LO信号レベル一定で伝送信号成分のみのレベルを基準にすると1対1の比率で増減する。すなわち線形特性を示すことになります(そうでなければ伝送信号の周波数変換に適用できないですよね)。
(3) 歪み成分の入出力特性
LO信号と2つの伝送信号の乗算成分相互の乗算成分fLO±(fV5±fV6 ) (それぞれ11.2MHz、8.8MHz、10.6MHz、9.4MHz)はV(7) ≧ -10dBVあたりまでは、おおよそ傾き2のグラフになっています(レベルの低いところでは雑音などの重畳で傾きが2以下になっています)。
この成分も本来なら三次成分(3つの信号成分の積)なので傾き3のグラフとして知られていますが、(2)で解説したとおり、横軸が伝送信号のみの入力レベルを示しており、かつLO信号レベルは一定のため二次傾斜の特性を示しています。この成分の上昇は伝送信号波形が歪んでいることを示しており、通常はこの成分が充分に低い(小さい)領域で回路を動作させる必要があります。
(4) 時間応答波形との関係
最後に入力電圧の変化に伴って出力のスペクトルと時間応答波形がどのように変化しているかを見ます。三次歪み成分が充分小さい③の領域では、LO信号と伝送信号の乗算成分fLO±fV5とfLO±fV6 (それぞれ10.3MHz、9.7MHz、10.9MHz、9.1MHz)のみが観測されています。入力レベルをもう少し上げて②の領域でも、時間応答波形に目立った歪みはないですが、周波数スペクトルを観測すると三次歪みの成分fLO±(fV5±fV6 ) (それぞれ11.2MHz、8.8MHz、10.6MHz、9.4MHz)が目につき始めます。この段階ではLO信号の振幅は伝送信号の振幅よりも充分大きく見えていますので、②で観測される三次歪みの発生要因は主にトランジスタの非線形性(飽和特性)に起因すると思われます。さらに入力レベルを上昇させて①の領域に入ると、時間応答波形にLO信号の振幅よりも伝送信号の振幅が大きくなって出力波形のエンベロープが崩れた状態(AM変調でいう過変調の状態)が観察されます。この結果、周波数スペクトルに三次歪み成分を含む多くの「不要な」スペクトルが発生している事が解ります。
第6話では前回に引き続き、MC12を使用してトランジスタミキサの動作解析を行いました。
トランジスタを用いた掛け算処理とはどういうものか、ご理解頂けたのではないかと思います。以下、第6話の要点を整理します。
(1) ミキサ回路のような非線形動作をする回路(入力と出力で周波数が変化する回路)のシミュレーションはトランジェント解析の結果をフーリエ変換、または専用の非線形回路解析アルゴリズムを用いて実施する必要がある。
(2) トランジスタミキサの入力レベル(伝送信号の入力レベル)を上昇させると、トランジスタ自身の飽和特性、ならびにLOと伝送信号のレベル比が逆転する事の2つの要因で波形歪み(三次歪み)が発生する。
(3) 周波数変換回路においてはLO信号レベルが一定、かつLO信号レベル≫伝送信号レベルの条件で動作させるので、伝送信号レベルを基準にすると三次歪みのレベル上昇は二乗特性(入力1dB上昇に対して出力2dB上昇)のように見える。
トランジスタミキサは増幅素子を用いた乗算であるため、(2)に記載したとおり、LOとのレベル比以外に増幅器の飽和特性も取り扱える信号の大きさの制約になります。
次回からはダイオードを用いたミキサについて解説します。
※1 回路シミュレータMicro Capを制作していたSpectrum software 社は2019年7月で閉鎖されましたが、Micro Cap12は無料で開放されており、下記URLから無料で完全版をダウンロードして使用することができます。
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FB Girlsが行く!!~元気娘がアマチュア無線を体験~/<第3話>元気娘、秋の休日を楽しむ!!(前編)!、【新連載】What a tasty time! ~グルメYLたちのGirl'sトーク♥~/第1回 FB GirlsのプライベートQSO with 土瓶蒸しのリゾットを掲載しました
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