今更聞けない無線と回路設計の話
2024年10月1日掲載
「今更人にはきけない話」の二つ目のテーマは「デシベル」です。我々無線のエンジニアにとって、「デシベル」という単位は日常的に使用していて、当たり前の感があります。でも意外と正しく理解できていない単位であることも事実です。
例えば、今述べた文章には間違いがあるのですが、何処が間違っているか、お気づきでしょうか。判らなかった方は、まだデシベルの理解が浅い可能性があります。テーマ2では、このように「解っているようで解っていないデシベルの話」をキーワードに、無線通信機が取り扱う信号の大きさに関する話題、そして無線通信機の性能の定義に纏わる話を掘り下げてみたいと考えます。
以下は、私がこの世界に足を踏み入れてから、長い間、人に説明できなかった話です。当時、駆け出しのヒヨッコエンジニアでも、それなりにプライドはあったので、いろいろな雑誌で諸先輩が書いていることを鵜呑みにして、判っているフリをしていました。皆さんは如何ですか?
テーマ2の最後の頃には読者の皆様独自で答えが見つかると思います。
これからする話は、信号を扱う全ての電子機器に共通するお話です。図1はAさんがBさんに話しかけた時に、Aさんの発した声の大きさ(音波の振幅)がBさんに届くまでに小さくなっていく様子を示したものです。
図1 AさんがBさんに話しかけた時の音声伝搬イメージ
Aさんの発した声=空気の振動は途中に何も障害物がなければ球面状に広がって伝搬していきます。またエネルギー保存の法則が働くので、途中で熱などに変換されない限り、全体量は維持されます。従ってその振幅は球面の面積(Aさんからの距離rを半径rとした球の表面積)に反比例する・・・ すなわちr2に反比例することになります。このためAさんの発した音声振幅はAさんから遠ざかるほど小さくなりますが、どこまで離れてもゼロにはなりません。
一方で、Bさんには、Aさんの発した声以外にも色々な音が聞こえており、Aさんの発した音声の振幅が、その他の音の振幅と比べて同等以下になると、BさんはAさんの話を聞き取ることができなくなります。つまり「音声が何処まで届くか」は「音声振幅がゼロになる距離」で決まるのではなく、それを聞く側に「床」のように存在する「背景雑音」の振幅が決めることになります※1。「床」の振幅よりも大きい振幅という条件を満足することができない場合、BさんはAさんの言ったことを聞き取ることができません。従ってBさんがAさんに近づくか、Aさんがより大きな声で話す必要があります。
次はAさんが拡声器を使ってBさんに話しかけた場合について、図2、図3を使って考えます。Aさんは拡声器を使って話しかけるので、Bさんが音声を聞き取れるかどうかは、拡声器の出力振幅の大きさと拡声器からBさんまでの距離で決定されます。拡声器にはボリウムコントロールがついているので、Aさんの声の大きさに関わらずスピーカの音の大きさが適切になるようにボリウムコントロールを調整すれば、Aさんが大きい声で話すかどうかは直接関係しなくなります。
図2 Aさんが拡声器を使ってBさんに話しかけた時の音声伝搬イメージ(1)
ではAさんはどんな大きさの声で喋っても大丈夫かというと、そうではありません。拡声器を始め、全ての電子機器には「ノイズフロア」という「床」が存在するため、Aさんはこのノイズの床よりは大きな声でマイクロホンに話しかける必要があります。このノイズフロアの正体は主に「熱雑音」ならびに「ショット雑音」と呼ばれるものです。これらについては本連載でも後日解説する予定ですが、「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話(第26話)」で解説していますので、今知りたい方はご参照下さい。
今度は、Aさんはどれだけ大きな声で喋っても良いかについて図3で考えます。
図3 Aさんが拡声器を使ってBさんに話しかけた時の音声伝搬イメージ(2)
図1ではAさんがどれだけ大きな声で喋っても、音声の振幅はそのままの形でBさんのところまで届きました。これに対して間に拡声器が挿入された図3においては、拡声器が出せる音量の上限を超えて大きな音を出すことができません。つまりAさんがこの上限を超えるような大きさでマイクロホンに話しかけると、スピーカから発せられるAさんの声は割れて聞こえる(波形が歪んで聞こえる)事になります。電子機器は空間(自由空間)と違い、扱える振幅に、あたかも「天井」のような上限が存在するのです。このため私たちはスピーカの音が割れる時には、ボリウムを絞って音声が聞き取れるように振幅を小さくします。この「天井」に該当するレベルを「飽和レベル」と呼びます。
※1 厳密には人間の耳が音として感知できる最小振幅が「聞き取れるか聞き取れないか」の限界を決めますが、現実的にはこれよりも遙かに大きい「背景雑音」の振幅の方が支配的だという趣旨です。
図2において、Aさんが小さな声で話しても、ボリウムをあげれば大丈夫と書きましたが、実は少々語弊があります。どういう事かというと、図4に示すように、小さな声で話すと、ボリウムで出力振幅を調整しても、入力の雑音が一緒に増幅されるので、Bさんに届く音声は雑音混じりの聞き取りにくいものになってしまいます。図4に示すように、Aさんの発した音声をマイクロホンで変換した電気信号Sを電子回路(拡声器)で増幅した場合、図2で解説したノイズフロア+背景雑音が入力信号Sに付随するノイズNとして信号Sと一緒に増幅されます。この信号Sと雑音Nの比率を「信号対雑音比:SNR」と呼びます。このようにSNRは信号が電子機器に入力された瞬間に決定し、装置ではなく信号にくっついた床のように振る舞います。
ちなみに、アナログの音声信号の場合、会話が成立する最低のSNRは4倍程度、オーディオ機器などに求められるSNRは3000倍以上となります。
アマチュアの世界では意外となじみがないかもしれませんが、プロの世界でアナログ回路を設計する際、必ず登場するのが「レベルダイヤグラム」あるいは「レベルダイヤ」と呼ばれるチャートです。レベルダイヤグラムとは、何段も接続される増幅回路やフィルタ、アッテネータ、あるいは周波数変換回路において、入力された信号が床下(ノイズフロアより低いレベル)に沈んだり、天井(飽和レベル)にぶつかったりしていないかを確認するためのチャートです。オーディオアンプでも、無線通信用の受信機でも、入力される信号レベルには大きな幅があります。これをノイズや歪みで劣化しないように出力まで通すためにレベルダイヤグラムと睨めっこしながら、アンプの利得やアッテネータ、フィルタの配置を最適化する・・・ というのがアナログ回路のシステム設計の基本になります。テーマ2ではレベルダイヤグラムの基本的な考え方をお伝えすることを最終目標とし、必要な技術について解説したいと考えます。
第1話では、レベルダイヤグラムを理解するための基礎知識として、アナログ回路に存在する「天井」と「床」について、「拡声器」を例にして、その意味合いをお伝えしました。音声とオーディオ回路で解説しましたが、電磁波と高周波回路でも、全く同じなので、音波→電波、拡声器→無線受信機と置き換えて考えてもらって問題ありません。以下、第1話の要点です。
第2話からは、レベルダイヤグラムの縦軸で多用される「デシベル」について解説します。
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