今更聞けない無線と回路設計の話
2025年1月6日掲載
第3話では、世の中に溢れかえっているdB○×という絶対値を表す「単位」について解説し、相対利得を示すdB(デシベル)との違いについても触れました。このうちアナログ電子回路、とりわけ音響やCATV、無線通信関連の回路設計に携わると頻繁に登場するのが電力の単位dBmと電圧の単位dBµVです。第4話ではこれらについて詳しく解説します。
巷で時々耳にする話です。こんな経験はないですか?
とある会社の二人の若手エンジニア、AさんとBさんが実験室で会話しています。
A: 0dBm=0.775Vなので、この回路の出力電圧は・・・
B: えっ 0dBmって0.224Vでしょ?
A: いや、そんなはずはない。教科書にもそう書いてあったよ。
B: ならばオシロスコープで測定してみたら?
A: オシロスコープで測定してみたら1.3VP-Pくらいでした。
AとB: ・・・
如何ですか? dBmやdBµVを単に記号として捉えてしまえば何の疑問もわかないかもしれませんが、第3話で解説したとおりdBmは電力の対数表記単位です。従って0dBmは何W? という問いは成立しても、0dBmは何Vという問いは本来成立しません。にもかかわらず、0dBmは何Vかと言う問いは頻繁に耳にします。それどころか0dBmは何dBµVかという問いも日常茶飯事で、インターネット上では換算式があちこちに掲載されています。これは伝送線路が電力を伝送するのに対して、伝送される電力の測定は伝送線路を切断して終端、もしくは測定器を間に挿入する必要があって何かと面倒である。ということに由来しています。伝送線路上を伝送される信号の大きさは「許されるなら電圧で取扱う方が便利。」なのです。
つまり0dBmは何V? という問いの真意は、負荷が0dBmの電力を消費しているときの負荷の両端、または負荷に0dBmの電力を供給している伝送線路の線間の電圧は何Vですか? という問いなのです。従って「0dBmは何V?」という会話をするときは、負荷抵抗のインピーダンス、もしくは負荷抵抗に電力を伝送している伝送線路の特性インピーダンスZ0を意識する必要があります。
先ほどのAさんとBさんの会話
A: 0dBm=0.775Vなので、この回路の出力電圧は・・・
B: えっ 0dBmって0.224Vでしょ?
A: いや、そんなはずはない。教科書にもそう書いてあったよ。
で、0dBmの電圧値がかみ合わなかった理由は図1において、Aさんは線路インピーダンスZ0=600Ωで定義された端子電圧を述べたのに対して、BさんはZ0=50Ωで定義された端子電圧だと受け取ったために発生した齟齬でした。600Ωの伝送路というのは音響信号用の伝送線路(業務用のマイクロホンや電話の音声伝送線路。主にツイストペアケーブルを使用)に用いられる規格、50Ωの伝送路というのは高周波同軸ケーブルの規格です。図2ではこれらに加えてCATVで使用される75Ωの高周波同軸ケーブルの事例も記載しました。
先ほどのAさんの発言「0dBm=0.775Vなので、」は、「0dBmの電力を伝送している600Ωの伝送路上の電圧は0.775Vなので・・・」が正しい表現だといえます。
ちなみにZ0という諸元は伝送線路の特性インピーダンスでありケーブルの断面構造で決定されます。詳しくは「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第4話を参照下さい。
図1 標準的に使われる伝送線路上におけるdBmとVの変換
ということで伝送線路上においては伝送される電力(dBm)と線路の線間電圧を直接対応づけして表現しているので、これをdBµVに置き換えて図2のように表現することも、しばしば行われます。
図2 標準的に使われる伝送線路上におけるdBmとdBμVの変換
図2の関係に従えば、dB表記の電力と電圧の間には表1の関係が定義できます。
表1 dBmからdBµVへの換算式
ここで改めて考察してみましょう。例えば50Ωの伝送線路系において1mW(0dBm)の電力が伝送されているとき、線路内の電圧(=負荷端の電圧)は図1、図2の通り0.224V。では伝送されている電力が4倍の4mW、すなわち+6dBmのとき、線路間の電圧は何Vになるでしょうか。図1,図2の計算式を使えば求めることが出来ますね。負荷の端子電圧V@4mWは
(式2-1)
となって、1mW伝送時の2倍です。計算式を見れば、電力の平方根が電圧なので自明です。電力が2倍になったとき電圧は√2 倍になります。にもかかわらず表1に示す関係が成立するのは、第3話で解説した通り、電圧(振幅)系のdB○×の換算式が20×log10(振幅)で定義されているからです。電力(パワー)のdBと電圧(振幅)のdBの関係を示した図を第3話から再掲しておきます。
図3 電力のdBと電圧・電流のdBの紐付け(第3話の図3から再掲)
通常の回路設計では、電圧と電力をイコールで結ぶことは絶対にありませんが、伝送路のレベル配分設計ではインピーダンスZ0を定義し、さらに電圧をdBに変換する際に2乗(20×log)して電力の次元に変換することで同列に扱える(便宜的にイコールで結ぶことが出来る)ように工夫されているのです。このことを理解してdBやdB○×を扱わないと、冒頭のAさんとBさんの会話のようになってしまうばかりか、自分が扱っている諸元が電力なのか電圧なのか判別がつかなくなるので注意が必要です。
dBmもdBµVもスペアナの縦軸の標準単位なので、Vへの換算などは頻繁に実施しますが、電子回路内部のようにZ0の定義がなく、インピーダンスが複雑に変化するような場所では、回路の実際のインピーダンスを把握する必要があることを、あらためて理解しておくべきです。
市販の標準信号発生器、いわゆるSGには、周波数設定と出力レベルの設定メニューが必ず存在します。周波数○○MHzで大きさが△△dBmの正弦波信号を出力するのだから当然です。では図4に示すように、SGの出力レベル設定を0dBmに設定すると、出力コネクタにはどのような大きさの正弦波が出力されるのでしょうか? 「そりゃあSGの出力インピーダンスは50Ωなんだから、50Ωで0dBmの振幅でしょう」って回答が返ってきそうですが、その0dBmの電力って何処で消費されているのでしょうか?
図4 出力を0dBmに設定したSGから出力された0dBmの電力は何処へ?
一般論として、SGの出力レベルを0dBmに設定したときの出力レベルは、図5に示すようにこのSGの出力端子に50Ωの終端抵抗を接続したときに、終端抵抗の消費電力が0dBmとなるような電圧振幅すなわち107dBµVの電圧振幅の正弦波が出力されます。
図5 出力を0dBm設定の意味
従って、出力コネクタに50Ω以外のインピーダンスを接続したときの出力電力は0dBmにはなりません。当然、出力コネクタに何も接続しなかった場合も、電力を消費するものがないので、出力電力は0dBmにはなりません。
ではSGの出力端子を開放状態にして、オシロスコープで波形観測すると観測される電圧波形の振幅(実効値)は107dBμV(0.224V)なのでしょうか。
図6の等価回路を見れば判るのですが、SGの出力コネクタを開放にすると波源の電圧振幅がそのまま見える事になります。従ってオシロスコープに観測される電圧値は107dBµVの2倍の0.447V(113dBµV)となります※1。別の見方として、「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第4話~第6話で解説した伝送線路のイメージで、線路長ゼロで解放されるので同相の反射波が発生して電圧値は2倍になると解釈することも可能です。
さてこの電圧値、0.447Vなので対数値に換算すれば113dBµVで間違ってはいないのですが、3章で解説したように、「dBµV」という単位は、元々は伝送路上の電圧を表示するための単位であって、Z0で終端された線路の線間電圧を想定しています。開放端の電圧値はZ0の負荷を接続すると電圧値が半分に下がるので、2章の表1で解説したような関係を適用して電力に換算することも出来ない値なので、通常のdBµVと区別する必要から、開放端電圧[dBµVEMF]という単位を使用して区別されています。
図6 出力を開放にしたときに観測される電圧
EMFはElectro Motive Forceの略で、直訳すると「起電力」になります。アンテナなどの端子電圧(開放端電圧)を表記する際に伝送路の線間電圧と区別する必要からこの表記になったものと推測します。信号源インピーダンスがZ0[Ω]の信号源の場合は、開放端電圧: e[dBµVEMF]から負荷を接続した場合に取り出せる電力P[dBm]を(式4-1)で求めることが可能です。
但し、Z0=50Ω (式4-1)
冒頭のAさんとBさんの会話・・・
B: ならばオシロスコープで測定してみたら?
A: オシロスコープで測定してみたら1.3VP-Pくらいでした。
AとB: ・・・
恐らく、信号源と負荷を切り離して測定したのでしょう。SGの出力コネクタを直接BNCケーブルでオシロスコープに接続したのかもしれません。観測結果が約1.3VP-Pなので実効値は
(式4-2)
この値が開放端電圧だったとすると、Z0で終端したときの電圧値は
(式4-3)
ということで、Z0=50Ω系の回路(または測定系)を前にしての議論だったようです。
※1 SGのALC機能をONにした場合、本稿に記載したとおりの振る舞いをしない場合があります。ALC機能の動作についてはメーカによって考え方が異なりますので、取扱説明書等で確認して下さい。
第4話ではdBmとdBµVの関係について掘り下げて解説しました。dB○×系の単位は物理量を客観的に示すための単位系と言うよりは、「レベル配分設計」という特定の目的に沿って定義された単位系であるといえます。電力と電圧を同次元に並べて換算する・・・ まるでリンゴ3個とバナナ2本、合計5つ・・・ みたいな計算を可能にする単位システムなので、これらを単純に「単位」と捉え、物理的側面を意識せずに換算式のみ覚え込むと、AさんとBさんの会話のような結果に陥ってしまいます。以下、第4話の要点です。
レベルダイヤグラムの縦軸の基本事項は解説できたと思いますので、次回からは受信機と受信感度の話題に進みます。
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