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Masacoの「むせんのせかい」 ~アイボールの旅~

Masacoの自由帳

第九回 命と向き合い、今思うこと

JH1CBX Masaco

仕事柄、親の最期に会えないことは覚悟しています。何があっても与えていただく仕事がある限り最優先だし、個人的なことで、周りを動揺させてしまうことも、お仕事に影響を与えることも、立場上違うので、一年前の一月末に父との別れが来たときは、伏せたままにしていました。でも、こうして月日が過ぎた頃に耳に入った方や、年賀状をくださった方に寒中見舞いを送らせていただいたタイミングで逆に気を使わせてしまうこともあり、今なら少しお話できそうな気持ちになり、心のままに筆を執りました。

様々な選択方法の中で希望を見つける

父は数年前より前立腺がんを患い闘病はしていたものの、手術も成功し、変わらない日常生活を送っていました。定期的な通院は私もできる限り調整し、日帰りで付き添うようになりました。これまで何一つサポートできていなかった思いと、また両親は主治医から、今後の治療法を提示された時に、意見をそのまま受け入れるので、もしかしたらほかの選択肢がある場合でも、流れのままになってしまうことがあったのです。私たちの世代だと、インターネットやあらゆる手段で情報を調べ、じっくり話を聞いた中で最善の方法を考えることもできるのですが・・・。とくに両親の世代や当人だと、例えばセカンドオピニオンという方法があっても、一生懸命してくれている先生に失礼でそんなことは言えない・・・ と遠慮してしまうのかもしれませんね。

さて、話は戻りますが、普段から検査もしていたし、何かあればすぐに病院に行くタイプだったので、病が見つかった時は、びっくりしました。でも治療がうまくいき仕事も両立し、時には気分転換に東京の華やかな雰囲気が大好きだったので、私のライブがある度に、銀座&浅草散策もかねて母と遊びに来ていました。コロナ前の夏、神戸チキンジョージでのワンマンライブも後ろの席で見守ってくれ、ファンの方に挨拶をしてくれていた姿を思いだします。標準治療を受けながら、良いといわれる代替医療も取り入れ、食事面の見直し(一応私、栄養学専攻(笑))、運動、あとは! とにかく笑うこと!!! 等・・・ 私たちなりの総合医学で(笑)元気に取り組んでいました。ちなみに、父の基礎体力や骨密度を調べたら驚異の学生並みと言われたのでした!!!

人間の寿命

一年前のお正月も、大好物のカニを取り寄せて、家族みんなで過ごしました! お正月明けは、私はすぐに東京へ戻り、レコーディングの日々でしたが、変わった様子もなく、毎日甥っ子姪っ子とLINEのやり取りもしていたようです。そして、一月末の日曜日は、毎年声をかけていただく兵庫県のイベントがあり帰ってきていました! 当日の朝も、「がんばって歌ってこいよ! 寒いから気をつけやー、スタッフの○○ちゃんによろしくなー」、「いってくるわー! たぶん3時頃には帰るわー」と会話もいつもどおり・・・。そして、お昼も母と普段通り終え、私がちょうど3時頃、お家に帰ったとたん、父の様子がちょっとおかしい。母も、「まーちゃんが帰ってくるまで、何もなかったのに、どうしたんやろう・・・」と不安そうにオロオロしている。なにか物が詰まった感じに見えました。お世話になっている主治医に電話をかけ、すぐに来てもらった時には、すでに自力で詰まった物を流し込んで回復していたので「もう先生大丈夫やから、忙しいと思うし、帰ってもらってええよー」と言うほどでした。念のため診断をしていただいたら「心臓も元気! 肺も雑音なし! 簡易の血液検査も変化なし! ってことで、一安心ですね!」と。「冬でも脱水症状になるので、こまめに水分はとってください! あとは好きなものを食べてくださいね!」 と帰られました。

そして、数時間後、しっかりと体を起こさないまま水を飲んでしまったようで(このことは今も悔やまれます)また同じ症状になり、先生に来ていただくまでに、母と私の腕の中で眠るように旅立ってしまったのです。「大丈夫?」と必死で聞く私に「大丈夫、大丈夫」とそんな会話を繰り返しながら、静かに目をとじて眠ったので、ちょっと疲れて寝てしまった・・・ と母も私も思っていたのですが・・・。それほど穏やかで、でもあまりにも突然過ぎて気が動転してしまいました。すべてが信じられず、茫然と時が止まった感覚でした。今になってみれば、年齢とともに、飲み込む力も機能も徐々に弱っていたのかもしれません。本当はしんどかったのに心配させないように、ふるまっていたのかもしれません・・・。これという原因はわからないまま、「気管に入って、誤飲がきっかけかもしれません」と。私の帰りを待っていたかのように、突然のお別れ。誰にも迷惑をかけず最期までマイペースでフワリと穏やかに・・・。看取ることはできたものの、まさかこれが最期になるとは思ってもいなかったので、「ありがとう」さえも伝えられないまま・・・。


いろいろな介護システムがあることを初めて知った

父は仕事を辞めて、これからは思う存分、自由に楽しい時間を過ごせるなぁ! といった矢先に世界中がコロナ禍になりました。コロナの終息をどれほど、待ち望んでいたか・・・。会いたい友達がたくさんいるから出かけたいとよく話していました。高齢者の皆さんで同じような思いをされている方はたくさんいらっしゃると思います。先が見えそうで見えなくなるこの状況がいつまで続くのでしょう・・・。私は一昨年、緊急事態宣言が続いていた期間、実家へ帰って過ごしていたので、上京して以来、こんなにも両親と向き合ったのは初めてでした。プラスに捉えると、貴重な親子水入らずの時間を与えてもらいました。その間、いずれは直面する介護のことや、地域医療のシステムも少し勉強しました。高齢者の暮らしと家族をサポートしてくれる地域包括支援センターというケアシステムがあることも初めて知りました。ちょっとした不安や悩み、医療との連携、在宅医療、介護の連携、等・・・。チームとして色々なサポートや、支えてくれる国の体制があることも。これもコロナ禍になり、少子高齢化問題や、在宅医療の重要性など、テレビで流れるニュースを見る時間が取れたので、恥ずかしながら今更知った知識です。その時、一緒にテレビを見ていた父が、ふと、「お父さんもいつかあの世からお迎えが来るときは、自分のベッドの上が最高やなぁ、自分の家がいいなぁ」といったことがありました。たまたま私は父に寄り添うことができましたが、少子高齢化が進む中で、利用できるシステムを知っていれば一人で抱え込まず、受けられるサービスや心の声を聴いてくれる場所があるというのは心強いと思いました。なんでも知っておくことで選択の幅が増えると思います。学ぶ毎日です。

人の想いはエネルギー

あの時もっとこうしておけば・・・ あの判断で良かったのか、言いすぎてしまった一言や心残りの後悔がたまに押し寄せては答えのない日々が続きます。私のわがままな人生を受け入れて黙って見守り、応援するという気持ちになるまでの思いを重ねると、どれだけ心配をかけていたのかと。今も気が気じゃないと思いますが・・・(汗)。そんなことを思うと、ちょっと心が苦しくなって堪えていた涙と強い意志が交差して、どうしたらいいのか、よくわからない日もあります。そんな弱い私を今は一番近くで見守ってくれているような安心感も生まれています。先日の命日に、なんとなくSNSで父の一周忌を終えたことをサラリと書きました。すると同じように実は私も・・・と、大事な方とお別れした心情や温まるエピソードで私の心を励ましてくれた方がたくさんいらっしゃいます。「打ち明けてくれてありがとう」と心がすごく近くなったようでした。今回自由帳でこのような内容を書くことは迷ったのですが、私自身が、心を寄せてくださったあなたからのメッセージで今、体に優しいエネルギーが巡っています。皆それぞれ口に出さなくても何かを抱え必死で生きている。そんな中でわざわざイベントや、live、ラジオ、そしてSNSなど・・・ 私へ応援してくれる気持ちや時間を作ってくれている・・・ そう思うと、また涙がジワリ・・・ 感謝の思いがあふれ出します。ありがとう。ありがとう。

生まれてきてよかったと感じられる日々を

2年間も続いているコロナ禍で先が見えない不安や迷い・・・ ただ過ぎていく毎日に落ち込み、つまづき、もがき続けても、生きていることが素晴らしいことだと、そしてしっかりと命と向き合うことを教えてくれた父の命日。身近な人に、大切な人に、今できることを。そして心を寄せて支えあう環境づくりが広がれば、もう少し肩の力を抜いて生活しやすい世の中になっていくんじゃないかなぁ・・・。そしてどんな分野であっても、知識が豊富な人ほど選択肢や可能性、チャンスも増えるので、やはりもっともっと勉強したいと思います。

自分自身のありのままの思いを、読んでくださっているあなたに、ほんの少しでもエネルギーとなって届くならば幸いです。


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