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2023年9月15日掲載
今回は、短波帯300kWの送信機を複数台備え、日本からの海外向け短波放送を担っているKDDI株式会社八俣(やまた)送信所を紹介する。筆者は2023年8月、機会があって茨城県古河市にある同施設を訪問した。
1940(昭和15)年竣工当時の面影を残した、事務棟入口
茨城県古河市に位置し、東西1km×南北1.1kmで約100万m2(30万坪、東京ドーム約22個分、東京ディズニーリゾート相当)の広大な敷地にたくさんのアンテナなどが設置されている。NHKより送信業務の委任を受けて、日本で唯一の海外向け短波放送であるNHKワールド「ラジオ日本」の送信のため、24時間365日運用・保全を行っている。
当初、国際電気通信株式会社八俣送信所として開設、1940(昭和15)年11月試験放送、1941(昭和16)年1月より海外放送を50kWで開始した。その後逓信省(のちの郵政省、現総務省)、国際電信電話株式会社など所管が変わり、現在はKDDI八俣送信所となっている。
1953(昭和28)年4月より1998(平成10)年12月まで使用されていた門標銘鈑
まずはかつて送信設備が設置されていた天井や壁に面影が残る部屋で八俣送信所の施設概要についてレクチャーを受けた。
・送信機
現用送信機(300kW 4台)、予備機(300kW 1台、100kW 2台)があり、送信可能周波数は5.9~21.9MHzをカバーする。実際は国際放送割り当て周波数の6、7、9、11、13、15、17、21MHz帯を送信対象地域や季節、時間帯に合わせ使い分けている。
また現用送信機に更新した際にPSM(パルスステップ変調)化され、従来送信機より消費電力が抑えられたそうだ。
・アンテナ
広大な敷地に張り巡らされたアンテナは合計18式あり、フォールデッドダイポールを基本としたカーテンアンテナが15式、ログペリアンテナが3式設置されている。アンテナも送信地域に合わせ使い分けている。また電波放射方向は最短距離(ショートパス)で行われている。
大小で1組となったカーテンアンテナは、大(H高さ:70m×幅:約100m)、小(高さ:35m×幅約50m)でそれぞれ5.9~12.1MHz、13.6MHz~21.9MHzをカバーする。間に挟まれた反射スクリーンにより指向性を出し中距離~長距離用に使用されている。利得は16.5dBi以上でSWRは最悪値で1.8程度に抑えられている。
カーテンアンテナの概要(左側の低いタイプの高さは35m)
一方ログペリアンテナ(LP)は、高さ44mで40mの間隔で設置された2つのタワーから放射方向に69mの長さでジグサグに引き下ろされて設置されており、5.9~21.9MHzをカバーする。利得は14.5dBi以上で近距離~中距離用に使用されている。
ログペリアンテナの概要
また両アンテナの模型も展示されていた。職員の方の手作りだそうで縮尺を再現し航空障害灯も点滅するなど手の込んだものであった。
カーテンアンテナ
ログペリアンテナ
・立地条件
周辺に高い山や建物がなく、東西、南北が1km以上の広大な敷地が必要で、自然環境においてもいろいろな条件(塩害など)があり、それらを考慮してこの地を選定されたそうである。
レクチャーのあと実際に構内設備を見学した。まずは、構内のほぼ全域を見渡せる場所でアンテナや給電線などの設置を見せていただいた。東西1km、南北1.1kmの敷地のほぼ中心の建物から各アンテナへ給電線が延びている様子は、一般のアマチュア無線局とはスケールが違い過ぎていた。
左側の赤白色の鉄塔はカーテンアンテナ、右の白い鉄塔の左右にはログペリアンテナ
見上げると鉄塔の巨大さがわかる
真ん中の鉄塔から左がローバンド用、右がハイバンド用のカーテンアンテナ
アンテナの配置図(送信地域ごとにアンテナが設置されている)
全体を見渡せる場所から管制室へ。ここでは24時間365日常時2人態勢で送信状況の監視をしている。プログラムされた放送が正しく送信されているか、送信地域と使用するアンテナが正しく切り替えられているかなどを監視している。
管制室の様子
300kWで送信中、反射電力はメーター読みで1kW
次は、送信機設備が設置されている部屋へ案内された。
この部屋には整然と送信機設備が数式設置されていた
さすが300kWの設備である、全てが大きな部品で構成されている。中でも終段管に使用されているセラミック管(TH558E)は高さ600mm×φ300mm、約70㎏である。定期的に交換作業が行われるため、取り換えのために盤内上部には吊り下げ治具が設けられ、セラミック管のソケット嵌合部や周辺機器などに損傷を与えないよう細心の注意を払った作業が行われるという。
セラミック管の納められた盤内、緑色の円筒状のものがセラミック管
(上部に水冷のための赤いホースが接続されている)
赤丸囲み部は、交換の際の吊り下げのための治具
盤の裏側に回ると上部には可変式真空コンデンサや電動可変式コイルによるπマッチ回路があり、周波数プリセットにより送信周波数を変えるときにサーボモータで最適値に調整される。下部にはそのサーボモータや水冷を行うための配管などが並んでいた。
下部の中にはモータや水冷配管が配置
左下の白いものが可変式真空コンデンサ
逆U字のものは可変式コイル
また別の部屋に展示してあったセラミック管や可変式真空コンデンサや同軸ケーブルを見ることができた。真空コンデンサは内部を見るようにしてあり、使用しているうちに真空度が落ちて電極間にスパークが発生し傷んでくるそうだ。そのためセラミック管同様定期的に交換し不具合が発生しないようにしているという。
セラミック管 TH558E、周囲の赤い金具は、運搬時の治具
手前右の赤い円筒状のものは可変式真空コンデンサ
真空コンデンサの内部(左:縁にスパークによる損傷あり、右:無損傷のもの)
実際は定期的に交換しているので左のような損傷まで至らない
同軸ケーブルは、ケーブルメーカーから直径4mのケーブルドラムに巻かれ納入されるそうだ。型式はHF-203Dで内部導体は89mm、外被外形は225mmもあり、A3E 100%変調に耐えられるという。下の画像の通り内部導体が管状になっており、外部導体との間にはらせん状にセパレータが入っていて、湿気対策として乾燥空気を常時充填補給している。
周りの真空コンデンサと太さに差がない
サインペン(長さ140mm)とのサイズ比較
次は変調トランスの部屋に入った。この部屋に入った瞬間、他の部屋とは違和感があった。というのもこの部屋の中だけ現在送信している放送が聞こえているのである。この部屋に短波ラジオかその受信している放送をスピーカーで流しているのかと思っていたが実際は違っていた。職員に尋ねると変調トランスが共鳴して放送が聞こえるという、想像を超える現象が起こっているのであった。しかもそのトランスが大きいためしっかりとした音で聞こえるのである。大電力の送信設備とはこんなことが起こるのかと驚いた。
変調トランスのほか、チョークコイルも設置されている
上の画像一番左の変調トランスの銘鈑
油入りトランスで総重量は4000kgもある
下の写真は、試験や調整に欠かせないダミーロードそしてそのための同軸切換器である。大電力の割に小さいと思ったが、液体の成分により50Ωに調整され、それを循環、放熱をすることで容量を稼いでいるそうだ。
ダミーロード
同軸切換器
いよいよ屋外の設備の見学である。
建物から伸びている同軸ケーブルの経路を伝うように移動し、50Ωから300Ωに変換するバラン部へ到着したが、一般のアマチュア無線局で使うようなバランは見当たらなかった。ただ同軸ケーブルから4線式平行フィーダー線に切り替わっている部分があった。説明によるとこれがバランなのだという。それは、単に同軸ケーブルから平行フィーダー線の間にある三角状の金物であった。この形状や金具同士の間隔で50Ωから300Ωに変換されるそうである。
ちょうどバラン周辺では除草作業が行われていた。こまめに除草作業が行われる理由は、[バッタなどの昆虫が発生] → [小さな鳥やヘビなど] → [大きな鳥] へと食物連鎖が発生し、その鳥などがアンテナやバランなどの設備に接触することでその機器を破損し、最終的には送信設備の故障となって送信停止に至るのを防ぐためとの説明があった。
バランがアンテナに向けて設置されている
高周波電流の方向は左から右へ(左が同軸、中の三角状のものがバラン、右側は平行フィーダー)
平行フィーダー線に変換された給電線は、途中アンテナ切替器を介しアンテナへ接続されている。
鉄塔の間に張られたカーテンアンテナ
日本で唯一の海外向け短波放送が運用されている八俣送信所は、現在は日本語、英語を含む18の言語で1日に延べ50時間程度の送信を世界中に向けて行うことにより、世界情勢の影響や通信のインフラ(有線通信、衛星通信)に頼らず、有事や災害の時でも直接海外の短波ラジオを聴く人に情報を伝えている。なお、季節により電波伝搬状況が変化することから年に2回、使用する周波数や送信時間を変更することで、年間を通じて世界中に安定した送信を行っている。
近年では、1990年に発生した湾岸戦争で、現地にいる日本人向けに有事放送を行った。のちに帰国した方から「ラジオ日本が唯一の情報源だった」と感謝の声があったそうだ。
300kWを常時送信する八俣送信所は、アマチュア無線とはスケールやレベルは違い過ぎるが、同じ電離層を使った通信を行うという意味では、参考になることも多いだろう。
今回見学の機会を頂いた、KDDI株式会社、および八俣送信所の関係者の皆様に感謝申し上げます。
レクチャーを受けた部屋には、先に紹介した終段のセラミック管や同軸ケーブルのほかに、かつて使用されていた真空管などの機器も展示されていた。普段見ることがない大電力の設備を見たあとだったため、見慣れたサイズの真空管などもあり「ホッ」とした。
同軸ケーブルなど
通用口付近には職員の方がメンテナンス作業で
発生した廃材で製作した消毒アルコールスタンド
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