今更聞けない無線と回路設計の話
2023年10月2日掲載
第19話では、定電流型チャージポンプを搭載したPLL-ICにおけるループフィルタの構成方法とリファレンスリークスプリアス(リファレンススプリアス)を減衰させるためにラグフィルタが必要になることを解説しました。第20話ではパッシブリードフィルタにパッシブラグフィルタを追加する際に考慮すべき事、ならびに定電流型チャージポンプに特化したラグ特性の追加方法について解説します。
図1は第19話の図7を再掲したものです。第19話のまとめで少し触れましたが、リードフィルタで広がったループ帯域にラグフィルタを追加することで絞る場合はラグフィルタの入力インピーダンスを高くとる必要があります。これはリードフィルタ(定電流型チャージポンプ)が、図1のA点から右側(後段)の回路には電流が流れない事を前提で設計されているためです。
図1 リードフィルタ出力にパッシブラグフィルタを接続した回路(第19話の図7の再掲)
図1からチャージポンプとループフィルタの部分のみ切り出して解説したのが図2です。この図の上半分に記載した計算式が示すように、第19話の図2、図3に示したチャージポンプ出力電圧VPD(すなわちA点の電圧)の計算式は、チャージポンプ出力電流が全てLeadフィルタに流れる前提で計算されています。
このため、この条件を崩さないように後段回路を接続するためには、図2の下半分に記載の通り、後段の入力インピーダンスをできるだけ高い値に保つ必要があります。
ではip' ≫ iLの条件が満足できないと、フィルタの特性はどのように変化するのでしょうか。回路シミュレータで模擬実験した結果を図3に示します。
図3において、水色のプロットはパッシブリードフィルタのみの通過特性、これに理想ラグフィルタ(入力インピーダンス=∞)を接続すると、赤の破線でプロットした特性になります。第19話では解説を控えましたが、第19話の最後の設計例は、この状態に近い特性が得られるように直列抵抗R1を10kΩに設定していました。この時の特性が図3の緑のプロットです。この時の特性はほぼ理想状態の赤い破線と重なっています。ラグフィルタのカットオフ周波数を維持したまま、直列抵抗R1の値を1kΩとしたのが、図3の黄色のプロットです。R1の値が小さくなる結果、ラグフィルタのカットオフ周波数が低い方にシフトする傾向が判ります。これはラグフィルタのカットオフ周波数をリードフィルタのカットオフよりも高い周波数に設定したときの見え方です。どういうことかと言うと、ラグフィルタのカットオフ周波数よりも充分低い周波数においては、C1のリアクタンスが大きく、フィルタの入力インピーダンスも大きな値を示すので、パッシブリードフィルタの特性は崩れず維持されます。その一方でラグフィルタのカットオフ周波数が近づくと、C1のリアクタンスが小さくなり(絶対値がR1とコンパラになる)R1に流れる電流が大きくなる分、チャージポンプ出力端子の電圧VPDの値が下がります。結果、チャージポンプの電圧出力が下がるので、見かけ上はラグフィルタのカットオフ周波数が下がって見えてしまうのです。
このように、定電流型チャージポンプの後段に電圧入力タイプのフィルタを挿入して性能を出すためには後段回路の入力インピーダンスを極力高くする必要があり、VCOの制御電圧端子にも電流が流れ込む事を考慮すると、設計が難しい回路と言えます。このため定電流型のチャージポンプにラグ特性を追加する場合は、図4に示すような回路構成とするが一般的です。
早い話が電流電圧変換に用いるキャパシタが所謂「ラグ特性」を示すので、リードフィルタと並列にキャパシタを接続する事で、ラグ・リード特性を実現しています。
図4の回路において、位相検波器(+ラグリードフィルタ)の伝達関数KP (V )は、(式2-1)に示す通りとなります。
“//”は並列接続の意 (式2-1)
jω = S とおいて展開すると、この式は最終的に(式2-3)の形に展開できます。
(式2-2)
(式2-3)
このPLLの開ループ伝達関数G (S )は(式2-3)にVCOの位相伝達関数を掛け算して(式2-4)に示す通りとなります。
(式2-4)
また一巡伝達関数G (S )H (S )は(式2-4)にさらにフィードバック伝達関数H (S )を乗算しますが、ここではフィードバックループに分周器を挿入していないのでH (S )=1となり、一巡伝達関数G (S )H (S )はG (S )と同じ値になります。この式にS = jωと代入して周波数応答特性を計算したのが図4の右側のグラフです。(式2-4)から判るように、このPLLの伝達関数はSの三次式、つまり三次ループです。三次ループの一巡伝達関数 G (S )H (S ) の一般式は(式2-5)で表現されます。
(式2-5)
これに対応するように(式2-4)を(式2-6)のように変形すると、
(式2-6)
(式2-6)の赤文字の項がT1、青文字の項がT2、緑文字の項がT3に該当します。すなわち、
(式2-7)
(式2-8)
(式2-9)
という関係になります。図4に掲載したグラフには、ω2、ω3、ωCという3つの周波数(角周波数)が書かれていて、それぞれ
ω2: リードフィルタのカットオフ角周波数(減衰しなくなる周波数)
ω3: ラグフィルタのカットオフ角周波数(減衰し始める周波数)
ωC: ループのカットオフ周波数
を示しています。これら角周波数とT1、T2、T3の間には以下の関係があります。
(式2-10)
(式2-11)
(式2-12)
(式2-13)
Excelで(式2-4)を計算してグラフを作図し、位相余裕を読み取りながら回路諸元を変化させる事でPLLループの設計を行うわけですが、その初期条件としてPLLに追従して欲しい帯域、すなわちVCOの位相雑音を減衰させたい周波数帯域からωCを、リファレンスリークの減衰要求からω3を決定し、ω2を変数として、(式2-10)~(式2-13)をつかってフィルタの初期諸元を決定するのが一般的な設計手法ではないかと思います。図5に図4のPLLの閉ループ伝達関数を計算した結果を示します。電圧入力型ラグフィルタを用いた設計結果(第19話の図8)とほぼ同等の結果になっています。
図5 定電流型チャージポンプのラグフィルタを用いたPLLの閉ループ伝達関数
第20話では定電流型チャージポンプを搭載したPLL-ICにおけるラグ・リード特性の与え方と、三次ループPLLの基本的な設計手法について解説しました。以下第20話の要点です。
今回でPLLの設計方法は概ね解説し終わりました。次回はPLLループの次数と時間応答特性について解説します。
第20話の執筆には下記文献を参考にさせて頂きました。
トランジスタ技術増刊 RFワールド No20 特集「PLLシンセサイザの実用設計法」(小宮 浩)
2012年11月 CQ出版社
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