今更聞けない無線と回路設計の話
2025年3月3日掲載
第5話ではシャノンの通信モデルの概念と、そこで用いる信号劣化の概念、および等価雑音(等価熱雑音)を用いたSNRの概念を解説しました。シャノンの通信モデルにおいて通信が成立する/しないは、復号器に入力される信号のSNRが十分に大きいかどうかで決まります。第6話では復号器に信号を出力する復調器の入出力SNRと通信品質の関係について解説します。
受信機が受信した信号が正しく復号出来るかどうか・・・ すなわち通信が成立するか否かは第5話で解説したとおり、復号器(オペレータの場合も含む)に入力される信号、すなわち復調信号の品質で決まります。そして復調信号の品質は復調器に入力される受信信号のSNRで決まります。
従って正確な復号に必要な最低限の復調信号の品質が決まれば、そこからレベルダイヤグラムを遡って、その受信機を用いて通信を成立させるために必要な受信信号の最低レベルを知ることが可能になります。第5話ではこの最低レベルの事を「受信感度」と呼ぶとお伝えしました。
通信が成立するために必要な復号器への入力信号の品質、すなわち復調器の出力信号の品質については、表1に示す通りです。(この表は第5話の表2の再掲です)
表2 復号可否条件の具体例
アナログ通信における復号器は人間であることから、通信が成立するための復調信号の品質条件は、復調器入力と同様にSNR(またはSINAD)で規定されます。一方でデジタル通信における復調信号の品質条件はBER(Bit Error Rate : ビット誤り率)で規定されます。以下、代表的な変調方式について、復調器の入力信号SNRと出力信号品質の関係がどのようになるかを解説します。
(1)振幅変調(AM、SSB)方式の概要
アナログ振幅変調方式とは、音声や映像などの電気信号(シャノンの通信モデルでは「送信符号」に相当)を搬送波に単純にかけ算する変調方式です。別の言い方をすると音声や映像などの電気信号の振幅を搬送波の振幅変化に置き換えて伝送する方式になります。
今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学の第1話~第3話で解説した通り、無線周波数 fc の搬送波に周波数 fs の音声信号を乗算すると、搬送波成分は消えて側帯波成分 fc + fs : USB、 fc ― fs : LSBの2成分が生成されます。(図1)
これをこのまま電磁波として送信する方式がDSB(電波型式A3E)、今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学の第29話で解説したような直交ミキサを用いて、差周波のみを取り出して送信する方式がSSB(LSB)(図2)(電波型式J3E)、和周波のみを取り出して送信する方式がSSB(USB)(図3)(電波型式J3E)となります。またDSB方式において、音声信号fs に搬送波振幅相当のDCオフセットを加えて乗算する方式がラジオ放送でおなじみの「振幅変調: AM」(電波型式A3E)となります。(図4)
振幅変調信号の復調、すなわち、これら振幅変調された信号(受信信号)から音声信号を取り出すためには、図5に示すように受信した信号に搬送波周波数fcの信号を再度乗算して周波数変換を行います。
図5はDSBで記載しましたが、SSBの場合は入力信号が片方の側波のみになりますので、復調出力振幅が半分になります。またAM信号の場合は受信信号に搬送波fcの成分が含まれていますので、単純に整流などの非線形処理を行うことで変調信号fsを取り出す事が出来ます。(これを包絡線検波と言います)
(2)復調回路の劣化特性
アナログ振幅変調はアナログ音声通信に適用される変調方式なので、出力信号の品質はSNRで定義されます。(1)項で解説したとおり、振幅変調信号の復調操作は周波数変換と全く同じになるので、乗算する再生搬送波(LO)信号のSNRが十分に大きければ、基本的に受信信号のSNRがそのまま復調信号のSNRになります。再生搬送波のSNRが受信信号のSNRに対して無視できない大きさであるときは図5に示したように、入力信号の等価雑音電力に搬送波の等価雑音電力が加算されるかたちでSNRが劣化し、復調回路の固定劣化となります。
(1)周波数変調変調(FM)方式の概要
アナログ周波数変調方式とは、音声や映像などの電気信号の振幅を搬送波周波数に反映させる変調方式(電波型式F3E)です。FM変調された信号は搬送波周波数を基準に、伝送する音声や映像などの+の振幅で周波数が高くなり、-の振幅で周波数が低くなります。一般に搬送波信号にこのような変調を行うためには、電圧制御発振器(VCO)を用いて音声信号で発振周波数を制御する方法が採られます。実際には搬送波周波数は高い精度が要求されるため、PLLシンセサイザ(今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学の第13話~第21話参照)で生成されるので、このPLLのループ帯域を変調周波数帯域より狭くして応答しないようにした上で、PLLのVCOの制御端子に音声信号を重畳させるという手法が用いられます。(図6)
周波数変調信号の復調方式は色々実用化されていますが、通信機でポピュラーな方法はディスクリミネータ(周波数弁別器)と呼ばれる狭帯域の共振器の肩特性(通常クリスタルフィルターの肩特性が利用される)を利用して周波数変調を振幅変調に変換し、それを包絡線検波することで、受信信号から変調信号(音声信号)を取り出しています。(図7)
(2)復調回路の劣化特性
アナログ周波数変調はアナログ振幅変調と同様、アナログ音声通信に適用される変調方式なので、出力信号の品質はSNRで定義されます。周波数変調信号の復調は入力信号の振幅が一定以上になり、SNRが一定以上に達すると、周波数軸方向の雑音(周波数変換に用いるLO周波数の揺らぎなど)が支配的になるため、出力のSNRが入力のSNRに対して大きく改善する特性を有します。この改善量は図8の左のグラフに示すように変調時の最大周波数変位が大きいほど大きくなります。
このように周波数変調方式は原理的に熱雑音: Nの影響を受けにくく、復調信号の劣化は雑音以外の波形劣化(歪み: D)の方が大きくなります。このためFM方式のアナログ通信では、復調信号の品質基準としてS/N(SNR)ではなくS/(N+D)が採用されています(考え方としては「等価雑音」と同じです)。また実際の評価ではSINADが採用されており、第5話でも触れましたが(式3-1)で定義されています。
S : 信号電力、N : 雑音電力、D : 歪み電力(歪みで発生したIM波、高調波の対域内電力)
(式3-1)
SINADは信号対等価雑音比ではなく全電力対等価雑音電力を示しており、1以下(0dB以下)にならない値ですが、信号レベルよりも等価雑音レベルの方が大きくなるような領域(通信不可能域)でなければ、概ねS/(N+D)に準じた値を示します。
入力SNRが一定値以下になると、ランダム雑音の位相不連続性に起因して、周波数弁別出力に「クリック雑音」と呼ばれるスパイク性の雑音のレベルが急激に上昇し、SNRが数dB以下の領域では復調不可となります。(図8の中央、右のグラフ) 実際にどのくらいのレベルから出力のSNRが劣化するかについては周波数弁別器の感度(単位周波数変化あたりの出力電圧)次第となるので、一概にはいえませんが、表2に記載した出力SINAD=12dB程度の復調品質の領域は入力の振幅雑音の影響を強く受けている領域であり、特に最大周波数偏移の小さい狭帯域FM方式においては、概ね入力のSNRと出力のSINADは近い値を示します。
第6話ではアナログ音声通信が成立するか否かを決定する全ての要求条件の根拠である復調器の特性について、変調方式毎の特徴に触れながら解説しました。アナログ通信の場合は復号処理は人間(受信オペレータ)の作業になるので、通信の成否は復調出力の品質、すなわち正確に聞き取れる品質か否かで決まります。受信信号を聞き取りにくくする要因は雑音と歪みになるのですが、振幅変調方式においては雑音が、周波数変調方式においては歪みが主要因となるため、評価方法がSNRとSINADに分かれますが、両者とも復調器の入力SNRで決定されます。第7話は引き続きデジタル変調方式の復調器について解説します。
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