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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第7話 ダブルバランスドミキサ①

濱田 倫一

第6話まで、トランジスタミキサを例にとり半波整流型のアナログ乗算回路の動作を解説しました。ある信号とある信号を掛け算するとどのような波形になるか、また足し算された信号を半波整流すると掛け算された波形成分が発生することを解説しました。第7話からはダイオードを用いたミキサ回路について解説します。

1. ダブルバランスドミキサ(DBM)

ダイオードを用いた最も代表的なミキサは図1に示す「ダブルバランスドミキサ(DBM)」です。リング接続された4つのダイオード(図1では捻って書いています)と入出力トランスから構成されていて、入力側のトランスと出力側のトランスはどちらも同じ巻き数比になっています。LO信号は各トランスのミキサ側巻線の中点タップ間に印加します。ダブルバランスド(二重平衡)とはLOポートから見て、入出力のポートが両方とも差動(平衡)回路になっている事を示しています。この回路は無線通信機の周波数変換回路では定番であり、動作を解説する教科書も多く存在していますので、無線従事者の免許を取得された方なら知らない方はいないと思います。

第6話まで解説したトランジスタミキサと比較すると、
① (半波整流の+1と0の乗算に対して)±1の乗算動作である。
② 2つの入力がそれぞれ平衡入力となっていることでポート間がアイソレートされている。
という事が特徴です。


図1 ダブルバランスドミキサ(DBM)

なお図1の回路構成では全てのポートが平衡線路になっていますが、実際には図2に示すように不平衡に変換して使用されるケースが殆どです。


図2 DBMの各ポートと不平衡線路の接続

2. DBMの原理

(1) ±1の乗算動作
第6話で扱ったベース注入型のトランジスタミキサはトランジスタのB-E間のダイオード特性をつかって、伝送信号が重畳されたLO信号を半波整流する...すなわちLO信号が+の時に入力信号を「1」倍、-のときに入力信号を「0」倍する演算を行いました。これに対してDBMはLO信号が+の時に入力信号を「1」倍、LO信号が-の時に入力信号を「-1」倍します。その動作は多くの文献で解説されていますが、以下の通りです。

図3、図4に示すようにDBMを構成するダイオードD1~D4は、LO信号の極性により、D1とD2、またはD3とD4のどちらかの組み合わせでONになります。

この結果、図3に示すようにD1とD2がON、D3とD4がOFFの時は負荷抵抗ZLには入力端子と同相の電圧が印加(すなわち×1)され、図4に示すようにD1とD2がOFF、D3とD4がONの時は負荷抵抗ZLには入力端子と逆相の電圧が印加(すなわち×(-1))されることになります。


図3 RF信号に×1演算を行う動作


図4 RF信号に×(-1)演算を行う動作

(2) ポート間のアイソレーション
第6話で扱ったベース注入型のトランジスタミキサは入力した伝送信号、LO信号のスペクトルがそのまま出力に現れました。2つの信号を重畳させて増幅するので当然と言えば当然ですが、入力ポートと出力ポート、入力ポートとLOポート間がアイソレートされていません。

これに対してDBMは出力ポートに入力信号やLOのスペクトルが現れません。その理由についても多くの文献で解説されていますが、以下の通りです。

D1~D4がLO信号のみでスイッチングしている場合(つまり伝送信号振幅≪LO振幅の場合)、入力ポートと出力ポートの間はダイオードのスイッチング動作により、図3、図4に示した通り、完全に同相/逆相の切り替えが行われるので、入力信号がそのまま出力に漏れ伝わることができません。またLO信号は図5に示すように入出力トランスの中点タップ間に電圧印加されるので、入出力ポートから見ると「コモンモード」の振幅となりトランスの相手側巻線には電圧誘起されません。(図5に示すようにILOAとILOBの大きさが等しいので各トランスにおいてLO成分の磁束は相殺すると解説する教科書もありますが同意です。) 従ってLO信号が入出力ポートに漏れ出ることもありません。逆に、電圧中性点なので入力された伝送信号や乗算された出力信号がLOポートに観測されることもありません。


図5 各ポートがアイソレートされる原理

3. 動作波形を調べる

続いて、DBMの入出力の動作波形について、Excel※1を用いて第4話の図1と同じ条件で計算してみましょう。入出力のトランスとダイオードは無損失、伝送信号(入力)は周波数3MHzと1MHzの2波とします。LOと伝送信号の振幅比も第4話の図1と同様1:0.5:0.5としたいところですが、DBMのダイオードリングが図3、図4で示したように、LOの電圧振幅のみでスイッチングする為には、LOと伝送信号の振幅比がLO≫伝送信号の関係になっている必要があります。DBMが図3の状態にあるときに各ダイオードにどのような電圧がかかっているかを模式的に示したのが図6です。


図6 各ダイオードの端子電圧(図3の状態)

図3の状態においてD1、D2はON状態ですから各ダイオードを理想ダイオードと仮定すれば、これらダイオードの端子電圧は0Vとなり、LO電圧VLOと伝送信号Vinは全てOFF状態のD3、D4に印加されます。この時の各ダイオードの端子電圧は、図6に示す通り、


(式3-1)


(式3-2)

となり、VLOのみが印加されている訳ではありません。従って図3、図4で解説したように、VLOの振幅のみでダイオードがスイッチングしていると見なすためには、VLOVinであることが必須となります。その意味でLOと伝送信号の振幅比を1:0.5:0.5とするのは現実的ではないのですが、どのような歪み方をするのかを見る趣旨でこの振幅比を選択します。

なお図6に示した動作を表計算で模擬するのは大変難しいので、ここでは簡易的にダイオードに印加される電圧を(式3-3)、(式3-4)として計算します。これは全てのダイオードがOFFの時(実際のDBMではVF ≠ 0Vなので、LO電圧の極性が反転する瞬間はこの状態になる)に各ダイオードに加わる電圧を示しており、Vinの影響で各ダイオードのスイッチングタイミングがずれる動作のみ計算式に含めました。


(式3-3)


(式3-4)

図7に時間領域での計算結果を示します。


図7 Excel※1によるDBMの動作シミュレーション結果(時間応答波形)※2

図7のVin,VLOVOUTを比べると、VLOの周期でVin信号が位相反転されている様子が判ると思います。振幅軸をみれば判りますが、伝送信号各波とLO信号の振幅比が0.5:0.5:1というのは、合成された伝送信号の最大値がLOの振幅と等しくなるレベル比です。VOUTの波形を見ると、一見、エンベロープを保っているように見えますが、Vinの振幅が小さいところでパルス状に位相反転された信号のパルス幅(デューティー比)は均等間隔ですが、振幅が大きいところではVinの極性によってパルス幅(デューティー比)が変化しており、波形歪みを生じていることがわかります。

図8は時間領域の計算結果をFFT解析した結果です。VOUTのグラフには、この波形歪みによる高次成分のスペクトルが確認されます。


図8 Excel※1によるDBMの動作シミュレーション(周波数応答波形)※2

最後にDBMによる乗算と理想乗算(三角関数の掛け算)の差分を確認しておきます。

図9に示すように、DBMによる乗算は動作条件が理想に近づくほど、矩形のLOと伝送信号の掛け算処理になります。このため乗算で生成されたスペクトルは、サイン波どうしの掛け算結果よりも大きな振幅に見える傾向にあります。またLOに高調波を含むため高調波と伝送信号の積(高次歪み成分)が発生します。この高次成分のスペクトルには図7、図8の解説で述べた、伝送信号とLO信号のレベル差が近づく事で発生しているパルス幅(デューティー比)の暴れに伴うものも含まれています。


図9 理想乗算とDBMの比較※2

4. 第7話のまとめ

第7話ではダイオードを用いたDBMの動作原理について解説しました。
以下、第7話の要点を整理します。

(1) DBMはダイオードをスイッチとして動作させ、LOの極性によって伝送信号の位相を反転させる事で伝送信号×(±1)の演算処理を行う回路である。

(2) DBMを構成するダイオードがLOの電圧でのみスイッチングするように動作させる為には、伝送信号の振幅≪LO信号の振幅の関係を保つ必要がある。

(3) DBMはスイッチングによるミキシングであり、LO入力がなければダイオードはOFF状態になるので、LOと掛け算された成分しか相手ポートに伝搬しない。この結果、伝送信号の入出力はアイソレートされる。

(4) DBMは伝送信号を平衡線路で扱い、平衡線路に対してコモンモードでLO信号を加える事で、LOと伝送信号の間のアイソレーションを確保している。

図7を見てお気づきの方もおられると思いますがDBMは入力信号の振幅がLOの振幅に近づいて、スイッチングのタイミングに暴れが生じても、エンベロープが大崩れしないので、比較的大入力の信号に強いミキサです※3。このような特性もDBMが無線通信回路の定番である一因と考えます。次回はトランジスタミキサと同様、回路シミュレータを用いてDBMのダイナミックレンジについて考察してみたいと思います。

※1: Excelは米国マイクロソフト社の商標です。
※2: 図7~図9の作図に用いたExcel※1シートはここからダウンロードできます。なおダウンードされたExcelシートに関するご質問についてはご容赦ください。これらExcelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者濱田倫一に帰属します。月刊FB NEWS編集部は筆者濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。また筆者、ならびに月刊FB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。
※3: DBMはトランジスタミキサと比較して、大入力に強いミキサですが、飽和はします。詳しくは第8話を参照ください。

【お知らせ】
私の過去の連載記事「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」[第29話] 低雑音増幅器(LNA)のインピーダンスマッチング(その4・ノイズパラメータ)の内容について、読者の方からご質問を頂き、確認したところご指摘の通り掲載内容に不適切な部分が確認されました。以下、ご指摘の内容と修正内容について掲載させて頂きます。なお編集部にお願いして第29話の当該箇所は既に修正済みです。ご指摘に感謝致しますと共に、読者の皆様にご迷惑をおかけいたしました事をお詫び申し上げます。

読者の方からのご指摘と修正箇所
Q1. 2乗平均の表記が(式1-7)のような場合と(式2-2)のような表記の2通りあるが、両者の違いは何に起因するものか。
A1. (式2-2)は2乗平均値ではなく2乗絶対値(誤記)です。本文を訂正させて頂きました。
なお、本件はQ3のご指摘にも関係しております。併せてご確認頂けますと幸いです。

Q2. (式2-10)に関して、GS OPT 2 の前にはRnがかかると思います。
A2. ご指摘の通り、(式2-10)右辺はRn以降を括弧で括る必要があります。(誤記)
計算式を訂正させて頂きました。

Q3. 図6にて雑音源が共に4kTΔfとなっているのですが,第26話の(式4-3)から考えると,電圧源=√(4kTΔf)・Rnとなるのではないか。
A3. 結論から申し上げるとご指摘の通り「√(4kTΔf)」で正しいと思います。
当該箇所は(式1-6)、(式1-7)に基づいて作図しました。(式1-6)、(式1-7)は当該記事にも記載した
A.Ambrózy著 高木相, 越後宏 訳 電子ノイズ p.115-128 啓学出版 1988
から引用した箇所であり、当該文献では(式1-6)、(式1-7)のように平均値を示す「バー」を冠した2乗項を「2乗平均値」と翻訳しているのですが、これをRMS値(2乗平均平方根)であると永らく誤解しておりました。ご指摘頂いた図6の「4kTΔf」は私も少し違和感を感じていたのですが、(式1-6)、(式1-7)の分子がRMS値なら、分母は電圧(または電流)の次元でなければ話が合わないので、誤った解釈の元、図6を作成した次第です。

(式1-6)、(式1-7)の分子をRMSではなく「2乗値の平均」と解釈すれば、分母も電圧(または電流)の2乗値を示している事になり、第26話の記述と矛盾もなくなりますし、当該文献の他の部分とも矛盾がなくなりますので、ご指摘が正しいと判断致します。ご指摘を受けて以下4箇所について訂正させて頂きました。

① (式1-6)のコメント: unΔf の2乗平均 → uΔf 2の平均
② (式1-7)のコメント: inΔf の2乗平均 → inΔf 2 の平均
③ 図6の「4kTΔf」 → 「√4kTΔf」
④ 「3. 第29話のまとめ」の(3)項
雑音起電力は、電圧源、電流源共に4kT∆f → 雑音起電力は、電圧源、電流源共に 4kTΔf

(濱田倫一)

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