アマチュア無線の今と昔
2026年6月1日掲載
連載43回目です。この記事が掲載されるのは6月1日です。早いもので、今年も半分近く過ぎてしまったことになりますhi
6月といえば梅雨の季節。ジメジメしてうっとおしい時期ですね。雨が降りやすいということもあり、移動運用やアンテナいじりといった屋外での活動も、計画変更を余儀なくさせられることも多い時期です。では、ジメジメした雰囲気を吹き飛ばせるような話題で進めていきましょうhi

梅雨の時期です
かつて、私たちアマチュア無線家にとって「シャックの主役」といえば、デスクの半分を占領するような重厚長大のフラッグシップ機でした。無数のツマミやメーター、眩いディスプレイ、そして100W(あるいは200W)のパワー、さらに1アマのみに許された1kWリニアアンプ。それらはステータスであり、男のロマンそのものでした。
しかし今、ベテランと呼ばれるOM諸氏の間で、ある「異変」が起きています。それは、長年愛用してきた、あるいはいつかは手に入れたいと願っていた百万円に迫る価格の高級・大型HFトランシーバーを手放し、手のひらに乗るような、あるいは非常にシンプルな中・小型機へと買い換える動きです。
一見すると「趣味のダウングレード(格下げ)」のようにも思えるこのトレンド。なぜ今、OM諸氏がこぞって「引き算」を選んでいるのでしょうか。そこには、時代の流れと、人生の後半戦をスマートに楽しむ大人の知恵が隠されていました。

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1. 「小型=入門機」ではない。技術がもたらした「凝縮の美学」
まず大前提として、現在の小型機はかつての「安かろう、悪かろう」の入門機とは一線を画します。
近年のアマチュア無線界を席巻するSDR(ソフトウェア無線)技術の進化は目覚ましく、信号処理の大部分をデジタルチップで行えるようになりました。その結果、かつては巨大な筐体と複雑なアナログ回路でしか実現できなかった驚異的な近接ダイナミックレンジや混信除去性能が、今やポータブル機やミドルクラスの小型機にそのまま凝縮されています。
「小さくても、かつてのフラッグシップ並みに耳が良い」この事実が、耳の肥えたOM諸氏を納得させる最大の理由です。機能を絞り込んだシンプルな操作性は、かえって「無線本来のダイレクトな手応え」を思い出させてくれます。

小型機の例 IC-7300MK2(アイコムWebサイトより)
2. ライフステージの転換点——「終活」をポジティブに捉える
50代後半から60代といえば、子育てが一段落し、定年退職が見えてくる、あるいは迎える時期です。同時に、これからの人生の過ごし方や、住環境の整理、いわゆる「終活(生前整理)」を意識し始めるタイミングでもあります。
・シャックのダウンサイジング:
巨大なタワーアンテナや大型のトランシーバーは、万が一の際、家族に処分を任せるには負担が大きすぎます。自分で動けるうちにシステムをコンパクトにし、ベランダアンテナやポータブル運用へ移行することは、家族への配慮であり、賢い身仕舞いです。
・「重厚長大」からの解放:
体力的な変化も無視できません。重い機材の配線変更や、巨大なマニュアルとの格闘に疲弊するより、「スイッチを入れればすぐに繋がる」シンプルさが心地よくなります。これは決して後ろ向きな諦めではありません。「身軽になって、もっと自由に楽しむ」という、きわめてポジティブなライフスタイルの選択なのです。
3. 無線室から飛び出す ~ 「POTA」「SOTA」という新たな刺激 ~
もう一つの大きな要因は、ここ数年で世界的な大ブームとなっているPOTA(Parks on the Air: 公園からの運用)やSOTA(Summits on the Air: 山岳からの運用)をはじめとした、移動運用スタイルの定着です。
自宅のシャックに籠もってノイズと格闘したり、インターフェアを気にしてコソコソ運用するよりも、高品質な小型リグとワイヤーアンテナをリュックに詰め込み、アウトドアへ連れ出す。もしくは、ドライブがてらに気軽にアウトドアから運用する。緑に囲まれた静かな環境で、QRP運用(私に一番似合わないフレーズと言われてしまいましたhi)をしながらロケーションの良さを活かして遠方と繋がる快感は、固定局からの運用とはまったく異なる感動を与えてくれます(そりゃ自宅からキロワット運用も捨てがたいですがhi)。
「小さな相棒」を連れて外に出る。これが、アクティブなOMの知的好奇心を刺激して止まないのです。

小型機の例(IC-705 アイコムWebサイトより)
4. 無線だけじゃない。あらゆる大人の趣味で進む「上質な引き算」
実は、この「高機能・大型から、シンプル・小型へ」という流れは、アマチュア無線に限った話ではありません。世の中を見渡すと、他のホビー領域でも、全く同じ現象が起きています。

無線以外の趣味でもこんなに変化しています
カメラの世界では、重い機材で肩を凝らすのをやめ、ポケットに入るスナップシューターで「撮る楽しさ」の原点に戻る人が急増しています。オーディオでも、部屋の大部分を占拠していたシステムを片付け、コンパクトながら音質の良い一品で、純粋に音楽と対峙する大人が増えています。
これらに共通するのは、「スペックの奴隷になるのをやめ、自分の身の丈に合った『本質』だけを贅沢に味わう」というマチュリティ(成熟)です。日本ではカタログ上の数字が良ければ優れている、という神話(?)がありました。今回ご紹介した「成熟」は、カタログの数字のマジックからの脱却でもあると思います。

大人気のジムニーノマド(スズキ株式会社Webサイトより)
◎まとめ ~それはダウングレードではなく、趣味の「深化」である ~
かつて私たちは、より遠く、より強く、より多くの機能を求めて、上へ上へと機材を積み上げてきました。しかし、一通りの機材を味わい尽くした50~60代だからこそ、たどり着ける境地があります。デスクにちょこんと佇む小さなリグから、かつての高級機以上のクリアなモールスや音声が聞こえてくる。そのスマートさにニヤリとする。
大型機から小型機への買い換えは、趣味の縮小ではありません。機材の重さから解放され、アマチュア無線というホビーの本質をより深く、より軽やかに楽しむための、最高に贅沢な「アップグレード」なのです。
アイコムのIC-905(発表前のコンセプト名「SHF-P1」)やIC-7760(発表前のコンセプト名「X60」)などの登場プロセスを見ても明らかなように、近年のアマチュア無線業界は、これまでの伝統的な宣伝手法から大きく舵を切りました。私は以前、広告業界に身を置いていた時期があります。なので、世の中で話題になる広告、今までに無い手法の広告には、とても興味を惹かれます。今回のX-026、そして以前のIC-7760のデビュー前の広告は、「一体どんな無線機が出るんだ?」とワクワクさせられました。
かつてのアマチュア無線機の新製品発表といえば、「ある日突然、専門誌(CQ誌など)のカラー広告で全貌とスペック、価格がドーンと公開される」、あるいは「ハムフェアの会場でいきなり完成品が展示される」という手法が当たり前でした。
しかし現在、メーカー各社が積極的に採用しているのが、徐々にベールを脱いでいく「ティザー(焦らし)プロモーション」です。AppleのiPhone発表や、自動車業界、映画の予告編などではおなじみの手法ですが、なぜ今、これがアマチュア無線業界で定着しつつあるのでしょうか。そこには3つの大きな狙いがあります。
1. 映像化による「期待値のブースト」
現在の新機種発表の第一報は、YouTubeなどの動画プラットフォームで行われることが増えました。暗闇の中に浮かび上がるシルエット、重厚なBGMとともに一瞬だけ映し出されるメインダイヤルの質感、光るディスプレイ、そして「Concept Model」という謎めいた文字。
機能や詳細なスペックをあえて隠し、機器の「色気」や「凄み」だけを映像で伝えることで、カタログを見るだけでは得られない「何やらすごいものが出るぞ」というワクワク感を極限まで高めています。
2. SNS時代ならではの「考察」という極上のエンターテインメント
アマチュア無線家は、根っからの技術好き、メカ好きの集まりです。「ティザー映像」や「プロトタイプ(試作機)の一部」だけを見せられると、放ってはおけません。
・「このボタンの配置とUSB端子の位置からすると、完全セパレート型ではないか?」
・「背面のSMAコネクタを見る限り、ついにあのバンド(10GHzなど)が搭載されるのでは?」
このような推測が、X(旧Twitter)やYouTubeのレビュー動画、さらにはローカル局とのラグチューのネタとして一気に拡散します。つまり、メーカー側が全てを語らなくても、ユーザー同士が「あれこれ推測して盛り上がる時間」自体がエンターテインメントとして消費され、結果的に最高の無料広告として機能するのです。
3. グローバルイベントを跨いだ「壮大なストーリー展開」
アマチュア無線は世界共通のホビーです。現在、主要メーカーは以下のような世界的なイベントを「リレー」のように活用して、徐々に情報を公開するようになりました。
(1)5月(米国・デイトン ハムベンション): コンセプト(外観のモックアップなど)のチラ見せ。
(2)6月(ドイツ・フリードリヒスハーフェン): 一部スペックや機能の公開。
(3)8月(日本・ハムフェア): 正式な型番、全貌、そして価格と発売時期の発表!
一気に発表してしまえば、話題は数週間で消費されてしまいますが、この手法なら数ヶ月にわたって世界のアマチュア無線家の視線を釘付けにできます。IC-905の時も、マイクロ波帯への対応やオプション構成などが少しずつ明らかになり、待ち焦がれるファンの熱量を高いまま維持することに成功しました。
◎大人の趣味だからこそ必要な「準備期間」
そして、中高年のベテランハムにとって現実的かつ重要なのが、この「焦らし期間」が資金調達と家族への根回しの時間になるという点です。
数十万円、時には100万円近くになる最新鋭のトランシーバーは、決して衝動買いできるものではありません。数ヶ月前から「どうやらすごい機種が出るらしい」と予告されることで、お小遣いやヘソクリのやり繰りを考え、シャックのレイアウトを見直し、心(とお財布)の準備をする。言い換えれば、まさに大物をお迎えするための「準備」期間を、メーカー側が意図的に与えてくれているとも言えます。
◎まとめ ~ モノを売るのではなく「祭りを共有する」時代へ ~
以前は「いかに優れた性能の無線機を作って売るか」が勝負でした。しかし今は、ティザー動画から始まり、世界中のハムと一緒に予想を楽しみ、ついに正式発表の瞬間を迎えるという「数ヶ月にわたるお祭り(体験)」そのものをメーカーが提供する時代に変わりました。
次に「ベールを脱ぐ」新機種はどんな驚きをもたらしてくれるのか。私たちがティザー映像の細部を一時停止しながら食い入るように見つめてしまう時点で、すでにメーカーの新しい戦略に心地よくハマっているのかもしれません。
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