2015年6月号
連載記事
防災とアマチュア無線
防災士 中澤哲也
第15回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”
ゴールデンウィーク前に、ネパールで大地震により甚大な被害が発生した、というショッキングなニュースが世界を駆けめぐりました。当記事でも速報を掲載しましたが、その後の余震被害も合わせると、周辺国や現地滞在中の日本人も含め8千を越える人々が亡くなるという大規模な災害です。ゴールデンウィークの間に、インターネットその他で情報検索された方も少なくないと思います。現地でアマチュア無線がどのように活用されたか詳細な報道はありませんでした。通信インフラが未発達である事に加え、電力事情が極端に悪化したこともあり、HFでの通信網の維持に苦労したようです。情報検索された方はご存知かも知れませんが、発災前アマチュア無線のレピータは1基しかなく、それもデュアルバンドモービル機のクロスバンドレピータ機能を利用したもので、米国のある団体の慈善活動で無償設置されたものでした。本稿執筆時点(5月20日)ですでにアマチュア無線による緊急通信ネットワークは運用を停止した、と報じられています。まだまだ復旧活動中の部分が大半であろうと思いますが、首都カトマンズと地方では著しく状況が異なるものと思われます。
さて、ネパール大地震についてですが、IARUは連日NEWSを出していました。その中
http://www.iaru-r1.org/index.php/emergency-communications/1425-nepal-earthquake-update-30-april-2015
で非常通信周波数については3月に出た “IARU Emergency Telecommunications Guide (rev.1)”(以下“ETG”と記します。)を参照するようアナウンスされていました。
http://www.iaru.org/uploads/1/3/0/7/13073366/emcomm_guide_1jan2015.pdf
これについて本項執筆時点では我が国のIARU加盟団体からの翻訳は未公表なので、出過ぎた真似をいたしますがその内容について皆様と見ていきたいと思います。このガイドは全体で93ページあります。(ちなみにARRL Amateur Radio Emergency Service Field Resources Manualは88ページ、JARL「アマチュア局の非常通信マニュアル」24ページ、同「非常通信に関する基本方針ならびに非常通信実施要領」は11ページ、という分量です。)まずはETGの目次を見てみましょう。
このような内容となっています。ページ数も多いので、WEB上にある情報も活用しつつ精読しようとしていたところ、面白いことがありました。それはARRLが提供する非常通信に関する教育訓練の教材であると同一あるいは類似の内容が検索結果で現れたのです。
この教育訓練の教材については本誌2014年8月号の拙著で紹介しています。その部分を以下に再掲します。
例えば導入コースといえる“Introduction to Emergency Communication”(EC-001)というコースでは非常通信に関する基礎的な知識とツールを提供する内容で、6 section 29 lesson topicsから構成され45時間かけて学び、35問の修了試験を80点以上で合格、というものです。
教材は有料なので購入しなければWEBから直接内容を見ることは出来ません。しかしARRLのポータルサイト上にあるカタログhttp://www.arrl.org/online-course-catalog
を見れば、全てのsectionとlesson topicsのタイトルが分かります。その部分を読み、はたと気付き確認したところ、上記ETGのsectionタイトル21個中、EC-001のlesson topicsタイトルで同じものが7つ、似たものが4つありました。そこから言えば「半分は同じ?」となるでしょうか。このETGについては5月20日現在日本語の訳や解説は無いようですが、EC-001とほぼ同じ内容とするならば、ARRL地方組織が作成したEC-001のインストラクター向け資料が参考になると思われます。(もちろん英文です) ご興味をお持ちの方はWEB検索なさると思いますが、改版前のバージョンのものもありますのでご注意下さい。
このETGの詳細訳と解説を記事とすることも考えましたが、本誌4月号当記事で紹介したときと同じく、専門組織からの翻訳を待ちたいと思います。
そうは言いながら、何が書いてあるか気になるのは世の常です。筆者が特徴的だと思った部分は次の内容です。
1. Chapter 6 ”Network Theory and Emergency Communication System”
各種システムが紹介されていますが、ここでmade in Japanといえる“D-Star”が紹介されています。( 26ページ)
他にもアマチュア向けのVoIP無線でmade in Japanのシステムはあるようですが記載されていません。それは世界的に見ればメジャーでないと判断されたものと思われます。
2. Chapter 8 ”Emergency Net Operations”
各種ネットワークの種別と特徴についての解説があり、最近のものとして“D-Star”をJARLが調査研究開発したものとして紹介されており、その拡張性についても触れられています。( 36ページ)
3. Chapter 10 ”Emergency Net Control Stations(NCS)”
この「NCS」を筆者は「統制局」と訳しますが、通信系のキーパーソンとなる役割を担うため相応の資質と能力も要求されるよう読めます。(42ページ)
4. Chapter 12 ”Net Manager(NM)”
この「NM」を筆者は「管理者」と訳しますが、上記の「NCS」のように表舞台で目立つ存在ではありませんが、その表舞台を支える「黒子」と言うべき重要な役割である、と読めます。(52ページ)
5. Chapter 14 ”Incident Command Systems”
目次では”Emergency Command Systems”となっていますがそれは誤記のようです。
筆者の使っている辞書ソフトでは、ズバリ「緊急指令システム」という訳語が出てきます。大規模災害になると行政機関であっても複数の機関が一斉に出動展開し、相互に連絡が取れず効率的な活動ができない場面があります。このような事態を避けるため、いわば『統合』災害対策本部の中の通信系統を統一的に運用するイメージでしょうか。
海外と日本ではアマチュア無線の非常通信に関する位置付けが異なるので、そこにアマチュア無線家が組織的に参加することは難しいと思われます。しかし行政職員が少ない市町村レベルでは、繰り返しになりますがアマチュア無線家が組織的に活動し市町村と協定を結んでいれば組み込まれる所もあるかもしれません。その場合でも該当する市町村の「地域防災計画」に明示されている状況になければ、ボランティア保険などの取扱で問題が生じる懸念があります。(58ページ)
6. Chapter 16 ”Emergency Communication Radio Equipment Choices”
この章の“HF ANNTENAS”の段で“Near Vertical Incidence Skywave(NVIS)”antennaが紹介されています。この”NVIS”とは「近垂直放射空間波」と訳されるようですが、端的に言えば電波をほぼ真上に打ち上げて近距離の伝搬を得る、と言えるでしょうか。詳細は英語の資料ですが、ARRLのサイトに解説資料がありますので参考になると思います。http://www.arrl.org/nvis
どうしても大都市近郊では手軽さからレピータなどを介したV/UHFのハンディ機による運用に視点が行きがちですが、山地の多い日本で、この仕組みがもっと広まってもよいものと思います。災害派遣に活躍する、とある中央官庁では、このアンテナを装備した車両が多くあるようです。(66ページ)
7. Chapter 17 ”Emergency Activation”
筆者は「立ち上げ」と訳しました。筆者自身、昨年2度にわたり地元の自主防災組織で避難所開設に携わった経験から、軽視できない部分であることを実感しています。
(74ページ)
少し長くなりますが、そのときのエピソードを紹介しましょう。避難所開設一度目は、雨天とはいえ外出できる状況であり、災害には至らないだろうと考え、数週間前に予約したところへ妻と夕食に出かけていたときでした。降雨災害に備える早めの避難所開設で、招集を携帯電話で受けたときは、食事もデザートも済んでいたので帰宅を急ぐ程度に済みました。これが食事の途中なら、いくら防災士としてのボランティア活動を理解してくれているとはいえ、妻に「申し訳ない」と思うところです。また、急ぎ帰宅しましたが、相応のアルコールを含んでいたため、そのアルコールを発散させることにかなりの努力を要し、出動に少し時間がかかったことが反省点となりました。開設し状況変化に備えましたが幸いなんら被害なく、開設も半日程度で済み、語弊がありますがよい実地訓練となった、と感じるところでした。
出動時の装備についてはこのETG中に“Jump Kits”という項で出ています、詳細は次回以降にするとして、一般装備と別に専門装備として持参した無線機は次のものでした。
予備の乾電池、バッテリーパックは必要数持参したのは言うまでもありません。またこれだけの装備を展開したのは初めてでしたが、避難所運営に参集した方々へのよいアピールになったよう思いました。余談ですが校長はアマチュ無線の運用経験がおありだったので、ホットラインの運用はスムーズにできました。
さすがに一般装備+専門装備でこれほどになると、全数ハンディ機といえ重量もあります。上記の理由で妻も私も運転できない状況で運んだのでそれなりに労力が必要であり、笑い話のようですが、その労力でアルコールの発散が進んだものと思います。
しかし、これだけ全てを私物でまかなうのは運ぶだけでも大変でしたが、それらの機器の有効性についてよいデモンストレーションになり、避難所運営参加者の理解も得られ、地域で特定小電力トランシーバー(中継モード可能タイプ)を20台近く購入することになりました。(購入後、地域の各種行事で使っています。)
アマチュア機については、地元のD-Starレピータは日本赤十字社奈良県支部に設置されているので、災害時は常時受信が必要と予め考えていました。そのD-Starレピータの存在は災害時には心強いものになると思います。大阪、名古屋その他の地域でも日赤の施設に設置されているものがありますが、一般の方に説明するとき、「中継局が日赤にあるのです」の一言が大きな安心感を呼ぶようです。D-Starレピータの設置場所は地域により異なりますが「中継局が市役所(役場)にあるのです」の一言も周囲に大きな安心感を呼ぶでしょう。
先に触れた“Jump Kits”の他にも特徴ある部分はたくさんあります。次回も引き続きETGについて進めて行きます。
防災とアマチュア無線 バックナンバー
- 第20回 防災とアマチュア無線+α
- 第19回 要救助者と無線
- 第18回 無線機を取り出す前に
- 第17回 火山と無線通信
- 第16回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”その2
- 第15回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”
- 第14回 防災視点でのアマチュア無線 「訓練」 (その2)
- 第13回 防災視点でのアマチュア無線 「訓練」 (その1)
- 第12回 防災視点でのアマチュア無線 「組織化」
- 第11回 防災視点でのアマチュア無線 最近の話題
- 第10回 周波数の使用区別変更に伴う非常通信周波数の変更、阪神淡路大震災から20年
- 第9回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (3)
- 第8回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (2)
- 第7回 欧州のアマチュア無線における「非常通信」 (1)
- 第6回 米国のアマチュア無線における「非常通信」 (3)
- 第5回 米国のアマチュア無線における「非常通信」 (2)
- 第4回 米国のアマチュア無線における「非常通信」
- 第3回 海外における「非常通信」
- 第2回 「非常通信」とは
- 第1回 防災と情報の収集・伝達