2015年2月号

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防災とアマチュア無線

防災士 中澤哲也

第11回 防災視点でのアマチュア無線 最近の話題

1月は、阪神淡路大震災発生から20年という節目に行われた各種行事の報道やドキュメント、ルポルタージュの放映、記事を見聞きされたと思います。改めて関連死を含め亡くなられた方々へ哀悼の意を表すと共に、被災者、その関係者、復旧・復興に尽力された方々に気持ちを寄せる次第です。アマチュア無線家のみなさまもご自身、家族、親族、知人に何らかの被害をうけた方は多かったでしょうし、救助救援活動、各種ボランティア活動、8J3のプリフィックスで始まる特別なアマチュア局の運用や、物資提供、義捐金の出資、社寺教会での慰霊・祈願など、多くの方々が何かしら行動された事と思います。

この記事の読者の殆どはアマチュア無線家か、アマチュア無線あるいは防災に関心のある方と思います。あれから20年経過しました。通信環境は著しく変化し、国民の多くが携帯電話あるいはスマートフォンをもち、またソーシャルネットワークサービスと総称されるツイッターや情報コミュニティを利用し、それまでのメディアでは得られないスピードや広範囲の内容を得る状況となりました。

携帯電話普及前は、大規模災害発生時のアマチュア無線による情報伝達への一般市民の依存度、期待度は大きなものであったと考えます。しかし一般市民、個人を取り巻く情報通信技術(ICT: Information Communication Technology)が進歩した今では、日常のものとなったサービスが利用できなくなった場合の対策は、各種検討実施されるものの、代替手段まではなかなか手当できない状況と考えます。

米国では「国土安全保障省」と訳される“Homeland Security”が発行する“National Emergency Communications Plan”が昨年改訂されています。


www.dhs.gov/necp

この中でアマチュア無線家による非常通信に関し、その役割の重要性について記されています。例えば通信技術の進化への取組のための、組織の管理構造とプロセスのupdateを提言しています。また、次世代9-1-1システム(日本の110、119に相当)の機能拡張を見据え、一般大衆への情報共有化への視点にて画像やテキスト伝送の取組についても述べられています。

この点について日本では、画像伝送については早くからマニアがFAXやアマチュアTVなど運用していましたが広く普及するに至りませんでした。また過去「パケット通信」と呼ばれたテキスト伝送が携帯電話などのメール機能に先駆けてブームとなりました。しかし、パソコンによるメール機能やPHS、携帯電話のメール機能の普及により、今ではアマチュア無線でメールのやりとりをする方々はかなり少なくなったようです。

しかし防災視点でこれらの機能を見直した場合、その有効性、利便性は大きなものであり、アマチュア無線のデジタル通信の標準方式の一つであるD-STARではスマートフォンやタブレットとアプリを使えば画像伝送をも容易に行うことができます。また近年ユーザー数が増加しているデジタル簡易無線でも画像伝送の普及に向けての動きがあります。

上記の米国の取り組みを知ると、日本での非常通信におけるアマチュア無線の位置づけと比較し、あれこれ考えてしまう方も少なくないと思います。しかし、単純比較できるものではありません。それは法制上アマチュア無線の位置づけが根底から異なることによります。JARLの発行する「非常通信に関する基本方針ならびに非常通信実施要領」(https://www.jarl.org/Japanese/2_Joho/2-4_Hijou/Kihon-to-jissiyoryo.pdf)の2ページ目でも触れられているように、FCCルール上アマチュア業務の基本目的5項目のうちの一つとして「公共に対する自発的な非営利の通信業務、特に非常通信に関するアマチュア業務の価値の評価と増進。」(筆者訳)という項目があります。ここから米国では、いわば最初からアマチュア無線家はボランティアで非常通信を行うことが含められている、と言えます。加えて同じFCCルール上のアマチュア業務の定義中に非常通信も含まれています。このため米国の国家レベルでの非常通信の枠組みにアマチュア無線が組み込まれていることになんら違和感はありません。また、同時に一般大衆が、アマチュア無線家に非常時の通信を頼ることについても同じく違和感はありません。

では、日本での非常通信についてはどうでしょうか。以前にも触れましたが、総務省の「電波利用ホームページ」に「非常通信協議会」という括りがあり、その中で「非常通信協議会関連資料集」に諸々まとめて掲載されています。
http://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/hijyo/manual/index.htm

我が国ではアマチュア業務からみて非常通信は目的外通信とされています。これより非常通信目的でアマチュア局を開設することは認められないとされています。しかし、社団局の名称で「非常通信」という言葉を含んでいても認められる例が東日本大震災以後は増えているよう思われます。筆者が調べたところでは本稿作成時点で延べ14局が免許されています。また、「防災」の文字が含まれる局は北海道を除き全国で延べ87局が免許されています。

読者のみなさまはご存知かと思いますが、地震には「プレート境界型」と「直下型」と2種類があります。阪神淡路大震災は直下型、東日本大震災はプレート境界型と言われています。南海トラフ周辺域を震源とする大規模地震:南海トラフ巨大地震=広域災害がことやかましく言われていますが、もちろん都市直下型の想定被害の大きさにも注意しなければなりません。阪神淡路大震災当時のアマチュア無線ボランティアリストを見れば大阪京都のみならず近畿圏、全国から集まったことが分かります。しかし、広域災害が発生すれば「地元対応ですら手が足りない。とても他地域までは」という状況が予想されます。

前述のように阪神淡路大震災は今から20年前の事で、通信環境は大きく異なるものですが、それでも、当時アマチュア無線家がどのように行動していたのか、どのような教訓が残されているのか、今改めて知ることも重要だと考えます。

これについては神戸大学に震災文庫というものがあり、その中に「アマチュア無線運用とHAMボランティアの活動:実状記録と反省そして更なる無線運用の構築に向けて」というアーカイブがあります。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/eqb/book/14-145/

そこには、各種の報告、反省と提言がありますが、改めて読むと、その当時に教訓として現在のタイムライン的発想により時系列で対応手順がまとまられたものを見ることも出来ますし、運用の管理統制、運用手順、操作運用(ハンディ機の電池交換の方法まで手書きのイラストで示されたものがある)マニュアルなど、我々が忘れかけていたものがここにあるように見えます。また、現在に通ずる課題としては、常に議題としてあがる「非常通信」の解釈もありました。電波法でいう「非常通信」と、我々が考える(広義の)非常通信【法的解釈からは非常通信というより緊急通信と表現するほうが良いのかもしれません】のギャップを読みとることが出来ます。

また、地球規模で地震や火山災害は発生しています。その中で特に地震についてはチリ、火山についてはイタリアについて注目したいと思います。フィリピンやインドネシアも活発な活動を続けている火山が少なからずありますが、先進国(こう書くと語弊がありますが)としてはイタリアに注目すべきと思います。

さて、チリの現状については、過去に触れましたGAREC(http://www.fbnews.jp/201405/rensai/ji3oym_bousai_03_01.html)で2010年にチリのアマチュア無線連盟より発表がありました。
http://www.iaru.org/uploads/1/3/0/7/13073366/chile-report-at-garec-2010.ppt

チリは一般には養殖漁業やワインのイメージがありますが、アマチュア無線家にとっては同国沖の太平洋に浮かぶ島々、サン・フェリックス(CE0X)、イースター(CE0Y)、ファン・フェルナンデス(CE0Z)が交信難易度の高いエンティティとして話題に上るところでしょう。チリの太平洋岸は南北に長く約4300kmありますが、太平洋側のナスカプレートが南アメリカプレートの下に沈み込んでおり、いわば地震の巣のような地域で、この100年間に9度も巨大地震に見舞われています。このため発生した津波により1960年には三陸地方で大きな被害をもたらしています。

このような状況ですから、1922年に設立されたチリアマチュア無線連盟のホームページ、トップページ(http://www.ce3aa.cl/)には米国地質調査所(USGS)のバナーがあり、また毎日02時UTCにローカル用に146.52MHz、また全国波として3.738MHzと7.050MHzでの定時訓練を行うこととなっています。さらに中央政府の救援本部、軍、日本で言うと都道府県や市町村とアマチュア無線連盟の連携について取り決めがなされています。さらに、有事の際には統制局としてCE3SERが運用を行うとあります。機会を捉えて軍との共同訓練なども実施していますが、チリでは90年代にライセンス数は8000から4000に減少したとのことで、これを以前のように8000程度にまで増加させることや、非常通信ネットワークの構築などが目標とされています。「毎日の定時訓練」ということでその真剣度は日本より遙かにハイレベルだと思います。

つづいてイタリアですが、以前触れましたGARECの2013年ジュネーブ会議でプロテチオーネ・チビーレ(protezione civile)と呼ばれるイタリア政府防災省が状況を発表しています。
http://www.iaru.org/uploads/1/3/0/7/13073366/rnre_italy.pdf

イタリアは防災視点では、火山噴火、地震災害が思い浮かびます。火砕流で町が消滅したポンペイが大変有名で、石膏での当時の市民の復元遺体や遺構が見学できるまでなっています。(これは物見遊山ではなく、防災意識啓蒙目的で展示されていると理解しています)


【消防防災博物館(http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi)より】

ある意味イタリア=火山国、地震国というイメージをお持ちの方も少なくないかも知れません。それ以上に古代ローマの遺跡に代表される観光の、若い方にはサッカーのセリエAのイメージが大きいところでしょう。「赤い火を噴くあの山へ、登ろう~登ろう~♪」という歌い出しではじまる「フニクリ・フニクラ」という曲がありますが、この歌のモデルになった登山電車(登山鉄道)は1944年のベスビオ火山噴火で全区間不通となり消滅した、という話しは我が国ではほとんど話題になっていません。(注:上記の「79年」は西暦79年)

アメリカがハリケーンカトリーナの対応の失敗から防災体制を大きく見直したのと同様に、イタリアも過去の地震災害の対応が批判を浴びたときに防災態勢を見直しています。2009年ラクイラ地震で300名近い死者が生じ、これを契機に通信体系も見直し、“Raggruppamento Nazionale Radiocomunicazioni Emergenza”(R.N.R.E)という組織が出来ています。http://www2.rnre.eu/(トップページは非常にカラフル) 「国家非常通信グループ」とでも言いましょうか。日本の非常通信協議会と大きく異なるのは、現場で動く各地のボランティア組織が加わっている、という部分だと考えます。
ここにアマチュア無線関係では、上記GAREC2013の資料には
A.R.I(Associazione Radioamatori Italiani) *1
C.I.S.A.R(Centro Studi Italiani Attivita Radiantistiche) *2
E.R.A(Europian Radioamateur Assosiation) *3
A.R.S(Amateur Radio Assosiation) *4
がリストされています。

*1 IARU加盟団体で日本でのJARLに相当。http://www.ari.it/
*2 イタリアアマチュア無線実験センターとでも称される技術集団。イタリア国内の音声リンク、デジタルリンクを構築し、2.4GHzや5.7GHzのバックボーンまで持っている。http://www.cisar.it/


ドイツ、フリードリフィスハーフェンでの同団体のブース。
来場者サービスのワイン(多分イタリアワイン?)の樽の上にD-STARの周波数が書かれている。撮影 S.I氏

*3 名称からは欧州全体の組織のよう見えるが、ホームページはイタリア語で書かれており、イタリア国内組織の様子。http://www.era.eu/
*4 名称からは判断できないが、ホームページのコンテンツからはイタリア国内で活動する組織のよう見える。ホームページには英語版もある。 http://www.arsitalia.it/wp/?lang=en

全く異なる視点ですが、イタリア、ローマにカトリックの中心であるヴァチカンがあり、年間数百万人もの信者や観光客がそこを訪れます。このような信者の安全確保の意味もあってか、民間ボランティアの防災組織には防犯の意味合いも含まれているようです。歴史的に見れば、防災防犯以上に、宗教的にローマに攻め入ろうとする異教徒への防衛組織的要素があるのかもしれません。自警団というところでしょうか。

さて、ひとたび災害が発生すると、RNREは本部を北部ピエモンテ州のBiella(ビエッラ)に24時間体制で設置し、短波の無線電話では“IQ1HR”、デジタルでは“IZ1SCO”を運用します。同時に各種対応を行いますが、やはり“Pactor”と呼ばれる文字通信を運用する局を30局展開し、また400にものぼるレピータをリンクさせると計画しています。


(各州の状況)

モバイルユニットは四輪駆動車+キャンピングカーをベースにした無線車との組み合わせからなります。
Pactor局はアタッシュケースに電源/短波無線機/オートチューナー/モデム/ノートPCをまとめた物が用意されています。
レピータはアナログ/デジタル両方を含めた物である。もちろんD-STARレピータのリストも含まれています。
D-STARのレピータそのものはID-51等のレピータリストの最新版をみればそのコールサインや位置もわかりますが、レピータマップ(http://www.ilradioamatore.net/files/agg_cartina_link_nazionale_d_star-02102011.pdf )を見ると、サンマリノ共和国にもD-STARのレピータ“T79DV”がしっかりと記載されています。このサンマリノの存在も前述のヴァチカン同様注意すべきところです。

また、特に無線通信視点で取り上げるものではないのですが、イタリア一国ではなく国際的な訓練も実施されており、Tidal Wave In Southern Tyrrenian Sea European Emergency Simulation“TWIST 2013”という2013年10月24~27日にかけ、南地中海沿岸各国イタリア/クロアチア/フランス/ギリシャ/マルタ/ポルトガルの各国が参加しての津波防災訓練行われています。
http://www.protezionecivile.gov.it/resources/cms/documents/Twist2013_cartella_stampa.pdf (イタリア政府発行の報道資料) (南ティレニア海:イタリア半島西部の地中海) (クロアチアはイタリアからアドリア海を挟み東部になるが、イタリア本土で地震が発生するとアドリア海の津波がクロアチアを襲うことになる。このため訓練に参加したものと思われます)


イタリア政府報道資料の表紙
名称を図案化し、視覚面での印象づけを目論んだものと考えられる。
さすがイタリア、という所か。日本政府が防災関係でこのような資料を作成すれば注目度もUPしよう。


こちらもイタリア政府報道資料から。
「自分に関係する事」と読み手に捉えてもらえるよう、親しみ易いキャラクターをイラストで登場させている。また、津波の実際の写真は生々しくそれだけで恐怖感を与える可能性があるためか、津波をイラストで表現している。防災の視点からは注目したい資料の作り方である。

我が国は阪神淡路大震災から20年という節目を迎え、将来発生が予想される南海トラフ巨大地震への対策、市民への啓蒙が進められています。世界規模でみれば日本のみならずチリ、イタリアをはじめとする地震火山災害に直面する国々ではそれぞれにアマチュア無線の世界においてもいろいろな備えを進めています。日本も大きな震災を経験していますが、その教訓が生かされようとしているのか、我々自身が確かめ、有効活用していかねばなりません。

閑話休題
災害発生時に「俺は通信しかしない」という態度は通用しないことは諸兄重々ご承知だと思います。大きな八木アンテナを上げ日頃からHF帯で運用するベテランハムには、隣組の奥様から「○○さん。あなた日頃から外国と交信してるんでしょ? 外国人グループが避難所に来たから通訳とか対応してよね。じゃお願い。」と頼まれることがあるかもしれません。防災士の研修で「避難所運営ゲーム」と称される一種のシミュレーションゲームがありました。その中で「バスで移動中だった外国人観光客が避難所に来た。どう対応するか?」という主旨の設問があります。「俺、いつも『Your 59 QSL?』と決まり文句しか言ってないんだよな。困るなぁ…」と今更つぶやいても始まりません。ご近所さんにあなたが日頃どう思われているか、それが如実に出るときだと思います。(次号に続く)

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