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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第1話 サイン波のかけ算

濱田 倫一

ご挨拶
Mr.Smithとインピーダンスマッチングの話」を愛読いただきまして有り難うございました。おかげさまでFB NEWS編集部から、新しいテーマで新連載を書くようご依頼を頂きました。

本誌はアマチュア無線家向けのWEBマガジンですが、「Mr.Smithとインピーダンスマッチングの話」と同様、プロやセミプロ向けの技術連載も取りそろえたいとのことですので、無線通信機の設計に携わるプロやセミプロのエンジニアを対象に、無線工学や電子工学の
・ 「そんなの常識」と思っていたけれど、いざ人から聞かれると説明できない事
・ 「そんなの判っているよ」と思っていたけれど、目から鱗の話
・ 「大学で学んだけど、よく解らなくて」でも今まで何とかなってきた事

といった、「今更人には聞けない話」を切り口に、無線通信の基礎について解説する連載を書かせて頂こうと思います。これまでと同様、計算式のみの解説を極力避けて、多少乱暴でも具体的イメージを持って理解していただく事を執筆方針とします。「厳密には間違い」という部分については大目に見て頂けますと幸いです。

第1話 サイン波のかけ算

「今更人にはきけない話」の最初のテーマは「かけ算」です。無線機の中にはかけ算処理や、アナログのかけ算回路が多用されています。そしてアナログ信号のかけ算処理を担うのが「ミキサ回路」なのですが、増幅回路やフィルタなどと違い、ミキサ回路の動作は教科書での解説も少なく、理解できているようで理解できていない方が多いのではないかと思います。新連載の最初はこの「サイン波のかけ算とかけ算回路」をテーマとして取り上げさせて頂きます。

1. サイン波のかけ算とその使い道

まず言葉の定義をしておきます。
「サイン波のかけ算」というと、2種類の演算が考えられます。


→ サイン波をA倍する ・・・ (式1-1)


→ サイン波とサイン波のかけ算 ・・・ (式1-2)

本連載で「サイン波のかけ算」と表記した時は、特に断りがない限り、(式1-2)に示した「サイン波とサイン波のかけ算」を示します。ちなみに(式1-1)は「サイン波の増幅」です。

細かい話を始める前に、無線通信機の信号処理の中でどれくらい「かけ算」をしているか、表1-1に整理してみました。


表1-1 無線通信機で使われるかけ算

このうち項番9はサンプリング(離散値化)処理が「かけ算」であって、AD変換がかけ算と言うわけではありません。

如何ですか? 図1に示した一般的な無線通信機の送受信部の構成図を見ると、増幅、発振とフィルタリングを除けば、残りはほぼ全部「かけ算」であることがおわかり頂けると思います。


図1 一般的な無線通信機の構成(アナログ単信方式・多重なし)

これほどあちこちで使いまくっている「かけ算」なのに増幅、発振、フィルタと比べて「かけ算」を取り扱う文献はとても少ないと思いませんか。「そんなの一演算に過ぎないのだから当たり前だろ」と言われそうですね。でも、アナログ回路で処理するかけ算は意外に奥が深かったりしますので、ちょっと捻くれた目線で無線機の要素技術を分析するのも楽しいのではないかと思います。

2. なぜそんなにかけ算するのか?

なぜそんなにかけ算が多用されるのでしょうか。それは無線通信に利用される信号操作の殆どが、信号周波数の変換と復元、もしくは交流から直流への変換だからです。ベースになるのは、高校の数ⅡBで学んだ「三角関数の加法定理」です。 → (式2-1)~(式2-4)


(式2-1)


(式2-2)


(式2-3)


(式2-4)

“tan”の加法定理もありますが、ここでは省略します。我々電気屋(特に無線屋)が多用する「かけ算」は、これらの式を変形した (式2-5)~(式2-8)です。


(式2-5)


(式2-6)


(式2-7)


(式2-8)

筆者も含め皆さん高校生の頃は細かいことは考えずに丸暗記したのではないでしょうか。レベルの高い大学を受験された方は定理の証明までクリアされていると思います。数ⅡBで登場する三角関数はあくまで三角形の世界であって三角関数の引数α、β は「角度」でしたが、我々電気屋は引数α、β にω1t、ω2t (厳密には位相を考慮する必要があるので ω1t +φ1、ω2t +φ2 )を代入します。

つまり「サイン波」のかけ算です。ここでωは「角速度[rad/sec]」というパラメータで、一秒あたり何radian角度が進む(=回転する)かを示す値です。我々電気屋はこれをサイン波の周波数を示すパラメータと捉え、ω=2π𝑓 (𝑓は周波数[Hz]=[cycles/sec])という値を代入し、角周波数と呼ぶ...は無線従事者免許をお持ちの方なら常識のレベルかと思います。

実際に(式2-7)にω1t、ω2t を代入してみましょう(位相φ は省略します)。


(式2-9)

ω=2π𝑓ですから


(式2-10)

つまり(式2-10)は図2に示すように、振幅の等しい周波数𝑓1のサイン波と周波数𝑓2のサイン波をかけ算すると、振幅が半分で、周波数が𝑓1+𝑓2ならびに𝑓1-𝑓2の2つのサイン波に変換されると言うことを示しています。


図2 振幅が等しく周波数の異なるサイン波をかけ算したときの周波数領域でのレスポンス

(式2-7)を用いて解説しましたが、他の式でも位相関係が変化するだけで、周波数スペクトルの絶対値で見れば、結果は同じになります。これは周波数変換の基本原理で、無線従事者国家試験を受験された方なら皆さん学ばれた事と思います。

3. それってどんな波形なの?

無線工学の教科書に登場する解説は概ね図2までで、私も含め、皆さん周波数変換という操作を理解したつもりになるのですが、実際にサイン波どうしを時間領域でかけ算するとどのような波形になるから図2の結果に至るのでしょうか。実際のかけ算回路の動作を理解するためには、サイン波をかけ算したときの時間領域での波形を理解することが重要です(と私は思っています)。

私が学生の頃は頭の中で考えるか、FORTRANかBASICでプログラムを作成してPC画面に書かせてみるか、はたまた実際のミキサの波形をオシロスコープで眺めるか、というような方法しがなかったのですが、今は表計算アプリで簡単に計算することができます。

ここでは10MHzの信号に、振幅の等しい1MHzの正弦波(COS波)をかけ算してみることにします。結果を図3に示します。


図3 振幅が等しく周波数の異なるサイン波をかけ算したときの時間領域でのレスポンス

正弦波は振幅が±1なので、これをいくつ掛け合わせても最大振幅は1です。図3に示した通り、両者の波形のかけ算なので10MHzの正弦波が0.5µsec(1MHzの半周期)ごとに振幅ゼロ→位相反転を繰り返し、振幅に1MHzのエンベロープが現れる波形になります。

さて、この波形は本当に𝑓1−𝑓2(=9MHz)と𝑓1+𝑓2(=11MHz)の和なのでしょうか。今度は9MHzと11MHzを足し算してみた結果を図4に示します。


図4 𝑓1−𝑓2と𝑓1+𝑓2の足し算結果

正弦波は周期関数なので、周波数の異なる2波を足し算すると、周期的に同位相になるタイミングと逆位相になるタイミングが発生します。この様子を図5に示します。


図5 𝑓1−𝑓2と𝑓1+𝑓2によるビート(うなり)の発生

ここでは9MHzと11MHzの正弦波を合成した結果を示していますので、両者が同相からスタートしたとすると、9MHzの位相ベクトルが1サイクル回転する間に11MHzの位相ベクトルは11/9サイクル(1.22サイクル)回転します。つまり2/9サイクル早く電圧が遷移します。この結果、両者が同じ振幅の場合、振幅が2倍になるタイミングとゼロになるタイミングは、それぞれ9MHzの信号で観測して9/2 = 4.5サイクル(=0.5µsec)毎に発生し、振振幅最大点と相殺点の間隔は、その半分の9/4=2.25サイクル(=0.25µsec)となります。結果、図4の加算結果に示すように両者の差周波数の周期で振幅の強弱が発生・・・ 所謂「ビート(うなり)」が発生します。図3の結果は「うなり」波形がかけ算でも生成できることを示しており、図4の加算結果を図3の乗算結果と比較してみると、図4の加算結果の振幅が2倍になっている以外、同じ波形になっていることがお判り頂けますね。10MHzと1MHzの積は9MHzと11MHzの和に等しい。これが三角関数の加法定理が示す本質的なところといえます。

4. 第1話のまとめ

以下、第1話の要点を整理します。
① 無線通信機器に適用される主要な回路技術は増幅、発振、フィルタリング、そしてサイン波のかけ算である。
② 周波数の異なる2つのサイン波をかけ算すると三角関数の加法定理に従い、両者の和の周波数と差の周波数が生成される。

今回お話した内容は、大半が高校の数学Ⅱ、物理Ⅰの復習のような内容でした。解説を割愛しましたが、(式2-5)、(式2-6)、(式2-8)を用いて考えても結果は同じになります。これらの計算式は2つのサイン波の位相差の違いを示しています。解説に使用したグラフはMicrosoft🄬Excel🄬※1で作成しましたが、ここからダウンロード※2できるようにして頂きますので、興味のある方は位相を変化させたりして遊んでみるとイメージがわきやすいと思います。

実際に2つの信号をかけ算する為には、ディジタル信号処理を行うか、かけ算回路を使用する事になるのですが、高周波信号をかけ算したり、電力効率を考える必要があったりする場合、かけ算に使用する回路に色々と工夫が必要です。次回以降、今回お話した「サイン波のかけ算」が無線機の回路用途毎にどのように実装されているのか解説していきたいと思います。

※1: Microsoft、ならびにExcelはマイクロソフト社の商標です。
※2: ダウンロードされたExcelシートに関するご質問についてはご容赦ください。これらExcelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者である濱田倫一に帰属します。月刊FB NEWS編集部は筆者 濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。また筆者、ならびに月刊FB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。

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