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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ2】デシベルと無線工学
第9話 足される雑音と掛けられる雑音

濱田 倫一

2025年6月2日掲載

第8話では信号劣化の4大要因と劣化の具体的な発生箇所について解説しました。これらの劣化要因には伝送信号に重畳(足し算)されるものとかけ算されるものが存在します。足し算とかけ算の違いとは何か? と書くと「そんなこと判っているよ」とお叱りを受けそうですが、雑音が加算される現象と雑音が乗算される現象の違いが第9話のテーマです。

1. 足し算される劣化とかけ算される劣化の分類

第8話では話を簡単にするために、明示的な解説を避けてお話ししましたが、足し算される雑音には「重畳」、かけ算される雑音には「乗算」と言葉を使い分けていました。第8話の図5~7に登場する劣化要因(等価雑音)を“足し算”か“かけ算”かの観点で整理したものが表1です。本表の「劣化要因」の列は第8話の図5~7の各表の最左列に書かれた劣化要因をマージした上で、等価雑音が主信号に「加算」されるケース、「乗算」されるケース、および「その他」のケースに分類して並べ替えて記載しました。


表1 通信路の信号劣化要因の分類

このうちNo1~12が物理的に存在する「雑音電力」が原因の劣化です。ここでいう「雑音電力」とは伝送信号と無相関の電力成分の事で、一般には電圧のランダム振動(電力はその2乗値)です。デジタル空間のランダム誤差も同じ性質を有するので、このグループに含めています。

これに対してNo13~16は伝送信号の歪みに起因する劣化で、劣化の傾向が伝送信号と何らか関係性を有するため、劣化配分設計上は「等価雑音」という定義で扱われる項目です。第9話では、まずNo1~12について解説します。

2. 足し算系の劣化は弱肉強食の世界

「足し算」系の劣化では、雑音電力が信号電力と一緒に増幅器に加わり、一緒に増幅されることで「劣化した信号」が生成されます。一緒に加わる「雑音」には下記3つのパタンがあります。

  • ①電圧を観測しようとするときや電流が流れる時の物理現象として物質が発生する雑音
  • ②人工物の作動や気象現象で発生する電磁輻射の干渉
  • ③デジタル信号処理の目的でアナログ信号を離散値データに変換したときや、デジタルの波形演算を行ったときに発生する誤差

(1)物理現象として物質が発生する雑音
物質が発生する雑音は、物質内で電気伝導を担う電子(広義には電荷(キャリア))がフィールドの方向と関係なくランダム振動することが原因です。表1のNo1 熱雑音は「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第26話で解説しましたが、物質内の電子が熱エネルギーに励起されて振動することに由来し、電圧を観測するともれなく一緒に観測されます(図1)。その振幅は環境温度に比例して大きくなり、雑音電力Pnは(式1-1)に示すように、環境温度と観測する帯域幅で決まります。


K:ボルツマン定数(1.38×10-23[J/K])
T:絶対温度[K]
B:帯域幅[Hz]
(式1-1)

物質が発生する雑音には、熱雑音の他に、導体(または半導体)の格子の不均一が原因でキャリアが格子に衝突(非弾性衝突)することで発生するフリッカー雑音(1/f雑音)やショット雑音などがあり、これらは半導体に電流を流すことで発生する雑音です。これらの雑音の大きさはデバイスのNF(Noise Figure: 雑音指数)というパラメータで把握することが可能です。→「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第26話第27話を参照


図1 物理現象として発生する雑音(熱雑音)

(2)電磁輻射の干渉
表1のNo2は、通信の相手方とは全く別の場所・理由で輻射された電磁波が伝送信号に混入する現象で、一般に干渉と呼ばれます。代表的な干渉源としては、
①余所の通信信号、または通信機から輻射された不必要な電磁波
②他の電子機器の動作に伴って発生・漏洩輻射された電磁波
③他の電気機器・エンジンなどで生じるスパーク(電気放電)に伴って輻射された電磁波
④雷、空電などの自然現象に伴って発生した電磁波
等が存在します。本稿では詳しい解説を割愛します。

(3)デジタル演算誤差として発生する雑音
表1のNo5,6は、デジタル信号処理(波形処理)において、アナログ信号を離散値化することに伴って発生する情報欠落が雑音として信号に重畳するケースです。No5の量子化誤差は、図2に示すようにアナログ信号をデジタル信号に変換する際に最小ビット以下の振幅情報が欠落して不定値となるために生じる振幅誤差です。断りなく「量子化雑音」と言うとこの量子化誤差の事を示します。No6の丸め誤差は、固定小数点、または整数形の波形演算を行うことで発生する演算誤差で、量子化誤差の一種と考える事が出来ます。これらは劣化配分設計の観点ではNo1の熱雑音と同じような振る舞いをします。


図2 量子化雑音

(4)雑音が足し算されたときの劣化の特徴
(1)~(3)で述べた雑音による劣化は図3に示すように雑音の電力値(絶対値)が保存される形で信号に付加されることが特徴です。すなわち信号電力が大きい時はさほど気にならなかった雑音電力でも、信号電力が小さくなると大きな影響を受ける。逆に言うと雑音が大きい環境下では信号電力を大きくしてやれば影響を小さく出来る・・・ まさに弱肉強食の世界の様相を呈します。


図3 足し算される劣化

「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第26話の図1に追記

伝送信号に足し算される雑音とSNRの関係に弱肉強食の関係が存在する結果、表1のNo1~2、5~6と同類の劣化に分類されるのが表1のNo3~4,7~8です。No3~4は信号が減衰することで、相対的に雑音レベルが上昇して見える現象です。No7,No8は同調ずれやサンプリングタイミングのずれが原因で発生する信号レベルの減少ですが、No3~4と同様に、これに伴ってSNRが相対的に劣化する現象です。

3. 信号を大きくしても救えないかけ算系の劣化

表1のNo9~No12では「雑音」が重畳した「別の信号」が伝送信号に「かけ算」される事で、伝送信号のSNRが劣化します。「別の信号」とそこに含まれる「雑音」は下記2つのパタンに分類されます。

  • ①変復調や周波数変換の操作で伝送信号に乗算する搬送波信号や局部発振信号が含む位相雑音や熱雑音(信号帯域が狭い場合は位相雑音のみが影響し、広い場合は熱雑音も影響する)
  • ②アナログ信号のデジタルサンプリング(AD変換)、デジタル波形データをアナログ信号波形に変換(DA変換)する際に使用するサンプリングクロック信号に含まれる雑音(ジッタ)

(1)搬送波やLO信号の位相雑音
伝送信号に搬送波信号や局部発振(LO)信号を乗算する際に、これら搬送波信号やLO信号に含まれる雑音(位相雑音が支配的ですが、広帯域回路の場合は熱雑音も含まれます)が一緒に乗算される結果、伝送信号の雑音電力になります。図4は「今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学(第一話)」の図2のLO信号に位相雑音が存在した場合のかけ算結果を追記したものです。純粋なサイン波の入力信号(AF)に雑音を含んだLO(または搬送波)をかけ算した場合、LO(搬送波)の雑音が入力信号に乗算されて周波数変換されるため、乗算器の出力スペクトル(伝送信号)にはLO(搬送波)のSNRが保存されるかたちで雑音が重畳します。


図4 サイン波と雑音を含むサイン波のかけ算

「今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学(第一話)」の図2に追記

図4では、話を簡単にするために伝送信号(AF)をノイズレス(純粋なサイン波)としましたが、実際には伝送信号にも雑音が含まれます。このため雑音同士のかけ算も発生します。この様子を図5に示します。


図5 雑音を含むサイン波と雑音を含むサイン波のかけ算

乗算器の出力端子に現れる雑音電力はLO入力、AF入力それぞれのSNRを保った(等比)レベルの雑音電力の和となります。変復調回路や周波数変換回路に用いる乗算回路は「今更聞けない無線と回路設計の話【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学(第三話)」で解説したとおり、伝送信号(AF)を歪ませないようにLO(搬送波)信号の振幅のみで非線形動作を行うように設計されています。従って、乗算器の出力に現れる雑音電力は和周波成分、差周波成分それぞれ、
①出力信号と入力伝送信号(AF)のSNRで決まる雑音電力n2' : 帯域幅Bn1
②出力信号と入力搬送波(LO)のSNRで決まる雑音電力n1’ : 帯域幅Bn2
③n2に入力搬送波LOをかけ算して生成される雑音電力(n1×n2)’ : 帯域幅Bn1+Bn2
の3つの成分の和になります。このうち③の成分は、図5右下の吹き出しのようにAF信号の位相雑音n2が多くの無変調スペクトルの集合体で、それぞれにLO信号の位相雑音n1がかけ算されると理解すればイメージしやすいと思います(イメージしやすさを優先したので、図の縦軸、横軸のスケール感は正しくありません)。通常の設計では、搬送波(LO)信号のSNRは25dB以上は確保するので、③の成分は①や②と比較して非常に小さい値(数百分の一以下)になります。従って劣化配分設計においては簡略化して①と②の電力和のみを乗算器の出力雑音電力としています。

(2)サンプリングクロックのジッタ
変復調回路や周波数変換回路のアナログ乗算と類似の事象がAD変換、DA変換でも発生します。デジタル信号が離散値であるが故に発生する雑音は、2(3)で解説した「量子化雑音」がよく知られていますが、それ以外に表1のNo12に記載したAD変換、DA変換のサンプリングクロックのジッタ(位相雑音)がデジタル信号の主要な劣化要因となります。サンプリングクロックにジッタがあると、図6に示すようにデジタル化されたデータの時間軸方向の位置に揺らぎが発生し、波形を変形させてしまいます。この波形変形はアナログ波形に変換後は雑音として観測されます。ADコンバータ、DAコンバータは、等価的に信号にサンプリングクロックをかけ算していると見なす事が出来るので、サンプリングクロックのジッタを位相雑音として観測した時のSNRがそのまま変換された信号のSNRに反映されます。


図6 AD変換とサンプリングクロックの位相雑音

(3)雑音がかけ算されたときの劣化の特徴
かけ算での劣化は図4に示したとおり、かけ算される搬送波(LO)信号のSNRが出力のSNRに保存される形で重畳されるため、伝送信号のレベルをいくら大きくしても影響を小さくすることが出来ません。つまり表1のNo9変調回路の搬送波やNo10周波数変換回路のLO、No11復調回路の再生搬送波(受信信号の搬送波周波数・位相に同期したLO)のSNRは十分大きな値を確保しておかないと、受信機入力端の信号レベルをいくら大きくしてもSNRが悪い状態に固定されてしまいます。同様にNo12サンプリングクロックのジッタも最初から十分に小さい値に押さえておかないと、コンバータのビット数をいくら増やしてもLSB寄りの数ビットは常にジッタによる雑音で満たされてしまい、有効ビット数が増加しないという状態になります。

4. 第9話のまとめ

第9話では第8話で解説した様々な劣化のうち、物理的に存在する「雑音電力」が原因の劣化について解説しました。これらには、雑音電力が伝送信号に「足し算」されるものと「かけ算」されるものがあり、伝送信号のSNRへの影響のしかたが異なることを解説しました。以下、第9話の要点です。

  • (1)雑音には、伝送信号に「足し算」されるものと「かけ算」されるものがある。
  • (2)「足し算」される雑音の代表的なものは①振幅雑音、②干渉雑音、および③量子化雑音である。
  • (3)「かけ算」される雑音の代表的なものは①位相雑音、②サンプリングジッタである。これらは伝送信号に掛け合わせる信号に含まれる雑音成分である。
  • (4)「足し算」される雑音は、その電力が伝送信号に直接加算(絶対値保持)されるので、伝送信号Sの大小によりSNRへの寄与度が変化する。
  • (5)「かけ算」される雑音は、伝送信号の大小に関係なく、掛け合わせる信号のSNRが伝送信号に反映される。このため伝送信号Sを大きくしてもSNRが改善されない。

第10話では雑音以外の劣化、すなわち表1の「その他」のタイプについて解説したいと思います。

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