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FB LABO ~エレクトロニクス研究所~

【激レア】旧西ドイツ製無線機を徹底分析【1974年製】<後編>

JP3DOI 正木潤一

周波数発振回路


基板写真。左端の端子で水晶基板に接続される。

送信と受信の局発信号はこの回路で生成されている。チャンネル選択ダイヤルで接続された水晶の周波数を発振する。前述のように、送信周波数はミキサーでダウンコンバージョンとしているため、局発周波数は送信と受信で同じだ。細い同軸ケーブル2本を介して、受信回路と送信回路で局発信号を分けている。

電源回路から供給される23Vは、水晶基板の抵抗に印加される。インターネットで見つけた情報によると、この抵抗による分圧比により発振周波数が補正されるという。水晶発振方式でありながら、周波数の微調整が印加電圧によっておこなわれるらしい。例えば、分電圧が5.4Vの時、発振周波数はちょうど71MHz (つまり運用周波数が51MHz)になるという。この電圧はあくまで発振回路の電源で、VXOのように可変容量ダイオード(バリキャップダイオード)に印加して発振周波数を制御する仕組みとは異なる。実際、基板上にバリキャップダイオードらしい素子は見当たらない。(基板上に1つだけあるダイオードはゲルマニウムダイオード)


SEM52Aの周波数構成

この回路も、スケルチが閉じている間は間欠動作になる。

電源回路

この基板には、0.6Aのヒューズを介してバッテリーの電圧が入力されている。それを元に受信回路と送信回路へ5V、受信回路と周波数発振回路へ8.7V(バッテリーの電圧)、そして周波数発振回路への同調電圧(約23V)を供給している。

電源専用ICは使われておらず、定電圧ダイオードやオペアンプによる差動増幅回路などを組み合わせて、電源回路を構成している。当時(1974年)でも3端子レギュレーターを使って実現できそうだが、敢えてディスクリートで組まれている。


電源回路のレギュレーターに使われている『INTERSIL社』(現ルネサス)製の汎用オペアンプ“741”。
当時、民生品でも多く使われていたようだ。

電圧変換の基準となる電圧は、定電圧ダイオードによって得ている。出力電圧精度は、このダイオードに掛かっている。


定電圧ダイオード “BZX 43”。当時としてはかなりの高品質。

データシートによると、BZX 43は、ツェナー電圧6.7Vの温度補正付き定電圧ダイオード。動作温度範囲が0℃~100℃で、1℃あたりの電圧誤差は、なんと±0.001%。ちなみに、BZXシリーズには “BZX 44”と“BZX 45”もあるが、最も温度特性の優れたBZX 43が使われている。

また、発振周波数同調用の電圧(23V)は、水晶発振子で460kHzを発生させ、ダイオードとコイルで直流に変換して昇圧している。


四角い金属は水晶発振子。昇圧用に約460kHz(実測値)を発振している。

興味深いのは、バッテリー節約のために、スケルチが閉じている間は出力電圧が間欠供給されることだ。電源スイッチが“RSP.”時(スケルチ機能ON)の波形を測定すると、電圧が間欠出力されていることが分かる。まさに“パワーセーブモード”状態だ。


スケルチが閉じているときの出力電圧波形。5Vライン(左)、8Vライン(中央)、23Vライン(右)。

各回路への電圧は約46ミリ秒間のONと、約256ミリ秒間のOFFを繰り返している。つまり、受信回路は46ミリ秒間だけ作動し、信号入力がなければ再び256ミリ秒間動作を停止する。


電源回路からの出力電圧(実測値)一覧

後継モデル “SEM52S”

1984年に採用されたSEM52Sは、マイクとスピーカーが内蔵されて使い勝手が改善されるとともに、周波数シンセサイザ方式になった。ちなみに、アイコムの200CH PLLシンセサイザ方式(アナログ式)リグ『IC-200』が発売されたのが1972年。同じくPLL方式の大ヒットハンディー機『IC-2N』の発売は1980年だ。アマチュア無線機の技術のほうがリードしていたのか。それとも旧西ドイツ軍が新しい技術の導入に慎重だったのだろうか?


外観はSEM52Aとよく似ているが、ひと回り大きい。電源は単3×8本。出力1W。側面にPTTスイッチが追加された。


筐体カバーを開けたところにロータリースイッチがある。付属の赤い棒で回して、チャンネルに割り当てる周波数を設定できる。水晶を交換する必要がなくなった。


迅速に交換できるように、バッテリー収納部が本体から取り外せるようになった。


新たに追加されたデータ通信モード“DATEN”。専用端末を接続してパケットデータによる秘匿性の高い通信が可能らしい。

ちなみに、1995年に採用された現行モデル“SEM52SL”にはLCDが付き、最大出力が2Wになっている。

<参考:軍隊における装備品の更新サイクル>
前編で校正証と思われるシールの写真を載せたが、そこには“86”、“89”、“92”という表記があった。つまり、1974年に採用されたSEM52Aは、1984年にSEM52Sが採用されたあとも継続して使われていたことを示している。

軍隊では一般的に、新しい装備品が採用されても、旧装備品の調達(=生産)は終了するものの、すでに配備されているものはメンテナンスしながら使用を継続する。これは通信機器にも当てはまるようで、毎年徐々に更新されてゆくため、全数が置き換えられるまでかなりの期間を要する。これは予算の都合もあるが、一斉に新しい装備に切り替えてしまうと信頼性におけるリスクが高くなってしまうためだ。

最後に

さて、前編と後編にわたってご覧いただいた方は、「アマチュア無線で運用できるのか?」ということに関心があるだろう。チャンネルダイヤルに6mバンドに対応した水晶をセットすれば、周波数は対応できる。また、手持ちのスペアナで見た限り、不要輻射レベルは新スプリアス規格をクリアできそうである。実は、この無線機を自作機として免許を取得して運用していたという方がいるらしい。出力が低すぎて実用的ではないかも知れないが、試しに申請してみたいところだ。

ところで、今回は使用されている部品のメーカーについて調べる機会があったが、国を越えた合併や吸収を経て現在に至っている企業が多かった。電子技術の発展に合わせて電子部品市場が世界レベルで変貌してきたことが伺える。普段は使っている部品のメーカーを意識することは無いが、様々なメーカーの沿革を調べてみると面白い。現存する多くの電子部品メーカーは、大樹に刻まれた年輪のように、複雑な変遷の歴史を持っている。

比較的安価で手に入る測定器、そして今回のような特殊な機器を入手できたり古い部品の情報を得られたりするインターネットは、我々アマチュアの強い味方だ。これらも技術の発展によってもたらされたものだが、その延長上に無線技術のソフトウエア化もある。事実、現代の軍用無線機は、すでにソフトウエア無線(=SDR) 化が進んでいる。先端をゆく無線機への技術的関心はあるが、かといってSDR機の信号処理のソースコードを見られたとしても、画面上でテキストを解読することに面白みは感じないだろう。無線機の機構や回路、部品に触れてこそ得られる楽しみは、新旧の無線技術の転換期に臨む我々に残された特権かもしれない。

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次号は 12月 1日(木) に公開予定

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