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大阪そぞろ歩き

大阪の廃線跡を巡る その3

JK3AZL 高岡奈瑞


今回は、大阪環状線から分岐して大阪港までを結んでいた大阪臨港線跡を辿ってみました。

* * *

大阪臨港線は、1927年(昭和3年)に開通した、当時国鉄(現JR)の臨港鉄道と呼ばれていた貨物線です。今宮駅を起点として、大阪環状線大正駅と弁天町駅の中間にある境川信号場(大阪市港区)から分岐して大阪港駅(おおさかみなとえき)へ伸びていましたが、2006年に廃止されました。


大阪臨港線本線の路線図。

大阪臨港線は数年前まで多くのレールや陸橋が残されていましたが、ここ数年で撤去が進み、愛好家に人気のあった三十間堀川橋梁までもが撤去されてしまいました。しかし今回巡ってみると、まだ大阪臨港線を偲ぶ施設はいくつも残っていることが確認できました。

◎境川信号場~三十間堀川
南市岡2丁目にある「港区町名街区案内図」には、この地に大阪環状線と大阪臨港線の分岐があった証拠が記載されています。


港区町名街区案内図には、大阪臨港線が分岐する様子が今も残っている。


地元の方に教えてもらった「無線切替」の看板。


橋台跡。奥に見えるのは大阪環状線。


かなり低い位置にある橋台跡。

線路が残されていた数年前までは、付近の住民が線路上を占拠してガーデニングをする風景が有名でしたが、今は線路と共に撤去されていました。


敷地の利用を禁止する看板。


手前にわずかに残った線路を発見。奥の敷地はスポーツ施設として利用されていた。

◎三十間堀川橋梁~天保山運河
三十間堀川(さんじっけんほりかわ)には大阪臨港線最大の観光スポットである三十間堀川橋梁跡がありましたが、残念ながら2019年に撤去されてしまいました。しかし、今でもGoogleマップや国土地理院地図の航空写真では、懐かしい橋梁を見ることができます。


数年前までこの場所に橋梁があった。


Googleマップでは、今も三十間堀川橋梁をみることができる。(Gooleマップ)

三十間堀川の福栄橋を渡って三十間堀川と天保山運河に囲まれたエリアは浪速駅(大阪市港区福崎)がありましたが、大阪臨港線廃止後は鉄道の撤去が進み、数多くの大型倉庫が建設されました。


浪速駅のあった付近には、大型物流センターが建ち並んでいる。

◎天保山運河~大阪港駅
天保山運河を渡ると大阪臨港線はほぼ90度に大きくカーブし、「海岸通」と呼ばれる大阪港八尾線に沿って、天保山・築港地区に向かいます。この周辺にはいくつもの橋台跡が残っていました。


橋台跡。

カーブ後最初の橋である日和橋(ひよりばし)の手前には、すっかり錆びた架線柱が残っていました。


日和橋近くに残る架線柱。奥に見える赤い橋は、阪神高速16号線大阪港線の港大橋。

難波津橋(なにわづばし)を過ぎると、大阪臨港線は左にカーブして天保山・築港地区に入ります。天保山・築港地区は江戸時代末期から大正時代にかけて埋め立てられ、整備された地域で、船の積み荷を保管するための赤レンガの住友倉庫群も建築されました。この赤レンガ倉庫群は、今は「ジーライオンミュージアム」として生まれ変わり、クラシックカー展示やレストラン、カフェなどに利用されています。


船の積み荷を保管する拠点として利用された倉庫群。かつては中央に線路が通っていた。


クラシックカー展示。


赤レンガ倉庫を利用したカフェ。

赤レンガ倉庫群を過ぎた先にはかつての大阪港駅があり、さらにその先の天保山地区は、今では複合的なアミューズメントエリアとして開発され栄えています。


天保山地区に建設された海遊館

◎最後に
廃線跡を巡ってウォーキングする「歩鉄」としての記録を、今回大阪そぞろ歩きの記事として投稿させていただきました。最終となる今回は、打ち上げの意味で、赤レンガ倉庫にあるフレンチのお店「LA VIE1923」で少し贅沢なランチをいただきました。


LA VIE1923店内のようす。


ランチのデザート。

<参考>
写真 筆者撮影
地図 国土地理院地図、Googleマップ
参考文献 天保山・築港地区のまちづくり 大阪市/みなと物語 大阪市港区

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次号は 11月 1日(月) に公開予定

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