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FB LABO ~エレクトロニクス研究所~

機密資料から読み解く旧日本軍の無線機

JP3DOI 正木潤一

各無線機のデータ (抜粋)

では、掲載されている無線機の中から特に私が関心を持った無線機を選んで紹介しよう。なお、これらのデータは文書に掲載されているものの翻訳であり、あくまで米軍が把握していた内容なので、実際の仕様とは異なる可能性がある。もちろん、私の拙い翻訳に間違いがある可能性も考慮願いたい。なお、掲載されている無線機の写真も一部掲載したが、頁の都合で各機種1枚とさせていただいた。さらに興味があれば無線機の型式で検索していただきたい。

94式2号 乙 無線機 (Model 94 Mark 2 B Wireless set)


周波数範囲:
 送信 0.95~6.675MHz (3つのプラグインを取り換えてバンドを切り替える)
 受信 0.14~15.0MHz (7つのプラグインを取り換えてバンドを切り替える)
送信出力: 約85W
電波型式:
 送信 電信
 受信 電信、電話
用途: 軍団および師団での運用
電源:
 送信機 ガソリン発電機 (出力:プレート電圧1300V/175mA、フィラメント電圧12V/5A)
 受信機 内蔵バッテリー (プレート電圧 135V/17.5mA、フィラメント電圧1.5V/440mA)
アンテナ: 70フィート(約21m)の編み線
運搬: 車載
真空管:
 送信機 発振『UX47C』5極管、増幅『UV814』4極管、
 受信機 RF増幅『UF134』、混合『UZ135』、IF増幅『UF134』、検波『UF111A』、前段AF増幅『UF109A』、後段AF増幅『UY133A』
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO)
    ショートさせることで巻き数を増減させるためのタップ(接点)がコイルにあり、
    これで周波数範囲を切り替えられるようになっている。
所見:
送信機は55号D型に似ていて、受信機は55号D型と同じものが使われている。機構設計が良く、携行可能である。金属で補強され、革製の持ち手が付いた木箱に送信機と受信機が分けて収納されている。
送信機は主に、発振回路、水晶発振回路と変形コルピッツ発振回路、増幅回路、5極管による増幅回路、発振回路、インピーダンス変換回路付きの逓倍回路、アンテナ整合回路にて構成される。
アンテナ整合回路は、アンテナに対して直列に挿入されたタップ付きコイルと可変インダクタ素子、可変容量素子の組み合わせにて構成される。これにより、任意の長さのワイヤーをアンテナとして使えるように同調が取れるようになっている。
送信機の前面パネルの操作機類は、アンテナ同調ダイヤル、RFアンプ同調コンデンサ(バリコン)、発振周波数調整コンデンサ(バリコン)、アンテナ整合回路のコイルのタップ(インダクタンス)切り替えスイッチ、RFアンプのコイルのタップの切り替えスイッチ、発振コイルのタップ切り替えスイッチ、送受信切り替えスイッチ(PTT)、フィラメントへの電流調整可変抵抗器ダイヤル、水晶発振周波数切り替えスイッチが付いている。コネクター類は、送信アンテナ、受信アンテナ、電鍵接続端子、電源接続端子、接地端子、リレー端子、水晶取り付け端子が付いている。
受信機の操作機類は、メイン同調ダイヤル、電源スイッチ、フィラメントへの電流調整可変抵抗器ダイヤル、ヘテロダイン調整ダイヤル、音量調整ダイヤル(2個)、高周波用グリッド端子トリマー、高周波用プレート端子トリマー、接地スイッチ。コネクター類は、電源端子、アンテナ端子、ヘッドホン端子、フィラメント電圧テスト端子が付いている。

94式3号 甲 無線機 (Model 94 Mark 3 A Wireless Set)


周波数範囲:
 送信 0.4~5.7MHz (5つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを入れ替える)
 受信 0.35~6.0MHz (5つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを入れ替える)
送信出力: 約15W
電波型式: 電信のみ
用途: バッテリーの交換や充電無しに数か月間運用が可能であるため、不正規戦闘(“Guerilla”)での使用に適している。筐体がクローム仕上げなので、高温多湿環境下での使用に適している。師団と連隊本部との通信に使用される。
電源:
 送信機 手回し発電機(前面パネルに4線ケーブルで接続する)
 受信機 内蔵乾電池(受信機の下の引き出しに格納)
     (プレート電圧90V/10mA、フィラメント電圧1.5V/0.4A)
アンテナ: 65 1/2ヤード(約60m)の撚線を2本のポールで懸架する。
運搬: 馬 (2つの木箱に分けてパックサドルに固定する)
真空管:
 送信機 発振『UY510B』(5極管)
 受信機 2個の『UF134』(5極管)、『UF109A』(3極管)、『UZ135』(7極管)、『UZ133D』(3極/5極管)
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO)
所見:
この無線機はよく設計されていて、軽量で細部にまで注意深く作りこまれている。表示には夜行塗料が使われていて、表面はクロームメッキが施され、同調コンデンサにはセルロイド製のカバーが付けられている。回路上には測定器を当てるためのリード端子がある。
送信機、受信機、手回し発電機、受信機用の乾電池で1式が構成され、アンテナキット、ヘッドセット、電鍵、工具、調整用のチャート(calibration curve)が付属品として付いている。送信機と受信機は1つの木箱に収められている。
送信機の出力は、スイッチ、コンデンサ、可変インダクタによって構成されたアンテナ整合回路を経てアンテナに給電される。同調回路により、周波数に関わらず任意の長さのアンテナでも整合できるようになっている。アンテナとの整合状態は、アンテナ電流計とプレート端子電流計に連動したネオン管の点灯によって分かるようになっている。
受信機は6段(ステージ)のスーパーヘテロダイン方式。高周波回路のインダクタとコンデンサは最適な状態に調整済みである。本体を収納箱から取り出すと、無線機上部からインダクタを調整できるようになるが、コンデンサを調整するにはRFアンプの真空管を外す必要がある。高周波回路の段間は高周波トランスによって結合されており、(増幅された信号は)混合器のグリッド端子に入力される。小型(小容量?)のバリコン(band-spread capacitor)によって、ファインチューニングが可能となっている。IF段は一般的な回路である。
検波回路は“Rheinarz型”再生検波で、前面のダイヤルにて(帰還量を)調整する。第2検波器の出力はAFトランスを介して最終段(AFアンプ)の3極管に入力され、四極管の出力は同じAFトランスを介して五極管に入力される。
五極管の出力は2つの並列分岐されたヘッドホンジャック(前面パネル)に出力される。高電圧(プレート電圧?)スイッチと低電圧(フィラメント電圧?)スイッチはどちらも全面パネルにある。なお、低電圧スイッチがONの状態では筐体が閉まらない。受信回路の利得配分は尋常でないほど高いが、無信号時のノイズも多いために相殺されているような感じがする(利得が受信感度に結び付いていない)。

94式 3号 丙 無線機 (Model 94 Mark 3C Wireless set)


周波数範囲:
 送信 0.4~5.7MHz (4つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを切り替える)
 受信 0.3~6.0MHz (5つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを切り替える)
送信出力: (記載無し)
電波型式:
 送信 電信、電話
 受信 電信、電話
用途: 野戦通信(可搬式)
電源:
 送信機 ハンドルが2つ付いた手回し発電機 (2人がかりで回す)。出力62W。
     プレート電圧400V、フィラメント電圧8V
 受信機 バッテリーを受信機筐体内に内蔵。
     プレート電圧135V、スクリーン電圧90V、フィラメント電圧1.5V
アンテナ: (記載無し)
運搬: 背負い式(無線機1式を3名で運搬する)
真空管:
 送信機 マイクアンプ『UY47B』、発振『UY47B』、パワーアンプ『UY202A』、変調『UY202A』
 受信機 高周波増幅『UF134』、混合器『UZ135』、IF増幅『UF134』、検波『UF111A』、
     AF増幅『UF109A』、AF電力増幅『UY133A』
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO)
所見:
この中型の野戦用無線機は、送信機、手回し発電機、受信機、付属品、ハンドセット、コード類、プラグ、プラグインコイルで構成されている。受信機と送信機の配線図が筐体内に収められている。
受信機と送信機は、1台の無線機として使うことも、別々の機器としても使うことができる。(1台の無線機として使う場合は)送信機の送受切り替えスイッチ(PTT)により送信中受信回路の動作を止める。コネクター付きコードにより、アンテナとカウンターポイズを送信機・受信機のどちらとも接続することができる。
送信機は水晶発振回路とVFO(Master Oscillator)、パワーアンプ、プレート端子変調、1段のマイクアンプを内蔵している。
受信機は、CWの検波器に再生検波を使った標準的なスーパーヘテロダイン回路である。1つの無線局と交信するのに5つのダイヤルを調整する必要がある。配線は粗雑で、湿気や粉じん(防カビ)対策もない上に修理は困難である。

94式5号 無線機 (Model 94 Mark 5 Wireless set)


周波数範囲:
 送信 0.86~2.06MHz、4.0~5.0MHz
 受信 0.84~2.1MHz、3.84~5.0MHz
送信出力: (記載なし)
電波型式:
 送信 電信、電話
 受信 電信、電話
用途: 野戦通信
電源:
 送信機 手回し発電機。(150Vと6V出力)
 受信機 内蔵バッテリー
アンテナ: (記載なし)
運搬: 背負い式(無線機1式を3名で運搬する)
真空管:
 送信機 『UZ12C』双3極管×2。
 CW運用時に並列接続で発振に使用。電話運用時に発振と変調に使用。
 受信機 高周波増幅(同調型)『UF134』、再生検波『UF109A』、AF増幅『UZ133D』
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO) (水晶を取り外すとVFOに切り替わる)
所見:
この無線機は送信機、手回し発電機、受信機と付属品(ヘッドセット、ケーブル類、プラグ、付属品の箱)で構成されていて、通信設備が自己完結している。それぞれのユニットが収められたケースには背負い紐が付いている。各ユニットは金属製で、物理的強度を確保している。
受信機は再生方式だが、RFアンプが付いているので検波器が発振しても信号を輻射しないようになっている。受信機と送信機はそれぞれ独立して動作させることもできるが、コネクター付きのコードでお互いを接続して送受信動作を連動させることもできる。その場合は、送信機側の送受信スイッチ(PTT)を押すと受信回路が動作を止める。チューニングの際に参照するチャートと配線図が筐体内に収められている。
この無線機は貧弱な構造で、交換できないくらい奥まったところにある部品が多い。気密性を確保する仕組みがない。この送信機と受信機は、周波数と設計は少し異なるが、F型無線機、32号受信機、32号F型送信機と同じ系統である。

<参考: 戦場での無線機運用の様子>
アイコム株式会社のHPにある週刊『BEACON』の記事の中に、旧日本軍の無線隊長を務めておられた方の回顧録がある。敵弾下での通信の確立など、通信に携わっていた兵士の臨場感のある内容となっている。アンテナを敵に見つからないように地表近くに張らざるを得なかったことや、玉砕の際に機密を守るために無線機を破壊したといった記述もある。


週刊『BEACON』より。(アイコム株式会社のHPリニューアルに伴い、一時的にアクセス不可。)

なお、回顧録には前述の94式3号甲無線機と94式5号無線機を使った通信網の記述がある。


回顧録によると、このような通信網で運用されていたらしい

94式6号 無線機 (Model 94 Mark 6 Wireless set)


周波数範囲: 24.0~47.0MHz
送信出力: 約0.2W
電波型式: MCW (Modulated-CW)、電話
用途: 近距離通信。(連隊本部とその隷下部隊との通信向けに開発された)
電源: バッテリー
    プレート電圧135V/40mA、フィラメント電圧3V/250mA
    バッテリーと本体はゴム被覆のケーブルで接続。発電機と接続するためのコネクター付き。
アンテナ: 55インチ(約140cm)折り畳み式ロッドアンテナと26インチ(約66cm)のカウンターポイズ
運搬: ポータブル
真空管: 『UZ30MC』(双3極管)。
送信時は“ウルトラオージオン発振器”として動作し、受信時は超再生検波回路とAFアンプとして動作する。
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO)
所見:
この無線機は、送信機、受信機とアンテナ系統の2つのユニットで構成され、バッテリーが収められたケースが付属する。移動中でも運用が可能。防水性も耐候性も無い。筐体はオリーブ・ドラブ色に塗られている。計器類には夜行塗料が塗られているので夜間でも使用できる。
発振回路のグリッド端子はコンデンサを介してアンテナに接続(容量結合)している。発振回路のプレート端子もコンデンサを介してカウンターポイズに(容量結合によって)接続している。
設計上、中心周波数の1/4波長に同調するように作られていると思われる。変調CW(Modulated-CW)運用時、音声回路がAF信号(トーン信号)を発振して、プレート端子を介して高周波発振回路に変調をかける。音声変調(電話運用)も同様に行われる。

<参考: 94式6号無線機のプラモデル>
タミヤ模型から発売されているプラモデル『日本陸軍将校キット』の情景アクセサリの中に94式6号無線機を発見。せっかくなので購入してみた。このような形で当時の運用状況が垣間見られるのも面白い。


1/35スケールの小さな94式6号無線機。パッケージイラスト(左)とその中身(右)

TM式 短波無線機 (Model TM Short-wave Mobile Wireless set)


周波数範囲:
 送信 3.5~17.0MHz (3つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを切り替える)
 受信 3.75~15.0MHz (3つのプラグインコイルを入れ替えてバンドを切り替える)
送信出力: 約400W
電波型式:
 送信 電信
 受信 電信、Modulated-CW、電話
用途: 航空機や艦船に搭載、あるいは地上局として中長距離通信に使用。
電源:
 送信機 AC電源(75V、100Vまたは200V) (50Hz/60Hz)
     移動局としての運用時は1kVA出力の2馬力のガソリン発電機を使用。
 受信機 バッテリー。(プレート電圧150V、フィラメント電圧6V)
アンテナ: 送信機の上部に取り付けられた2つのリールにアンテナとカウンターポイズの
      ワイヤーがそれぞれ巻かれている。リールから引き出して樹木やポールを使って
      展張する。
運搬: 移動局
真空管:
 送信機 発振『UX202』、中間電力増幅『UV814』、高周波増幅『UV812』
 受信機 高周波増幅『UZ77』、再生検波『UZ77』、AF増幅『UZ41』、『UY37』×2
 電源部 整流『HX966』×4
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO) (前面パネルから切り替え可能)
   (地上局としてはVFO、艦船搭載時は水晶を使用)
所見: (記載なし)

97式 簡便無線機 (Model 97 Wireless Set)


周波数範囲: 23.0~31.0MHz
送信出力: 0.3~0.5 W
電波型式: MCW (Modulated-CW)、電話
用途: 近距離通信
電源: バッテリーまたは小型の手回し発電機からゴム製被覆付きの電源コードを介して供給する。発電機からプレートとフィラメントに電力を供給する。高電圧の発電にはカーボン製のブラシ、低電圧の発電には銅製のブラシが使われている。
アンテナ: 51インチ(約130cm)折り畳み式ロッドアンテナと24インチ(約60cm)のカウンターポイズ
運搬: ポータブル
真空管: 『UZ31MC』(双3極管)
 受信時、片側を超再生検波に使い、もう片方をAF増幅に使っている。
 送信時、片側を発振、もう片方を変調に使っている。
発振: Master Oscillator (VFO)
所見:
この無線機は94式6号無線機と似ているが、製造会社が異なり製造日も新しい。
収納ケースは6mm厚のアルミ鋳造で、前後に開く扉が付いていて、天面にはガラス製の計器窓が付いている。外装は濃いオリーブ色で塗装されていて、内部はアルミむき出しになっている。この無線機は天面に取り付けられたストラップにより首からぶら下げて携行する。ダイヤルには夜行塗料が塗られているので夜間でも使用できる。
右手で電鍵を操作できるように、すべてのダイヤルとスイッチ類は筐体の左側に配置されている。ケーブル類は標準的なものが使われている。高電圧や直流、高周波信号の配線はエンパイヤチューブ(""Red spaghetti"")を被せて絶縁している。低電圧の配線には黒い綿製の被覆のワイヤーが使われている。
ヘッドセットの造りは粗く、使いにくい。喉頭マイクは1つのスイッチだけのタイプで、ブームにより集音部を喉の左右どちらかに当てて使う。電信のキー(電鍵)は本体に直付けされていて、上からゴム製の保護カバーが覆っている。この無線機は気密性が高い上に修理しやすく、94式6号無線機よりも動作が安定している。

TM型 携帯無線機 改2 (TM handy wireless set improvement 2)


送受信周波数範囲: 4.0~12.0MHz (4~6MHzが短距離通信に最も適していると考えられる)
送信出力: 1W(最大)
電波型式: MCW (Modulated-CW)、電話(CWでも若干の周波数変調がかかっている)
用途: 地上局間通信
電源: バッテリーまたは整流器。
    6芯のケーブルで無線機本体と接続されている。180Vと150Vの高電圧が得られる。
アンテナ: マルコーニ式の1本線
      67フィート(約20m)長の単線ワイヤーと120フィート(約36.5m)のツイストワイヤーが
      (巻き取られた)ワイヤーの束が筐体内に収められている。この2本のワイヤーの長さ
      で同調を合わせていると思われる。
運搬方法: 短距離通信には背負って運用する(マンパック)。背負子などは付いていない。
所見:
筐体は布の貼られた合板でできており、オリーブ・ドラブ色に塗られている。上部には革製の持ち手が付いている。留め具にはニッケルメッキ金属が使われている。
前面パネルは(跳ね橋のように)手前に開く。配線は粗末で、半田箇所が脆い。耐候性やカビ対策は無い。操作パネルを照らす照明は無く、持ち運びもしにくい。
1式は、送受信ユニット、電源ユニット、電源ケーブル、ジャックのついた""on-key""コードとジャックのついたイヤホンコードで構成されている。
前面パネルには、フィラメント電圧計、フィラメント用可変抵抗器、送受信スイッチ(PTT)、アンテナ電流計、受信用チューニング用のバリコンダイヤル、(再生式検波回路の)帰還量制御ダイヤル、送信用チューニング用のバリコンダイヤルが付いている。
部品は前面パネルの裏面の合板上に実装され、銅板で覆われている。同じ真空管を送信と受信の両方で使えるように、2系統のスイッチ(1投2極スイッチ?)が使われている。アンテナ電流計は取り外し可能な分岐器が付いている。発振出力はインダクタを介してアンテナに給電される。
この無線機に使われているヘッドホンのインピーダンスは1275オームで、日本製である。AFインピーダンス変換のトランスはドイツ製と思われる。
特に訓練を受けていなくても操作できるくらい回路構成が簡単である。選択度と受信感度共にとても悪い。
受信回路においてマイクロフォニック雑音(*)が発生する。
*振動で真空管の電極が動くことにより生じる雑音のこと。

66号 甲 無線機 (Mark 66 Type A Wireless Set)


周波数範囲: 2.5~4.5MHz
送信出力: (記載なし)
電波型式:
 送信 電信、電話
 受信 電信、電話
用途: ハンドヘルド機(ウォーキー・トーキー)
電源: 革製のバッテリーケースを2本の革紐で首から下げる。
    プレート電圧135V、フィラメント電圧1.5V。無線機とは3芯線ケーブルで接続。
アンテナ: ホイップアンテナ
運搬: ポータブル
真空管: 『UZ109C』(双3極管)×3
発振: 水晶、Master Oscillator(VFO) (水晶を取り外すとVFOに切り替わる)
所見:
この無線機はコンパクトに造られている。防水性を高めるための工夫は認められるが、熱帯地方の環境下で運用できるまでには及んでいない。制御スイッチやキーは(意図しない操作を防ぐための)ロック機構が無い。同調ダイヤル0から100まで(細かく)目盛りが刻まれているが、別途同調表を参照(しながら操作)する必要がある。無線機本体は茶色に塗装された金属製の筐体に収められており、2本の革製の紐で操作者の胸のあたりで保持するようになっている。長、短それぞれのアンテナを接続するための2つのジャックが付いている。
部品は筐体内側の天面と両側面、内部のブラケットに取り付けられている。背面か底部のパネルを取り外せば無線機内部の部品が交換できる。なお、それぞれのパネルにはゴム製のガスケットが付いており、筐体にネジ止めされている。通常の範囲の修理であれば、2か所の留め具(クランプ)を外してパネルを外すだけで部品に手が届く。
この無線機は3つのスイッチ(キー)で送受信の操作ができるようになっている。一番上のキーで送信、真ん中のキーで受信とその周波数のモニター(チャンネルチェック?スケルチオープン?)、一番下のキーで電信と電話を切り替える。
GNDとAF出力、電源、フィラメントテスト用の端子を装備している。2つのメーターは、それぞれプレート端子電流とアンテナ電流の表示用である。

<参考:旧軍に関する情報源>
旧日本軍の無線機に関する貴重な情報源の1つに、『アジア歴史資料センター』(https://www.jacar.go.jp/)がある。これは国立公文書館によって運営されているアーカイブサイトで、明治期から第二次世界大戦終結までのアジア近隣諸国との関係に関わる資料を自由に閲覧することができる。ここには『陸軍軍需審議会』の議事録も残っていて、軍が新しい装備の正式採用を審議した内容が閲覧できる。


『軍需審議会』の議事録(昭和11年12月9日)。目次(左)と94式6号無線機の審議議事

ラジオゾンデ (Radiosonde)


送信周波数範囲: 中波帯(可変)
用途: 海抜2000~25000フィート(約610~760m)上空の成層圏下部の垂直探査。
    このラジオゾンデは元々気温と湿度の測定用途だったが、のちに測定対象として大気圧が追加された。温度、湿度、大気圧をかなり広い範囲で測定して記録可能である。
    風船や凧に取り付けて使用する。
電源: 2.5Vの亜鉛蓄電池と振動昇圧器(Vibrator power supply)(*)。
 *半導体によるインバーター回路の無かった時代には、電圧ラインを物理的な振動(Vibrator)によってON/OFFスイッチングさせて昇圧する回路が使われていた。
アンテナ: 2本構成。1本は36インチ長(約91cm)で風船(または凧)からゾンデ本体を吊るす形で
     取り付けられ、もう1本は48インチ長(約122cm)でゾンデ本体から垂らされている。
     湿度情報の送信アンテナ端子は上部に、温度情報のアンテナ端子は下部に
     取り付けられている。
所見:
このゾンデは、2台の送信機、温度計、気圧計、蓄電池、トランス、振動昇圧器、アンテナで構成されている。アンテナを除いて、これらはすべてセルロイド製の2つの箱に分けて収められている。ひとつは透明の小さな箱で、中に気圧計が収められている。この箱は一回り大きなもう一つの乳白色の箱(内部は送信機や電池などが仕切りで区切られている)に取り付けられている。箱が密閉状態でも、毛髪湿度計と気圧計は外気に触れたままとなる。
タリウム-アマグラム温度計にて測定された気温の変化は、温度情報送信機からの出力に変調を加える。毛髪湿度計によって、湿度情報送信機の送信周波数を変える。気圧の変化を検出すると、温度計の送信機の動作を止める。


ラジオゾンデの外観(左)と運用イメージ(右)

風船により高高度まで上昇させ、温度と湿度、気圧を測定する器械である。現代でも天気の予報に使用されているが、同様の目的で使われていたと思われ、天気予報自体に軍事色は感じられないが、現代の自衛隊も独自に気象の観測と予報をおこなっている。

気象警報受信機 (Weather Warning Receiver)


受信周波数範囲: 37.5~150kHz、0.545~15.0MHz
(6種類のプラグインコイルを取り替えることで上記周波数をカバーしている)
音声出力: ヘッドセット(聴こえる)レベル
用途: 気象警報の受信
電源: 外部電池。
プレート電圧90V/12mA、フィラメント電圧1.5V/325mA
所見:
これは可搬式の再生式受信機で、(受信周波数帯に対応した)6種類の取替え式のコイルとヘッドセットが木箱に収められている。木箱は縁が金属で補強されており、皮製の持ち手が付けられている。
前面パネルにはメインチューニングダイヤル、副尺計、電源スイッチ、メーター切替えスイッチ、再生調整ダイヤル、フィラメント用の可変抵抗器、電源ケーブルコネクター、アンテナ端子、接地端子、ヘッドホンジャックが付いている。感度は比較的高く、選択度は低い。

用途として「気象警報の受信」とあるだけで、アンテナや信号型式の記載も無い。米国沿岸で放送されるウェザーアラートチャンネルのように、台風やハリケーンの接近といった重大な影響を与えうる気象現象の前にそれを伝えるための発報があったのかもしれない。
ただ、受信周波数範囲が広いことから、機材としては広帯域受信機のように思われる。あえて“気象”受信機と銘打っているかは謎である。(捕虜になった日本兵がそのように答えたのか?)
”感度は比較的高い”とのことなので、自軍や敵軍の通信の受信や傍受にも使われていたと考えても不思議はない。

<参考: 現代でも役に立つ!? 米軍発行の教本>
この資料には“TM E11-227A”という固有番号が与えられている。“TM”とはTechnical Manualの略で、米軍の発行した技術系マニュアルの1つということを示している。このTechnical Manualのほかに“FM: Field Manual (野戦教本)”という、兵士に武器や機械類の使い方や作戦行動の手順などを教える教本群がある。例えば、“FM 3-05.70 U.S. Army Survival Manual(米国陸軍生存教本)”には、兵士が生き残るためのサバイバル術が載っている。“FM 24-19 RADIO OPERATOR'S HANDBOOK (無線通信士用教本)”には、米軍の無線機の運用方法が300ページ以上にわたって書かれている。アマチュア無線家なら興味がそそられるところだ。これら野戦教本は、今ではほとんどが機密を解かれてパブリック・ドメインとしてインターネットで公開されている。


無線通信士用教本"FM 24-19 RADIO OPERATOR'S HANDBOOK"より。
“配布制限: 公開承認済み; 配布は無制限。”とある

ちなみに、この文書“TM E11-227A”の“E”は“Enemy (エネミー)”の意で、敵に関する情報が書かれていることを示している。

最後に

この資料を読んだ私は、「何のために作られたのだろうか?」という疑問が残った。冒頭には「日本軍の無線機は破壊せよ」との指示がある。これ以外に読み手に具体的な行動や判断を促す記述は無い。この文書に掲載されている情報は、一体どのような形で使われることを想定していたのだろうか…。

そもそも、軍隊が組織的に作成した資料にしては情報が少ない。回路構成や部品は所見に書かれた文章から推し量るしかなく、しかもその所見自体が“説明”というよりも“描写”であるため、ある程度の無線工学を知っていなければ書いてあることを理解できないだろう。この資料が戦略上重要だったとは考えにくい。あるいは、いささか残念だが、米軍が日本軍の無線機にあまり興味も脅威も抱いていなかったのかもしれない。

しかし、敵の装備品の情報はできるかぎり集めて徹底的に分析するのがセオリーである。この資料が発行されたのは1944年の12月。太平洋戦争の勃発から3年も経っており、終結まで1年を切っている。この時点ですでに米軍はこの文章に掲載されている以上の情報を入手していたとしても不思議はない。例えば94式無線機の正式採用が1936年で、この資料が作成されたのは1944年。その間、この無線機に関する情報を集める時間と機会、そして能力が米軍にはあったことは想像できる。

ひょっとすると、米軍は鹵獲した日本軍の無線機を徹底的に分析し、性能を把握した上で通信能力を勘案して各作戦を有利に進めるために使っていたのではないだろうか? つまり、「遥かに内容が多く機密の高い文書が別に存在していた」というのが私の推論である。米軍が有していた情報から抜粋して機密レベルの低い情報として、戦況が大きく連合軍側に傾いた大戦末期に頒布されたのがこの文書だという可能性もあると思うのだが。

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