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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第18話】 S12の正体

濱田 倫一

第17話ではトランジスタ増幅器の入出力インピーダンスが、何故相手ポートの影響を受けるのかと、これを考慮した整合回路設計を行う方法をご説明しました。一方で世の中の教科書や、専門書では、トランジスタの入出力整合回路を設計する時に、トランジスタの入出力インピーダンスをS11、S22として設計する手法が多く書かれています。今月はこのあたりを中心にお話させて頂きます。

1. 理想の増幅器

第17話においてS12≒0だったら、S11は負荷抵抗の影響を受けないし、S22は信号源抵抗の影響を受けないと申し上げました。オペアンプの特性を思い出して頂きたいのですが、理想の増幅器は順方向に大きな+の利得があって、逆方向には信号が通らない(大きな-の利得がある、または0)です。そうしないと増幅器の内部で信号がフィードバックしてしまい、動作が不安定になります。図1に示すようにオペアンプは理想増幅器に近い特性を有していて、回路設計の際に逆方向の利得を考える事はまずありません。故に外部のフィードバック抵抗だけで利得を決めることができるのです。


図1 オペアンプの基本動作

2. S12の正体

つまりS12というのは逆方向の伝達利得ですから、トランジスタの場合は、本来「有って欲しくない」パラメータなのです。では何故S12が無視できない大きさになってしまうのでしょうか?

多くの教科書にはざっくりと「高周波ではトランジスタの内部容量が帰還容量となるため、増幅器として使用した場合に不安定になる」と書かれています。この「内部容量」というのがS12の主な正体なのですが、「内部容量」とは何者なのでしょうか?

(1) 内部容量とは何か
内部容量とは主にトランジスタのコレクタとベースの間に寄生するキャパシタンスの事です。

図2はトランジスタをエミッタ共通(エミッタ接地)の増幅器として使用する時の直流バイアス電圧の関係を示します。NPNトランジスタの場合、エミッタを基準にコレクタが最も電圧が高く、ベースはバイアス電流を流す必要があるので、B-E間の接合電圧分だけ高い電圧が印加されます。pn接合と電圧の関係で整理すると、コレクタ-ベース間は逆バイアス、ベース-エミッタ間は順バイアスになっています。


図2 能動領域におけるトランジスタの各端子の電圧の関係

可変容量ダイオード(バリキャップ)の動作原理を思い出してください。pn接合部に逆バイアスがかかっているということは、この接合部分はキャパシタに見えているということになります。

トランジスタが増幅器として能動領域で動作している間は、コレクタ-ベース間のpn接合部は常に逆バイアスとなっている。つまり等価的にコレクタ-ベース間は寄生キャパシタで接続されているのです。これが教科書に書かれている「内部容量」の正体です。このため実際のトランジスタでは、出力振幅の一部がこのキャパシタを介して入力に戻ってしまいます。これがS12の一番目の正体です。

このコレクタ-ベース間に寄生する容量は、トランジスタのデータシートではコレクタ出力容量Cobとして表記されているのが一般的です。図3にアマチュア無線の工作記事などでおなじみの2SC1815(東芝)※1のデータシートを抜粋して示します。


図3 2SC1815のCob(赤く囲った部分)

※1: 東芝製の2SC1815は既に生産終了しており、現在は台湾のUTC社がセカンドソース供給しています。
http://www.utc-ic.com/2011/1013/2SC1815.html

Cobはコレクタ-ベース間の逆バイアスによって生じるため、可変容量ダイオードと同様、コレクタ電圧(VCB)でその大きさが変わり、VCBが小さいほど大きな値になります。今回、本稿で題材とした2SC3356は用途がRF用なので、このあたりは詳しく記載されていてCobではなく、Reverse Transfer Capacitance: Cre(Collector to base capacitance when the emitter grounded)として代表値とグラフが添付されています(図4)。括弧書きの内容から考えてCobよりも用途に即した値であると考えて良いでしょう(一般にCobはエミッタをオープンにして測定します)。グラフからVCBが大きくなるほどキャパシタンスが小さくなる傾向がお判り頂けると思います。また高周波トランジスタなので、図3の2SC1815のCobと比較して小さな値になっています。


図4 2SC3356のCre(データシートから抜粋※2)

※2 データシートのURLは第16話参照

ちなみにFET(電界効果トランジスタ)の場合はどうでしょうか?

図5に示すように、FETの場合も結果は同じです。接合型FET(J-FET)の場合はゲート電極が最も低電位となるので、D-G間、G-S間共に空乏層が生じて寄生キャパシタとなります。またMOS型FETの場合は、そもそもゲート端子が絶縁されていますのでゲートと各端子の間には寄生キャパシタンスが存在します。またチャネルを構成する領域はNPN構造(PチャネルFETの場合はPNP構造)なので、バイポーラトランジスタと同様、ドレイン領域に空乏層が生成されます。


図5 能動領域におけるFETの各端子の電圧の関係
(左: 接合型FET、右: MOS(E-mode)FET)

FETの場合はD-G間に寄生するキャパシタを逆伝達キャパシタンス(Crss)、G-S間に寄生するキャパシタンスを入力キャパシタンス(Ciss)と呼びます。FETにおいては、S12の正体はCrssと言うことになります。図6~7にアマチュア無線の工作記事によく登場する2SK192A(東芝製Nch J-FET)※3のデータシートからCrssの規定を抜粋します。2SC3356と同様、高周波用のトランジスタなので、小さな値であることがわかります。


図6 2SK192AのCrss(データシートから抜粋)


図7 2SK192AのCrss(データシートから抜粋)

※3 このデバイスは秋葉原などで若干流通していますが、既に製造中止品です。

(2) もう一つの正体: 共通インピーダンス
高周波トランジスタのS12が大きな値になる最大の理由はCobの存在です。共通インピーダンスは大半がトランジスタの外の回路で発生するものなので、トランジスタ単体のS12を大きくする直接要因とはいえないですが、トランジスタの内部構造によっては影響しているケースがあります。

エミッタ接地の場合、共通インピーダンスとはエミッタ~GNDまでの配線インピーダンスです。図8に入出力結合のメカニズムを示します。


図8 共通インピーダンス

エミッタの共通インピーダンスは直流的には負帰還になるのでバイアス回路では熱安定特性を確保するために積極的に利用します(電流帰還型バイアス回路)。一方で高周波回路では、トランジスタのリードインダクタンスやエミッタ端子からGNDまでの配線インダクタンスが無視できず、共通インピーダンスが複素数になる結果、必ずしも負帰還とならない場合があります。一般に高周波トランジスタのエミッタ端子や高周波FETのソース端子が底面電極や放熱フランジになっていて、直接GNDにとりつくような構造になっている理由は、この共通インピーダンスを減らす事が目的です。

3. S12をキャンセルする

S12が大きくなる理由が主にCobである事は判りました。ではCobの影響を減らすにはどうすれば良いのでしょうか。Cobの影響を外部回路でキャンセルする方法は大きく2つあり、一つが「中和」、もう一つが「カスケード増幅」です。

(1) 中和回路
高周波増幅回路では「中和」を行う…とは、アマチュア無線技士の教科書にも登場するくだりですが、何やら混ぜ物をして妖しく処理するようなネーミングですね。代表的な中和回路を図9に示します。FETにおいても同様の回路が使用されます。


図9 代表的な中和回路※4

※4 回路を見やすくする目的でチョークインダクタ、バイパスコンデンサ、入出力整合回路は省略しています。

図に示した回路構成以外にも色々存在しますが、大きく、以下に示す2つの考え方があります。

① S12を相殺するような(伝達利得の絶対値が等しくて、位相回転が逆相になる)特性のフィードバック回路を追加する。(図9の(A))
② Cobと並列にインダクタをおいて並列共振させる。(図9の(B))

一般的には①の考え方が主流だと思います。出力の一部を入力に注入して相殺(中和)する…というのが「中和回路」の名前の由来です。②の考え方は一見わかりやすいですが、狭帯域になる(そもそも中和回路は狭帯域ですが)ので調整が必要な上、コレクタとベースの間をインダクタで接続するので直流バイアスのデカップリングを考えると意外に設計が面倒になります。 中和によるS12のキャンセルはUHF帯までの狭帯域増幅回路でよく用いられています。

(2) カスケード(Cascade=縦型)増幅
日本語ではカスコード接続とも表記します。広帯域増幅を行う必要があって中和回路の適用が困難な場合は、図10に示すようなカスケード増幅回路を使用する場合がよくあります。これはエミッタ接地の増幅器とベース接地の増幅器を直列(カスケード)接続したもので、ベース接地増幅器の入力インピーダンスが低い特性を利用してS12を小さくしています。電源~GND間にトランジスタを2個直列接続したような回路構成からこの名前で呼ばれます。


図10 カスケード増幅回路※5

※5 回路を見やすくする目的でチョークインダクタ、バイパスコンデンサ、入出力整合回路は省略しています。

すなわち
① 前段のエミッタ接地増幅器のコレクタにはインピーダンスの低いベース接地増幅器のエミッタが接続されるので、大きな電圧振幅が発生しない。
② この結果、前段のコレクタからCobを介してフィードバックされる電圧振幅は非常に小さくなって(正しくは小さくなるところまでコレクタの電圧振幅を小さく設計する)帰還量を下げることができる。
③ 前段のコレクタの電圧振幅は小さいが、後段のベース接地増幅器のコレクタは負荷抵抗を大きくすることができるので、通常のエミッタ接地増幅器と同様の電圧振幅を出力することができる。(エミッタ接地増幅器で電流増幅、ベース接地増幅器で電圧増幅を分担しているイメージ)
④ 後段のベース接地増幅器はベースがGNDに接続されているのでCobで入出力が結合されない。

実はVHF帯でよく利用されるデュアルゲートのMOS FETは1個のデバイスの中にカスケード増幅回路を構成したもので、第2ゲートを高周波的に接地することでS12をキャンセルすることが可能です(図11)。なおカスケードアンプの入出力整合をとるためには、カスケード接続した状態でSパ ラメータを取得する必要があります。


図11 MOS FETによるカスケード増幅回路※6
(左)シングルゲートFETによる構成、(右)デュアルゲートFETによる構成

※6 回路を見やすくする目的でチョークインダクタ、バイパスコンデンサ、入出力整合回路は省略しています。

4. 第18話のまとめ

今回は、トランジスタ増幅器の入出力整合回路設計の話を複雑にするS12の正体と、これをキャンセルする手段が中和である事をお話しました。そもそも+の利得があるデバイスは、逆方向利得が存在すると動作が不安定になる(発振リスクが生じる)ので、UHF帯までの増幅回路は基本的に中和を行うことでS12を無視できる状態(昔は1方向化などと呼びました)にすることが設計の第一歩です。1方向化された増幅回路では、入出力の整合はS11, S22(昔はyパラメータが主流だったのでyie, yoe)に対して行えば良い。これが世の中の教科書や、専門書で、トランジスタの入出力整合回路を設計する時は、トランジスタの入出力インピーダンスをS11、S22として設計する…と書かれている事が多い理由です。

要約すると以下の通りです。
(1) トランジスタ増幅回路の入出力が結合する最大の要因は、コレクタ出力容量Cob(FETでは帰還容量Crss)である。
(2) 実際にS12として観測されるフィードバック利得はCobによる電圧帰還にエミッタ共通インピーダンスによる電流帰還が加味される。
(3) CobやCrssの値はコレクタ(ドレイン)電圧で変化する。従ってS12の値もデバイスの動作点で変化する。
(4) 高周波増幅回路を設計する時は中和回路を用いて帰還を打ち消す(S12≒0にする)。
(5) 中和回路が適用できない場合はカスケード回路等で帰還の影響をなくす。

今回はS12と戦ってこれをキャンセルする手法をご説明しました。取り扱う周波数が順マイクロ波やマイクロ波領域に及ぶと、CobやCrssがどれだけ小さくても、そのリアクタンスが小さくなるために帰還量が無視できなくなったり、フィードバック回路で生じる位相回転の影響が無視できなくなったりして、中和をとることが困難になります。またHPAのように大振幅で動作する増幅器ではCobやCrssの値が信号電圧で大きく変化する為、やはり中和回路が効果的に機能しにくくなります。

次回からはS12と付き合って増幅回路を設計する方法について解説します。書き終わって気づきましたが、今月はMr. Smithを全く使用しませんでした。連載のタイトルに反しますが、来月もMr. Smithの登場機会はないかもしれません。あしからずご了承ください。

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次号は 12月 1日(木) に公開予定

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