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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第23話 同一周波数のサイン波の掛け算と周波数の話(2)

濱田 倫一

2024年2月1日掲載

第22話では同一周波数のサイン波の掛け算のアプリケーションとしてダイオードによる周波数逓倍回路について解説しました。ダイオードを用いた逓倍では非線形領域が狭く、逓倍出力も小さいため、トランジスタやFETが利用できる周波数帯においては逓倍増幅回路とするのが主流です。今回から2回に分けてトランジスタを用いた逓倍回路について解説します。

1. トランジスタ逓倍回路の動作原理

第22話で解説した、ダイオードでサイン波のべき乗演算を行う仕組みを図1に再掲します。

サイン波のべき乗演算は、ダイオードの電圧-電流特性が指数関数になっていることを利用して実現したのでした。


図1 ダイオードによるべき乗(周波数逓倍)回路
 (第22話の図5を再掲)

第2話と第22話の繰り返しになりますが、半導体のPN接合の端子電圧VF と端子電流Ij の関係(静特性の理論値)は(式1-1)で与えられました。


但し、IS : 逆電圧印加時の飽和電流[A]
K : ボルツマン定数=1.386×10-23[J/K]
T : 絶対温度
q : 電子の電荷量=1.6×10-19[C]
(式1-1)

トランジスタの場合はこの特性がB-E間に現れ、さらにC-E間にベース電流に比例したコレクタ電流ICが流れるので、ベース-エミッタ間電圧VBEとコレクタ電流ICの関係もまた指数関数となります。この様子を示したのが図2です。題材にしたトランジスタは第5話でトランジスタミキサのデザイン例を解説した際に使用したのと同じ2SC4276(ROHM製)です。


図2 2SC4276のVBE-IC特性

このグラフは回路シミュレータMicro CAP 12※1の標準ライブラリにあったデバイスモデルを用いてDC解析で作成したものです。左側のグラフは通常の真数目盛にプロットしたVBE-IC特性です。VBE=0.5V付近から電流値が急速に立ち上がる、いわゆるダイオード特性になっています。右側のグラフは同じ特性を対数グラフにプロットしたものです。真数グラフ上では鍵型に見えたVBE-IC特性ですが、電流を対数にしたグラフ上ではほぼ直線になって指数関数のグラフであることが分かります。シミュレータのアウトプットなので当然ですが、式1-1にISの値を代入して温度300Kで計算した近似式(式1-2)は、VBEを若干補正する必要がありますが良く一致します。


但し、1×10-15 = IS
38.48 = q ⁄ KT (@300K)
0.18 = VBE補正値
(式1-2)

トランジスタによる周波数逓倍はトランジスタのこの特性を利用して入力サイン波のべき乗演算を実施します。

2. トランジスタ周波数逓倍器の設計

この2SC4276を題材とし、400MHzのサイン波を入力して1200MHzを出力するトランジスタ逓倍器を設計してみます。設計の手順は以下の通りです。
 ① 出力フィルタ(1200MHzバンドパスフィルタ)の設計
 ② トランジスタの負荷線(負荷インピーダンス値)の決定
 ③ 出力インピーダンス変換回路の設計
 ④ 動作点(バイアス電流IBq)の決定
 ⑤ 入力インピーダンスの見積もり
 ⑥ 入力整合回路の設計
 ⑦ 入力整合回路の最適化
 第23話では出力回路の設計のところまで(①~④)を解説します。

① 出力フィルタの設計
周波数逓倍増幅回路は入力のサイン波をべき乗するので、出力には所望の逓倍波以外に多数の整数倍の周波数成分が生じます。このため所望波以外の成分を除去するバンドパスフィルタが必要になります。今回は入力周波数が400MHzなので、出力には400MHzの整数倍の成分が現れる事から、表1に示す仕様でフィルタを設計しました。設計結果を図3に示します。


表1 出力フィルタの設計仕様


図3 出力フィルタの特性

フィルタの設計関数をButterworthにした理由は特にありません。今回は設計用テーブルの持ち合わせで方式を決めました。帯域を持たないサイン波のフィルタリングなので、不要な高調波や入力周波数成分が充分に除去できれば、調整不要で再現性が良い設計にするのが良いと考えます。LCフィルタの設計については様々な教科書が市販されているので、それらを参考にしてエクセルシートで設計テーブルを作っておくと便利です。筆者が使用した計算テーブルをご参考まで添付※2します。このフィルタの出力端子は逓倍回路の出力となるので50Ω負荷に接続され、入力端子はインピーダンス変換回路を介してトランジスタのコレクタに接続されます。

② 負荷インピーダンスの決定
次は逓倍増幅回路に用いるトランジスタ2SC4276の負荷回路の設計です。トランジスタミキサとトランジスタ周波数逓倍回路は、どちらも入力信号を非線形増幅させる回路です。違いは動作点(直流バイアスレベル)の与え方と決め方です。ミキサの場合は入力信号にDCバイアスを殆ど与えずに、掛け算する搬送波信号で入力信号をバイアスすることにより、搬送波による非線形動作(掛け算動作)と入力信号に対する線形性を同時に実現します。これに対して周波数逓倍回路は搬送波信号が存在しない・・・ すなわち入力信号を直接歪ませる必要から、DCバイアスを少し与えます。DCバイアスの大きさは、所望の逓倍周波数(今回は1200MHz)のレベルが最も大きくなるように、出力スペクトラムを見ながら調整することになります。

負荷線の決定
トランジスタの負荷線は、基本的にVCCの大きさと取り出したい出力レベルの大きさで決まり、これらが同じであれば、周波数逓倍回路だからといって特別に設計し直す必要はありません。2SC4276の負荷線は第5話で設計しましたが、今回特に設計し直す必要はないので、同じVCC、同じ負荷線(ZL=150Ω)で使用することにします。図4は第5話の図3の再掲です。150Ωの負荷線が3本書かれており、一番上の線がA級増幅器として使用する場合の動作点、一番下がミキサとして使用する場合の負荷線でした。後程触れますが、今回はこの2つの負荷線の中間位置で動作させる事になります。


図4 負荷線と動作点の決定

③ インピーダンス変換回路の設計
所謂、出力整合回路の設計ですが、実際のところインピーダンス整合を行っている訳ではないので、ここではインピーダンス変換回路と表記します。今回設計する出力整合回路も第5話で扱ったミキサ回路と同じく、「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第24話 図1の⑥の設計パターンになります。すなわち回路出力に所定のインピーダンスが接続されたときに、所望の負荷抵抗に見えるようにインピーダンス変換を行う回路をトランジスタのコレクタに接続します。出力BPFはZO=50Ωで設計しているので、これを前項として、回路負荷インピーダンス50Ωからトランジスタの負荷インピーダンス150Ωに変換する回路を設計します。整理すると、周波数1200MHzにおいて、出力端に50Ωの負荷を接続した時に入力端が150Ωに見える回路網の設計です。設計はMr. Smith※3を用いて行いました。結果を図5に示します。インピーダンス変換回路の具体的な設計方法は同連載に詳しく述べていますので、そちらを参照してください。


図5 出力インピーダンス変換回路の設計

この出力回路には、もう一つ機能を持たせていて、トランジスタの負荷が出力周波数である1200MHzに共振するように並列共振回路を兼ねています。Mr. Smithのマーカ3とマーカ4の軌跡が共振回路の部分で、一旦並列インダクタンス(-jBL)で誘導領域まで大きく振ってから、1200MHzでのリアクタンス成分がj0Ωになるように並列キャパシタ(+jBC)で戻す(相殺する)構成にしています。理論上インダクタで誘導領域まで振ってからキャパシタで戻す組み合わせは無限にあります。大きく振れば振るほどQが高くなるので、帯域の狭い共振特性が得られますが、部品諸元の偏差の影響が強く出るので再現性とのトレードオフになります。(詳しくは「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」第13話 図6を参照ください)ここではMr. SmithのQスケール表示機能(Scaleメニュー→Q scale→Draw)を用いて定Q円を表示させて回路のQの大きさを把握しながら振り幅を決めました。図5の設計例では、スミスチャートの定Qスケールから読み取れるように共振回路の設計Qは2.0強(約2.3)です。あまり強い周波数選択性はなく、もう少し振って5程度にしても良かったですが、今回は再現性を優先した設計になっています。

④ 動作点の決定
前節の(1)負荷線の決定 のところで、トランジスタで周波数逓倍するときの動作点は、A級増幅器として使用する場合の動作点とミキサとして使用する場合の動作点の中間におくと述べました。その選定結果を図6に示します。かつては一番最後に実験回路を組んで「調整」という名の下に動作点を決定したのですが、現在では回路シミュレータ上でカットアンドトライすることが可能です。図6は出力側の設計を完了した逓倍増幅回路の入力に400MHz・0.3Vpeakの定電圧源V1を接続して励振している状態を示します。定電圧源なので入力インピーダンスに関係なくQ1のB-E間に所望の電圧振幅を与えることが可能です(回路シミュレータのなせる技です)。この回路でトランジェント解析を行い、ベース電流の時間応答波形と出力スペクトル(トランジェント解析のFFT)を見ながら、ベースバイアス抵抗R7の大きさを調整します。


図6 動作点の選定結果

調整の結果、1200MHzスペクトルの大きさが大きく、かつ他の周波数の高調波のレベルが最も低くなる動作点としてR7=22kΩ(IBq=109µA)に設定しています。(→図4の真ん中の負荷線)

3. 第23話のまとめ

第23話ではトランジスタ周波数逓倍回路の設計の前半として出力回路とトランジスタの動作点の考え方まで解説しました。トランジスタでもダイオードと同様の考え方で周波数逓倍が実現できることがお解り頂けたのではないかと思います。以下、第23話の要点です。

(1) トランジスタのVBEとIBは指数関数の関係にある。この結果VBEとICも指数関数の関係になるので、ダイオードと同等のべき乗演算が可能。
(2) トランジスタミキサの出力回路とトランジスタ逓倍回路の負荷インピーダンスの与え方は基本的に同じ。
(3) トランジスタミキサが大振幅の搬送波でベースバイアスを与えるのに対して、トランジスタ逓倍器は直接入力信号を歪ませるためにDCバイアスを与えて動作点の調整が必要。

トランジスタ周波数逓倍回路は(3)に記した通り、入力信号をB-E間で直接歪ませる為、入力インピーダンスが定まらないという問題があります。図6においては定電圧源でトランジスタを励振することで、この問題を回避しているので、比較的容易に逓倍出力を得ることができるのですが、実際の入力信号源は大きなインピーダンスを有しているので、色々問題が出てきます。次回はトランジスタを用いた逓倍回路の後編として、このあたりを中心に解説します。

余談ですが、これまで私の連載では「Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話」のときから回路シミュレーションにはMicro Cap12を使用してきましたが、脚注の※1に記載の通り、残されていたSpectrum Software社のHPも閉鎖されてしまいました。私もそろそろP-Spiceに乗り換える必要があると感じていますが、歳をとると使い慣れたツールがなかなか手放せなくて暫くはMicro capと併用での執筆になると思います。何卒ご了承ください。

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