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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第28話 交流ベクトル空間と直交ミキサ(その3)

濱田 倫一

2024年7月1日掲載

第27話ではExcelで直交変復調の模擬を行い、コサイン波とサイン波が直交していることを解説しました。コサイン波とサイン波の直交性を利用した代表的なアプリケーションが「イメージリジェクションミキサ」と呼ばれる周波数変換回路です。今回はこのイメージリジェクションミキサの原理について解説したいと思います。

1. 直交ミキサのI/Q出力の位相差が示すもの

図1は第26話の図2の再掲です。ここではRF入力周波数を50MHz、LO周波数を45MHzとしています。直交ミキサでRF信号を周波数変換すると、I出力、Q出力共、図中C、Dに示すようにRF周波数とLO周波数の和周波成分(95MHz)と差周波成分(5MHz)のスペクトルが観測されます。ここでは和周波成分をUSB(Upper Side Band)、差周波成分をLSB(Lower Side Band)と表記しています。これらはスペクトルだけ見ると同じに見えますが、実際には図中の②③に示す通り位相が異なっており、I出力はcosとcosのかけ算なのでUSBもLSBもcosで開始位相は同相ですが、Q出力はcosとsinのかけ算なのでUSBは-sin、LSBは+sinで、I出力に対して±90°、USBとLSBで180°の開始位相差が生じるのでした。


図1 直交ミキサによるダウンコンバート(第26話 図2の再掲)

この様子をExcelで模擬した結果が図2です。


図2 直交ダウンコンバータの出力波形

図2の①はI出力、Q出力のそれぞれの波形です。I出力、Q出力には10.5nsec周期(=95MHz)の波が400nsec周期(=5MHz)でうねった波形・・・ すなわち95MHzのUSB成分と5MHzのLSB成分が重なった(足し算された)波形が出力されます。この波形のままだと判りづらいので、USB成分とLSB成分を分離してみることにします。

まずUSB成分を除去して5MHzのLSB成分のみを抽出します。第27話では実際の回路処理と同様にFIRフィルタ(LPF)を用いてUSB成分を除去しましたが、計算が大変な割にきれいに除去できなかったので、今回は単純な移動平均でUSB成分を除去しました。ちなみに移動平均処理もLPFの一種です。移動平均の幅は除去したいUSB信号の1サイクル分以上の期間が必要になりますので、ここでは図2の①に示すように20msec幅の移動平均をとりました。

計算結果が図2の②です。5MHzの波形が分離できていることがわかります。LSB成分を除去してUSB成分を取り出すにはHPFを用いて、今度は5MHz成分を除去する必要があるのですが、今はExcelシート上でのオフライン処理なので、図3 ①のデータ列から②のデータ列を引き算する方法で導出しました。導出したそれぞれの波形とスペクトルには同じ色を用いて、それぞれI側をLSB-I、USB-I、Q側をLSB-Q、USB-Qと名付けました。

さて、ここからが本題の“I/Q出力の位相差が何を示すのか”という話です。改めて図2の②と③のグラフを比べて見ると、LSB-I、USB-Iを基準に、LSB-Qは位相が90°進んでおり、USB-Qは位相が90°遅れています。つまりLSB-QとUSB-Qでは開始位相が逆転しています。ここで第25話の話を思い出していただきたいのですが、LSB-QとUSB-Qは虚軸(Im)側(sin側)のミキサ出力ですので、ここの位相が逆転していると言うことは、片方の位相ベクトルは時計方向に回転、つまりマイナスの周波数になっていると言うことを示しています。(図3)


図3 プラス周波数・マイナス周波数とサイン波の関係
(第25話の図5再掲)

整理すると、

  • ・LSB-Iを基準にLSB-Qは位相が90°進んでいる・・・ すなわち位相ベクトルはCW(時計回転)しており、マイナスの周波数。
  • ・USB-Iを基準にUSB-Qは位相が90°遅れている・・・ すなわち位相ベクトルはCCW(反時計回転)しており、プラスの周波数。

になっています。これは第26話で解説した“ミキサの出力信号はRF信号をLO信号でサンプリングした結果”であると考えれば直感的に理解できるのではないかと思います。つまりLOの周波数よりも高いUSB(和周波)の成分はプラスの周波数として観測され、逆にLSB(差周波)の成分はマイナスの周波数として観測された結果を示しています。

2. イメージリジェクションミキサ

このように直交ミキサのI出力とQ出力の位相差は、Iの位相を基準にしてQの位相が、
LOよりも周波数が高い成分(一般に和周波成分)では90°位相遅れ、
LOよりも周波数が低い成分(一般に差周波成分)では90°位相進みとなります。
この特性を利用すれば、図4に示す考え方で、和周波成分と差周波成分を分離して取り出す周波数変換回路を構成することが可能です。


図4 IとQの位相差を利用した和周波と差周波の分離

このアイデアを形にしたのが「イメージリジェクションミキサ(image rejection mixer)」です。イメージリジェクションミキサでは図4の位相回転と合成の操作を行うために、直交ミキサのI出力、Q出力をそれぞれ90°ハイブリッド(HYB)で結合します。

90°ハイブリッドは、これまで第26話の図2以降、何の説明もなく登場させてきましたが、図5(a)に示すような伝達特性を持つ4端子回路網です。UHF帯以下の周波数領域では図5(b)に示すような「クワドラチャハイブリッド」、分布定数回路が妥当なサイズで使える波長領域では図5(c)に示す「ブランチラインハイブリッド」が有名です。


図5 90°ハイブリッドの機能(利得)定義と代表例

これらの詳しい動作原理の解説は省略しますが、概要は以下の通りです。

図5(b)クワドラチャハイブリッドは方向性結合器でおなじみのCMカプラを縦置きして、密結合で使用したようなイメージです。CMカプラとして見ると①→④方向に伝搬する電力は②に結合して③とはアイソレート、④→①方向に伝搬する電力は③に結合して②とはアイソレートとなることが理解頂けると思います。方向性結合器として使用する場合は①④間は主経路で②、③はカプリングポート(検出経路)とするので、①④と②③間は疎結合ですが、クワドラチャハイブリッドでは①②間、③④間も主経路として使用するので、トランスの結合を密に、かつ巻き数比1:1で設計します。ポート①に信号源を接続した場合、③がアイソレートポート、すなわち①からは見えないポートなので、①から出力を見ると、①→②間はHPF(微分回路)、①→④間はLPF(積分回路)として機能します。両者のカットオフ周波数が等しくなるように設計されていれば、①の電力が1/2に分割されるのは、①に入力された信号の周波数がカットオフ周波数の時で、このときの通過位相は、①→②が-45°、①→④が+45°となります。

ブランチラインハイブリッドは、位相回転を線路の遅延で実現しています。こちらもクワドラチャハイブリッドと同様、方向性結合器の変形版のような動作になります。ポート①から入力された波は②へは90°遅延、③にはさらに90°遅延の180°遅延で到達します。ポート④では①からの直接波と②③経由の波が相殺するので、アイソレートポートとして機能します。④がアイソレートポートとして機能するとき、①→②③間は②-③間にλ/4遅延線路が挿入された二分配回路として機能します。

直交ミキサのI、Q各端子を90°ハイブリッドで結合させた回路を図6に示します。


図6 イメージリジェクションミキサ(ダウンコンバータ)の動作原理

これまで90°ハイブリッドの端子は入力・終端抵抗・0°・90°と表記してきましたが、図6では、図5に合わせて①~④と表記しました。LOに挿入されたハイブリッドは位相シフトと分配のみの機能を担っていましたが、出力に挿入されたハイブリッドは位相シフトと分配に加えて、iso(アイソレーション)ポートから入力される信号の合成も行っています。このような回路構成にすることにより、直交ミキサのI出力系統にはLSB(差周波数)成分、Q出力系統にはUSB(和周波数成分)のみが出力されることになります。

3. イメージリジェクションミキサの問題点

このように、イメージリジェクションミキサは乗算器出力に現れる和周波数成分と差周波数成分を、フィルタを用いずに分離できるメリットがありますが、実は万能ではありません。なぜかというと、直交ミキサのI出力、Q出力を結合させる90°ハイブリッドが原理的に狭帯域だからです。図4と図6では、I出力、Q出力の初期位相差のみに着目して90°の位相シフトと合成を行えば和周波・差周波の片方が相殺して、他方が2倍になると解説しました。しかし、これは和周波成分と・差周波成分が混じった信号に対して、同時にそれぞれの周波数において90°の位相シフトができる必要があります。図4で紹介したクワドラチャハイブリッドは、LPF(積分回路)とHPF(微分回路)の振幅バランス点(振幅が半減する周波数)では位相回転が±45°になることを利用しており、条件が成立する周波数は原理的に1点です。ブランチラインハイブリッドもλ/4線路の位相回転量が90°になることを利用しているので、やはり周波数に依存しています。従って図1、図2で定義したような条件(RF=50MHz、LO=45MHzにおいて、和周波成分95MHzと差周波成分5MHzを分離する)で使用することは事実上困難です。

ではイメージリジェクションミキサは、どのような用途に適用されるのでしょうか。次回はイメージリジェクションミキサが活躍する用途について解説したいと考えます。

4. 第28話のまとめ

第28話では、直交ミキサによるダウンコンバータの出力信号の特徴と、これを利用したイメージリジェクションミキサの基本原理について解説しました。以下、要点をまとめます。

  • (1) 周波数変換回路の出力信号のうち、LO信号の周波数よりも低い周波数成分は位相ベクトル
     の回転がCW(時計方向)、すなわちマイナスの周波数となる。
  • (2) この結果、直交ミキサのQ出力の和周波スペクトルと差周波スペクトルのそれぞれの位相
     は出力周波数がLO信号の周波数よりも高いか低いかによって±90°変化する。
  • (3) イメージリジェクションミキサとは(2)項の特性を利用して、和周波成分(USB: Upper side
      band)と差周波成分(LSB: Lower side band)を別々に取り出すことができるミキサである。
  • (4) 直交ミキサのI出力、Q出力を合成するために挿入される90°ハイブリッドの代表的な回路方式
     には、集中定数回路で構成される「クワドラチャハイブリッド」と分布定数回路で構成される「ブ
     ランチラインハイブリッド」がよく知られている。
  • (5) 90°ハイブリッドは原理的に狭帯域特性を示すため、ダウンコンバータのようにUSB(和周波
     数)とLSB(差周波数)が大きく離れる場合は適用することができない。

上記(5)項のような制約があるにも関わらず、イメージリジェクションミキサはスーパヘテロダイン方式の受信機において、重要な機能として多用されます。次回は「イメージリジェクションミキサ」という名前が示す「イメージ」の意味と、イメージリジェクションミキサの用途について解説します。

計算に用いたExcelファイルはこちらからダウンロードできますので、興味のある方は、Excelシートから計算内容をご確認下さい

※ダウンロードされたExcelシートに関するご質問についてはご容赦ください。Excelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者濱田倫一に帰属します。月刊FB NEWS編集部は筆者濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。また筆者、ならびに月刊FB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。なおExcelは米国マイクロソフト社の商標です。

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