今更聞けない無線と回路設計の話
2024年8月1日掲載
第28話ではイメージリジェクションミキサの原理を解説し、ダウンコンバータの例を示しておきながら、「90°ハイブリッドの狭帯域性の制約で実現困難」という中途半端な解説で終わってしまいました。では何故、イメージリジェクションミキサはスーパヘテロダイン受信機のダウンコンバータに重用されるのでしょうか。
第28話では直交ミキサを用いて和周波成分/差周波成分が分離される原理について解説しましたが、説明に用いた回路がダウンコンバータだったので、話をややこしくしてしまいました。このミキサを活用するときは、90°ハイブリッドの挿入箇所が狭帯域になるように選ぶ必要があります。従って直交ミキサで和周波成分/差周波成分を分離するという操作は通常ダウンコンバータでは行わず、図1,図2に示すようにアップコンバータで活用されます。
図1 イメージリジェクションアップコンバータ(LSB出力)※4
図2 イメージリジェクションアップコンバータ(USB出力)※4
図1、図2共、第28話の解説で用いた周波数を用いて計算しており、AF=5MHz、LO=45MHzです。アップコンバータにおいて、AF(ベースバンド。またはIF。以下同じ)側の90°ハイブリッドは、AF信号をcos/sinの直交信号に変換する動作を行いますがI/Q各ミキサのどちら側をcosにするかは、AF信号をLSB入力/USB入力のどちらに挿入するかで決まります。LSB入力側にAF信号を入力したときは、図1の吹き出しの計算式に示す通り、I/Q各ミキサの出力端子の和周波成分(50MHz)は逆相、差周波成分は同相(40MHz)となって、LSB成分(40MHz)のみが出力されます。逆にUSB入力側にAF信号を入力したときは、図2の吹き出しの計算式に示す通り、I/Q各ミキサの出力端子の和周波成分(50MHz)は同相、差周波成分(40MHz)は逆相となって、USB成分(50MHz)のみが出力されます。なお吹き出しの計算式は第1話の(式2-5)~(式2-8)の引用です(三角関数の加法定理)。
別の見方として、Iに入力される信号を基準(cos)と見なすと、図1のQ入力には+sin、図2のQ入力には-sinの信号が入力されていると見なす事ができます。つまりAF入力に+5MHzを入力するとLSB(40MHz)、-5MHzを入力するとUSB(50MHz)が出力される複素周波数の乗算器であるといえます。但し負の周波数を入力して和周波成分が出力されるので、周波数に-1の係数がかかっていることになります(これで合っているはずですが、どこかでcosとsinを取り違えていたらごめんなさい)。この回路は高い周波数のキャリア信号を直接SSB変調する際、不要な側帯波を抑圧するフィルタの設計が困難なることから、側帯波フィルタ不要の変調器として使用されてきました。現在のデジタル変調方式の主流であるQAMにおいては、AF信号側の90°ハイブリッドは存在しませんが、常にベースバンド信号の周波数を複素周波数として取り扱っており、実質的に100%この回路(方式)を使用しています。
第28話の整理を終えたところで、話を「何故イメージリジェクションミキサはスーパヘテロダイン受信機のダウンコンバータに重用されるのか」に戻します。ここでは「イメージ」という言葉がキーワードになります。これまでの解説では話を簡単にする趣旨で、以下の言葉を同列に扱ってきました。
・和周波成分と差周波成分
・USB(Upper Side Band)とLSB(Lower Side Band)
・イメージ周波数成分と所望波周波数成分
実はこれらは同意語になる場合もあれば異なるスペクトルを示す場合もあり、厳密には表1-1に示す通りとなります。
表1-1 周波数変換回路の出力スペクトルを示す言葉
表1-1のNo2は基本的に実在するスペクトルに対する呼び名である一方でNo3の「イメージ周波数」はその名の通り、実在しないスペクトルを示します。No1は周波数の由来に関する識別なのでNo2、3双方に対して同義語として使用されます。第28話までイメージリジェクションミキサという名称はご紹介したものの、その機能の説明においてはNo1、No2の言葉しか使いませんでした。
図3に示すように、所望周波数(ここでは50MHz)のRF信号にLO信号(45MHz)を乗算して差周波(5MHz)を取り出す回路においては、所望周波数(50MHz)以外にもLOとの差周波が同じ周波数(5MHz)になる入力周波数(40MHz)が必ず存在します。これをイメージ周波数 fim と呼びます※1。
なお、ここで説明に用いた周波数も第28話で使用した周波数の組み合わせです。実際の装置でダウンコンバータ回路の入力にイメージ周波数のスペクトル(イメージ信号)が存在すると、出力側ではRF信号とLOの差周波成分に、同一周波数であるイメージ信号とLOの差周波成分が同一周波数に重畳し、フィルタ等では分離できなくなってしまいます。スーパヘテロダイン方式の受信機において、イメージ周波数は受信特性を劣化させる天敵のような存在で、図4に示すように周波数変換回路の直前には必ずイメージ抑圧フィルタが挿入されます。自身の受信感度レベルよりも何dB大きなイメージ周波数の妨害波が入力されると感度劣化に至るかを示す性能指標として、イメージ妨害抑圧比という性能指標も定められています。
図4 イメージ周波数がスーパヘテロダイン方式受信機に与える影響
このイメージ抑圧フィルタはRF周波数は通過させる一方、イメージ周波数は抑圧するように通過特性を設計する必要があります、周波数変換回路での周波数変換比が大きいと、RFもImageもLO周波数に近づくため、フィルタでの分離が困難になってきます。また受信周波数を可変にする上でも制約事項となってきます。
と言うことで、改めてダウンコンバータにおけるイメージリジェクションミキサの役割を解説します。ダウンコンバータにおけるイメージリジェクションミキサの役割は第28話で解説したような、和周波スペクトルと差周波スペクトルを別々に取り出す事が目的ではなく、所望周波数(RF)スペクトルとイメージ周波数(Image)スペクトルを別々にダウンコンバートして出力するためのミキサです。まずはExcelによるシミュレーションで動作を見てみましょう。先にも述べたとおり、ここでは第28話と同じ周波数構成を用いることとし、RF周波数: 50MHz、LO周波数: 45MHzでダウンコンバートされた出力信号の周波数は5MHzです。この組み合わせの場合、イメージ周波数fimは40MHzとなります。図5はミキサに50MHzのRF信号を入力した場合、図6は40MHzのイメージ信号を入力した場合の計算結果です。
図5 イメージリジェクションミキサに50MHzの信号を入力※4
図6 イメージリジェクションミキサに40MHzの信号を入力※4
ミキサの回路構成は図1、図2と基本的に同じです。違いはRFポート側が入力、AF(IF)ポート側が出力になっていること、ならびに出力側に和周波成分を抑圧するためのLPFが挿入されていることです。ここではAF側のLSB、USBという端子名称も図1、図2からそのまま踏襲しました。ミキサのI/Q各出力には、和周波成分と差周波成分が重畳された波形になっており、これをLPFに通すことで差周波成分のみ取り出したのが、LPF I端子とLPF Q端子の波形です。LPFは第27話で使用したFIRフィルタと基本的に同じものを使用していますが、あまりに減衰特性が悪かったので、窓関数(ハミング窓)をかけることで特性を改善しています。
入力信号が50MHz(RF)の図5と40MHz(イメージ)の図6を比べるとLPF Q端子の位相が反転しています。そして入力信号が50MHz(RF)時はI側(LSB端子)、40MHz(イメージ)の時はQ側(USB側)に5MHzの差周波信号が出力されています。つまりRF信号のダウンコンバート出力とイメージ信号のダウンコンバート出力が別々の端子に出力される事がわかります。これらはどちらも差周波スペクトルなのに、何故分離して出力することができるのでしょうか。その理由を図7に示します。
図7 同じ周波数にダウンコンバートされた所望波とイメージを分離できる理由
図7はRF(ω1)とImage(ωim)を同時に入力したときのLPF I/LPF Qに出力される信号を示す計算式と各スペクトルの位相ベクトルを示します。I、Q各ミキサの入出力間に振幅の線形性※2が保たれていれば、RF(ω1)とImage(ωim)はそれぞれLO(ω2)のみとかけ算されて、入力信号同士はかけ算されません。従ってI/Q各出力には、RF(ω1)とLO(ω2)、Image(ωim)とLO(ω2)それぞれの和周波スペクトルと差周波スペクトルが出力されます。これら各スペクトルのうち、和周波成分はLPFで除去されるので、LPF I/LPF Q出力には現れません(図7の各吹き出しの計算式)。この部分に出力されるのは計算式に示したA、B項(LPF I)、とC、D項(LPF Q)です。A項とC項はRF信号のダウンコンバート信号、B項とD項はImage信号のダウンコンバート信号です。A項とC項、B項とC項は、それぞれコサイン波、サイン波の関係にあり、IとQで位相が90°ずれた波であることが判ります。しかし第28話の図1に示した和周波成分と差周波成分の関係と違ってQ成分が同位相になるため、90°ハイブリッドで位相を回転させて合成しても、一見、両者を分離できないように思えます。
ところがLO周波数を基準にすると、所望波(RF)とイメージ波の各周波数は、必ず一方がプラスの周波数、他方がマイナスの周波数の関係にあるため、A項とB項、C項とD項では位相の回転方向が逆になります※3。この結果、90°ハイブリッドを通過して90°遅れ相当の位相回転が発生した時、USB側に相当するRFのダウンコンバート信号は+90°の位相回転、LSB側に相当するImageのダウンコンバート信号は-90°の位相回転となり、結果的に第28話の図6と同じ状態を作り出すことができるのです。
ここまで理解した上で、改めて図5,図6のI,Qの波形をI基準(cosとおく)で比較すると、LOのUSB域の信号(50MHz)を入力したときはI、LOのLSB域の信号(40MHz)を入力したときはQに差周波成分の信号が出力されていることがわかります。周波数の乗算処理に-がかかっており、アップコンバート(図1,図2)とダウンコンバート(図5,図6)で、LO周波数基準で見たときの+周波数/-周波数と出力端子の関係が逆転しています。
第29話では第28話に引き続き、直交ミキサによるダウンコンバータの出力信号の特徴と、これを利用したイメージリジェクションミキサの基本原理について解説しました。イメージリジェクションミキサの「イメージ」とは「和周波成分から見たときの差周波成分」またはその逆という捉え方をする場合と、「同じLO周波数で、差周波、和周波が同じ周波数になる別の入力周波数」という捉え方をする場合があり、前者は主にアップコンバータ、後者は主にダウンコンバータで問題になる周波数成分となります。以下、第29話の要点です。
これで第25話から5回に渡って解説した複素周波数と直交ミキサの解説を概ね終了しました。マイナスの周波数の概念を持ち込むことによって、より高度な周波数変換が可能になります。またこの概念は、デジタル変復調の根幹技術のひとつです。今回まででサイン波のかけ算に関する話題は概ねお話できたのではないかと思います。あとは変復調の話が残っていますが、こちらは変復調として別の機会にまとめてお話できればと考えます。次回は【テーマ1】のまとめと振り返りをさせていただき、【テーマ2】についても触れさせていただきたいと思います。
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