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第25回 IC-705でミリタリーハンドセットを使う
~ダイナミックマイク用マイクアンプの製作~

JP3DOI 正木潤一

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近年、夏場の猛暑に伴ってセミの合唱がさらに大きくなっているように感じます。周囲が騒がしい屋外での運用では、スピーカーマイクのスピーカー部を耳に当てて聴きます。静かな場所でも、周りに人がいるときはスピーカーの音量を絞り、やはり耳元にスピーカーを寄せて聴きます。

シンプレックス通信であるアマチュア無線機には、『受話器型のスピーカーマイク』すなわち“ハンドセット”は使われません。しかし、軍用無線機にはシンプレックス通信でもハンドセットが最も多く使われています。アメリカ軍を中心に使用されている『H-250ハンドセット』は、ベトナム戦争時から現在まで変わることなく使われている、たいへん完成度の高いハンドセットです。当局は、その高い信頼性とシンプルな構造が好きでコレクションしています。

今回は、そんなH-250ハンドセットコレクションの1つを思い切って解体して構造を調べ、さらにアマチュア無線機に使うための変換ケーブルを製作します。

要求仕様書で見るH-250の性能

H-250は様々なメーカーによって製造され、アメリカ軍に納入されています。アメリカ国防総省の提示した要求仕様を満たす物を製造し、その性能を示せば納入できることになっています。


ネットで開示されているアメリカ国防総省発行の要求仕様書(1977年発行、1997年改訂)。H-250として満たすべき仕様が11ページにわたって書かれている

H-250の要求仕様(抜粋)
・重量: 約350g (コネクターとケーブル除くと約170g)
・スピーカーインピーダンス: 1000Ω(@1kHz)
・マイクインピーダンス: 150Ω(@1kHz)
・マイク出力レベル: -56dBm以上(@1kHz)
・歪み: 5%以内(300Hz~3500Hz)
・使用温度範囲: -20℃~65℃(周波数特性の変化は3dB以内であること)
・防水性: 3フィート(91センチ)の水に2時間沈めたあとでも問題なく作動すること。
・PTTスイッチ耐久性: 200万回


求められるマイクの周波数特性

軍用というだけあって、電気的特性のほかに振動試験や落下試験によってその性能を示すことが規定されています。


求められる物理的強度が規定されている

そのほかにも、耐熱試験や塩水噴霧試験などでその性能を示すことが規定されています。

一方で、環境に配慮してエコロジーなリサイクル材を使用することも求められています。


意外にも環境に配慮した材料の使用も求められている

H-250を解体してみる

全体


PTTスイッチ以外のパーツを取り外すには破壊するしかない。のこぎりを使って分解した

H-250ハンドセットは、本体、スピーカー、マイク(ダイナミックマイク)、そしてPTTスイッチで構成されています。スピーカーとマイクは防水タイプ。PTTスイッチもゴムでカバーされているので、しっかりと防水性が確保されています。

PTTスイッチはネジ留めされていますが、スピーカーとマイクのカバーは本体に接着されているため分解することはできません。もしスピーカーやマイクが壊れたらハンドセットごと交換するようです。ただし、本体には頑丈な樹脂が使われていて、ちょっとやそっとでは壊れないでしょう。


H-250ハンドセットの展開図

背面にはシンプルなフックが付いていて、無線機のキャリングハンドルに取り付けたり、バックパックに取り付けたりできます。


背面にあるフック

また、フックをヘルメットのストラップに引っかけてスピーカー部を耳に当てたまま固定し、ヘッドセットのように使うこともあるようです。


H-250をフリッツ・ヘルメット(鉄兜)に取付けて使用する兵士 ©PH1(SW) J. ELLIOTT, USN

PTTスイッチ
固くてストロークが深く、しっかり押し込まないと送信されないようになっています。PTTスイッチを押すとMICラインが無線機と導通し、PTTラインがGNDに落ちて送信状態になります。


PTTスイッチの内部。放した状態(左)と押した状態(右)。受信中はMICラインが無線機から切り離される

興味深いのが、バネではなく磁石がスイッチに使われていることです。つまり、スイッチから指を離すと内蔵された磁石が鉄製のフレームと引っ付くことで、スイッチが押し戻される仕組みです。バネは何度も押すうちにへたってしまうので使われないのでしょう。この構造により、最低でも200万回の押下に耐えられるとされています。


バネを使わないPTTスイッチのメカニズム。磁石が金属に引っ付く力を利用して押し戻される

スイッチはPTTラインとMICラインが連動している双極単投形スイッチで、押している間MICラインが無線機と導通、PTTラインがGNDに落ちます。PTTラインがGNDに落ちるより先に、MICラインが導通するようになっています。これは、接点を押す二対の突起の大きさが微妙に違うことにより、PTTラインとMICラインの導通タイミングをずらしています。


PTTスイッチ(双極単投形)のアップ。二対の突起の大きさが微妙に違うのが分かる

スピーカー
4.5cm径(厚み1cm)の小さなスピーカーが使われています。インピーダンスが1000Ωと非常に高くなっています。コーン紙は防水性のある樹脂製です。


スピーカー

マイク
2.7cm径(厚み1.3cm)のダイナミックマイクが使われています。インピーダンスは150Ωと低くなっています。透明なフィルムによって密閉されています。


ダイナミックマイク

興味深いのが、周囲の騒音をある程度取り除くことができる、『ノイズ・キャンセリング』構造です。


マイク部には口元側(左)とその裏側(右)の両方に音取り込み穴がある

マイク部の表(口元側)と裏の両方に穴が開いています。ダイナミックマイクの表と裏は位相が逆転するので、同じ音声が表と裏の両面から入力されると打ち消されます。一方、声は片面(口元側)からしか入力されないので打ち消されません。周囲の騒音はマイクの表と裏の両方に入力されるため打ち消され、人の声は片面だけに加わるため打ち消されず、声だけを拾いやすくなっています。


ノイズキャンセルのイメージ

コネクター
コネクターには『U-229』というタイプが使われています。これは昔から米軍の無線機に使われているもので、厚いグロ-ブをしていても抜き差しし易い大きなコネクターです。


U-229型コネクター。アマチュア無線機で使うメタルコネクター(手前)よりも大きくて重い


ピン配列。“A”~ “E”というピン名称が割り当てられている


ピン配列と結線図


U-229コネクターとソケット(手前)。押しながら右に回すことで固定される

カールコード
コードもアマチュア機や業務機のものよりも太くなっています。これは送信波が回り込まないように厳重にシールドされていることと、被覆も温度変化や化学物質の耐性が極めて高い、厚いものが使われているためです。私は、今回解体したものを含めて13個のH-250を持っていますが、傷が付いてはいても、硬化してモロくなったものや千切れたものはありません。


ハンディー機のスピーカーマイク(手前)に比べて太いカールコード。

旧世代のバージョン (H-189)
『H-189』はH-250の前の世代のハンドセットです。H-250より重く、ノイズキャンセル機構もありません。背面のフックも短くて実用的には見えません。全体的に丸みを帯びていて、どこかレトロな形です。配線とコネクターはH-250と互換性があり、ベトナム戦争中にはH-189とH-250が混在していたようです。


<H-189ハンドセット。どことなく古めかしい感じがする>

新しいバージョン(H-250 VCEB: Volume Control Ear Bud)
H-250には、音量調整ボリュームとイヤホンジャックの付いた、新しいバージョンがあります。聞き逃しを防ぐためだと思われますが、ボリュームを一杯に絞っても完全にミュートされません。イヤホンは2.5mmモノラルジャックに対応していて、付属の耳掛け式イヤホンを使用します。


ボリュームツマミとイヤホンジャックが付いた“H-250 VCEB”。付属のイヤホンは意外と貧弱な造り

H-250をIC-705で使ってみる

そんなH-250をアマチュア無線に使ってみたくなったので、IC-705に接続できる変換ケーブルを作ることにしました。IC-705はアウトドア向けなのでH-250とマッチします。


当局のIC-705にはキャリングハンドルを付けているので、H-250が特に似合う

H-250のU-229コネクターはあまりにも大きくて重たいので、8ピンメタルコネクターに付け替えます。そのうえで、8ピンメタル中継コネクターを介して2.5mm 4極プラグと3.5mmステレオプラグを介してIC-705に接続します。


8ピンメタルコネクターを使って製作した変換ケーブル(左)H-250のコネクターは8ピンメタルコネクターに換装(右)

マイクアンプ
IC-705がコンデンサマイクを使用しているのに対して、H-250ハンドセットはダイナミックマイクです。ダイナミックマイクはコンデンサマイクよりも出力レベルが低いため、そのままでは変調が浅くなってしまいます。そこで、変換ケーブルにマイクアンプを内蔵させました。回路は懐かしの『IC-HM7』を参考にさせてもらいました。


内蔵のマイクアンプ回路を参考にした『IC-HM7』


マイクアンプ回路 (IC-HM7から少し変更しています)

トランジスタには手持ちの汎用増幅用の2SC2712(hfeランク: 120~240)を使いました。私は8ピンメタル中継コネクターの中に回路を内蔵させるためにチップ部品を使いましたが、適当なプラスチックケースなどに収めるのであればリード部品で組んでも構いません。

2.5mm 4極プラグと3.5mmステレオプラグ、および8ピンメタルコネクターの結線は図のようになります。


全体結線図


チップ部品をユニバーサル基板に実装した例

チップ部品で回路をコンパクトに組んで8ピンメタル中継コネクターの中に収めました。


マイクアンプ回路をメタルコネクター(オス)に内蔵した例


IC-705に接続したところ

使用感

IC-705を使った運用でH-250を何度か使いました。1度、QSOの途中でHM-243からH-250に差し替え、音の違いを相手局に訊いてみたのですが、「(H-250の音は)柔らかい感じがする」とのことでした。

元々H-250は、エンジン音や銃声などの騒音の中での使用を想定して設計されているので、騒がしい場所での確実なQSOに有効だと思います。また、スピーカーマイクのように口元と耳元を行ったり来たりさせる必要がないため、送受信を頻繁に切り替えるコンテストやラグチューにも良いかもしれません。ただし、PTTスイッチはアマチュア無線機と比べてとても固いので、長時間押していると指が疲れてきます。

さて、H-250は米軍の放出品がアマチュア無線イベントでのフリーマーケットブースやネットオークションにて入手可能です。状態によりますが、3000円~5000円程度で取引されています。興味を持たれた方は入手してみてはいかがでしょうか?

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