FBのトレビア
Dr. FB
ちょっとした電子工作や無線機の調整にはSG(Signal Generator)が役に立ちます。市販のSGなら出力レベルも正確ですが、自作派のSGならアッテネーターの製作もありますのでそう簡単にいきません。無線機のテストにSGが欲しいと思いその製作を考えているうちにPLL(Phase Locked Loop)の原理に行きつきました。今回は1アマの試験でもたいへんよく出題されているPLLの原理について簡単に説明します。
図1に掲載した問題は、第1級アマチュア無線技士の工学に出題された問題です。これに類似するPLLの問題は、平成16年から令和3年までの18年間になんと13回も出題されています。結構出題頻度の高い問題です。
図1 第1級アマチュア無線技士工学の問題(平成29年4月実施 日本無線協会)
PLLの原理を説明する前に、(1)水晶振動子を使ったトランシーバーを簡単に説明してから(2)PLLの概要を説明します。そして、それ以降は各々のブロックの説明を行います。
(1) 水晶振動子を使ったトランシーバー
図2を参照してください。図2は、1976年に発売されたアイコムのIC-212、144MHz 15チャンネルFMポータブルトランシーバーです。
図2 IC-212 15チャンネルFMポータブルトランシーバー
ケースを開けると図2(b)に15チャンネル分の水晶振動子(クリスタルともいいます)を挿入するソケットが点線の部分に見ることができます。図2(c)はその拡大図です。15チャンネル分の水晶振動子はそれぞれ送信、受信分が必要となり、フルチャンネルを装備しようとすると30個もの水晶振動子が必要になります。
図3 6チャンネルFMトランシーバーの送信部のブロックダイヤグラム
図3のX1~X6は水晶振動子です。今でこそ、トランシーバーを購入するとどの周波数でもダイヤルを回すと送受信できます。上記のIC-212が発売された頃は、希望の周波数で送受信しようとすると希望の周波数の水晶振動子を無線機に挿入しなければなりませんでした。例えば2メーターバンドであれば、145.00MHz~145.98MHzまでのFM 20kHzピッチのチャンネルは50チャンネルあります。好きなチャンネルでQSOをしようと思えば100個の水晶を予め準備しておく必要があります。水晶振動子も物理的な大きさが存在しますので、100個もの水晶振動子を無線機に全部挿入しようとすると、これも物理的なスペースが必要になります。そうなると無線機もたいへん大きなものとなってしまいます。必然と大きさを選ぶか、チャンネル数を選ぶかといった問題にあたります。
(2) VFOではダメか
水晶振動子を使わなくてもL(コイル)とC(コンデンサ)でVFO(Variable Frequency Oscillator)と呼ばれる発振回路を作ることができます。VFOは日本語では、可変周波数発振器と呼んでいます。VFOは水晶振動子の代わりとなり、連続した周波数の信号を作り出すことができますので、その信号を局部発振回路の信号として使うとどの周波数でも送受信できることになります。
ところが回路はLとCで構成された発振回路ですので外部の振動や周囲の温度、湿度に大きく影響を受けることになり、通信機の安定度の観点からすればなかなか難しいところがあります。水晶振動子でも同様に外部要因による周波数の変動を生じますが、VFOの周波数変動と比較すると周波数安定度は抜群です。
PLLの理論は20世紀の初めにはすでに発電機の周波数制御に使われていたと書物に記載されていました。通信機の分野でPLLが使われだしたのは1920年代にラジオ放送が始まってからとのことです。民生用機器に導入しようとすると当時の部品からして膨大なコストとスペースが必要だったのだと思います。
PLLもVFOのように特殊な部品が使われている訳ではありません。特殊と言えば、周波数の安定度を制御する方法だけです。VFOは温度変化に対して、温度の変化を打ち消すような部品を使って温度補償を行い、周波数を安定させていました。PLLでは水晶振動子の安定度に合わせるように常に電気的に自動制御が行われるような回路で周波数を安定させています。
(1) PLL回路のブロックダイヤグラム
PLLは一種の帰還回路です。図4に示したようにPLLの基本回路は、基準周波数発振器(Reference Oscillator)、固定分周器(Fixed Divider)、位相比較器(Phase Detector)、低域フィルタ(Low Pass Filter/LPF)、VCO(Voltage Controlled Oscillator)、それに可変分周器(Programmable Divider)の各回路で構成されています。
LCで発振させた信号をそのまま無線機の局部発振回路の信号に注入することもできますが、周波数の安定度は非常に悪く、安定した通信を行うことができません。
図4 通信機に使われるPLLの原理図
そこで図4に示したPLLが登場するわけで、基準周波数発振器で発振させた信号frとVCOで発振させた信号foの2信号を位相比較器で比較し、それら2信号の位相差に応じた出力電圧を用いてVCOの発振周波数を制御し、安定させます。例えば、発振周波数が高ければ位相比較器の出力電圧を下げる、あるいはその逆のように制御します。その制御の方法は後述するVCOでもう少し詳しく説明します。
(2) 固定分周器(1/M)
これは、入力された周波数を整数分の1にする回路です。たいていは分周専用のICを用います。冒頭に示した1アマの問題ではM=25となっています。つまり、入力された10MHzの信号を25分の1、つまり400kHzにして出力する回路です。
(3) 可変分周器(1/N)
プログラマブル・ディバイダ―とも呼ばれます。任意の分周比を外部端子で設定することができます。CPUと組み合わせることで、無線機のダイヤルを回すと分周比が変化し、可変分周器(1/N)から出力される信号の周波数を変えることができます。
(4) 位相比較器(Phase Detector)
位相の比較とは、別の言い方をすれば周波数の比較をするという意味です。位相比較器に入力される1つの信号fr/Mは、元は水晶振動子の発振ですから抜群の安定度を持っています。その周波数にもう一つのVCOの信号fo/Nがぴったり合致すれば図5の二つの正弦波は重なり、位相差がなくなります。つまり、2つの周波数は合致したことになります。
図5 frとfoの位相比較
位相比較器にはいろいろな方式があるようですが、例えば、古い方式ですとfrとfoの信号のビート(うなり)の周波数を取り、そのビート周波数に沿った電圧を出力する位相比較器もあるようです。つまりf-V変換です。ビート周波数が0のときは位相比較器の出力電圧は0(V)。ビートが発生するとそれに応じた電圧を出力するといった具合です。
図6は、アイコムのIC-2N(1980年発売)に使われていたPLLの回路の一部です。IC2(TC5081)がその位相比較器のICです。すでにこのICは製造中止となり流通在庫しか残ってないようですが、自作派には使いやすいICです。
図6 IC-2Nの位相比較器とVCO周辺の回路(アイコムIC-2Nの回路図より抜粋)
図7 IC-2Nに使われていた位相比較器ICの内部回路とそのタイミングチャート(TOSHIBA TC5081のデータシートより引用)
(5) 低域フィルタ(Low Pass Filter)
ループフィルタ(Loop Filter)とも呼ばれます。図6の回路図ではR4、R5、R6、C13、C14で構成されています。位相比較器の出力には雑音や高周波成分が含まれていますからそれらを取り除きVCOのD3に供給するDC成分の信号を作ります。
(6) 電圧制御発振器(VCO)
図6のQ1(2SK192)とその周辺回路で構成された回路がVCO(Voltage Controlled Oscillator)の回路です。コルピッツ発振回路でキーパーツがD3(1SV50)のバラクターダイオードです。
VCOは、LとCで構成された発振回路であると述べましたが、その部品の一部にバラクターダイオードが使われているところがミソです。バラクターダイオードとは、ダイオードの一種ですが、逆方向に電圧を印加することでアノード、カソード間の静電容量が変化するという特性の持ったダイオードです。つまり、このバラクターダイオードのC(静電容量)をLCの発振回路に用い、このCの静電容量の変化でVCOの発振周波数を可変しています。
位相比較器で比較したfrとfoに位相差が発生するとき、その位相差が大きい時には位相比較器から出力される電圧が大きく、逆のときは低い電圧となります。その電圧をVCO内のバラクターダイオードに加えることで、VCOの発振周波数を可変させ基準周波数frと同じ周波数になるようにするのがPLLです。
基準周波数発振器(RO)で発振した信号を固定分周器(1/M)で分周した周波数をf1とします。また、VCOの出力信号(fo)を可変分周器(1/N)で分周した周波数をf2とします。PLLは、f1とf2の間の関係をf1=f2とする一種の帰還を掛けた自動制御の回路です。f1=f2となったとき、我々は「PLLはロック(Lock)した」と言います。反対に何らかの原因でf1=f2となっていない場合、「PLLはアンロック(Unlock)の状態」であるといいます。
基準周波数発振器(RO)の周波数は、図8ではfrです。frの周波数は、MHzオーダーの高い周波数ですから、それを低い周波数にするために分周器(1/M)で分周します。その分周した固定分周器の出力周波数f1は、f1=fr/Mとなります。VCOの発振周波数を予め希望目的周波数としてLC回路で設計しておきます。希望目的周波数foは、無線機の回路の局部発振回路(LO)等に使われる信号ですので、無線機のダイヤルを回すと周波数が変わります。そのため可変分周器(1/N)を外部からプログラムで絶えずf1の周波数となるように分周比を決めます。つまり、f2は、VCOの出力周波数(fo)をN分の1した周波数ですので、f2=fo/Nとなります。
図8 frとfoの関係
先にも説明しましたように、f1=f2がPLLのロック状態の条件ですからf1とf2の関係式からVCOの出力周波数を求めると下のようになります。
IC-2NのPLL回路では、fr=5.12MHzの水晶振動子が使われています。その5.12MHzを固定分周器(1/M)で1024分周しており、5kHzの信号をf1として位相比較器に入力しています。位相比較器に入るもう一つの信号f2は、VCOの出力周波数を分周して5kHzを得ています。ここで、M、frは一定ですので分周比Nを可変することでVCOの出力周波数(fo)が変わることが理解できます。
FBDX
<参考とした資料>
公益財団法人日本無線協会 平成29年4月実施の無線工学過去問
産報出版株式会社 電子科学シリーズ PLL-ICの使い方
誠文堂新光社 わかる半導体シリーズ PLL活用ガイド
TOSHIBA TC5081データシート
アイコム(株) IC-2N回路図
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