FB LABO ~エレクトロニクス研究所~
PRR(Personal Role Radio)とは、イギリス軍が使用している2.4GHz帯、送信出力50mW、6チャンネル(全256CH)のスペクトラム拡散方式デジタルトランシーバーです。イギリス陸軍で兵士同士の通信に現在も使われています。筐体は強化樹脂製で、マイクとスピーカーは内蔵しておらず、専用のヘッドセットを接続して通話します。
PRR(パーソナル・ロール・ラジオ)を日本語にすると「個人間通信機」といったところでしょうか。もとのメーカーはイタリアの『マルコーニ・コミュニケーション社(Marconi Selenia Communications)』で、現在は防衛、航空宇宙分野の専門企業『レオナルド社(Leonardo S.p.A)』の傘下です。
※手持ちの実機は前身の『Selex communications社』製です。
この度、私は新品状態の実機を2台入手しました。この無線機は筐体が接着されているため分解することができません。そのため、内部の基板や回路を見ることは出来ませんが、たいへん興味深い特徴を持った珍しい無線機なので、今回ご紹介したいと思います。
イギリス陸軍公式HPにはPRRの紹介文が載っていますが、これはメーカー(『レオナルド社(Leonardo S.p.A)』)のサイトに掲載されている製品説明からの引用です。
イギリス陸軍公式HPより。
概要:
Personal Role Radio(PRR)は、兵士同士が近距離通信に利用するための小型のトランシーバー。
建物の壁といった障害物を経ても通信が可能なため、敵との遭遇など、刻々と状況が変わる戦場において、司令官に迅速な命令伝達手段を与え、歩兵部隊の火力効果を大きく上げることが可能。
通信システムとして使いやすく、兵士の動きを妨げることなく装着することができ、過酷な環境下でも使用できる堅牢さを兼ね備えている。
PRRは、前線の兵士たちに情報を伝える通信手段を提供することにより、従来の号令やハンドシグナルに代って用いられることで戦闘効率を大きく上げることに貢献している。
仕様:
・周波数: 2.4GHz帯
・出力: 50mW
・電源: 単3電池×2本
・バッテリー持ち時間: 24時間以上(送信/受信/待ち受け=1:7:16)
・通信可能距離: 500m(見通し) 建物内では3フロア越しに通話可能
・通話方式: シンプレックス
・チャンネル数: 256
・外形: 140×85×25mm(縦×横×厚み)(アンテナ含まず)
・重量: 約250g(電池含まず)
公式仕様を見る限り、性能は特定小電力トランシーバーのようですが、2.4GHz帯を使うことから、バイクのツーリングなどに使われるBluetoothインカムに近いかもしれません。
PRRの出力はわずか50mWで周波数も2.4GHzと高く、通信距離も最大で500mとのことです。VHFローバンドを使う出力数Wの一般的な軍用携帯無線機とは大きく異なります。では、どのように運用されているのでしょうか?
歩兵部隊の兵士たちは共に行動しますが、状況によっては移動する際にお互いに距離を置いたり、広く散開したりします。これは攻撃を受けたときの被害を少なくするためです。そのような時にPRRを使うことで大きな声を出さずに会話できます。また、周囲の騒音によって会話が聞き取れなかったり、聞き返したりする必要もなく、確実に意思疎通を図ることができます。このように、兵士個人間の”会話”レベルでのやり取りを無線でおこなうために使用されます。
お互いに距離を取って行軍する兵士(左)
広く散開して周囲を警戒する兵士(右)
また、敵の潜む建物を掃討する際に大声でやりとりすると、敵に自分たちの位置や意図を悟られてしまいます。PRRを使えば、壁や階層を隔てていても小さな声で確実に意思疎通を図ることができます。
大声で連絡を取り合うのは敵に意図やタイミングを教えるようなもの
軍用のデジタル無線機なので通信は当然暗号化されていると思いきや、意外にも秘匿機能(エンクリプション)は搭載されていません。というのも、最大でも500mという狭い範囲での通信であることに加えて、もともと傍受が困難なスペクトラム拡散方式を使っていることから、通信を暗号化する必要はないと判断されたようです。さらに、前線の部隊と後方の司令部との通信といった作戦全体に関わる内容ではなく、兵士同士で交わされる通話内容はすぐに消費される情報(寿命の短い情報)のため、作戦レベルで影響を与えないことも理由だと思います。
しかし、新しいバージョンでは暗号化処理されているらしく、こうして私がこの無線機を入手できたのも、もう使われなくなった秘匿性能のないバージョンが放出品として出回っているからかも知れません。
アンテナ
周波数帯が2.4GHzということもあり、アンテナはたった6cm。おそらく内部はスリーブアンテナで、垂直ダイポールとして動作すると思われます。端子は無線LANと同じSMAです。
ヘッドセット端子
5ピンの端子を介してヘッドセットと接続します。おそらく、このタイプの端子を見たことのある方はいないと思います。というのも、これは”LEMO(レモ)コネクター”と呼ばれる、航空、宇宙、軍事用途に使われる、高信頼性コネクターです。
スイス LEMO社の高信頼性コネクター。インターネットで調べたところ、プラグ1つで4千円もする。
スリーブを持って引くと抜ける(左)が、ケーブルをいくら引っ張っても抜けない(右)構造。
<余談>
実は、PRRにはサバイバルゲーム用に作られた見た目がソックリのレプリカが存在します。私の手元に届くまで、購入したものがレプリカではないか不安でした。実物を見てみると、コネクターが一般的なオーディオコネクターではなくLEMOコネクターだったことと、ガスマスク用アダプターが付いてきたことから本物だと確信しました。
電源スイッチ/音量ダイヤル
ボリュームダイヤルは電源スイッチを兼ねています。右に回すと「カチッ」と音がしてヘッドセットから「ピピピッ!」という起動音が鳴ります。電源を切った時は「プププププ」と鳴り、電源のON/OFFが分かるようになっています。
電源SW/音量ダイヤル(左)とCHセレクターダイヤル(右)
チャンネルセレクターダイヤル
チャンネルは1グループあたり16チャンネルが選択できます。後述しますが、アタッチメントを外したところにはロータリースイッチがあり、これを回してチャンネルグループを切り替えられます。チャンネルグループは16あるので、全部で256チャンネルが使用できます。
16個の刻みがあるロータリースイッチを回してチャンネルグループを選択できる
セレクティブコールなどは無いため、通話したい相手とチャンネルを合わせるだけで、通信できます。
電池収納部
底部のフタを開けると単三電池を2本収納するスペースがあります。意外ですが、この部分にはパッキンが無いので気密性がありません。本体内部までは水が入らないのかもしれませんが、本体を水没させると中の2本の電池は完全に水に浸かります。なお、バッテリーが少なくなるとビープ音で知らせるとのことです。
気密性の無い電池収納部。蓋は貧弱な造り。
また、通常こういった蓋のヒンジ部には金属シャフトが使われますが、PRRでは樹脂製の蓋にある2つの突起で本体に固定されているだけです。この構造では突起が折れると蓋が閉められなくなり、テープを貼って押さえるという応急処置が必要になります。しかし蓋にバッテリー端子が付いているため、外れた蓋を紛失してしまったら即座に使えなくなります。
この無線機は、アンテナ、ヘッドセット、携行用ケース、ワイヤレスPTTボタン、ガスマスク用マイクアダプター、そして操作ガイドが一緒に支給されているようです。
操作ガイド
コーティング加工された紙に各部の名称やペアリング方法などの操作が書かれています。
簡易的な操作ガイド
専用ポーチ
PRR本体を戦闘ベストに取り付けるためのポーチです。標準付属品ですが、裁断処理や縫合を見る限り丈夫そうに見えません。電池を交換するには本体を一旦ポーチから出さないといけない点も実用的ではありません。
標準付属品のポーチ。
実は、もっとしっかりしたポーチも支給されているようで、軍の放出品を別途入手しました。このポーチは本体を取り出さずに電池を交換できます。
別途支給されている、しっかりした造りのポーチ。電池も交換しやすい。
ヘッドセット
本体にはマイクやスピーカーが内蔵されていないので、ヘッドセットが標準で付属します。左耳に当て、バンドで頭に固定するようになっています。
ヘッドセットを装着した様子
ブームの先に付いているのはダイナミックマイクで、口元に寄せて送話します。マイクの表と裏の両面から音を拾う構造になっています。ダイナミックマイクの表と裏は位相が逆なので、表と裏の両面から同じ音が入力されるとお互い打ち消されます。一方、声は片面(口元側)からしか入力されないので打ち消されません。このように、周囲の大きな騒音はマイクの表と裏の両方に入力されるため打ち消され、声だけを拾いやすくなっています。(ちなみにVOX機能はありません)
ブームの先に付いているダイナミックマイク。ブームは意外と貧弱な造り。
スピーカーはパッドで囲まれていて、左耳全体を覆うようになっています。しかし、完全には密閉されておらず、隙間から周囲の音も入るようになっています。
耳当てパッド部分。防水スピーカーが使用されている。
頭に熱が籠らないようにバンドはメッシュ地になっています。縫製は特に丈夫そうには見えません。
使われているメッシュ生地やゴムバンドは決して特別な物ではなく、ごく一般的な素材。
ヘッドセットから延びるコードは45cmしかありません。実はこれには理由があり、無線機を体の高い位置に装着してアンテナができるだけ高いところに来るようにするためです。
専用ポーチに入れて戦闘ベストの左胸に装着した状態。
※写真のベストはイギリス軍のものではありません
ガスマスク用アダプター
軍用無線ならではの付属品です。ガスマスクを装着している場合、マスク越しでは声が小さく籠った音になってしまいます。そこで、マイク部分をこのアダプターを介してガスマスクに装着することで音が綺麗に拾えるようにします。
ガスマスク用アダプター。丸い部分をマスクに装着。四角い窪み(右)にマイクを挿入する。
ワイヤレスPTTボタン
PRR最大の特徴はこれです。本体のPTTスイッチの代わりに付属のワイヤレスPTTボタンを押して送信することができます。操作が効くのはPRR本体から2m以内で、銃のハンドガードや車両のハンドルに取り付けておけば、それらから手を放さずPTTを押して通話することができます。
ワイヤレスPTTボタン。付属のゴムバンドで銃やハンドルに取り付ける。
ワイヤレスPTTボタンをライフルのハンドガードに取り付けたところ。銃を構えたまま送信できる。
※写真の銃はイギリス軍のものではありません
ワイヤレスPTTボタンと無線機はBluetoothのようにペアリングさせる必要があります。Bluetooth規格とは全く異なる、独特なペアリング/ぺアリング解除方法です。付属の操作ガイドにペアリングの方法が書いてあります。
ペアリング方法:
1. PRRの電源を切って、ワイヤレスPTTを本体PTTスイッチの傍に置く。
2. 電源を入れる。
すると、 徐々に大きくなる電子音が鳴る
3. 再び同じ電子音が鳴るまでワイヤレスPTTのボタンを押す。
4. PTTボタンをはなす。
5. もし、徐々に小さくなる電子音が鳴ったらペアリング失敗。
もう一度初めからやり直す。
ペアリング解除方法:
1. PRRの電源を切って、ワイヤレスPTTを本体PTTスイッチの傍に置く
2. 電源を入れ、ワイヤレスPTTを5秒以内に5回くっ付けたり放したりする
3. 徐々に小さくなる電子音が鳴ったらペアリング解除成功。
このワイヤレスPTTはケースが接着されているので電池の交換が出来ません。電池が切れると新しい物と交換するのでしょうか。(あるいはペアリングの際に無線機本体から電磁誘導にて充電される??)
なお、このワイヤレスPTTの有効範囲は2mしかないことから、微弱電波が使われていると思われます。インターネットで見つけた情報によると、周波数はISMバンドの433MHzが使われているようですが、当方で実際に確認することは出来ませんでした。
PRRにダミーロードを付けて、実際に送受信テストを行いました。50mWという低出力もあり、ダミーロードを付けると2台をすぐ傍まで近づけないと通信できません。
PTTスイッチとヘッドセットコネクターが付いた部分は外せるようになっていて、オプションの各種アタッチメントと交換できます。イギリス軍の戦略通信システム『Bowman(ボウマン)』に接続するためのデータ通信用アタッチメントや、通信距離を伸ばすためのレピーターとして動作させるアタッチメントなどがあるそうです。
ネジ(左)をマイナスドライバーで回して標準アタッチメントを取り外したところ。(ちなみに、ネジのスリットが細すぎてイギリスの硬貨では回せない)
アタッチメントの例:デュアルPTTスイッチ
PTTスイッチが2つ付いたアタッチメントに交換すると、PRRのヘッドセットをPRRと外部の無線機とで共用することができます。
高出力の無線機とヘッドセットを共用するためのオプション・アタッチメント
部隊内で個人間の通信に使うPRRとは別に、遠距離の通信に使う無線機を携行する場合もあります。オプションのアタッチメントに付いている2つのPTTスイッチを使い分けることで、PRRも無線機でも送信できます。
ハリスやモトローラ、アイコム製の無線機を接続するためのアタッチメントが用意されているという。(『レオナルド社 (Leonardo S.p.A)』)のサイトより)
<余談>
PRRというのは一般呼称で、無線機としての正式名称は”H-4855”です。ところで、”IC-4855”というアイコムの同時通話特定小電力トランシーバーがあります。
アイコムのIC-4855(生産終了品) (アイコム株式会社HPより)
最後に
用途を限定した割り切ったコンセプトながら、オプションのアタッチメントによるレピーター動作や他の無線機との接続などの拡張性を有する興味深い無線機です。
一方で気になるのが、メーカーのHPでも触れられていない防水・防滴・防塵性能に関してです。アマチュア携帯機でも一般的なMIL-SPEC(ミルスペック)も謳われていません。少なくともバッテリー収納部の構造では水没した際に浸水することは避けられませんが、雨の少ない中東での運用が想定されているわけでもありません。歩兵部隊の兵士全員に持たせるためには1台当たりの調達コストをかなり低くしなければならないことは間違いないので、堅牢性やメンテナンス性よりもコストに主眼を置いた、「壊れたら交換する」という割り切って使われるのかもしれません。
なお、ミルスペック品ではないので公式な情報はありませんが、イギリス軍以外にアメリカ海兵隊の一部の部隊で使用されています。
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FB Girlsが行く!!~元気娘がアマチュア無線を体験~/<第3話>元気娘、秋の休日を楽しむ!!(前編)!、【新連載】What a tasty time! ~グルメYLたちのGirl'sトーク♥~/第1回 FB GirlsのプライベートQSO with 土瓶蒸しのリゾットを掲載しました
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