Short Break
受信機の構成といえばスーパーヘテロダイン方式が代表的です。電子工作でも多くの受信機の製作記事をネットサーチで見つけることができます。アマチュア無線でそれなりに使える受信機となればスーパーヘテロダイン方式ですが、製作するとなると結構ハードルは高く、躊躇してしまいます。
そのような受信機には程遠い性能ですが、中波用の便利なICを見つけましたのでご紹介します。このICの名称はTA7642で、ICには3本のリードしかありません。パっと見た感じは2SC945や2SC1815と同じTO-92のパッケージです。ICですのでゲルマニウムラジオのように電池なしでは動作しませんが、周辺部品の点数も少なくそれなりに実用になるラジオを作ることができます。今回はそのTA7642を使い、少し実験しながらラジオ製作を楽しみます。
TA7642は、AMラジオ用の3端子のICです。図1にその形状を示しています。写真ではTA7642は他の2つのトランジスタに比べて若干小さく見えます。ノギスで測ると確かに小さいですが、TO-92の寸法の範囲内でした。このICの内部には高周波増幅回路と検波回路が組み込まれています。ICのデータシートによると供給電源の最低値は1.2V、最大値は1.6Vとの記載があり、まさに1.5Vの乾電池1本で動作するように設計されたICといえます。
図1 TO-92の形状とTA7642
ネットサーチでTA7642のデータシートを入手することができます。そのデータシートに記載のサンプル回路を取り出したものが図2です。サンプルも回路図に記載のトランジスタは入手困難ですので、ここでは2SC1815を使用します。また、回路図にはICの入力側に接続されたLC共振回路の定数の記載はありませんので下に示した公式で算出してみます。このLC共振回路の共振周波数を変化させることでAM放送波の選局を行います。
図2 TA7642のデータシートに記載されているサンプル回路
手持ちの250pFのポリバリコンに合わせてLのインダクタンスを下の共振回路の公式を使って計算で求めてみます。
AMラジオ放送の周波数範囲は、526.5kHz~1,606.5kHzです。上の公式からポリバリコンの容量を大きくすると共振周波数は下がり、容量を小さくすると共振周波数は上がることが分かります。ポリバリコンの容量を最大値の250pFにしたときの共振周波数をAMラジオの下限の周波数の526kHzとしてLの値を計算すると370µHとなります。
計算で求めたLの値から今度はポリバリコンのローターとステーターが一番抜けた状態、つまり最小値を15pFとして共振周波数を計算します。共振周波数f0は、2,136kHzとなります。AM放送の上限の周波数よりずいぶん高いですが、一応カバーしていますのでこのまま進めます。ポリバリコンの容量と計算で求めた共振周波数をまとめたものが図3です。
図3 ポリバリコンの容量と共振周波数(L=370µH)
回路図から分かるように受信機の構成は、周波数変換回路のないストレートラジオです。ゲルマニウムラジオに高周波増幅回路が付加されたといった感じです。IC1は高周波増幅と検波を行います。出力には検波された信号が出てきますが、クリスタルイヤホンをドライブする程度のレベルです。そのためトランジスタ1石の低周波増幅器でイヤホン、ヘッドホンあるいはスピーカーをドライブする回路が付加されています。ヘッドホンあるいはスピーカーを接続すると可動コイルを通して1.5Vの電圧がQ1のコレクタに印加されます。クリスタルイヤホンでは電源がトランジスタのコレクタには印加されないので動作しません。このICのオリジナルのサンプル回路には電源スイッチは付いていません。必要に応じて追加するとよいでしょう。
(1) バーアンテナの製作
まずは、コイルの製作から始めます。コイルは棒状のフェライトバーに巻きます。これは指向性を持ったアンテナにもなります。形状が棒状であるのでバーアンテナ(Bar antenna)とも呼ばれています。バーアンテナの製作はエナメル線やポリウレタン線をフェライトバーに数十回巻きますが、どれくらい巻くと370µHになるのか測定器がないとよく分かりません。このICのデータシートの文末にはその目安となるコイルの製作情報が記載されています。その情報によると「コイルは100×10mmのフェライトバーに0.315mm(30SWG)を約55ターン巻きます」との記載がありますので参考にしてください。本実験で製作したコイルの情報を図4に示します。
図6に示すインピーダンスブリッジで計算値の370µHに追い込んでカットアンドトライで製作したものが図4に示したコイルです。
図4 バーアンテナの製作
ブレッドボードで実験するにはこのバーアンテナでも問題ありませんが、最終的にこのラジオをケースに組み込むことを考えるともう少し小型のフェライトバーに巻く必要があり、結果的には図5に示すコアに巻くことにしました。巻き数は87ターンで、インダクタンスは、図4に示したバーアンテナと同じ370µHです。
図5 小型のフェライトバーにコイルを巻いてバーアンテナを製作
図6 インピーダンスブリッジでコイルのインダクタンスを測定
(2) サンプル回路をブレッドボードで実験
簡単な回路ですので図7(右)のようにいきなりユニバーサル基板に組み込むこともできますが、実験を行うことが目的であるため図7(左)のように先ずはブレッドボードに組み込みます。IC1(TA7642)の出力にクリスタルイヤホンを直接接続するとゲルマニウムラジオのようにAM放送が受信できました。ここはサンプル回路どおりにQ1(2SC1815)で構成された低周波増幅器を組み込み、AMラジオを完成させます。バーアンテナは指向性がありますのでブレッドボードを回転させると受信した放送局の音量レベルは変化します。
受信できた放送局は在阪のNHKのラジオ第1(666kHz/100kW)とラジオ第2(828kHz/300kW)に加えラジオ大阪(1314kHz/50kW)の3局だけでした。NHKのラジオ第2の電波があまりに強力なため、その周波数のすぐ上の朝日放送や毎日放送の局は50kWで送信しているにもかかわらず消されて全く受信できませんでした。
図7 製作したストレートラジオ
Q1で構成された低周波増幅回路にイヤホンや小型のヘッドホンを接続するとラジオが受信できます。図7(左)に示したようにQ1の回路にイヤホンの代わりにスピーカーを接続しましたが、虫が鳴くようなレベルでした。スピーカーをドライブするにはQ1の低周波増幅回路だけでは少し電力不足です。
そこで本コーナーShort Breakの2021年1月号に掲載した「LM386を使ったオーディオ・アンプの製作」で製作したAFアンプをQ1の出力端子に接続しました。十分すぎるぐらいの音量で、むしろ歪んでいましたので図8のようにIC1とQ1の間に可変抵抗器(VR1)を付加することにより音量を調整できるようにしました。
図8 音量レベル調整用ボリュームを付加
受信した地点は、放送局のアンテナの設置場所から20km圏内ですので電界強度はたいへん強いです。バーアンテナだけでも十分信号を受信できましたが、地域によっては信号強度が弱いため受信困難となる場合があります。その場合は、図9に示したようにビニール線を接続すると改善します。
図9 信号が弱いときにはビニール線のアンテナを接続する
ICのデータシートに掲載されたサンプル回路そのままでは、選択度が不十分で在阪のAM放送局5局をそれぞれ区別して受信することができませんでした。NHKのラジオ第2放送の電波があまりにも強すぎたことも一つの原因と思いますが、選択度を左右するLC共振回路のQの問題もあると思います。
またLC共振回路に使用したコイルのインダクタンスはnanoVNAでも測定できる機能があるので製作しましたが、結果的には図6で示したインピーダンスブリッジを用いた測定値の半分ぐらいの値を示し、nanoVNAで製作したコイルではうまく受信できませんでした。nanoVNAのキャリブレーションがうまくできていなかった可能性もあります。これも次の課題です。別のチャンスにこの回路図を元に選択度の改善とCWの受信機の製作にもチャレンジしたいと思います。
CL
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