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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第16話】増幅器とSパラメータ(その1)

濱田 倫一

第15話までは受動回路をテーマにしたお話をしてきました。第16話以降は増幅器をテーマとしたお話をさせて頂きます。その初回はトランジスタの入出力整合回路設計の基本と問題点(実際の入出力インピーダンスとSパラメータの関係)についてご説明します。

1. 題材にするデバイス

今回、題材としてとりあげるのは、Renesas Electronics(旧NEC)製の高周波増幅用シリコントランジスタ2SC3356です。かなり古いトランジスタで、メーカも生産終了の意向を表明していますが、現在でも製作記事で見かけることや秋葉原で入手可能なことから、本品を例にとることにしました。

(1) 2SC3356のデータシート
データシート(図1)は下記URLから入手することが可能です。
●データシートのURL
https://www.renesas.com/jp/ja/doc/YOUSYS/document/003/r09ds0021ej0300_microwave.pdf


図1 2SC3356の概要と外形(データシートから抜粋)

(2) 2SC3356のSパラメータ
図2にデータシートから抜粋したSパラメータを示します。Sパラメータの末尾に”e”と書かれているのはエミッタ接地で(エミッタを入出力共通端子として)測定したパラメータであることを示しています。S11とS22がIc=5mAとIc=20mAの2条件記載されているとおり、トランジスタのSパラメータはバイアス条件で大きく変化します。従って精密な設計を行うためには、Sパラメータは、データシートに掲載されている代表値を用いるのではなく、シミュレータ用としてメーカから提供されているデバイスモデルから抽出、または実際に使用する動作条件で実測する必要があります。こう書いてしまうと「アマチュアには手が出ないじゃないか」といわれてしまいそうですので、アマチュアが個人で購入できるVNAを【付録】に紹介します。


図2 2SC3356のSパラメータ(データシートから抜粋)

(3) 2SC3356のS2Pファイル
このデータシートに掲載されているSパラメータは数表になっていないので整合回路設計には不便です。本デバイスのSパラメータファイルは、メーカの下記URLからダウンロードすることが可能です。(2020/1現在)
https://www.renesas.com/jp/ja/software/MD4662.html

なおデータシートにもSパラメータファイルをダウンロードできるURLが記載されていますが、既に生産終了を宣言されたデバイスであるためか、現在は記載のURLにアクセスできないようです。上記URLからSパラメータファイルをダウンロードすると、”NE85633v1_p2-2_10_5.s2p”と”NE85633v1_p2-2_10_20.s2p”の二つのファイルがzipファイルに同梱されています。”NE85633v1_p2-2_10_5.s2p”がIc=5mAの時のパラメータ、”NE85633v1_p2-2_10_20.s2p”がIc=20mAの時のパラメータになります。今回は”NE85633v1_p2-2_10_20.s2p”を使用して話を進めます。ダウンロードしたS2PファイルをMicrosoft® Excelで開く(スペース区切りのテキストファイルとして読み込む)と図3に示す内容でした。これをMr.Smith※1にプロットしたのが図4です。S2Pファイルの読み方とMr.Smithに読み込む方法については第10話でご説明しました。なお後々必要になるので、図4にはS11,S22の値をR+jX[Ω]に変換したリストを掲載しておきます。(変換方法は第2話の図15,16を参照ください)


図3 S2Pファイルの中身を確認する


図4 SパラメータをMr.Smithにインポート(左:S11、右:S22)

※1 Mr.Smithのダウンロードはこちらから

2. 整合回路設計の基本

今回はVCE=10V、Ic=20mAのバイアス条件で1200MHzの高周波増幅回路を設計してみることにします。設計する増幅回路の入出力インピーダンスは測定器などに接続することを前提として、何れも50Ωで設計することとします。最初に昔から行われているオーソドックスな整合回路設計をご説明します。この方法は後で調整することが大前提で、いわば「大雑把な」設計方法ですが、整合回路の基本です。何が問題なのかは後程ご説明します。

(1) 入力整合回路の設計
インピーダンスマッチングの基本は「負荷インピーダンスを電源インピーダンスの複素共役値に変換する」でした。皆さん覚えていますか?
→第三話の「3. 改めてインピーダンスマッチングの基本」を参照
トランジスタ増幅器の入力整合回路を設計する場合、電源側は入力端子、負荷側はトランジスタのB-E間となります。入力端子のインピーダンスZSは先に決めたとおりZS=50+j0Ω、トランジスタの入力インピーダンス(B-E間インピーダンス)はS11(図4より29.5+j6.5Ω)なので、ここでの命題は、29.5+j6.5Ωを50-j0Ωに変換する・・・となります。設計例を図5に示します。


図5 入力整合回路の設計結果

トランジスタ増幅器の場合、ベース端子には直流バイアス回路が接続されますから、入力整合回路との間には必ずDCカットの為の結合キャパシタを挿入する必要があります。今回はS11の値の方がZS*(*は共役複素数の意味)よりも小さい値だったので、ハイパス型のLマッチにすることで、Cに結合キャパシタの機能を、またLには入力を直流的に短絡する事で、入力開放時の静電気保護機能を兼ねさせる設計としました。各デバイスの諸元はE24系列から選定、回路の動作Qは最大で1程度なので、使用するデバイスは1.2GHzでQ>50程度のものを選ぶ必要があると思います(第15話の「2.デバイスのQと回路の動作Qの関係」参照)。VSWR≦1.5で区切ると、整合帯域幅は概ね1GHz~1.6GHzとなります。

(2) 出力整合回路の設計
続いて出力整合回路です。トランジスタ増幅器の出力整合回路を設計する場合、電源側はトランジスタのC-E間、負荷側は出力端子となります。トランジスタの出力インピーダンス(C-E間インピーダンス)はS22(図4より71.4-j21.5Ω)、出力端子のインピーダンスZLは入力端子と同様、ZL=50+j0Ωなので、ここでの命題は、50+j0Ωを71.4+j21.5Ωに変換する・・・となります。

今回は電源インピーダンスにリアクタンス成分が存在しますので、整合設計のゴールを見る為に、S22のConjugate(複素共役)点を表示すると便利です。複素共役点の表示は、表示したいマーカを「Markers list」上で選択した状態にしてから「カーソル」→「Conjugate」と選択すると表示されます※2。設計例を図6に示します。

※2:Mr.Smithでは、Conjugate表示は補助目盛の扱いなので、マーカとしては機能しません。


図6 出力整合回路の設計結果

入力整合回路と同様、コレクタ端子には直流バイアス回路が接続されますから、出力整合回路との間には必ずDCカットの為の結合キャパシタを挿入する必要があります。入力側と異なり、S22*の値はZLよりも大きく、Lマッチ回路で整合をとろうとすると、直列素子が負荷側に入る為、整合回路と別にコレクタ側にも直列キャパシタを挿入する必要があります。但し結合キャパシタの容量を整合回路に影響しないほど大きな容量にすると、自己共振周波数が近くなってしまうので、コレクタ側に直列キャパシタが挿入される前提で、負荷側の直列インダクタを大きめに設定し、直列キャパシタを挿入してちょうど整合インピーダンスになるように設計しました。

各デバイスの諸元はE24系列から選定、回路の動作Qは1以下(約0.6)であり、使用するデバイスは1.2GHzでQ>30程度必要です。

3. 何が問題か?

以上がトランジスタ増幅器の入出力整合回路の設計方法になります。これにVCE=10V、IC=20mAとなるようなDCバイアス回路を加えれば、ざっくりとトランジスタ増幅器として動作させる事が可能です。しかし冒頭で触れた通り、この方法で設計した増幅器はきちんと整合をとることができず、あまり性能を期待することができません。場合によっては発振してしまう場合もあります。

何故かというと、トランジスタの入出力インピーダンスは反対ポートのインピーダンスで変化するからです。この様子を計算した結果を図7(入力インピーダンス)、図8(出力インピーダンス)に示します。


図7 負荷抵抗を変化させたときの2SC3356の入力インピーダンスの変化※3


図8 入力抵抗を変化させたときの2SC3356の出力インピーダンスの変化※3

※3 図7、図8はMr.Smithの画面キャプチャを画像編集アプリで重ね合わせたものです。Mr.Smithには3個以上の周波数軌跡を同時に表示させる機能はありません。

これらの図からも判るように、S11はトランジスタの入力インピーダンス、S22は出力インピーダンスですが、正確には
S11: 出力端子を50Ωで終端したときの入力インピーダンス
S22: 入力端子を50Ωで終端したときの出力インピーダンス
であって、入出力端子にそれぞれS11*、S22*のインピーダンスが接続された時点でそのトランジスタの入出力インピーダンスはS11,S22ではなくなってしまうのです。先の設計結果では信号源インピーダンスが約30Ω、負荷インピーダンスが約70Ωになっていますから、設計結果と実際のトランジスタのインピーダンスは入出力共に、やや外側(1.2GHzで反射係数が大きくなる方向)にずれている事になります。この結果、トランジスタの入出力インピーダンスがずれた分を調整によって補正する必要が生じるのです。

これはトランジスタの逆方向伝達利得S12が無視できない大きさを持つことが原因で、反対ポートで生じた反射波が観測しているポートの反射波に重畳することに起因します。S12は周波数が高くなるほど大きくなる傾向にあり、トランジスタの寄生発振や帯域外発振の原因にもつながりますので、次回詳しく触れたいと思います。

第16話のまとめ

今回は、トランジスタ増幅器の入出力整合回路設計を行う際の、最も基本的なプロセスをご説明しました。要約すると以下の通りです。

(1) 入力整合回路の設計では、トランジスタの入力インピーダンスを入力端子のインピーダンスの共役複素数値に変換する。
(2) 出力整合回路の設計では、出力端子のインピーダンスをトランジスタの出力インピーダンスの共役複素数値に変換する。
(3) トランジスタの入力インピーダンスはS11、出力インピーダンスはS22だが、高周波トランジスタではS12の値が無視できないので、そのまま適用すると設計誤差が伴う。
(4) トランジスタのSパラメータは、動作点(無信号時のコレクタ電圧と電流値)で大きく変化するので、設計に際しては実際の動作点でのSパラ測定が必要。
(5) トランジスタの整合回路では、バイアス回路やDCカット用の結合キャパシタが誤差要因として影響してしまうので、これらを取り込む事ができる回路を構成することが望ましい。

次回はS12と入出力インピーダンスの関係、ならびに対処方法を中心に解説します。

【付録】Sパラメータを測るには

秋葉原などで入手したトランジスタのSパラメータを実測するにはベクトルネットワークアナライザ(以下VNA)が必要不可欠です。普通に市販されているVNAは非常に高価なのでアマチュア無線家が個人で購入するのは無理だと思いますが、CQ出版社が刊行するRFワールドNo35(2016/8発行)に掲載されている”ziVNAu”は、現在も簡易ベクトル・ネットワーク・アナライザ“DZV-1”として同誌のHP、またはメーカのディエステクノロジー社から完成品を手頃な価格で購入できます(2020/1現在)。測定周波数上限こそ500MHzまでですが、”簡易”といいつつポートエクステンション機能を備えたFull 2port のVNAで、掲載記事本文にVNAの原理から具体的な測定方法まで要点を押さえた説明があるので、アマチュア無線家の設計ツールとしてはお勧めです。

【雑誌のURL】
http://www.rf-world.jp/b4RFW40.shtml
※なおRFワールドNo35は現在も書籍版として購入可能です。

【簡易ベクトル・ネットワーク・アナライザ“DZV-1”のご注文フォーム】
https://www.rf-world.com/x/RFW35DLS/DZV1OF/index.htm

【ディエステクノロジー(販売元)のURL】
同社へ申し込んでいただいても購入できます。(同一価格です)
https://www.dst.co.jp/products_search/search?checkboxsolo8=1&formid=shared-area6.formgrid1col4-form


また、最近Nano-VNAという中国製の製品が市販されているようです。こちらは1pass 2portの測定しかできないのと、ポート延長などの機能が備わっているか判らないので、今回のようなトランジスタのSパラ測定を行うには少々足りない可能性があります。ただAmazonなどで、破格で売られていたりするので、腕に自信のある方はチャレンジされるのも良いかもしれません。
http://nanovna.com/


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