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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第21話】 S12と付き合う(その3)

濱田 倫一

前回はK≤1となる周波数領域で発振を回避するためには、入出力それぞれ、相手ポートの反射係数が1以上にならないインピーダンスにする必要がある事をお話しました。相手ポートの反射係数が1未満になるインピーダンスを見つけるには、Γ平面(スミスチャート)上にStability circle(入力/出力ポートの反射係数が1になる負荷/信号源の反射係数を結んだ円)を作図し、インピーダンスZ0(座標(0,0))を含む側のエリアのインピーダンス値にすれば良いというところまでご説明しましたが、そこで力尽きました。今月はこれまで題材にしてきた2SC3356のStability circleを実際に計算してMr.Smithに表示してみることにしましょう。

1.実際にStability circleを計算してみる

2SC3356のSパラメータから、Stability circleを導出します。計算はこれまでと同様、Excelで行います。計算シートはここからダウンロードしてください※1。実は第19話に添付したExcelシートにStability circleの計算も含まれていたのですが、計算式に間違いがありましたので改めて添付致します。(第19話で解説したKとMAGとMSGの計算結果には訂正はありません)

(1) 計算シートの説明
計算シート「NE85633v1-MAG-revB.xlsx」をダウンロードされましたら、Microsoft® Excelで開いてください。図1に同ファイルの「K MSG MAG」シートを示します。このシートのA,B列は周波数の単位変換、C~F列はS2PファイルのSパラデータをExcelの複素数形式に変換しています。G~O列で各計算に登場する共通項を計算し、これらを使用してP~R列で安定指数K、S~U列で最大安定利得MSG、V~Y列で最大有能電力利得MSGを計算しています。

さらにその右側(Z列以降の列)がStability circleに関する計算を行っている領域で、Sパラメータの各周波数に対応したR2、Ω2、R1、Ω1の値を第20話の(式3-4)~(式3-8)を使って計算しています。少しだけ整理しておくと、

負荷インピーダンスのStability circle: C2(入力反射係数が1となる負荷反射係数の円)
Z列: Γ平面上での円の半径R2 →第20話(式3-6)で計算
AF列: 円のΓ平面上における中心座標Ω2の実数部 →第20話(式3-7)で計算
AG列: 円のΓ平面上における中心座標Ω2の虚数部 →第20話(式3-7)で計算

信号源インピーダンスのStability circle: C1(出力反射係数が1となる信号源反射係数の円)
AH列: Γ平面上での円の半径R1 →第20話(式3-4)で計算
AN列: 円のΓ平面上における中心座標Ω1の実数部 →第20話(式3-5)で計算
AO列: 円のΓ平面上における中心座標Ω1の虚数部 →第20話(式3-5)で計算


図1 NE85633v1-MAG-revB.xlsx の計算シート(K MSG MAGシート)

(2) 円周座標の生成
これで円の中心座標と半径は算出できましたが、Mr.Smithに表示させるためには周波数毎に、中心座標と半径から実際の円周の座標列を生成する必要があります。図1の赤線で囲った吹き出しで示すシート(図では200MHzの場合)が円周の座標を計算するシートで、周波数毎に200MHz、400MHz・・・、1GHz・・・の名前のシートを作成しています。このシートの中身を図2(左側)に示します。このシートではR2、Ω2、R1、Ω1の値から、5度刻みで円周の座標を計算しています。A列の角度θ[deg]を、B列で[rad]に換算し、C,D列が信号源インピーダンスに関するStability circle “C1”の円周座標、E,F列が負荷インピーダンスに関するStability circle “C2”の円周座標の計算です。計算式は以下に示す通りです。

(各式のReは実数部、Imは虚数部を示す。)


図2 円周データの生成シート(左)とMr.Smith用CSVファイル(右)

(3) Mr.Smith用CSVファイルの生成
最後に生成した円周座標をMr.Smithに読み込ませるためのCSVファイルに変換します。図1においてグレーの吹き出しで示したシートがCSVフォーマットのシートになります。このシートは周波数毎に、C1(信号源インピーダンスのStability circle)、C2(負荷インピーダンスのStability circle)の2種類のシートに分かれます。シートの中身は図2の右側に示す通りで、円周データ生成シートの円周値を列方向に並べたものになります。各シートを「名前をつけて保存」メニューで個別のCSVファイルとして保存すれば、Mr.Smithに表示する準備は完了です。

2.Mr.SmithにStability circleを表示する

作成したCSVファイルを実際にMr.Smithに読み込んでみます。Mr.Smith ver3.3※2の場合は「ファイル」→「インポート」→「カーソルデータ」→「Re+Im」で表示されるダイアログボックスからファイル名を指定、Mr.Smith ver4.1※3の場合は「チャート・スケール」→「インポートされた目盛」→「Re+Im…」で表示されるダイアログボックスからファイル名を指定すれば、カーソル(目盛)データとして表示されます。面倒くさいですが、作成した全てのCSVファイルを描画するには、この作業をファイルの数だけ繰り返します。

(1) 負荷インピーダンスのStability circle “C2”
図3に2SC3356のSパラメータから計算した負荷インピーダンスのStublity circle “C2”を示します。このようにStability circle “C2”はスミスチャートよりも大きな円になる場合が殆どです。図3はMr.Smith ver4.1から追加したスミスチャートのサイズ変更機能(「ツール」→「オプション設定」→「スミスチャートの大きさ」)でチャートのサイズを0.1にして描画させたものです。


図3 2SC3356の負荷インピーダンスのStability circle “C2”

図3から判るように、2SC3356の負荷インピーダンスに対するStability circle “C2”は、どの周波数においてもスミスチャートの中心(Γ=(0,0))が円の内側に存在します。従って第20話の図7(→図5に再掲)に示す通り、このトランジスタのS11’は円の外側の領域においてS11’>1となります。なお作成した全てのCSVファイルを表示すると見辛くなったので、ここではK>1の周波数帯については数を間引いて表示させています。全体像が把握できたところで、今度はスミスチャートの内側エリアを詳しく見てみましょう。図4に図3のスミスチャートを通常サイズに戻したものを示します。Mr.Smith ver3.3ではこのサイズの表示のみ可能となります。


図4 2SC3356の負荷インピーダンスのStability circle “C2” (チャートを標準サイズに戻したもの)

図には、このトランジスタのS22とその共役インピーダンスのS22*、ならびに第17話で解説した入出力同時整合できる負荷インピーダンスΓLMを一緒に表示させています。K>1となる600MHz以上の周波数帯ではスミスチャート全体がStability circle “C2”の内側に入っていて、負荷インピーダンスがどんな値であっても、このトランジスタのS11’が1以上になることがないと言うことを示しています。K≤1となる600MHz未満の周波数、400MHz、200MHzでは、Stability circle “C2”がスミスチャートの内側に入り込んでおり、図に示した薄い赤(400MHz)、薄い黄色(200MHz)で網掛けした領域の負荷インピーダンスでは、このトランジスタのS11’は1以上となって発振する可能性がある事を示しています。しかしS22*は各周波数とも発振リスクのある領域には入っていないので、例えば信号源のインピーダンスを50Ωとして、負荷側をS22*に整合させるというような使用法なら発振リスクはありません。


図5 スミスチャートの中心がStability circleの内側に存在する場合(第20話の図7を再掲)

(2) 信号源インピーダンスのStability circle “C1”
続いて、信号源インピーダンスのStability circle “C1”を見てみましょう。図6に2SC3356のSパラメータから計算した信号源インピーダンスのStability circle “C1”を示します。負荷インピーダンスの時と比較して、各周波数における円の中心の動き方が複雑ですが、スミスチャートの中心は全ての円の中に入っていますので、各周波数とも、円の内側が安定領域、円の外側が不安定領域ということになります。


図6 2SC3356の信号源インピーダンスのStability circle “C1”

続いてスミスチャートの内部の様子を見てみましょう。図7は図6のスミスチャートを通常サイズに戻したものを示します。この図には、このトランジスタのS11と第17話で解説した入出力同時整合できる信号源インピーダンスΓSMを一緒に表示させています。K>1となる600MHz以上の周波数帯ではスミスチャート全体がStability circleの内側に入っていて、負荷インピーダンスがどんな値であっても、このトランジスタのS22’が1以上になることがないと言うことを示しています。K≤1となる600MHz未満の周波数、400MHz、200MHzでは、Stability circleがスミスチャートの内側に入り込んでおり、図に示した薄い赤(400MHz)、薄い黄色(200MHz)で網掛けした領域の信号源インピーダンスでは、このトランジスタのS22’は1以上となって発振する可能性がある事を示しています。

しかしS11は各周波数とも発振リスクのある領域には入っていないので、(出力が小さくなるのであまりやりませんが)負荷のインピーダンスを50Ωとして、信号源側をS11*に整合させるというような使用法なら発振リスクはありません。


図7 2SC3356の信号源インピーダンスのStability circle “C1”
(チャートを標準サイズに戻したもの)

(3) 注意事項
今回題材に選んだ2SC3356は、たまたま入出力共にスミスチャートの中心がStability circleの内側に入っていましたが、図8に示す通り、スミスチャートの中心がStability circleの外側に存在する場合は、安定領域と不安定領域の関係が逆転しますのでご注意ください。


図8 スミスチャートの中心がStability circleの外側に存在する場合(第20話の図6を再掲)

3.S12との付き合い方のまとめ

今回題材にしている2SC3356ですが、第19話にて「500MHz以下の周波数領域ではK≤1となっていて、設計には注意が必要ですが、実はこのトランジスタはK≤1の領域でも比較的使いやすいトランジスタです」と記載しました。それはK≤1の周波数帯域でも、負荷インピーダンス、信号源インピーダンスに対する安定領域が広い事が理由です。一種のフィードバック回路である中和回路の適用が難しくなる400MHz前後において、不安定領域が狭いので、中和もNFBによる利得抑制もせずにカットアンドトライで入出力をチューニングしても、発振しにくいというのが、このトランジスタが市場で長く使用されている理由の一つではないかと思います。

S12との付き合い方の説明に3ヶ月を要してしまいました。ここで高周波増幅回路を設計する時の基本的な考え方をもう一度お復習いしておきます。

●高周波増幅回路を設計する際に問題になるS12の影響を回避する手順
(1) 中和回路、またはカスケード回路を用いて単方向化し、その状態で実測したS11、S22に対して整合をとる。 →これが一番確実な手法だが、中和がうまく動作しない帯域外周波数で発振する場合があります。(第18話)

(2) (1)が困難な場合、または帯域外の発振が問題になる場合
安定指数Kを評価し、(第19話)
K>1の場合: 入出力同時整合条件を第17話の(式3-3)(式3-4)で求めて整合をとる
K≤1の場合: MSGを超えない範囲で、入出力どちらか片方は不整合状態で使用する→(3)へ

(3) トランジスタを、利得がMSGを超えないように使用する方法(第20話~第21話)
① 信号源インピーダンスをStability circleの安定領域内の値に選定し、当該信号源を接続した際のS22'*が負荷インピーダンスのStability circleの安定域内であれば、S22’に出力整合を行う。(S22’は第17話の(式2-4)で導出する)
② 負荷インピーダンスをStability circleの安定領域内の値に選定し、当該負荷を接続した際のS11’*が信号源インピーダンスのStability circleの安定域内であれば、S11’に入力整合を行う。(S11’は第17話の(式2-3)で導出する)
③ ①②ともに成立しない場合は、広帯域負帰還をかけて利得を下げることで、使用する周波数帯域をK>1にする。
→この設計はプロが行う高度な設計手法です。

4.第21話のまとめ

第21話では、2SC3356のSパラメータから、Microsoft® Excelを使用して第19話で説明したStability circleの中心座標と半径を計算し、そこから円周の座標を導出、Mr.Smithにカーソル(補助目盛)として表示させる方法を説明しました。そしてS12に関する解説がずいぶん長くなりましたので、高周波増幅回路で無視できないS12にどのように対処するかと、対処方法毎に異なる増幅器設計の考え方を整理しました。

これで高周波増幅器特有の考え方が大分すっきりしたのではないかと思いますが、一方で、入出力同時にインピーダンスマッチングできない…という問題が残ったままになっています。次回からは、この問題に触れる事とし、「トランジスタの出力インピーダンスとは何か」について考察したいと考えます。

※1: これらExcelシートに関するご質問についてはご容赦ください。これらExcelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者濱田倫一に帰属します。月刊FB NEWS編集部は筆者濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。また筆者、ならびに月刊FB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。

※2: Mr.Smith v3.3のダウンロードはこちらから。

※3: 【お知らせ】本連載でも時々登場したMr.Smith ver4.1のリリース準備がようやく完了し、この度Vecterからリリースさせて頂きました。ver4.1では画面描画の改善など見えない箇所の修正に加え、スミスチャートの拡大/縮小、負性抵抗領域の目盛表示、マーカのコピー/ペースト機能、計算データファイルファイルからの起動など、使い勝手の改善を図っています。ver4.1よりシェアウェアとさせて頂きましたが、ver3.3までの機能+αについてはフリーでお使い頂けます。ご活用を頂けますと幸いです。

Mr.Smith ver4.1のダウンロードはこちらから
https://www.vector.co.jp/soft/winnt/business/se521255.html

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