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FB LABO ~エレクトロニクス研究所~

機密資料から読み解く旧日本軍の無線機

JP3DOI 正木潤一

はじめに

第2次大戦中に米軍が作成した、旧日本軍の無線機に関する資料を入手した。タイトルは、『Japanese Radio Communication Equipment』。現在のアメリカ国防総省の前身である米国陸軍省(War Department)によって1944年に作成された物だ。この資料は“SIGNAL COMMUNICATIONS EQUIPMENT DIRECTORY (通信機器便覧)”という副題が付けられているので、どうやら参考書的な位置付けのようだ。それでも、全ページにわたって“RESTRICTED (限定情報)”という表記があり、当時の機密情報だったことが伺える。


発行元は“War department”(旧陸軍省)。現在の“Department Of Defense”(米国防総省)である

旧日本軍が使用していた無線機に関する情報はほとんど残っていない。戦闘中に破壊されたり、機密を守るために処分されたり、米軍によって鹵獲(ろかく)されたりして、実機はもちろん資料もほとんど失われた。わずかに残っていた物も終戦時に連合軍占領下で処分された。この資料には、破壊を免れたものから得られた貴重な情報が書かれているに違いない。

当時からすでに連絡の要だった無線通信。今回は、旧日本軍の無線機を米軍がどのように分析していたのか、この全87ページ構成の文書を紐解いていきたい。


全ページに渡って書かれた“RESTRICTED”(機密・制限)

不穏な注意書き


本編に先立って恐ろしい警告が。

“警告!
日本軍が置き去りにした無線機にはブービートラップ(偽装爆弾)が仕掛けられていることが多い。
ダイヤルを回したりスイッチを捻ったりすることで起爆するようになっている。
専任の者が安全を確認するまで絶対に触れたり操作したりしないこと!”

無線機に限らず、戦場で置き去りにされたものに罠が仕掛けられていることがよくあった。無造作に置かれた銃や日用品を手に取ると、起爆装置に繋がったワイヤーが引っ張られて爆発するというものである。こういった仕掛けは、負傷者の介助に人員を割かせることにより敵兵力を削ぐという、対人地雷と同じ目的だ。なお、文中の"JAP"は日本人の蔑称。あまりいい気はしないが、戦時中であったから仕方ない表現であろう。

破壊指示

次に、発見した日本軍の無線機を徹底的に破壊するように書かれている。情報源として回収するのではなく、迅速かつ徹底的に破壊せよとのことである。


「日本軍の無線機は破壊せよ」との指示

“発見した機器は徹底的に破壊せよ! これはきわめて重要である! 日本軍は自軍の無線機について熟知しており、壊れていても予備の部品を用いて修理して使うことが可能なため、決して再び敵の手に渡してはいけない”

さらに、“とにかく何を使ってでも破壊せよ”と書かれており、そのための具体的な方法が示されている。
・ハンマーや斧などを使って『叩き潰す』、『叩き切る』
・ガソリンや焼夷弾などを使って『焼き払う』
・銃や爆発物を使って『吹き飛ばす』
・地中に埋めたり、水中に投棄したりする

また、“真空管、電子部品やスイッチ、アンテナ、マイクなどの通電部品を重点的に破壊”するように書かれていて、無線機本体だけでなく“付随する回路図や表、資料を焼却せよ” との記載もある。仕上げに、“破壊した屑は埋めて隠せ”という徹底した指示である。


最後に太字で“なにもかも破壊せよ”

自軍の装備を捨てざるを得ない状況に陥った場合、可能な限り破壊して敵の手に落ちないようにする。こうして自軍の装備が敵に使われたり機密技術が漏れたりしないようにする。米軍は、鹵獲(ろかく)した敵の無線機が再び敵に使われないように破壊するほどの徹底ぶりだったようだ。

無線機の取り扱いに関する注意


無線機で使われる高電圧に関する注意

“日本軍の機器には3200Vを使っているものもあり、高電圧が掛かったまま内部の真空管を交換したり、調整を加えたりしないように”

なお、どうしても通電中に操作する必要がある場合は、“片手をポケットに入れて(両腕を介して)体に電流が流れないようにした状態で、傍に人が居る状態で回路に触れるように”とある。また、“送信中はアンテナに触れるな。”とも書かれている。

無線機のデータ(概要)

この文書には28種類の無線機が登場するが、それらの仕様や運用についてまとめてみた。中には情報が欠けているものもあるが、各ページに掲載されている無線機のデータは次のようなものだ。


1. 運用周波数範囲 (Frequency Range)

中波から短波。周波数にして400kHz~47MHzが使われていた。周波数帯の切り替えはバンドに対応したプラグイン式のコイルを取り替えることでおこなう。運用周波数の設定はダイヤルによってコイル上にある接点(タップ)を切り替えたり、バリコンを回したり、水晶を交換したりしておこなう。共通のバンド区分は無く、切り替えられる周波数帯は無線機ごとに異なっていたようだ。

2. 送信出力 (Power Output)

兵士1人で持ち運べる小型のポータブル機は数百ミリワット、車載機は数ワット~10ワット程度、固定機は最大1kWにもおよぶ。意外と出力が高い印象を受けるが、周波数に対して満足な長さのアンテナが使えない場合が多いことや受信感度も総じて高くないことから、出力に対して通信可能距離は短かったと思われる。

3. 電波型式 (Type of Signal)

ほとんどの無線機が電信のみ、あるいは電信と電話の両方に対応しているものもある。また、CW (A1A)のほかにMCW (A2A)という、搬送波にトーン変調を掛ける“Modulated CW”という電波型式も使われていた。

4. 用途 (Use)

地上固定局間通信、移動局間通信、対空通信など。中には「各大隊と連隊指令との通信用」という、より具体的な記述も見られるが、無線機に「移動局」などと記載されている訳ではないので、鹵獲(ろかく)した状況や捕虜の証言から判断されたと思われる。


“師団と連隊の間(の通信)で使用された”

5. 電源 (Power Source)

真空管の電極には高い電圧を掛ける必要があるので、発電機と整流器によって電源電圧を得ていた。必要な電力によってガソリン駆動の発電機や手回し発電機が用いられていた。また、バッテリーを用いるポータブル機などは電圧を“振動式昇圧回路”によって高電圧へと変換してから使われていた。振動式昇圧回路とは、物理的な振動で電圧ラインをスイッチングさせて、コンデンサとコイルにより高い電圧を起こす回路である。今日では半導体を使った発振回路によってスイッチングを起こすが、当時は電磁石で物理的な振動を起こしてリレーを断続させることで実現させていた。

6. 空中線 (Antenna)

ほとんどがワイヤーアンテナ、車載機の場合はホイップアンテナ、ポータブル機は折り畳みアンテナが使われていた。固定機や半固定機は2本のポールの間にエレメントを張るダブレット型や、1本のポールや樹木の先に向けて斜め張るツェップアンテナが使われていた。また、総じて運用周波数の波長が長いため、カウンターポイズが取り付けられることが多かったようだ。戦場ではなるべく目立たないように出来るだけ低く・短くアンテナを張ることから、必然的に波長に対して十分な長さのアンテナを張ることができない。そのため、無線機には任意の長さのワイヤーをアンテナとして使える整合回路が内蔵されていた。

7. 運搬手段 (Transportation)

当時の無線機の多くは受信機と送信機が一体になっておらず、別々の筐体に収められていた。前述のように電源に発電機を使うなど、運用設備1式が大所帯だった。これらは取っ手付きの木箱に分散させて収納し、馬や人員で運搬していた。

“Fixed station”=恒久固定局
“Semifixed station”=半固定局
“Mobile/Vehicular”=移動局/車載
“Animal pack”=馬 (パックサドル)
“Man pack”=背負い式

輸送中に鹵獲されたのか、中には具体的な運搬形態に言及している場合も。


“構成品は4つの木箱と1つの布製鞄に分けて収納できるが、かさ張って運搬しにくい”

8. 真空管 (Tubes)

この資料には54種類もの真空管が登場する。1度しか出てこないものもあれば、何度も出てくるもの、つまり複数の無線機で使われているものもある。すべての真空管の型番と用途を整理して一覧にすると、それぞれの真空管の特徴が見えてきた。

『UF-134』
13機種でRFアンプやIFアンプとして使われている。汎用高周波信号用であると思われる。現代のトランジスタで言えば“2SC3356”だろうか。

『UF-109A』
8機種でAFアンプとして使われている。汎用低周波信号用。トランジスタで言えば“2SC1815”のようなポジションか。

『UY-133A/D』
9機種のAFパワーアンプとして使われている。低周波電力増幅用。スピーカーを鳴らすためにAF信号を電力増幅する役割を果たす。現代ではTA7368やLM386などの汎用パワーアンプICに相当する。

他にも、『UV-814』は高周波電力増幅用で、6機種でRFパワーアンプとして使われている。『UZ-135』は6機種で混合器に使われている。『UY-510B』は送信周波数発振、あるいはスーパーヘテロダイン式の局発の発振用に4機種で使われていて、『UF-111A』は4機種で検波回路に使われている。なお、『UT-6A7/B7/F7』は低周波増幅から超再生検波、高周波増幅まで幅広く使われていることから、汎用性の高い真空管だったようだ。


よく使われている真空管だけを使ってシングルスーパー機を組んだとしたら… (想像)

なお、中には資料の間違いと思われる箇所があり、真空管の極数の表記がバラついているものがいくつかある。たとえば、『UF-109A』は3極管と4極管の2つの表記が混在していて、どちらが正しいのか分からない。また、『UF-134』も4極管と5極管が混在しているし、『UV-814』も4極管と5極管が混在している。

9. 局発 (Tuning)

発振方式には“Xtal”か“mo”という表記が見られる。“Xtal”は水晶発振だが、“mo”とは“Master Oscillator”の略で、VFO(自励式発振)を指すらしい。水晶発振の場合は運用周波数によって水晶を差し替えるが、中には水晶を引き抜くと自動的にLC発振に切り替わる物がある。運用周波数が低いので、LC発振の自励式でも周波数安定度は実用上の問題は無かったのだろうか。

10. 外形寸法・重量

無線機を構成する要素(受信機、送信機、発電機など)の寸法と重量が記されているが、無線機によっては重量の記載が無かったり、1式のデータを一括して掲載していたりと、情報がバラバラである。重量は無線機の規模によって異なるが、ポータブル機は数キログラム、車載機は数十キログラムあったようだ。

11. 所見 (Remarks)

各無線機の特徴や性能についての説明文。執筆者はおそらく無線機器の設計者だと思われる。この文書にはブロック図や回路図は一切掲載されていないので、無線機の構造や回路構成について簡単に述べられたこの所見が回路を推察できる貴重な内容となっている。使われている部品の材質や、実際に電源を入れて動作を確認した上で動作メカニズムについて簡潔に記述していて、感度や周波数選択度などの評価を下している。ほとんどの無線機に対して性能や品質の悪さを指摘していて、特に熱帯気候の南方戦線での運用に耐え得る耐候性や強度に関して総じて悪い評価を下している。一方で、良い点があればそこも評価しており、あくまで客観的に調査していたことが伺える。


“局発の安定度が悪い”(左)、“十分な(性能の)アンテナ同調回路が無い”(右)

文章量や注目点は無線機によって様々で、真空管への印加電圧に触れているものもあれば、回路構成にすら触れられていないものもある。入手した機体によっては通電しなかったり構成品が欠けていたりと、情報源に差があったのかも知れないが、記載内容にあまり統一性が無い。また、同じ意味の言葉でも使う単語や言い回しが異なるなどのバラつきが見られる。これらのことから、執筆した人間が複数存在したと思われる。執筆者によって興味関心や洞察力が異なることが、文章量や着目点の違いに現れているのだろう。


全く同じ意味の文章でも違う単語が使われている。(“受信回路を止める”という文の例)

すべての無線機の所見に共通しているのは、送受信の回路構成や機械的強度に関わる材質、そしてメンテナンス性への言及があることだ。特にメンテナンス性に関する記述は、戦場という過酷な環境下で使用される無線機がいかに修理を要していたかを示している。例えば、真空管を交換するにはどのくらいまで分解しなくてはならないか、無線機一式にスペア部品がいくつ含まれているかなどである。当時は無線機が故障することが前提で、いかに早く修理できるかを重視していたことが伺える。また、スイッチやダイヤルの目盛りなどの照明についての言及もあり、夜間の運用に対応しているかも重視していたようだ。


“夜光塗料”(左)、“暗所で光るダイヤルの目盛り”(右)

12. 写真

ほぼすべての無線機に2、3枚の写真が添えられている。実物に銘板が無い限り、写真で形状を見て判断しないと分類が付けられない。例えば94式無線機には派生型が1~6号あるが、回路構成はもちろんダイヤルやメーターなどの外見が全く異なる。


94式6号無線機の写真

<参考: 無線機の型式の読み方(命名法)>
旧日本軍の無線機や兵器には、それが採用された年を皇紀で表した名前が冠されていて、それに派生型番号が続く『××式××型』といった構成になっていた。それに加えて“甲”、“乙”、“丙”が付くことがある。しかも、改良が加えられると末尾に(“改1”、“改2”、“改3”…)と付けられたことから、分類と区別が複雑だった。この命名法は性能のグレードやバージョンの違いを表しているかのようであるが、実際には派生元が同じだけでどれも全く別の無線機なのだ。この文書中でも日本軍の無線機を識別するのに米軍が苦労したことを感じさせる記述がある。


型式名に含まれる漢字が示す意味の説明

“このドキュメントに載っている文字は、日本軍から鹵獲した機器や資料(の解析)に携わる人員(組織)にて翻訳が試みられ、下記のように翻訳されている。”

“無線機”は“Radio”や“Transceiver”ではなく、“Wireless set (無線=Wireless 機=Set)”というように、漢字表記に忠実に訳されている。また、“甲”、“乙” 、“丙”は、“A”、“B”、“C”というふうに表されている。また、旧日本軍の装備品の型式に使われていた皇紀の説明もある。“西暦1940年は皇紀2600年(西暦に660を足す)。皇紀の2ケタを型式に当てているため、Model 92 (92式)は皇紀2592年製で、1932年に開発されたことが分かる”

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