Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話
はじめまして。
この度、櫻井紀佳さん(JA3FMP)の記事にMr. Smithを掲載いただいた事がきっかけで、アマチュア無線家の方々にスミスチャートについて紹介・解説する記事を掲載するよう依頼を受けました。私もそうでしたが、電子工作が好きでこの世界に入って高周波回路の扉を開くといきなり「インピーダンスマッチング」という概念が登場し、その先にスミスチャートという蜘蛛の巣みたいなグラフが待ち構えていて拒絶反応が…という方は意外と多いのではないでしょうか。実は解っているようで解っていない「インピーダンス」について、これから連載で解説したいと思います。
私が無線工学を学び始めた頃、インピーダンスマッチングをとらないと出力レベルが低くなってしまうとか、送信機の出力回路が壊れてしまうとか、漠然とした必要性は知識として覚えたけれど、ずっとモヤモヤしていた事…
(1) フィルタの入出力インピーダンスってテスターで測定できないけどいったい何?
(2) 同軸ケーブルの50Ωってテスターで測定できないけどいったい何?
そもそもシールドケーブルと同軸ケーブルは何が違うの?
(3) オペアンプ増幅器の理想は、入力インピーダンスは高く、出力インピーダンスは低く だったのに、高周波になるとなぜインピーダンスマッチングが必要なの?
第一話はMr. Smithを使ったインピーダンスマッチングの話を始める前に、これらのモヤモヤについて、すなわち「インピーダンスとは何か」、「なぜインピーダンスマッチングを行うのか」について説明したいと思います。
インピーダンスが電圧と電流の比で表現されることは、オームの法則が示すところです。 私たちが学校で初めて学んだインピーダンス(抵抗)とは、ある値の電流Iを流したときにその両端に電圧降下Vを生じ、I・Vに相当する電力を消費するというものでした。見方を変えるとIとVの積が電力、IとVの比がインピーダンスです。回路設計においては、この視点で下記3種類のインピーダンスを取り扱っています。
① 負荷として電力を消費するインピーダンス…リアルなインピーダンス
② アッテネータやフィルタ等の設計上の負荷インピーダンス…イメージインピーダンス
③ 伝送線路上を電磁波が伝搬するときに定義されるインピーダンス…特性インピーダンス
(1) リアルなインピーダンス
図1に示す通り、私たちが学校で初めて学んだインピーダンスです。ZLの抵抗分(実数成分)は有効電力を、リアクタンス分(虚数成分)は無効電力を消費します。内部抵抗ZSの電源(信号源)から最大電力を取り出すには、負荷インピーダンスZLの値をZSの共役複素数にする…実数分だけで言えばZL=ZSとする…(図2)
というのが教科書に書かれているインピーダンスマッチングの概念です。
図1 リアルなインピーダンス
図2 インピーダンスマッチングと負荷で消費される電力の関係
(2) イメージインピーダンス
図3に示すようなフィルタの仕様書に記載されている「入出力インピーダンス」とは、どこのインピーダンスを示すのでしょうか。フィルタやアッテネータの入出力インピーダンスはイメージインピーダンスと呼ばれ、図4に示すように出力端子に規定の出力インピーダンス(負荷インピーダンス)を接続すると、そのデバイスの入力端子から出力側を見た時のインピーダンスが規定の入力インピーダンスに見える…というもので、フィルタやアッテネータの特性を発揮させるために守らねばならない条件となります。ですから「インピーダンス」と称し、インピーダンスマッチングを行いますが、フィルタが電力を消費しているわけではありません。
似たようなものとして、アッテネータの入出力インピーダンス※やDBM(ダイオードダブルバランスドミキサ)等の入出力インピーダンスが挙げられます。
※アッテネータは入力信号を減衰させる働きなので電力を消費します。
図3 セラミックフィルタのカタログの例
(村田製作所HPから引用:https://www.murata.com/~/media/webrenewal/support/library/catalog/products/filter/cerafil/p51.ashx?la=ja-jp)
図4 イメージインピーダンス
(3) 特性インピーダンス
特性インピーダンスとは同軸ケーブルやフィーダー線、つまりアンテナ給電線路のインピーダンスのことですが、アマチュア無線技士の試験勉強をやっているとこのあたりから難解になってくるかと思います。配線(ケーブル)の長さが高周波信号の波長に対して無視できない長さになると、高周波信号(高周波電力)は電磁波として配線(ケーブル内)を伝搬します。この時、図5に示すように、電磁波はそのケーブルの単位長さあたりのL,Cの値で決まる電圧・電流比でしか伝搬することができません。この電圧と電流の比(v/i)をそのケーブルの特性インピーダンスと呼んでいます。
このため送信機の出力電力を同軸ケーブルでアンテナまで供給しようとすると、送信機の出力電圧と電流の比を同軸ケーブルの特性インピーダンスと一致させてやる必要がある…すなわちインピーダンスマッチングが必要になるのです。もうお気づきと思いますが、特性インピーダンスも、それ自身が電力を消費するインピーダンスではありません。
図5 特性インピーダンス
余談になりますが、配線上に分布するL、Cの値が一様でないと、途中で特性インピーダンスが変化することになり、電磁波の電力の一部が途中で反射されて減衰します。この結果、波長を越えて高周波信号を伝搬させることが出来ません。同軸ケーブルとシールド線の違いは、配線上に分布するL、Cの値が一定になるように設計されているか否かにあります。同軸ケーブルに限らず、配線上に分布するL,Cの値が一定になるように設計された配線、つまり特性インピーダンスが規定できる配線を「伝送線路」、または単に「線路」と呼びます。
前章でかつて私がモヤモヤしていた事の(1)と(2)は克服できました。次はモヤモヤの(3)に関するお話です。
(1) 本来インピーダンスマッチングは効率が悪い
教科書に書かれているインピーダンスマッチングの目的は「電源(信号源)から最大の電力を取り出す」事でした。これは何を意味しているのかもう一度考えてみます。
図6は図2のグラフに信号源抵抗(インピーダンス)Zsが消費する電力のグラフを加えたものです。ZL/ZS=1すなわちインピーダンスマッチングがとれた状態のとき、電源から取り出せる最大電力の25%が負荷で消費され、それと同じ電力が信号源抵抗で消費されています。残りの50%はどこに行ったのでしょうか?残りの50%は何処にも消費されない電力(取り出せない電力)となります。実はこの「電源から取り出せる最大電力」というのは、正しくは「信号源インピーダンスと負荷インピーダンスで構成される回路で消費できる最大電力」です。この値が最大になるのは図5のグラフを見てもわかる通り負荷が0Ω(短絡)になった時、すなわち負荷の消費電力は「ゼロ」で信号源が発熱している状態を示します。
図6 信号源と負荷の抵抗比と消費電力の関係
図7 信号源と負荷の抵抗比と電力効率の関係
ここまで書くとお気づきと思いますが、リアルなインピーダンス同士でインピーダンスマッチングを取ると、取り出した電力と同じ電力が信号源側で熱になりますので、電源効率という観点では図7に示す通り、効率50%となります。リアルなインピーダンスに対するマッチングは地球に優しくない手法と言っても良いでしょう。
(2) では、なぜインピーダンスマッチング?
図7に示した通り装置の効率(低消費電力化)を重視するならZL/ZSを大きく、すなわち信号源インピーダンスを負荷インピーダンスよりできるだけ小さくすることが重要です。オペアンプ増幅器のようにフィードバック回路を有し、出力電圧が出力インピーダンスに関係なく一定に保たれる回路ではこの考えに則って設計されます。(図8)
図8 フィードバック増幅回路の成立要件と入出力電圧の関係
ではなぜリアルなインピーダンスに対してマッチングが必要になるのでしょうか?それは周波数が高い等の理由でフィードバック増幅回路を構成できないか、または信号源インピーダンス(出力インピーダンスRO)をそんなに低くできないからです。例えば一般的なエミッタ接地型のトランジスタ増幅器の場合、コレクタのインピーダンスは数100~数kΩの範囲(VDD=3V、IC=1mA~数10mAで動作させたイメージです)なので、8Ωのスピーカを駆動しようとすると出力インピーダンスが高すぎます。このため図9に示すように出力トランスを用いてインピーダンス変換を行います。
図9 スピーカとトランジスタ増幅器とのインピーダンスマッチング
(3) トランスインピーダンスとインピーダンスマッチングの違い
実は図8に示したような事例は、負荷インピーダンスを信号源インピーダンスの複素供役に合わせるという厳密なインピーダンスマッチングではありません。どちらかというと負荷のインピーダンスを信号源側の回路で扱いやすいインピーダンスの領域に変換する…トランスインピーダンスという手法の一つです。昨今はIC化が進み、図9のように電圧増幅とトランスインピーダンスを1段増幅で済ませなければならないような事情は少なくなっており、図10に示すようなコレクタ接地回路との組み合わせによる低出力インピーダンス回路とするのが主流です。
一方、第1章で述べた通りイメージインピーダンスや特性インピーダンスに対しては信号源インピーダンスと負荷インピーダンスの関係をマッチング状態にしないと回路性能が担保できないので、インピーダンス変換回路を介して負荷のインピーダンスを信号源インピーダンスの複素共役に変換する※という操作を行います。
図10 コレクタ接地増幅器によるインピーダンス変換
※通常、イメージインピーダンスは実数値で定義されるので、あまり複素共役を意識することはありません。
(4) 高周波回路でインピーダンスマッチングが頻発する理由
以上のように説明すると、じゃあなぜRF屋は、何かにつけてインピーダンスマッチングを取りたがるのか?と思われることでしょう。それは1章(3)で述べた「配線長が波長に対して無視できないケース」に該当するからです。扱う波長が1m程度になってくると数cmの配線が特性インピーダンスを有するようになります。プリント基板上では波長短縮がかかるので2mバンドあたりからこの傾向が強く現れます。このため数mm程度の小信号増幅器の段間接続であっても50Ωのマイクロストリップラインを使用する必要が発生し、このマイクロストリップラインと増幅器の入出力間でインピーダンスマッチングを行うことが多くなります。
(5) 特殊なインピーダンスマッチング
その他、高周波の低雑音増幅器(LNA)や高出力増幅器(HPA)では、性能を確保するためにトランジスタから見た入力の信号源インピーダンスや出力の負荷インピーダンスを特定の値に変換する設計を行いますが、本稿では話が広がりすぎるので割愛します。
(6) 第一話のまとめ
第一話はインピーダンスには種類があるという事とマッチングが必要な場合と必要ではない場合のお話でした。表1に簡単に整理しておきます。
表1 インピーダンスマッチングを行うケースと行わないケース
第二話はインピーダンスマッチングの具体的な方法について、Mr. Smithを使いながら解説します。併せてFB NewsのHPからMr. Smithのダウンロードができるようにしてもらいますのでお楽しみに。
Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話 バックナンバー
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