Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話
第1話ではインピーダンスマッチングが必要なケースと不要なケースについて説明しました。私が無線の世界に足を踏み入れた頃と比べて、近年ではデバイスの性能も上昇しIC内部の世界ではVHF帯あたりでもフィードバックアンプを使用するケースが増えていますし、ICアンプの入出力は50Ωに整合されているケースが増えたので、インピーダンスマッチング設計を行う機会は減った感がありますが、アンテナや給電回路、それにVHF以上の周波数帯ではマッチング設計抜きでは語れないのも事実です。
第2話ではMr. Smithを使って整合回路の設計方法を解説します。とりあえず「スミスチャートとは何か」は置いておいて実践してみましょう。
まずインピーダンスの直並列接続のおさらいです。表1に直列接続と並列接続、ならびにインピーダンス表記とアドミッタンス表記の関係を示します。電子工学に足を踏み入れて最初の方で学びましたね。
表1 直列接続と並列接続、ならびにインピーダンス表記とアドミッタンス表記の関係
(注) G=1/R、Y=G+jB=1/(R+jX)の関係になります。
本表の「直列回路」「並列回路」はインピーダンス素子での「直列」「並列」を示します。
抵抗の接続だけなら大した計算ではないですが、たかだか部品を2つ接続してトータルでインピーダンスがいくつになるか知りたいだけなのに、LCが加わるといきなり計算が面倒くさくなります。
【練習問題1】
さてここで問題です。図1にもう少しだけ複雑な回路を準備しました。430MHz帯の無線機の中にこのような等価回路の部品があったとしましょう。この部品の435MHzにおけるインピーダンスは何Ωになるでしょうか?
図1 練習問題
表1の関係を駆使して計算すると以下のようになります。
私は計算が下手なので、計算用紙を一枚使い果たしてしまいました。ああ…面倒くさい。
同じ計算をMr. Smithでやってみましょう。Mr. SmithはWindows上で動作するスミスチャートタイプのインピーダンス計算ツールで、本サイトからダウンロードすることができます。スミスチャートを使用すると、こういう計算が楽になるとどこかで聞いて使ってみましたが、リアクタンス計算やZoでの正規化が必要でさほど楽にはなりませんでした。これがMr. Smithを制作した動機です。Mr. Smithはリアクタンス計算やインピーダンスの正規化計算を自動的に行いますのでスミスチャートの本質的な部分を早く理解することができます。一般的にスミスチャートが敬遠される理由もこの煩雑さにあるので、細かい話は飛ばしてとりあえず使ってみてください。
Mr. Smith ver3.3のダウンロードはこちらから
クリックするとmr_smith_setup_v3_3.zipのダウンロードが始まります。インストールに際しては、zipファイル内のreadme.txtをお読みください。
(1)Mr. Smithの起動
Mr. Smithを起動すると、図2に示すようなウィンドウが表示されますので、ここでは図に示す通りに設定してください。計算周波数は図1で出題された435MHzとします。OKボタンを押すと計算用のウィンドウ(メインウィンドウ)に切り替わります(図3)。
図2 Mr. Smithの起動画面
図3 メインウィンドウ
(2)スミスチャートで計算するときの考え方
スミスチャートでインピーダンスの合成計算をするときは、図1の回路を図4のように考えて、68Ωの抵抗にL,C,Rを直並列につなぐ計算を行います。
図4 図1の回路の変形
(3)68Ωの設定
図5~図7の手順でチャート上に68Ωをプロットします
図5 マーカ→Impedance R+jXを選択
図6 R1の値を入力
図7 68Ωが0番マーカに設定される
(4)68Ωに47pFを直列接続
続いてプロットされた68Ωに直列に47pFを接続します。(図8~図10)
図8 回転→Series element→Series Cを選択
図9 C1の値を入力
図10 新しいマーカが生成されることを確認してCloseをクリック
(5)18nH、150Ωをそれぞれ並列接続
次は、L1,R2の並列接続です。図11~図15の手順で進めます。一番最後に接続したデバイスが並列接続なのでマーカリストの表示がアドミッタンス表示になっていますので、Marker typeラジオボタンをImpedanceに切り替えてインピーダンス表示させると26.6Ω+j23.4Ωが得られました。手計算はまるめ誤差を含みますので、同じ結果と考えてください。
如何でしたか、こっちの方が楽だと思いませんか?
図11 回転→Parallel element→parallel Lを選択
図12 L1の値を入力
図13 同様にparallel Rを選択
図14 R2の値を入力
図15 アドミッタンスからインピーダンスに変換
図16 26.6Ω+j23.4Ωを得る
いきなり合成インピーダンスの計算問題からスタートしましたが、2章のMr. Smithで計算した手順は、見方を変えると図17に示す通り、「68+j0Ω」のインピーダンスに他のインピーダンスを直並列に順次接続して「26.6+j23.4Ω」に変換したことと言えます。
図17 スミスチャートで計算したステップはインピーダンス変換のステップだった
では今度はインピーダンス変換の練習問題を解いてみましょう。
【練習問題2】
周波数435MHz、出力インピーダンス50ΩのSGの出力を75Ωの同軸ケーブルに接続するためのインピーダンス変換回路を設計せよ。
図18 練習問題2
(1)答案その1
図19は初心者に多く見られる回答です。プロが実験等で簡易的に整合をとるためにこのような回路を使用する事もあります。
図19 回答その1
でもこの回路は75Ωの同軸ケーブルに定在波を発生させない目的では有効ですが、整合回路としては殆ど機能していません。その理由は図20に示す通り
① 同軸ケーブルからSGを見た時のインピーダンスは75Ωで整合しているが、SGから同軸ケーブルを見たときは100Ωで不整合状態になっている。(0.51dBの損失)
② インピーダンス変換を抵抗で行っているので整合回路が電力を消費してしまう。(1.25dBの損失)
という点にあります。ちなみに75Ωの同軸ケーブルを50ΩのSGに直結したときの不整合損失は0.18dBなので、トータルで1.76dBも損失を発生させては本末転倒というべきでしょう。※1
図20 回答その1の問題点
※1 負荷側の不整合で同軸ケーブルに定在波が生じるとケーブルから電磁波の輻射が生じるため、受信機の調整等に支障しないように損失を承知で直列抵抗を挿入してケーブル側のみ整合させる場合があります。
(2)電力損失のないインピーダンス変換回路の設計
ではMr. Smithを使用して整合回路を設計してみましょう。第1話で述べましたが、インピーダンス整合回路の設計の基本は「負荷インピーダンスを電源インピーダンスの複素共役に変換する」です。【練習問題2】では負荷インピーダンス=同軸ケーブルのインピーダンス(=75Ω)、電源インピーダンス=SGのインピーダンス(=50Ω)です。どちらもリアクタンス成分が0Ωなので、実際の作業は「75Ωを50Ωに変換する設計」作業となります。
計算する周波数は【練習問題1】と同じなのでMr. Smithの最初の設定は同じになります。まず図21に示すように①電源インピーダンスのマーカをゴールの目印として設定→②負荷インピーダンスのマーカを設定し、③負荷インピーダンスにサセプタンス(並列のリアクタンス)を接続したときに合成インピーダンスが変化する範囲を示すカーソルを表示させます。
④③で表示したカーソルと0番マーカが交差している目盛り(円形の方)が交差する点まで並列デバイスでインピーダンス変換します(図22⑤)。
図21 Mr. Smithを用いた整合回路設計(Step1)
⑥そのあと図22に示すように直列デバイスを接続して0番マーカ(=50Ω)までインピーダンスを変換してやれば整合回路の設計は完了です(図23⑦)。
同軸ケーブル側のインピーダンス75Ωを50.5+j0.35Ωに変換することができました。ピッタリ50Ωに変換できていませんがVSWRで1.01ですので実用上は十分と言えます。
図22 Mr. Smithを用いた整合回路設計(Step2)
図23 Mr. Smithを用いた整合回路設計(Step3)
では、この時負荷(同軸ケーブル)側から電源(SG)を見たインピーダンスはどうなっているのでしょうか。今度は0番マーカ(50Ω)をスタート点に選択(マウスでリストボックスから選択)して、直列13nH、並列3.4pFの順に接続すれば求めることができます。結果は図24に示す通り75.2-j0.854Ωとなり、電源側から見ても負荷側から見てもちゃんと整合が取れていることがわかります。
この回路は通称「Lマッチ回路」と呼ばれ、インピーダンス変換の基本回路です。変換するインピーダンスの高い方に並列素子、低い方に直列素子を配置するのが基本で、並列素子に容量性リアクタンスを置く「Low Passタイプ」と誘導性リアクタンスを置く「High Passタイプ」の2パタンの設計が存在します。今回取り上げた計算例は「Low Passタイプ」ですが、「High Passタイプ」も同じ手順で設計可能ですので、ご自身で設計してみてください。
第2話はインピーダンス変換とは何か?とインピーダンス整合回路の設計について、スミスチャートの意味合いは後回しにしてMr. Smithを使いながら解説しました。要点をまとめると、
① 合成インピーダンスの計算はスミスチャートを使って解くことができる。
② インピーダンス変換と合成インピーダンスの計算は基本的に同じである。
③ インピーダンス整合回路とはインピーダンス変換を行う回路の事だが、電源側/負荷側どちらから相手側を見た時もインピーダンス整合の条件が成立している必要がある。
④ インピーダンス整合回路はそれ自身電力を消費してはいけないので、基本的にリアクタンス素子で構成される
という内容です。
第3話は、スミスチャートの目盛りの読み方を中心に、第2話でやったことの意味について解説したいと思います。
Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話 バックナンバー
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