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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第23話】 トランジスタの利得とミスマッチの関係

濱田 倫一

第22話では、トランジスタの出力インピーダンスと負荷インピーダンスが、お互いに別々の事情で決まる場合があって、必ずしも両者を整合させる事ができない事をご説明しました。

増幅器の最大出力電力(飽和電力)は電源電圧と負荷インピーダンスの関係で、最大利得はインピーダンスマッチングの有無で決まります。第23話では入出力のインピーダンスマッチングがズレたとき、トランジスタ増幅器の利得がどのくらい変化するかをスミスチャート上で把握する方法・・・「等利得円(Constant gain circle)」をご紹介します。

1. トランジスタ増幅器の利得の一般式

第17話の図2でZ0以外のインピーダンスを入出力に接続したときの入射波と反射波の関係を説明しました。この時、入出力インピーダンスがS11, S22ではなくなるという事を説明しましたが、利得がどうなるかについては説明しませんでした。図1に示すように、トランジスタに任意のインピーダンスZSの信号源と負荷ZLを接続したときの電力利得GT(Transducer power gain)は、Sパラメータの一般式として(式1-1)で算出されます。


図1 トランジスタに任意のインピーダンスを接続する


非常に複雑な式ですが、信号源と負荷のインピーダンスが共にZ0の時はΓS=0、ΓL=0となるので、これを代入すると


となります。Sパラメータの世界では、(式1-2)が電力利得を示す基本式で、入出力の整合状態で発生する反射損失(または整合利得)がかけ算される形となります。但し、これまで解説してきたとおり、分母にΓS ΓL S12 S21という項が存在し、計算を複雑にしています。

2. 単方向化(1方向化)されたトランジスタ増幅器の利得

第18話で説明した「中和」(英語ではneutrodyne(中和増幅器)と呼ぶようで、日本語に負けず劣らず怪しい名前です)を適用してS12を相殺→単方向化できると、(式1-1)は非常にすっきりします。すなわちS12=0を代入して(式2-1)となります。(式1-1)と区別するためGT→GTUとします(Uは単方向(unilateral)の意)


この式は(式2-2)~(式2-5)に示すように入力整合利得G1、先に述べたG0、出力整合利得G2の積に変形することが可能です。





つまり、トランジスタ増幅器(FETでも同じ)の利得は、まずデバイスの動作点で決まるG0が存在し、これに入出力の整合利得G1, G2が乗算されるというイメージになります。

入出力のインピーダンスマッチングがとれた状態でのG1, G2をそれぞれG1MAX, G2MAXと呼び、入出力のインピーダンスマッチングが完璧にとれたときの利得は


となります。なお第22話で説明した通り、この条件は「利得最大」の条件であって、出力最大の条件ではありません。(利得は高くても、少しの入力で飽和してしまうケースは存在します)

3. 等利得円

(式2-3), (式2-5)のG1, G2に一定値を代入してΓS, ΓLについて解くと、ΓS, ΓLはΓ平面上で円を描きます。この円を等利得円(Constant gain circle)と呼びます。まず結果から見てみましょう。

Microsoft Excel®を使用し、いつも引用している2SC3356のSパラメータから400MHzと1200MHzにおけるこのトランジスタの等利得円を計算し、実際にMr.Smith※1に表示させてみたのが図2~図5です。

図2が400MHzにおける入力側の等利得円(G1一定の軌跡)、図3が400MHzにおける出力側の等利得円(G2一定の軌跡)、同様に図4が1200MHzにおける入力側等利得円、図5が1200MHzにおける出力等利得円です。


図2 2SC3356の入力等利得円(400MHz)


図3 2SC3356の出力等利得円(400MHz)


図4 2SC3356の入力等利得円(1200MHz)


図5 2SC3356の出力等利得円(1200MHz)

どの図も見方は同じです。図中、赤の吹き出しで示した軌跡が2SC3356のS11(またはS22)の周波数軌跡、青の吹き出しで示した軌跡が、その共役インピーダンス※2です。各周波数とも、G1MAXのポイントはS11*、G2MAXのポイントはS22*となり、完全に共役整合したときが最大利得になることを示しています。ここから整合がズレると、反射損失が発生して利得が低下するわけですが、図2~5を見ると判るとおり、1~5と書かれたオレンジのスケール(等利得円)が等高線状に広がって利得が低下する様子を示しています(同心円ではありません)。どの図にも0dBの円を描画しましたが、この円は必ずスミスチャートの中心を通ります。つまりZ0で終端すると電力利得は|S21|2になります・・・と云うことです。

ある意味自明の事ですが、定性的には以下の事がいえます。
① 信号源インピーダンス、負荷インピーダンスはきちんと整合できなくても、G1, G2=0dBの等利得円の内側に存在すれば、G0以下の利得にならない(大きな利得低下は回避できる)。
② G1, G2=0dBの等利得円の内側についていえば、S11, S22が反射係数で見てZ0に近いデバイスほど、G1MAX、G2MAXは小さい値になり、入出力インピーダンスがミスマッチ状態での利得低下が小さい(逆に言うと調整しても大きな利得が出にくい)。

4. 等利得円の描き方

等利得円とはどのようなものかイメージを掴んで頂いたと思います。続いてMr.Smith※1に等利得円をプロットする方法をご説明します。

(1) 等利得円の計算式
(式4-3)に示すように入力側の整合利得G1をG1MAXで正規化した値をg1としたとき、G1一定の等利得円の半径Rg1と中心座標Ωg1はそれぞれ(式4-1) (式4-2)で求める事ができます。




同様に(式4-6)に示すように出力側の整合利得G2をG2MAXで正規化した値をg2としたとき、G2一定の等利得円の半径Rg2と中心座標Ωg2はそれぞれ(式4-4) (式4-5)で求める事ができます。




従ってMr.Smith※1へのプロットは第21話で取り上げた「Stability circle」と同様、円の半径と中心をExcel®で計算し、さらに円周の座標を計算した結果をカンマ区切りテキストファイル(*.csvファイル)で保存、同ファイルをMr.Smith※1のScaleメニュー(日本語表示では「チャート・スケール」メニュー)で読み込みます。

(2) 等利得円計算用Excel®シート
図2~5に示した2SC3356の等利得円を計算するためのExcel®シートの例をご紹介します。
計算シートはこちらからダウンロードしてください。※3
図6~図7はダウンロードしたExcel®シート(NE85633v1-ConstG.xlsx)の「G1 G2 GTU」というシートを開いたところを示しています。


図6 付録のExcelファイル「G1 G2 GTU」シートを開いたところ(A列~R列)

左隣の「2SC3356_NE85633F」シートはS2Pファイルをテキストファイルとして読み込んだシートになります。「G1 G2 GTU」シートのA列,B列で「2SC3356_NE85633F」の周波数データ、C~F列で同S11,S21,S12,S22の各データを計算に使用する形式に変換して取り込んでいます。G~J列はテンポラリ列、K~R列でG1MAX、G2MAX、GTU(MAX)を真値とdBで計算しています。


図7 付録のExcelファイル「G1 G2 GTU」シートを開いたところ(S列~BB列)

「G1 G2 GTU」シートのS~BB列は等利得円の半径RgiとΩgiを計算しています。S列から右は行が増えています。2~12行目までがG1の等利得円(Rg1とΩg1)の計算、15~25行目までがG2の等利得円(Rg2とΩg2)の計算です。本シートでは、G1MAX、G2MAXから0dBまでを真値で4等分して4個、同じ間隔でさらに0dB以下の円を1個、計5個の等利得円を、S~Z, AA~AG, AH~AN, AO~AU, AV~BBの各列でG1, G2それぞれに対して計算します(G1-5~G1-1、G2-5~G2-1)。代表してS~Z列について説明すると、S列が利得のステップ計算、T、U列が一つ目の等利得円の利得の大きさG1-1, G2-1の計算、V列がG1MAX, G2MAXで正規化した利得g1-1,g2-1の計算 ((式4-3) (式4-6)の計算)、W列が円の半径Rg1-1, Rg2-1の計算((式4-1) (式4-4)の計算)、X列が円の中心座標Ωg1-1、Ωg2-1の計算((式4-2) (式4-5)の計算)、Y, Z列はX列の実部と虚部をそれぞれ実数フォーマットで読み出したセルです

本シートでは、Sパラメータファイルに存在する全周波数のRとΩを計算していますが、これを全てMr.Smith用のスケールファイルに変換するのは大変(円の数だけファイル(シート)を生成することになる)なので、400MHzと1200MHzの2周波、合計10個のスケールファイル用シートを作成しています。

図8に示す「Gx circle@400MHz」シートは、このうち400MHzのスケール(円周データ)を計算しているシートです。計算方法は第21話の(式1-1)~(式1-4)を参考にしてください。ワークシートのタブは右側に「G1-1@400MHz」「G1-2@400MHz」・・・と続きますが、図8の青破線で囲った範囲毎にシートを作成し、それぞれCSVファイルとしてMr.Smith※1用に保存したものです。


図8 付録のExcelファイル「Gx circle@400MHz」シートを開いたところ (クリックで拡大します)

作成した10個のCSVファイルは、以下の手順でMr.Smith※1 に読み込む事が可能です。
① 「Scale」→「Imported scale」→「Add in Re+Im formet…」
(日本語メニューでは「チャート・スケール」→「インポートされた目盛」→「Re+Im…」)の順に選択
② 表示されたダイアログボックスから描画させるCSVファイルを選択
③ 「The name of loaded scale」(日本語では「スケール名の入力」)ダイアログボックスが表示されるのでスケール名(最大半角5文字、図2~5では番号を入力)を入力

5. 第23話のまとめ

第23話では、トランジスタの入出力のインピーダンスマッチングがミスマッチ状態の場合に利得がどの程度低下するのかについてお話しました。またこれを視覚的に理解するのに便利な「等利得円(Constant gain circle)とMr.Smithに描画する方法をご紹介しました。以下簡単に整理しておきます。

  1. S12の影響が無視できる場合、トランジスタ増幅器の利得は以下の3つの利得の積(dBの場合は和)になる。
    G0: |S21|2で求められ、入出力をZ0で終端したときの電力利得。デバイス固有の性能指標となるが、動作点でも増減する。
    G1: 入力の整合利得
    G2: 出力の整合利得
  2. G1, G2と信号源インピーダンス、負荷インピーダンスの関係は等利得円としてスミスチャート上に表現することが可能。
  3. 入出力のインピーダンスマッチングがとれない場合、信号源インピーダンス、負荷インピーダンスはできるだけ0dBの等利得円の内側になるようにすると、利得の大きな低下を避けることができる。

ここまでで増幅回路の設計に必要なエッセンスを概ねご説明しました。次回はこれまでのお話のまとめと陥りやすい罠についてお話したいと思います。

【脚注】
※1 Mr.Smith ver4.1のダウンロードはこちらから(等利得円はフリーの機能で描画可能です)
https://www.vector.co.jp/soft/winnt/business/se521255.html
※2 共役インピーダンスの軌跡を表示する方法は以下の通りです(Ver.4.1の場合)
① 表示させたいマーカを選択
② Additional line→Conjugate point(日本語メニューでは 補助線→Conjugate Point)の順に選択
※3 Excelシート(NE85633v1-ConstG.xlsx)に関するご質問についてはご容赦ください。
本Excelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者濱田倫一に帰属します。FB NEWS編集部は筆者濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。
また筆者、ならびにFB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。

【引用/参照文献】
Christian Gentili, “Microwave Amplifiers and Oscillators” P27~P47 McGraw-Hill 1987

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