Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話
第26話では、高周波アナログ回路における雑音の定義について解説し、雑音指数(NF)の概念についてご紹介しました。無線通信機の回路設計においては雑音の大きさはSNR(SN比)で取り扱いますが、回路で観測される雑音が全てSNRの劣化につながるかと言うと、必ずしもそうではありません。第27話ではNFの縦続接続とSN比について、少し詳しく触れることにします。と言うことで、今月もMr. Smithやインピーダンスマッチングからは離れたお話になります。
第26話でトランジスタが自ら発生する雑音の大きさはNF(雑音指数)という諸元を用いて表現するとご説明しました。NFは入出力のSN比の比で、図1に示すような関係にあるときに、NF=5dBであると解説しました。
図1 NFの定義(第26話の図5の再掲)
もう少し詳しく見てみましょう。図1にS,Nそれぞれのレベル変化を追記したものを図2に示します。図2では増幅器の性能を利得(G1)=30dB(1000倍)、NF=5dBと定義しました。また雑音電力を取り扱うので電力値の変化が判りやすくなるように信号帯域幅を10kHzと規定しました。Bw=10kHzの時の熱雑音Nthの大きさは第26話の(式4-4)からNth=-134dBmとなります。
図2 雑音電力の内訳
図2において入力端子(A点)SN比を決定しているのはNthすなわち熱雑音だけです。Nthは増幅器を構成するトランジスタが信号Siをベース電流として感知する際、同時に観測される雑音電力です。本図では入力のSNRを20dBとしましたので、信号電力Siの大きさはNthの100倍(+20dB)すなわち-134+20=-114[dBm]となります。
見方をかえると、図2の増幅器にはSi+Nthという2つの信号の和が入力されていると考える事ができます。そして出力端子(B点)には、これらが1000倍(G1倍 = +30dB)に増幅されて1000×Si+Niとして出力されることになります。(式1-1)
(式1-1)
この時、第26話で解説したとおりトランジスタ自身がショット雑音を主成分とする雑音を発生するため、出力端子においては(式1-1)にさらにトランジスタ自身が発生する雑音電力Naが加算されます。この結果増幅器出力端子(B点)の総電力(信号電力SOと雑音電力NOの和)は(式1-2)で示されます。
(式1-2)
この時、増幅器が付加する雑音Naの大きさは雑音指数NFで表現されることになっていました。その意味合いは図2に示した通り、Ni+NaがNiのNF倍になるので、出力雑音電力NOは
(式1-3)
となります。
実際には、この総出力電力を出力端子で観測しようとすると、さらにNthが一緒に観測されてしまいますので、図2に示す通り実際に観測されるNO(OBS)は
(式1-4)
となります。
増幅器(トランジスタ)の出力雑音の内訳についてご理解頂けましたでしょうか。次にこの増幅器を2段接続した場合の雑音を考えてみましょう。増幅器のNF=5dBでしたから、1段あたりのSNR劣化は5dB、2段接続すると10dBの劣化となるので、図2に示したように入力信号のSNRが20dBの場合は4段増幅すると信号が雑音に埋もれてしまう事になります。さあ大変! ・・・と考えた方は結構おられるのでは無いでしょうか?
結論から申し上げると「NF5dBの増幅器1段あたりSNRが5dBずつ劣化する」という解釈は間違いです。NFの定義を単純に「入力のSNRと出力のSNRの比」と理解してしまうと、このような誤解をしてしまいます。NFの定義の正しい理解は「入力SNRと出力SNRの比 但し入力SNRとは、入力信号(S)と入力熱雑音(N)の比、出力SNRとは入力信号と相似の信号電力(S)とそれ以外の電力成分(N)の比」です。
1章で扱った増幅器を2段接続したときの信号電力と雑音電力の変化を示した図3で詳しく解説します。
図3では、増幅器が2段になるので1段目(A-B間)の利得をG1、2段目(B-C)をG2、1段目が増幅した熱雑音電力をNi1、2段目が増幅した熱雑音電力をNi2、1段目が付加した雑音電力をNa1、2段目が付加した雑音電力をNa2と表記しています。
本図において、端子Aから端子Bまでは、上記記号の違いを除いて図2と同じです。1段目の出力(端子B)には、1段目が1000倍(+30dB)に増幅された信号Sと1000倍に増幅された熱雑音の3.16倍(+5dB)すなわち、入力熱雑音の3160倍の雑音電力が出力されています。
これを2段目の増幅器で増幅するのですが、2段目の増幅器にとって1段目の出力電力を信号と雑音に区別することは不可能であり増幅器にとっては全て「信号」です。2段目の増幅器は1段目と同様、入力熱雑音の3160倍の雑音電力(Na2)を新たに出力電力に加算しますが、この2段目で加算される雑音電力は1段目が出力した雑音電力(2段目にとっては信号だが我々にとっては雑音)は、2段目で1000倍に増幅されて2段目の出力に現れるので、雑音電力全体の増加分は+0.1%、すなわち1.001倍にしかなりません。つまり2段目の増幅器のNFは1段目の増幅器の利得分の1しか寄与しないのです。n段増幅器の総合NFの値は個々の段のNFの積(dB値の場合は和)にはならず、(式2-1)に示す形になります。この計算式はアマチュア無線の教科書にも良く登場するNFのカスケード接続式ですね。
但し、NF,Gの値は全て真数。 (式2-1)
LNAの設計とは直接関係ないのですが、折角NFのお話をさせて頂いたので、話のついでに少し余談です。受信アンテナから受信機までの損失が大きいと受信感度が劣化するというのは、アマチュア無線をやっている方なら経験的に理解されている事と思います。
これは熱雑音電力Nthの大きさは何処で観測しても同じ大きさKTB[W]になる事に起因しています。すなわち図4に示す通り、信号が減衰した分だけSNRが劣化していくので、例えば減衰量5dBのアッテネータ(利得-5dB)ならNFの定義(入力SNRと出力SNRの比)からNF=5dBに相当する為です。
受信機入力など前段に増幅器が存在しない場合はアッテネータの減衰量=アッテネータのNFと取り扱って問題ありません。実際に受信機の劣化配分設計を行う際は、そのように取り扱います。例えばNF=1dBの低雑音増幅器の直前に5dBのアッテネータが挿入されていると、アッテネータから低雑音増幅器出力までのトータルNFは6dBとなります。
但しアッテネータはトランジスタのように自身で熱雑音以外のノイズを付加しないので、図5に示すようなケースにおいて、増幅器の出力側に挿入されるアッテネータにこの考えを適用して、NF=5dB、G=-5dBという値で(式2-1)に代入したりすると、おかしな計算結果になってしまいます。
図5のようなケースにおいては、端子A~端子Cまでを利得25dB、NF=10dBの増幅器として取り扱い、その後ろ(端子C~端子D)に5dBの減衰器が接続されていると考える、またはNF=10dB、利得20dBの1個の増幅器として取り扱います。
第27話では第26話に引き続き、雑音指数(NF)について詳しく解説しました。話を本題に戻すと、低雑音増幅器(LNA)とは、増幅器自身が発生する雑音のレベルが小さい増幅器、すなわちNFの大きさが小さい増幅器の事です。実はトランジスタ増幅器のNFの大きさは、入力整合回路の設計によって変化します。このためLNAを設計する際はトランジスタの入力回路は特殊なインピーダンスマッチングを行います。次回はこのあたりを中心にお話させて頂きます。以下、第27話でお伝えした内容を整理しておきます。
(1) NFとは増幅器の出す全雑音電力(熱雑音+内部雑音)が、その増幅器の入力端子において、熱雑音の何倍に相当するかを示した数値である。
(2) NFは入力端子で観測される熱雑音電力の大きさを基準電力として定義されていて、トランジスタで増幅された熱雑音電力と混同しないようにする必要がある。
(3) 増幅器をカスケード(縦続)接続する場合、2段目以降のNFは前段までの利得分の1の大きさに見える
(4) アッテネータにNFを定義できるのは初段増幅器よりも前に存在するもののみである。段間のアッテネータは前段増幅器の利得を減算する取り扱いとするのが妥当である。
次回はNFと信号源インピーダンスの関係についてご説明します。
【付録】第27話に読者から頂いたご質問の紹介
先日、読者の方から以下のようなご質問を頂きました。
掲題の内容( 3. アッテネータのNFは1/減衰量? )について、
“但しアッテネータはトランジスタのように自身で熱雑音以外のノイズを付加しないので、図5に示すようなケースにおいて、増幅器の出力側に挿入されるアッテネータにこの考えを適用して、NF =5dB、G =-5dBという値で(式 付2-1)に代入したりすると、おかしな計算結果になってしまいます。”
この文章中に“おかしな計算結果”とあるのですが、
LNA_OUT のATT を5dBとした場合、NF=5dB 、G=-5dB で考えるとシステムNFの計算結果がおかしくなるというところがよくわかりません。システムNFを見積もる場合に、LNA後のATTを上記のように見積もった結果を代入し計算していますが、考え方を間違ってますでしょうか。それとも、厳密には計算結果はおかしいということでしょうか。
本件はプロの方でも誤解されている事が多いと思いますので、改めてご説明させて頂きます。図 付-1をご参照ください。
第27話で解説したとおり、アッテネータは自ら雑音を発生していません※1。従って図 付-1のグラフに示すように、熱雑音電力よりも大きな電力領域においては、S もN も同様に減衰し、S/N が劣化することはありません。図 付-1の例の場合、左の構成は「右肩上がりのレベルダイヤ」・・・。つまり、トータル利得が20dBのケース、右の構成は「右肩上がりにならないレベルダイヤ」・・・。すなわちトータル利得が0dBのケースですが、どちらもトータルのNF は10dBになります。※2 一方で回路を縦続接続したときのNFの計算式は下記の通りでした(第27話の(式 付2-1)を再掲)。
但し、NF ,G の値は全て真数。(式 付2-1)
この計算式を用い、全てのアッテネータのNF =(減衰量)、利得=1/(減衰量)とおいて、トータルのNF を計算してみると、図 付-1の表に示すとおり、左の構成と右の構成で0.4dBほどの違いが出てしまいます。つまり、トータルのNF を雑音指数のカスケード接続式で計算したときにLNA_OUT 側のアッテネータの減衰量が前段までの利得に対して小さい場合は、大きな誤差は出ませんが、減衰量が大きくなるにつれ、実際よりもNF が大きくなります。これは、本来熱雑音以外の雑音を付加しないアッテネータにNF を定義(入力に雑音源があると定義)したためです。素子単体で見た場合、熱雑音のNF 倍の(実在しない)雑音源が入力にあるけれども通過利得が“-NF”[dB] なので、N の入出力レベルは変わらないから辻褄があっている・・・。と言うことなのですが、(式 付2-1)をよく見ると、各デバイスの単体NF に各デバイスの単体利得は反映されないので、このような結果が出てしまいます。但し、一般的な装置では信号レベルはレベルダイヤ上で右肩上がりになるのが普通で、この場合は、図 付-1の左側の計算例のように、NF =(減衰量)としても大勢に影響ありません。
一方で右側の計算例のように、入出力のレベルが同一(あるいはそれ以下)になるような装置の雑音配分設計を行うときは、この問題に配慮が必要になります。一般的な機器設計では入力レベルよりも出力レベルの方が小さい設計例はあまり見かけませんが、途中に大きな減衰が組み込まれる設計例は珍しくなく、ATT にNF を定義して計算した結果、システム全体のNF が下がらずに配分設計が破綻するという相談を職場で時々受けます。間違いを起こしやすいと言う理由から、私はATT の減衰量をNF として代入する計算をあまり推奨しません。
※1 厳密には電流が流れるので、これに由来する雑音は発生しますが、減衰量の関数となるわけでは無く、特殊な場合を除いて無視しています。
※2 厳密には右側は出力端子における熱雑音の影響が無視できないので、出力信号を観測しようとした時点で少し劣化します。
Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話 バックナンバー
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