2015年4月号

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熊野古道みちくさ記


熱田親憙

第8回 熊野のミツバチに魅せられた男

熊野に生まれ、地元のために働き、退職後も教育委員会にご奉公しながら、土・日をミツバチの自然養蜂に励んでおられる中村全文さんを、田辺市本宮行政局の一室に訪ねた。机の上には採集したばかりの、ねっとりしたクリーム色の透けるような蜂蜜が置かれていた。自然養蜂は初体験のため、私の心も上気していた。

開口一番、「ミツバチの事になると目が輝くんですよ」とのご挨拶。自然養蜂を始めたキッカケを尋ねると「父が山林にミツバチの巣箱を置きに行くのに同行したり、父が使っていた蜜蜂の古巣箱をみて、養蜂にロマンを感じ、蜜蜂の世界や養蜂方法を独学で学んだ。試に父の使った古巣箱を山に置いたら、ミツバチが留まり、この道に入った。留まった蜜蜂を初めて見たときは興奮しましたね」

「熊野のミツバチが中村さんの気持ちに応えてくれたわけですから、嬉しかったでしょうね」「ミツバチを観察して、まず学んだのは人間学。女王蜂を中心にして働きバチの役割が決まっていて、その連携ぶりは今や人間社会以上だ。次が女王蜂の分蜂という分家制度。新しい女王蜂が誕生すると、親の女王蜂は速やかに何匹かの家来の働きバチを連れて、新しい巣箱に分かれていく。お見事です。現代人はハチ社会の助け合いに学ぶべきですね」

少年のような瞳の中村さん。次に自然界におけるハチの役割を尋ねると、「私のカボチャ畑でカボチャの花がいっぱい咲いている中に、ミツバチが居るのですよ。ハチの自然受粉で立派なカボチャが実っていました。ミツバチを増やすことにより、農業も果樹園芸も人工授粉の必要がなくなり、コストが下がります。工業的効率が万能ではなさそうですね」と誇らし気だ。これに気づいた中村さんは巣箱作りに精を出し、今は100基ほど設置しているという。

早速、現地に案内をいただいた。着いたところは国道168号の熊野川沿いで、大きな岩を背に陽を一杯受けて、前には熊野川の蛇行で深い水たまりができており、岸辺には大小の草木が生えてほんのり明るく、涼しく、木陰にテントでも張りたくなる空間である。棲み心地はミツバチも人間も同じなのかもしれない。この岩陰には2個の巣箱があり、一方の巣箱の入り口では門兵役の働き蜂が天敵のスズメバチを入れないように羽根を振って威嚇している。もし入ったら、ミツバチが団子のように包んで圧殺するという。智恵がありますね。これも感動ものだ。

週のうち一日は愛妻弁当持参で山歩き。巣箱のチェックに専念するという。ポイントは、天敵の虫の駆除、分蜂の状況、働きバチの蜜の付き具合が中心。時には切り株の中をくり抜いて蜜ろうを塗ったり、一部を焦がしたりして憩いの住み家づくりもするという。

最後に中村さんの夢をお伺いすると、「ミツバチがすみやすいように、自然林で囲んであげたい。そうすれば、洪水、山崩れもなくなり、水害の被害もぐっと少なくなると思う。孫たちのためにも自然林の熊野に戻すべきですよ」と結んでくれた。


スケッチ 国道168号の熊野川沿いで

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