2015年1月号
連載記事
熊野古道みちくさ記
熱田親憙
第2回 まずは大斎原(おおゆのはら)へ
少年時代を千葉の房総半島で過ごした私には、2府4県から成る関西圏は6つのそれぞれの文化を持ち、他圏に見られない魅力を感じている。中でも和歌山県は親しみを感じ、これまでも、熊野三山、森林キャンプ、温泉めぐり、スケッチ旅行などで和歌山を度々訪ねている。今年になって世界遺産登録10周年行事が目白押しで、眠っていた筆とペンが目覚め、これまでの訪問地を線で結んでみたくなった。「熊野古道みちくさ記」と題して、日本のこころの故郷を訪ねながら昔を想い、読者のみなさんとこれからを考えてみたいと思っている。
今回は春の例大祭神事を随行取材するために、熊野詣のゴールとなる熊野三山の中心地・本宮大社を訪ねた。この例大祭は一年の五穀豊穣を願う春祭りで、山場が4月15日、その宵宮に当たる13日の湯登神事と宮渡神事に立ち会うことにした。参加者は宮司と神職、氏子、神楽人(笛、太鼓)、稚児、氏子総代など30名余りで、これら一行が歩く神事コースは、大社本殿 ⇒湯の峰温泉(湯垢離、湯粥、祭典)⇒大日越え(月見丘神社)⇒旧社地入り口(湯登神事終了、休憩)大社 本殿⇒旧社地・大斎原(祭典)⇒真奈井社(祭典)⇒本社鳥居前(解散)。出発点の本宮大社には、早めに着いたので、旧社地である大斎原を訪ねた。これまでも本宮大社の鳥居前までは何回も足を止めていたが、「明治22年の熊野川の大洪水で流出されるまで、本宮大社が祀られていたところ」の説明で聞き流したまま尋ねることはなかった。
- 左手に熊野川、右手に168号線に挟まれた田んぼの中の参道を進んで大鳥居をくぐる。鳥居の足元のところに、日本一大きい鳥居(幅;42m, 高さ;34m)を建てた(平成12年5月11日竣工)意義が説明されていた。「人心が神と自然から離れつつある今日、次世代に日本の心(精神・魂)が復活することを祈念して、皇紀2661年(西暦2001)を迎えて、熊野の大神のご神徳を得て、新たな21世紀が神と自然と人が共にあるよう、大斎原が発信基地になるべく、日本最大の大鳥居建立の運びとなった」(抜粋)。鳥居をくぐると、境内は神聖な場所となり、「神は土地ごとに存在して、その区域を治め、稲の恵みや自然の恵みをもたらしてくれます。あらゆる存在がその個性を生かし、調和し、永遠に発展していくことが神道の原点で有ります」の説明に心が引き締まった。更に歩を進めると洪水で流出した社殿として二つの石祠が祀られていた。ここで神事が行われることにより神が降りてこられて、人と神との合掌が行われる神聖な場所であることを知った。
現代の私達は経済的富みを得たが、同時に自然の恵みと心の豊かさを失ってしまった。私は熊野古道をみちくさしつつ、歩を進めることにより、自然の生態系に生かされている熊野古道が私達に何を警告しているのかを学ぶことができたらと願っている。これから始まる神事の随行記は次回にまわしたい。
スケッチ:田辺市本宮町本宮1番地(大斎原)
熊野古道みちくさ記 バックナンバー
- 第31回 「黒潮の基地」だった湯浅
- 第30回 湯川王子社
- 第29回 紀の川を渡る
- 第28回 山口王子跡から山口神社
- 第27回 波太神社の秋祭り
- 第26回 大阪最後の宿場町へ
- 第25回 タオルの町・泉佐野市へ
- 第24回 和泉式部と行基の伝承地
- 第23回 木綿の産地だった泉大津市
- 第22回 備長炭の魅力
- 第21回 日高川最後の筏師
- 第20回 中将姫会式にこども菩薩
- 第19回 和泉国で街道は太く
- 第18回 住吉神社から方違神社へ
- 第17回 阪堺電車で安倍王子神社へ
- 第16回 上町台地に残る熊野街道(天満橋~天王寺)
- 第15回 淀川下って渡辺津(八軒家浜)へ
- 第14回 熊野詣の起点・城南宮
- 第13回 春一番、男の祭だ!お燈まつり
- 第12回 美味追及するみかん農家
- 第11回 大辺路の遺産登録の夢を追う
- 第10回 西日を受けて神幸船は走る
- 第9回 いい塩梅に干し上がった南高梅
- 第8回 熊野のミツバチに魅せられた男
- 第7回 伏拝に生かされて80年
- 第6回 熊野を思う森の護り人
- 第5回 那智の火祭との出会い
- 第4回 今年も那智の火祭りへ
- 第3回 湯登神事と宮渡神事に神の予感
- 第2回 まずは大斎原(おおゆのはら)へ
- 第1回 アンテナの見える丘