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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第36話】 アンテナと空間のインピーダンス(その4 アンテナの放射抵抗)

濱田 倫一

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第35話ではアンテナから放射される電磁波の電力と空間のインピーダンスη について解説しました。一般論としてアンテナに流れる電流の大きさと分布が決まれば、マクスウェルの方程式から距離r の位置における磁界の大きさ|H |が導出でき、磁界の大きさが判れば、空間のインピーダンスηを用いて、アンテナからある方向に輻射される電力の大きさが判るので、この計算をアンテナの周囲全体に対して行い、アンテナが輻射した総電力が判れば、総電力と電流からアンテナの放射抵抗Rr が決まる・・・ということを解説しました。第36話では、実際に微小ダイポール(電流ダイポール)の放射抵抗Rr を計算してみる事にします。その前に、少し高校の数学を復習します。

1. オイラーの公式

オイラーの公式は波を取り扱う交流理論の世界では基本中の基本ですが、本連載のポリシーは「正確性に欠けても極力図解と簡単な計算式で解説する」だったので、極力使用せずに解説してきました。ここに来て電波を説明する為に避けて通れなくなってきたので少しだけ復習です。

オイラーの公式とは複素指数関数と三角関数の関係を示す式で、


(式1-1)

です。これを電気屋さん的に書き直すと


(式1-2)

ここで、Vmは交流電圧V の最大値、ω[rad/sec]は角周波数(=2πf )、t [sec]は時刻、p[rad]は位相を示し、この式は交流電圧ベクトル(瞬時)を示します。(→図1)電圧だけではなく電流、電力でも同様の使い方をします。


図1 オイラーの公式で指数表記した交流電圧ベクトル

オイラーの式(式1-1)にあるθ には、交流回路で電圧・電流を取り扱うときはω t 等の時間要素のパラメータのみが代入されますが、電磁波(電界と磁界)を取り扱う場合は、第33話の図3や第35話の図2に示したように時間要素に加えて波源からの距離を表すパラメータが時間や位相角に換算して加えられ、例えば磁界ベクトルの場合(式1-3)のような形で使用されます。


c :光の速度[m/sec]、r :波源からの距離[m]
(式1-3)

ε・・・という式が出てきたら、交流電圧、電界、磁界など、波のベクトルを表していると考えてください。では話を微小ダイポールの放射抵抗に戻します。

2. 電流と磁界・電界の関係

電流ダイポール(微小ダイポール)の実効値I [A]の交流電流から、ある方向に距離r 離れた点に発生する交番磁界のベクトルH はマックスウェルの方程式の解から得られます。ここでは結論だけを書くと、電流ダイポールに対して図2に示す極座標系(r , θ ,Φ )を定義した場合、第35話で解説したとおり、電流と同じ方向には磁界は発生しないので、磁界ベクトルH HΦ のみ(Hθ は発生しない)となり、(式2-1)で導出されます。※1


Im I の最大値
(式2-1)

交番磁界の実効値H


(式2-2)

そしてこの交番磁界HΦ の振動に伴って発生する交番電界ベクトルE は磁界に直交するのでEθ のみが存在し、空間のインピーダンスη=120π[Ω]から、


(式2-3)

磁界の時と同様に交番電界の実効値E


(式2-4)

となります。


図2 電流と電磁波の関係※2

また、第35話で解説したとおり、HΦ Eθ の外積ベクトルS は電磁波の電力と進行方向を示しており、その絶対値(HΦ Eθ の内積値)Pr はその方向に伝播する電力を示します。


(式2-5)

3. 電流ダイポールの全放射電力と放射抵抗

電流ダイポールの交流電流で、電流ダイポールからある方向(θ ,Φ )に距離r 離れた点に発生する交番磁界の大きさと電磁波として伝播する電力の大きさが求まりました。電流ダイポールの交流電流から放射される全電力は、(式2-5)を図3に示す球面全体に渡って計算し総和をとる・・・。つまり球面全体に渡って積分を行えば良いと言うことになります。シミュレータで計算する場合は、実際に球面をθ ,Φ )で細かく区切って計算を行いますが、電流ダイポールの場合は形が単純(電流が一定値)なので解析的に解くことができます。(確か1技、2技の予備試験や、1アマの試験問題にも良く登場したと思います)


図3 全放射電力を計算する

図3のように配置した電流ダイポールの指向性は𝑥-𝑦面は無指向性なので、図で赤く示した円環(微小な幅の円環)を通過する全電力dP は(式2-5)で求めたポインティングベクトルの面積倍になります。→(式3-1)


(式3-1)

電流ダイポールから放射された電力は球形に広がっていくので、任意のポイントで観測すると1/r2 の大きさになりましたが、円環状の領域を積分した結果はダイポールからの距離r には関係なく同じ値になることが判ります。球面を通過する全電力P は(式2-5)をθ =0~π[rad]まで積分すれば導出できます。→(式3-2)


(式3-2)

三角関数の積分は高校の数Ⅱか数Ⅲで学んだかと思いますが、sin3⁡𝓍 の不定積分は


(式3-3)

従って𝑥=0[rad]~π[rad]までの定積分は、


(式3-4)

となるので、


(式3-5)

という結果が導出されます。電流ダイポールから輻射される総電力P と電流ダイポールの放射抵抗Rr の関係は、第34話~第35話で説明した通り、P=I 2Rr なので


(式3-6)

となります。

(式2-1)及び(式2-2)から判るように、磁界HΦ の大きさは電流I の大きさと電流I が流れる長さd𝓁 に比例して大きくなります。従って電流の流れる区間が長いアンテナ・・・。すなわちエレメントの大きなアンテナほど同じ電流値で大きな電力を空間に輻射する事になります。同じ電流値で大きな電力を放射(消費)するということは、それだけ端子電圧が高くなるということですから、Rr の値は大きくなっていると言うことになります。(式3-6)を見るとRr は電流の流れる区間d𝓁 が波長比で長いほど大きな値になることを示しています。

4. 有限のエレメント長のダイポールと微小ダイポールの関係

面倒くさい計算が延々と続いて、ようやく結論らしきところにたどり着いたのですが、実は電流が流れる長さd𝓁 と放射抵抗Rr の関係は常に比例関係という訳ではありません。前節までは、わざわざ“微小”ダイポールという定義を行い、さらに電流が流れる区間の長さは"d"𝓁 と表記しています。実はI d𝓁 が単純にd𝓁 に比例して大きくなるのは、d𝓁 の値が波長λ に対して充分に小さい時だけです。理由は2つあります。1番目は交流電流が流れる区間が長くなって、波長に対して無視できない長さになると、図4に示すように交流電流の瞬時値が長さの関数になってしまい、一様の電流分布にはなりません。


図4 電流が一定にならない理由(その1)

2番目は電流を流す為にエレメントを共振させる為です。第34話の3章で解説したとおり、実際にアンテナエレメントに電流を流す為には、エレメントを共振させる手法が手っ取り早いので良く採られます。アンテナエレメントを共振させる為にはエレメント長𝓁をλ/4以上の長さにする必要があり、1番目の理由が成立するのみならず、共振したエレメント上には電流定在波が発生するため、図5に示す通りエレメント上の電流は一定にはなりません。→第6話の3章(3)を参照


図5 電流が一定にならない理由(その2)

このように電流の分布が一定にならないエレメントから放射される電力と放射抵抗を計算する場合は第34話の図3で解説したとおり、幾つもの微小ダイポール(電流ダイポール)が電流経路(エレメント)に沿って縦続につながっていると考えて放射界の計算を行います。半波長ダイポールを例にすると、図6に示すように電流値の異なる幾つもの微小ダイポール(電流ダイポール)がλ/2の長さに縦続につながっていると考え、各微小ダイポール上の電流は一定値と見なして近似計算をおこなうのです。


図6 λ/2 ダイポールの電流分布を微小ダイポールの集合体で模擬する

半波長ダイポール全体の放射電力と放射抵抗は近似した各電流ダイポールの放射電力の総和(瞬時値の総和です)となります。図6のように共振しているダイポールの場合、エレメントの太さが長さに対して充分小さければ、電流分布は解析的に計算でき(式4-1)で導出できます。


(式4-1)

従って、半波長ダイポールアンテナからある方向に距離r 離れた点に発生する交番磁界dHΦ は、図6に示す微小区間d𝓁 の電流で発生する成分を(式4-1)と(式2-1)から導出し、これをエレメント全体(d𝓁 = -λ/4~+λ/4 )に渡って積分することで、導出することができます。dHΦ がわかれば、後の手順はこれまでの説明と同じです。半波長ダイポールアンテナが輻射する全電力P が導出できたら、これと放射抵抗Rr の関係は、P=Im 2Rr となります。このようにして求められる半波長ダイポールアンテナの放射抵抗Rr は、約73Ωとなりますが、参考文献(2)をはじめ、様々な教科書に計算事例が登場するので、そちらを参照ください。

第34話で紹介したMMANA※3等のアンテナシミュレータにおいても同じ考え方で、アンテナエレメントをx/y/z 方向に細かく分割して(式2-1)からr /θ /Φ 方向に輻射される電力を計算します。このとき計算の第一ステップとなる電流分布を計算するアルゴリズムが種々存在し、MMANAが採用するモーメント法というのは、この電流分布を時間領域で計算する手法の一つです。

5. 第36話のまとめ

第36話では実際に放射抵抗Rr を計算する手順と考え方を詳しく解説しました。これでアンテナのインピーダンスというのは何者なのかについて、イメージを持って頂けたのではないかと思います。以下、簡単に整理しておきます。

(1) 交流電流から輻射される電磁波の電力は、経路内の電流値が一定値なら電流の大きさと流れる経路の長さに比例する。従って、放射抵抗Rr は電流の流れる経路が長くなるほど大きい値になる。

(2) 但し経路の長さが波長に対して無視できなくなると、経路内の電流の大きさは一定値にならない。一般的なアンテナはエレメントを共振させるので全てこのケースになる。

(3) アンテナから輻射される電磁波の電力は、アンテナエレメントに流れる電流を電流ダイポールの集合体と捉え、各微小ダイポールから輻射される電磁波の電力の総和(積分値)として求める事が可能

(4) アンテナから輻射される電磁波の電力値とアンテナエレメントの電流分布の最大値が判れば、そのアンテナの放射抵抗Rr を導出することが可能。

(5) (2)の理由でアンテナエレメントの長さL を長くしても、L 4λ/3 を超えたあたりから先はRr は上昇しない。

アンテナと電磁波の世界は全てベクトル解析で語られるので、私のような回路屋にとっては、いつもと違う領域の脳ミソを使う必要があります。そんな訳で電磁気をご専門とされる先生方から見ると非常に雑で下品な解説だとお叱りを受けるのではないかと戦々恐々としています。回路屋がアンテナと電磁気を理解するには、こんなアプローチもあると笑って許して頂ければ幸いです。次回はアンテナの放射抵抗Rr と実際の給電点インピーダンスの関係について解説します。

※1 実際のマクスウェル方程式の解は、θ ,Φ ,r 各方向成分の電界と磁界が導出されます。また電界には静電界(1/r3 に比例)、誘導電磁界(1/r2 に比例)、放射電磁界(1/r に比例)、磁界には誘導電磁界(1/r2 に比例)、放射電磁界(1/r に比例)の成分が導出されますが、ここでは放射電磁界のみを取り扱っています。アンテナ近傍で誘導電磁界や静電界と直接結合するものが無ければ、アンテナから放射される電力は全て放射電磁界と考えて問題ありません。
※2 図2の青いドーナツ形状は電界強度(磁界強度)分布を示すイメージであって、本来は3次元空間の距離座標を示す本図に一緒に記載すべきものではありません。便宜上の表現であることをご了承ください。
※3 MMANAはJE3HHT森氏が制作、フリーウェアとして公開しているモーメント法による線状アンテナ解析ソフトウェアです。下記からダウンロートする事が可能です。
http://je3hht.g1.xrea.com/mmana/index.html

または
https://www.vector.co.jp/soft/win95/home/se094485.html

【参考文献】
(1) アンテナ入門 F.R.Conner 原著 安藤 真 訳 森北出版 1990年
(2) ANTENNAS Second Edition J.D.KRAUS McGRAW-HILL 1988年

【お知らせ】 Mr.Smith Ver4.2をリリースしました。
8月末にMr.Smithに新機能を追加してVectorにリリースしました。
Ver4.2では、スミスチャート上のマーカを直接マウスで選択してアクティブマーカや表示周波数の切り替えができるようになりました。インピーダンスローカスから共振周波数を確認するときなどに威力を発揮します。その他、累積的な不具合の修正を行っています。従来通り、基本機能の利用に認証は必要ありません。Ver4.1をご利用中の方は、Ver4.1の認証コードでVer4.2の機能をご利用頂けます。
ダウンロードはこちらから
https://www.vector.co.jp/soft/dl/winnt/business/se521255.html

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