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IC-SAT100M(車載型)に見るPoE(Power over Ethernet)技術

月刊FB NEWS編集部

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アイコムのホームページの製品ページを見るとアマチュア無線機器や業務無線機器の中にこれまでの製品系列にはなかったIC-SAT100あるいはIC-SAT100Mといった製品名が目に留まります。製品紹介を読むと製品名の「SAT」とは、「Satellite」の最初の三文字であることが分かります。両者ともトランシーバーですが、端末どうしが直接通信するのではなく、地球の遥か上空の軌道を回っているSatellite(人工衛星)を介して通信すると記されています。これならオペレーターが持つ端末と衛星の間には通信の妨げとなる障害物がないことで、距離は離れていますが見通しとなることで常に安定した品質の高い通信を確立することができます。


図1 PoE技術が使われているIC-SAT100Mとそのアンテナ(左上)

IC-SAT100M SATELLITE PTT(車載型)にはたいへん興味深い技術が使われていることが分かります。この技術とは、9月15日号のFBのトレビアでも少し説明されているPoE(Power over Ethernet)の技術です。先の説明と重複するところがありますが、今回このIC-SAT100Mに使われているPoEについて詳しく説明します。

アンテナと機器間の接続

世の中の5G、6Gの技術が進むと必然と大容量のデータの伝送が必要になることから、帯域幅が十分確保できるSHF帯への移行が進みます。周波数が高くなると、業務の場合は、同軸ケーブルを使わず空間の中を電波が伝搬する導波管を使うことになりますが、アマチュア無線で普及するかとなると考えものです。

2400MHzぐらいまではなんとか同軸ケーブルの給電で運用できたとしても、それ以上の周波数帯となるとケーブルのロスは無視できなくなり同軸ケーブルでの給電はもはや現実的ではありません。そこで同軸ケーブルの敷設なしにRF信号を無線機本体から数十メートル離れたアンテナに送る方法を考えてみます。

同軸ケーブルなしに無線機本体とアンテナを接続すると、極端な例ですが図2のようにすれば実現できます。見ての通り多くのケーブルを敷設することでたいへん煩雑になります。


図2 同軸ケーブルのロスを抑える接続

UHFやSHFでは同軸ケーブルはロスを生む悪者のように扱われていますが、そもそも同軸ケーブルに高周波を流すとロスが発生することはなんとなく分かっています。その原因は、大きくは2つあると思います。
1. 導体損失(直流抵抗に対するロス)
2. 誘電体損失(導体間の交流に対するロス)

上記1は、周波数に関係なく発生するオームの法則に準じたロスです。ところが高周波になればなるほど、信号は導体の表面部分しか流れない表皮効果を生じることで、現実的には、低周波を流すより高周波のほうが抵抗値は高くなり、導体損失が増加することになります。

次に上記2に示した誘電体損失も無視できません。誘電体という難しい言葉ですが、ここで敢えて絶縁体と呼びます。同軸ケーブルの芯線と編線の間にはポリエチレン等の絶縁体が用いられています。直流的には抵抗値は無限大ですが、これも高周波を通すとそこには寄生抵抗が原因で電流が流れることになり、それがロスとなります。

要するに同軸ケーブルに高周波を流すと低周波を流す以上にロスを生じることになり、UHFやSHFでは高周波を扱う導体部分を極力少なくすることがロスを抑える決め手となります。そこで冒頭に少し触れたPoEの技術となります。PoEとはPower over Ethernetの略です。単語の意味から察することができるように、機器間のデータのやり取りに使っているLANケーブルに電力(電源)を重畳する技術のことです。

上の図2のケーブル類で煩雑になったシステムを下に示す図3のようにLANケーブルを通してスピーカーやマイクの信号、またアンテナ直下のトランシーバーの制御信号、それに電源を送ると、シャック~アンテナ間はLANケーブル1本で済ませることができます。こうなるとアンテナ直下に設置したトランシーバーはブラックボックスで済ませることが可能です。


図3 LANケーブル1本で接続したコントロールパネルとトランシーバー

屋外や天井裏など電源を供給しにくい場所に設置されている無線LAN機器やネットワークカメラなどメディア機器にDC電源を供給する場合、LANケーブルに信号と同時に電力も送るPoEを使うことで新たに通信機器用の電源の配線が不要となる大きなメリットがあります。


図4 PoEによる屋内と屋外の機器間の接続

IC-SAT100M(車載型)について

IC-SAT100Mは、イリジウム®社の衛星通信ネットワークを使った無線端末(SATELLITE PTT)です。イリジウム®衛星は、地上780kmの低軌道に配置された66機の周回衛星で、極地を含む全世界をカバーしています。我々アマチュアが気になる周波数ですが、1575.4~1626.5MHzが使われています。相手局との通信は、低軌道のイリジウム®衛星を介して行いますので他の通信衛星と比べて音声遅延の少ないリアルタイムな通信ができると説明されています。


図5 イリジウム®衛星を使った通信システム

通常の衛星電話とは異なりトランシーバーと同じように送信ボタン(PTTボタン)を押すだけで複数の相手先に音声を同時に送信することができ、衛星間で通信が行われるため、大規模災害で地上のインフラがダウンした場合でも安定した通信を確保できます。また、従来の無線機やIP無線との連携また、僻地や海上などの通信インフラが整備されていない場所でのコミュニケーションツールとしても活用できます。


図6 IC-SAT100Mのリアパネル(IC-SAT100Mの取扱説明書から引用)

IC-SAT100Mのリアパネル(図6)を見ると通常のトランシーバーとは異なる端子類が装備されています。その一つが、トランシーバーでありながらM型あるいはN型のRFアンテナコネクターがないことです。マイクに入力した音声アナログ信号は無線機本体でデジタル信号に変換され、同軸ケーブルではなくLANケーブルを通して屋外に設置されたアンテナユニットに導かれます。(図7)


図7 無線機本体とアンテナユニットとの接続

LANケーブルを通してDC電源を供給

図7のアンテナユニットを考えるとこの中には電子回路とアンテナが内蔵されていることが分かります。簡単にいうとアクティブアンテナです。電子回路が内蔵されていることから動作に必要な電力も供給する必要があります。このIC-SAT100Mでは、LANケーブルを通してアンテナユニットに電力を供給しています。ネットワーク機器では機器間はLANケーブルで接続され、そのLANケーブルで機器の動作に必要な電力を供給するPoE技術がすでに一般的になっています。この技術はアマチュアにも使えそうです。

アマチュア無線の場合、無線機本体はシャック内に設置し、アンテナユニットをタワーや屋根の上に設置することになります。仮に20mのLANケーブルで無線機本体とアンテナユニットを接続したとしてもDC電源の電圧降下を考慮する必要があります。一般によく使用されているCAT5eのLANケーブルにはAWG24~26の線材が使用されています。これらの線材の直流抵抗は、AWGの規格によるとおよそ100Ω/kmとの記載があります。これからすると20mのLANケーブルの直流抵抗は2Ωとなります。往復ですから40m分は単純計算で4Ωです。4Ω分の電圧降下は、仮に3Aの電流が流れると12Vもの電圧降下となり、これでは電子回路は正しく動作しません。

LANケーブル内でのロスがアンテナユニットに供給する電圧に大きく影響しますので、このロスを最小限とするためには、LANケーブルに流れる電流を低く抑える必要があります。山間部に建設された水力発電所と同じで、発電した電力を高電圧で都市部まで送電するのとよく似ています。

これをまとめると次のようになります。

(1) ケーブル中の電力ロスを低減するためには、電流値を低くする必要がある。
                   電力ロス = (電流)2 × 抵抗値

(2) 消費する電力が一定ならば昇圧した方が電流を低く抑えることができる。
                   電力 = 電圧 × 電流

(3) 電流値が低ければLANケーブルで生じる電圧降下も低くなる。
                   電圧降下 = 抵抗値 × 電流

PoEの規格

PoEには、給電側機器であるPSE(Power Source Equipment)とその電源を受ける受電側機器であるPD(Power Device)が対として存在します。その両者をPoE対応のスイッチングハブを通してLANケーブルで接続しますが、その距離はなんと最大100mまで給電可能とされています。無線機器をアンテナ直下に設置し、LANケーブルでシャック内のパソコンと接続すると同軸ケーブルなしの操作が可能となり、高い周波数による同軸ケーブルのロスを考えることなく運用ができるということです。我々アマチュアが行っているリモートシャックの考えとよく似ています。

LANケーブルはカテゴリーによってケーブル内の使用ワイヤー数が異なります。我々が普段よく見かけるケーブルはカテゴリー5E(CAT5E)と呼ばれるもので、内部には4対(8本)のワイヤーが通っています。このケーブルに信号や送受信のタイミングの信号をのせて機器間で通信します。PoEにも規格があります。IEEE(アイ・トリプル・イーと呼ぶ)、Institute of Electrical and Electronics EngineeringがPoEの標準規格を決めています。また企業が独自で決めている規格もあるようです。

この表を見る限り、供給電力の電圧記載はありませんが一般的に48Vです。給電側の出力はIEEE802.3btの規格で90Wもあります。IC-705が13.8V時、10W運用で消費電流は約3Aですから消費電力は40W強です。これから考えると90Wの電力はたいへん大きいことが分かります。それぞれの規格を参考で掲載します。下の表のうち、上3段はIEEE、下3段は企業の独自規格です。


図8 PoEの規格

PoEの今後の展開

アマチュア無線におけるUHFやSHFの技術や電波伝搬の実験がマニアだけの世界ではなく、多くのアマチュア無線家にも受け入れられる周波数帯とするには、IC-SAT100Mに見るようなPoEの技術を駆使した無線機の開発が必要となるように思います。FBのトレビア 第二十八回 UHFに対する同軸ケーブルのロスの後半にPoE技術について説明されているように「電力供給」「通信制御」「画像転送」などに応用が可能と考えられます。

屋外の無線LANは、2.4GHz帯が使われています。アンテナへの2.4GHzの給電には同軸ケーブルが引き回しされているわけではありません。端末からアクセスポイントまでWi-Fiで通信を行い、その信号は有線LANケーブルでアンテナ直下までデータとして伝えます。そこには高周波信号(RF)は介在しませんから、RF電力のロスを考える必要は全くありません。各オペレーターが持つ端末からアクセスポイントを経由して有線LANケーブルで届けられたデータ信号は、アンテナ直下に設置した装置でRFに変調すればほとんど同軸ケーブルを介さずアンテナからRF信号を輻射することができます。高価な同軸ケーブルも不要です。

図9のようなイメージなら既存の無線LANの技術を使い、アマチュア無線の世界でも実現の可能性は十分にあります。アンテナ直下にRFのトランシーバーを置き、アンテナで受けた信号は、トランシーバーに引き込まれ、デジタルに変換されたのちLANケーブルでシャック内のPCに供給されます。送信はその逆の流れです。特にUHFやSHFでは同軸ケーブルを引き回すと大きなロスとなりますから有効な手段といえます。


図9 同軸ケーブルをほとんど使わないシステム接続のイメージ図

複雑な配線も必要とせず、アンテナ直下に取り付けたトランシーバーへの電源は、LANケーブルだけで賄われます。今回は業務の世界で使われているイリジウム®衛星を使ったSATELLITE PTTの説明でしたが、近い将来PoEを使ったアマチュア無線機の説明がこのコーナーでできることを楽しみにしています。

FBDX

<参考>
文中の無線LANの周波数を説明する箇所ではIEEEの802.11b/gの説明に合わせて「GHz」、アマチュア無線の周波数帯を説明する箇所では総務省のアマチュアバンド使用区別に合わせて「MHz」表記としています。

<引用>
PoEの規格は下記のサイトから引用しました。
MACNICA
https://www.macnica.co.jp/business/semiconductor/articles/onsemi/133496/

システム・ケイカメラ
https://systemk-camera.jp/camera-blog/knowledge/highpower-device-poe.php

パソコンのイラストは、DESIGNALIKIEのフリー素材を加工して使用しました。

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