Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話
今回からは、第24話で「後日解説」とした低雑音増幅器(Low Noise Amp: LNA)のインピーダンスマッチングについて解説することにします。低雑音増幅器とは文字通り雑音が小さい増幅器ということですが、その前に電子回路の「雑音」について理解しておく必要があります。第26話はMr.Smithやインピーダンスマッチングの話から一旦離れて、無線通信機で取り扱う「雑音」についてお話します。
私たちは音声やデータを電気信号に変換して遠くに伝送します。アマチュア無線で云えば、音声(空気振動)をマイクロホンで電気信号(電圧の変化)に置き換え、これを高周波の電圧振幅や周波数の変化に置き換え(変調)てアンテナから電磁波として放射し、離れた場所でこれを受信、受信した変調信号の振幅や周波数の変化を音声の電気信号に変換(復調)してスピーカーで空気振動に戻しています。(図1)
この時、空間に放射された電磁波は、送信アンテナから離れるほど減衰して小さくなるため、受信側ではこれを増幅して元の大きさに戻しますが、減衰した信号は、どんなに小さくても限りなく増幅しさえすれば検出できるのかというと残念ながらそうではなく、図1の吹き出しに示した通り、雑音(=種々の原因によって発生する擾乱(じょうらん)による電圧変動)に埋もれてしまい検出することができなくなります※1。
最近はディジタル伝送が普及して、雑音を直接肌で判じることがなくなってきましたが、FMラジオの局間ノイズ(ザーという音)、アナログテレビの「砂嵐」画面が、今でも雑音を表現するときの代表イメージかと思います。
図1 雑音のイメージ図
※1 ここでは話を簡単にするため、図1のアンテナ出力で初めて雑音が重畳されるような説明をしましたが、実際には図1のマイクロホン~スピーカまでの至る所で雑音が発生し重畳されます。
ある電気信号を増幅すると、図1に示したようなメカニズムで、必ず「雑音」が重畳されます。定性的には増幅を繰り返せば繰り返すほど、雑音は大きくなって行くので、回路設計に際しては、この雑音の大きさが大きくなりすぎて通信できなくなったり、回路が誤動作しないように管理する必要があります。低雑音増幅器はこの雑音レベルを管理する目的で使用されます。
通常、雑音は「電圧振幅」として観測されますがこれはランダム値なので、回路設計においては「平均電力」または「電圧振幅の2乗平均値(RMS)」で取り扱います。アナログ回路で一般的に取り扱う自然雑音は「白色雑音」または「加法性白色雑音」と呼ばれ、図2に示すように、時間軸上で観測した雑音はランダム振幅、周波数軸上で観測すると広い周波数範囲に一様の密度で分布した電力となります。
回路設計を行うときの雑音電力の大きさは、回路が利扱う帯域内に存在する雑音電力の積分値[dBm]です。この値と信号電力との比をSNR、またはSN比(S/Nと表記する場合もある)と呼び、その装置の雑音の大きさを示します。SNRが小さくなると雑音の影響が強くなり、信号が判別できない確率が上昇します。目安としてアナログ無線通信機の場合、SNR=12dBを会話できる限界として取り扱い、SNR=12dBとなる受信信号レベルを感度レベルと呼んでいます※2。
図2 雑音電力
※2 正確にはSNRではなく、雑音電力に歪み成分を等価雑音電力として加算した値とこれらと信号を含む総電力の比であるSINAD(Signal-to-noise and distortion ratio)で規定しています。
図3にトランジスタ増幅回路で取り扱う雑音を示します。通常、「雑音」と一言で括ってしまうのですが、増幅器を設計する観点では過去に解説した“インピーダンス”や“Q”と同様、雑音にも種類があります。「低雑音増幅器」を理解するためには、この雑音の種類について理解し、低雑音増幅器とは、どの雑音のレベルが低い増幅器なのかを理解する必要があります。
図3 トランジスタ増幅回路で取り扱う雑音の種類
(1) 外来雑音と内部雑音
まず最初の整理は「外から入ってくる雑音」と「回路で発生する雑音」です。ざっくりと分類すると図3の③が「外から入ってくる雑音」、①②が回路で発生する雑音になります。当たり前の話ですが、「外から入ってくる雑音」は低雑音増幅器を使っても小さくなりません。外来雑音は通常、アンテナから受信信号と一緒に受信されて増幅回路に入力される、または回路に直接干渉して雑音電圧となるもので、地表の熱雑音や大気の吸収雑音、太陽雑音のような熱雑音由来の雑音、自動車のイグニッションノイズ、雷サージノイズ、蛍光灯等、放電現象由来の雑音、他の電子機器の不要輻射などが存在します。外来雑音には人工雑音が多いのが特徴で、これらは短波帯以下の周波数帯に強く分布する傾向にあり、また回路が置かれている周囲の環境に依存します。外来雑音が回路で発生する雑音のレベルより大きい環境では、増幅器の発生雑音をいくら小さくしても雑音の状況を改善することは困難です。(実際、短波帯の受信機ではNFの良いフロントエンドよりも混変調に強い(飽和レベルの高い)フロントエンドが好まれる傾向にあります)
(2) 熱雑音とショット雑音
回路で発生する雑音のうち、トランジスタ増幅器で支配的なのが「熱雑音」と「ショット雑音」です。
熱雑音は電流の担い手であるキャリア(荷電粒子)の熱運動と導体(または半導体)の格子の不均一が原因で発生する両者の衝突(非弾性衝突)が原因で発生するもので、絶対零度の環境下でない限り、電流の有無にかかわらず、導体、半導体に常に観測される雑音です。従って図3の①に示す通り、トランジスタの入力に接続されている信号源インピーダンスの端子間に雑音電圧源として定義され、入力信号と一緒に増幅されることで入力信号に重畳されます。
ショット雑音は電流がPN接合などのエネルギーギャップを通過するときに、エネルギーギャップの不均質さによって揺らぐ結果、この揺らぎが雑音として観測されるものです。従ってショット雑音はトランジスタやFET、真空管等、能動素子が発する雑音です。従って図3の②に示す通りトランジスタ内部で発生し、トランジスタの出力信号に重畳されます。
では、回路設計に於いて雑音はどのように取り扱うのでしょうか。雑音も一般的な信号源と同様、電圧源、電流源、または両者の組み合わせとして取り扱います。
図3に示したようなある信号源Sに観測される雑音は、その信号源抵抗RSの両端に発生する雑音電圧として、図4の①に示す等価回路で表現されます。(開放端雑音電圧: 、図では信号源Sは省略しています)
図4 信号源抵抗RSに発生する熱雑音電圧と電力
熱雑音の場合、キャリアの熱運動によって発生するランダムな電流が発生原因なので熱雑音電流iNの2乗平均電流の大きさは、温度Tと信号源コンダクタンスに比例して増加し、(式4-1)で示されます。
(式4-1)
ここでkはボルツマン定数: [J/K]、Tは絶対温度[K]、Bは雑音電圧の観測周波数帯域幅[Hz]です。この回路をノートン-テブナン変換して図4の②の回路に置き換えると
(式4-2)
従って、雑音電圧のRMS値(開放端電圧)は
(式4-3)
となります。さらに図4の③に示すように、この信号源抵抗にインピーダンスマッチングを行って電力を取り出した場合、負荷抵抗RLに重畳(入力)される雑音電力PNは(式4-4)で与えられます。
(式4-4)
すなわち、ある増幅器において入力の信号源インピーダンスにインピーダンスマッチングを行った場合、その増幅器にはkTB[W]の電力の雑音が信号と一緒に入力されることになります。
4章で述べた熱雑音は、トランジスタ増幅器に入力される雑音(図3の①)です。この雑音は入力信号と一緒に“雑音”という名前の入力信号として増幅されて出力されますが、同時にトランジスタ自身が雑音を発生(図3の②)し、これが出力信号に重畳されます。このトランジスタ自身が発生する雑音の大きさは、雑音指数(Noise Figure: NF)で示されます。NFの定義は(式5-1)に示す通り、入力のSNRと出力のSNRの比です。
(式5-1)
具体的なイメージを図5に示します。ある増幅器に雑音の無い信号Sを入力したときの、A点におけるSの電力が熱雑音電力Nthの100倍(=20dB)であったとします。当然、この時の増幅器の入力SNRは20dBです。これを増幅器で増幅してB点で観測したとき、この増幅器が全く雑音を出さなければB点のSNRも20dBの筈ですが、残念ながら増幅器も雑音を発生するため、出力のSNRは入力のSNRより小さい値になります。この時、B点のSNRが15dBだったとすると、この増幅器の雑音指数(NF)は、NF=5dBとなります。つまりNF=5dBの増幅器とは、入力端子において、熱雑音電力の3.16倍(+5dB)に相当する雑音電力を発生する増幅器ということになります。そして低雑音増幅器とは、このNFの値が特に小さい(数dB以下)増幅器の事を示しています。
図5 NFの定義
第26話では、高周波アナログ回路で取り扱う雑音の定義について、初歩的なところをご説明しました。低雑音増幅器とは雑音指数(NF)の小さい増幅器、言い換えると自身が発生する雑音が熱雑音の数倍の範囲にある増幅器と云うことになります。以下、第26話でお伝えした内容を整理しておきます。
(1) 雑音とは、種々の原因によって発生する擾乱(じょうらん)による電圧・電流の変動である。
(2) 増幅器で発生する雑音には、トランジスタの入力で観測される「熱雑音」とトランジスタ内で発生するショット雑音に分類される。
(3) 熱雑音はインピーダンスを有する全てのデバイスの端子間に観測され、その電力はボルツマン定数kと絶対温度T、ならびに観測する周波数帯域幅[Hz]の積になり、一般的な信号源と同様、インピーダンスを持った電圧源、または電流源で定義される。
(4) アナログ回路において、トランジスタを含む、各種アクティブデバイス内部で発生する雑音の大きさは雑音指数(Noise figure: NF)で表示される。NFは増幅器入出力のSNRの比(SNRの劣化量=雑音の増加量)で定義される。
次回は雑音指数についてもう少し詳しくご説明することにします。
Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話 バックナンバー
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