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熊野古道みちくさ記

第32回 黒潮に乗り漁場開拓

熱田親憙

時代をさかのぼると、戦国末期から江戸初頭にかけて城下町の拡大で農水産物の需要が増し、紀州の漁業は、食用魚と魚肥の生産増で発展した。当時日本一の漁業技術を持った紀州人はクジラ、タイ、カツオ、イワシの漁場を求めて東海、西海に向かった。特に上総、安房(現在の千葉県南部)はイワシが豊富に捕れた。私の幼少期にも地引網で朝揚がったばかりのイワシやアジを売りに来ていたものだ。

湯浅・栖原の紀州漁民、垣内太郎兵衛は、丈夫な漁網を持って富津をはじめ天羽、荻生など内房にいくつも漁港を開き、漁法を伝えた。そんな縁から湯浅・栖原漁協と千葉・富津漁協は長く交流が続いた。房州における紀州漁民の昔と今を聞きたくて、富津市大堀で魚の卸売りをされている山金水産の社長・平野正明さん(77)を訪ねた。

店頭には「山金の御馳走便」「鯛(たい)の上総蒸し」の張り紙。天井近くに2005年に取得した「魚部の保存調理方法」の特許証が張られていた。魚の鮮度・品質に対する社長のこだわりを感じ、後日送っていただき、賞味することにした。

正明さんは子どものころ、太海(ふとみ・鴨川市)のイセエビ問屋・栖原喜一さん宅に、祖父のお伴でよく行き、生きたイセエビに触れて感動した。また、萩生の漁場で桂網にかかったタイがはね回ってしぶきを上げているのを見て、タイを東京の市場に卸す代々の家業を継がねばと思うようになった。この桂網は江戸初期に栖原角兵衛が房州にもたらした、40人7隻の船団で操業する大規模な漁法である。父は正明少年の心境を見抜いて、少年に商売のコツと経営の基本を学んでもらうため、滋賀県近江八幡市の陶器店に丁稚奉公することを勧めた。

正明さんの経営の基本は (1)品質第一、数を追うな。多利、多売はその眼を鈍らす(2)人間は10本の指の範囲で仕事をすべし(3)日ごろから無理をしない自然体を保つ心がけが必要--の3点。消費者が食べて満足する顔が直接見られる魚小売店のみに卸す方針をとっている。今流でいえば、ダイレクトマーケテイングの発想だ。だから卸す小売店を小まめに訪問し、その後は必ず直筆の礼状を出す。利を生むタイは年1回、必ず魚霊祭を開き供養する。人間は生あるものの命を頂いて生かされていることを片時も忘れず、おごらず、謙虚に商売をなさっている姿に熱いものを感じた。これこそ紀州人魂である。

黒潮に乗って漁場を開拓し、房州をはじめ日本列島の海岸に漁港と町を作り、漁業技術を持ち込んで、漁業を水産業に発展させた紀州人の功績は、公共心のたまものと言えよう。

お正月早々、注文した「鯛(たい)の上総蒸し」が届いた。腹部内に詰まった酒粕が肉の甘味に香りを添え、捕れたてのままのピンク色の鯛が藁(わら)で防虫梱包されていた。自然の恵みを利用して完成度を上げている心意気に新たな紀州魂を見た。


スケッチ 富津漁港(千葉県富津市)

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