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今月のハム

JA4DND 松浦博美さん

島根県松江市からオールバンドにアクティブなJA4DND松浦さん。中学生になった頃には、ゲルマラジオなどを作って楽しんでいたが、中学3年の時に短波付きラジオを入手してからは海外の短波放送も聞くようになり、電波への興味を深めていった。高等専門学校(高専)に入学してすぐの頃、遠い親戚にあたるJA4BUA桑原さんからアマチュア無線を勧められて、資格を取るため勉強を始めたが、免許が取れたらすぐにオンエアすべく送信機作りも同時にスタートした。

トリオのコイルキット、ファイナルにはUY-807を使用した7MHzと21MHzの2バンドAM送信機だった。VFOは無かったので、7070kHzの水晶を使用し、3逓倍して21210kHzにも出られるようにしたものだ。試験に合格するよりも先に早く送信機が完成したので、送信はできなかったが、その頃に入手した短波受信機9R59でアマチュアバンドをワッチし、開局に向けて準備を進めていった。

高専1年の夏に夜行バスで広島まで行き電話級の国家試験を受験。合格後はすぐに開局申請を行い、免許が下りてくるのを待ちわびた。そして1965年2月23日付けでJA4DNDの免許がおり、松浦さんは7MHz AMで第一声を発した。周波数は7070kHzの固定のため、自分でCQを出して呼んでもらったという。

開局1年くらいは固定送信周波数での運用を楽しんだか、1年後くらいにVFOを自作。ただし、初めは自分がどこにいるか全然解らなかったので困ったという。ある日、21MHzバンドをワッチしていたところ、CR7FMのCQが聞こえ、試しに呼んでみたところ簡単に応答があった。交信後に解ったことだが、このCR7FMはアフリカのモザンビークの局だった。21MHz AM 10Wと自作のダイポールアンテナでアフリカと簡単にQSOできてしまったことで、松浦さんはDXに興味をもち、また「このQSOがきっかけとなりその後DXにのめり込んでいきました」と話す。それまでのQSO相手はほとんどが国内局だったが、その後はDX局ばかりログに埋まっていった。


CR7FMのQSLカード(コピー)

DX QSOを重ねているうちに、近所の先輩局から、「DXをやるには電信も運用した方が良い」とアドバイスを受け、松浦さんは2アマを取得してCWの免許を得た。その頃、電話モードはAMからSSBに変わりつつあり、自作のAM送信機で運用を続けるのは厳しくなっていた。とは言っても当時SSBの送信機を自作する技術もなかったためアルバイトに精を出し、貯めたお金でFR-50/FL-50ラインを購入してSSBとCWの運用をスタートした。

松浦さんは高専を卒業後、大阪の(当時の)松下電器産業(株)への就職に伴い大阪に転居したが、その際に自宅の無線設備はすべて撤去した。コールサインも変更して大阪でJH3DAEを取得。会社の寮の屋上に、許可を取ってダイポールアンテナを設置したがあまり飛ばなかった。その後ダイポールをトライバンド八木に取り替えたが、ロケーションも良くなく、アクティビティが落ちていった。

27歳での結婚を機に独身寮を出たが、幸運にも転勤で異動になった先輩社員からタワー付きの一戸建て住宅を借る事ができ、ここでようやく本格的にDXを再開。敷地の関係から14MHz以上のバンドを楽しんだ。しかしどんどん仕事が多忙となり、子供もできて、思うように無線活動に割く時間がとれなくなってしまった。

松浦さんが37歳の時、父親から、家業の農業を手伝うために実家に帰ってくるように頼まれた。松浦さんはかなり迷ったが、大きなアンテナでもっと無線をアクティブにやりたいと思っていた夢が実現できそうなこともあり、仕事の区切りが付いたのをきっかけに松下電器産業(株)を退職し、1985年8月に松江にUターンして(当時の)松江松下電器(株)に就職。10月には自宅の裏山にタワーを2基建てた。

大阪在住時は14MHzから上のバンドしか出られなかったため、まずは5バンドDXCCを狙うためにローバンドに傾倒したく、7MHzのキュビカルクワッドと3.8MHzの2エレ八木を建てて復活した。当時はローバンドでビームアンテナを使用している局は少なく、他局に勝る耳を持って、ローバンドメインで運用した結果、Uターンから2年も経過しない1987年9月に5バンドDXCCを受賞した。その後は、タワーを2基追加してハイバインドのアンテナも順次設置、オールバンド体勢になった。その後、現在に至るまでオールバンドでのDXハンティング、その後制定されたDXCCチャレンジの追っかけに精を出している。


松浦さんが獲得した数々のプラーク、アワード

松浦さんは、「仕事だと自分で決められない事が多いが、アマチュア無線は趣味なので、すべて自分で目標を設定し、自分でコントロールし、適度にストレスを掛けながらマイペースで進められるところが良いです。これだけ熱中できる一生の趣味が持てたことは良かったです」、と話す。

もちろん、電波を出して珍局をハンティングするだけではなく、運用を通してできた友人のネットワークで、これまでに全国を回ってアイボールQSOした。また現場を見せてもらいその設備から刺激を受け、それを参考にして自局の設備を改善することも楽しんでいる。松浦さんは人よりも良く飛んで良く聞こえるようにしたい、という思いを常に持ち続けている。

ただし、大型のアンテナ設備を保有すると、設備の大きさに比例してトラブルも増加する。強風や雪によってしょっちゅうアンテナが故障する。ケーブルは動物にかじられる。雷は落ちる。コネクタやリレーの交換などは何度やったか覚えていないくらいである。それでも3年前にメッセンジャーワイヤーを設置してワイヤー類を地面から持ち上げてからは動物からの被害はなくなった。「無線に費やす時間の半分がメンテナンスで、残りの半分がオペレーションですよ」と松浦さんは笑って話す。


自宅の裏山に設置した4基のタワーとアンテナ群


アンテナ群の近影 (別角度)

DXはほぼやり尽くしている松浦さんだが、常に高い目標を掲げ、それに向かい努力を重ねている。現在の目標は「DXCCチャレンジ3200」である。「JT65/FT8が始まる前は一生掛けて3100を達成しようと思っていましたが、JT65/FT8のおかげで意外に早く3100を超えることができましたので、目標を3200に上げました」と話す。

「まだあと90足りないので、1.8MHzであと10ポイント、50MHzであと70ポイント、残り10ポイントを他のバンドで少しずつ埋めていけば達成できる計算ですが、実際の達成はかなり難しいでしょうね」と続ける。


50MHz 13エレ八木と3.5MHz 4スクエアバーチカル

松浦さんの1年は、4-10月が農家モードで11-3月が無線家モードと説明する。特に5月は田植えがあるので、デイトンハムベンションにはこれまで一度も行けていない。ただし、農家モードの時でもどうしても交信したいターゲット局が出ている時がある。その様な時には、トラクター運転中でもスマートフォンでDXクラスターをワッチしており、ここ一番の時はトラクターを止めてシャックに急行する。「できることなら将来的には、トラクターからリモート運用まで行いたいですね」と話す。

リモート運用といえば、最近松浦さんは50MHzのリモート設備を構築した。裏山のタワー群からシャックまで350m長の同軸ケーブルを引いているが、50MHzではこれのロスが馬鹿にならない。松浦さんはタワー直下に物置を設置し、その中にIC-7610を設置してシャックのパソコンとLANケーブルで結び、50MHz専用機としてシャックから運用するように構築した。これにより伝送ロスが軽減されるため、今シーズンの6mでのさらなる成果を目論んでいる。


タワー直下に設置した物置と松浦さん


50MHzのリモート設備。ソフトはアイコムのRS-BA1を使用

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